九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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衝撃的なり馴れ初め話

 鳥園寺さんからの好奇心に満ち満ちた眼差しを受けていた源吾郎であるが、米田さんと交際しようとしている現状を話す事にためらいは無かった。

 もちろん、若干の気恥ずかしさは流石にある。交流はあるとはいえ鳥園寺さんとは頻繁に会っている訳でもないし、しかも相手は異性でもあるのだから。

 しかしそれ以上に、自分と米田さんの関係を語る事について恥ずかしがる必要は無いだろうと、内なる声は源吾郎を叱咤していた。それに女性側の心理を把握するという意味では、鳥園寺さんはまたとない相談相手である。婚約者がいるのだから尚更だ。

 一人で静かに決心を固めた源吾郎は、鳥園寺さんを見据えながら口を開いた。

 

「そもそもなんですけれど、鳥園寺さんは米田さんの事はご存じ……ですよね?」

 

 源吾郎がまず問うたのは、鳥園寺さんが米田さんを知っているか否かだった。面識の有無で、米田さんの事をどれだけ説明するのかが変わってくるためだ。

 ちなみに鳥園寺さんと米田さんは、一度互いに顔を合わせている事を源吾郎は知っている。長姉の双葉が開催した座談会にそれぞれ呼ばれていたからだ。だからある意味面識はある存在ともいえる。しかし二人が出会ったのがそれだけであれば、互いの事を忘れている可能性もあるし。

 そんな風に考えていると、鳥園寺さんはニコニコしながら頷いた。

 

「ええ、知ってるわよ。だって島崎君や島崎君のお姉様と一緒の座談会でお会いしたんだもの。私は米田さんに直接お会いしたのはそれきりだけど、米田さんの話は時々私たちの間でも持ち上がるわ。まぁどっちかというと、大阪とか尼崎とかそっちの方で仕事をなさる事が多いみたいだけど。てことは米田さんってバリバリのシティガールよね。凄いわ、なんか羨ましいかも」

「まぁまぁ鳥姐さん。この吉崎町だって良い所ですぜ。そりゃあ俺だって繁華街やビジネス街をうろついて遊ぶのは好きですけど、そこでずぅっと仕事をするなんて思うとぞっとしちゃいますもん。それに米田さんの本業は雇われ兵だから、俺らと違って雇用主がずっと同じって訳でもないらしいんすよ」

「それってフリーランスって言っても良いのかしら」

 

 鳥園寺さんの話は若干脱線していた。彼女は米田さんに対し、都会で働くバリキャリみたいなイメージを持ち、憧れの念をも抱いているのかもしれない。傭兵をフリーランスのバリキャリと呼んで構わないのかどうかはさておきだ。しかも雪羽も鳥園寺さんの話題に乗っかっていた訳であるし。

 いずれにせよ、鳥園寺さんが米田さんの事を知っているのは明らかになった事だ。

 そんな風に思っていると、彼女の視線が今一度源吾郎に注がれる。

 

「ねぇ島崎君。島崎君が米田さんを意識し始めたきっかけって、やっぱりあの座談会だったのかしら。今思い出したんだけど、米田さんは結構島崎君には優しかったでしょ。私たちは、まぁその結構思った事とか好き放題に話していただけだったんですけど」

「……どうなんでしょうねぇ」

 

 米田さんへの恋慕の情が生じたのはいつの事なのか。おのれの事を問われているはずだったのだが、源吾郎の返答は実に曖昧なものだった。

 実際問題、源吾郎には解らなかったのだ。いつから俺は米田さんに恋心を抱き始めたのか? 雷園寺家次期当主拉致事件の後始末を一緒に行ったあの秋の夜の事だったのか。生誕祭の終わりに、萩尾丸先輩の部下に連れられて彼女の許を立ち去ったあの瞬間だったのか。いや、彼女に出会った瞬間から、既に心を奪われていたのか。

 だが、自分がいつ米田さんに惚れたのかなどと言う事は実の所それほど重要でも無かった。今自分は米田さんに惚れていて、明確な恋慕の情を抱いている。その事こそが重要な事だったのだから。

 

「ただですね鳥園寺さん。あの座談会の時には、僕と米田さんは互いに面識があったのです。座談会の数日前にあった生誕祭、要は雉鶏精一派でのちょっとしたイベントがあったのですが、そこで僕たちは初めて知り合ったんです」

「頭目であらせられる胡琉安様の誕生日を祝う生誕祭は、ちょっとしたイベントじゃあないだろうに」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽が呆れたようにツッコミを入れる。鳥園寺さんはそんな雪羽の様子など気にも留めず、ただただ無邪気な視線を源吾郎に向けていた。二人の馴れ初めを聞こうと思っているに違いない。

 

「生誕祭の事は私も知ってるわ。そう言うイベントが上層部の方ではあるって事も、ね。島崎君も幹部候補生みたいだし、そりゃあ雉仙女様に言われれば出席するわよね。あれ? でも去年の生誕祭ではなんか色々トラブったって噂もあるんだけど……とりあえず、米田さんとはどんな感じで知り合ったの?」

 

 結局鳥園寺さんは、源吾郎の予想通りに馴れ初めを尋ねてきた。これについても源吾郎は包み隠さず話すつもりである。恥ずかしい話だとは別段思っていないし、鳥園寺さんも源吾郎が女子変化する事は知っているから無問題であろう。

 もしかしたら、隣の雪羽が気まずい思いをするかもしれないが、それは知った事では無い。彼もこの一件でこちらの研究センターに勤める事と相成った訳であるし。

 

 源吾郎と米田さんとの馴れ初めは、生誕祭での会場での事だった。上司の命令で会場スタッフに変装して潜入した源吾郎は、そこで会場スタッフとして働く米田さんと出会ったのだ。もっとも、源吾郎は()()()()()()として野狐の()()に変化していたため、米田さんも新参の狐娘だと思って接していたのだが。

 その後ドスケベ雷獣に絡まれたりグラスタワー事件に巻き込まれかけたりどさくさに紛れて正体を暴露されたりしてしまったのだが、それはまた別の話である。ただ、米田さんは源吾郎が正体を隠していた事を知っても気味悪がることはなく、仕事だったのだから仕方なかろうと受け入れてくれたのだ。

 そして源吾郎は、次に彼女に出会う時には、ちんちくりんの仔狐を卒業し、その血に見合う()に成長しておこう。そんな風に心に誓った――これこそが、米田さんとの馴れ初めの一部始終である。

 

「成程ね、米田さんとの馴れ初めってそういう事だったのね」

 

 源吾郎が話し終わった時、鳥園寺さんの口から飛び出したのはそんな月並みな言葉だった。笑いを噛み殺そうと堪え、表情をわずかに歪ませてはいたけれど。

 こらえきれず、鳥園寺さんの口から息が漏れる。

 

「まぁその……米田さんにしてみても島崎君との出会いは色んな意味で忘れられないものだったでしょうね。うん、第三者である私でも()()の出会いだなぁって思っちゃったもん」

「やっぱり鳥姐さんもそうお思いでしょう」

 

 源吾郎を押しやりつつ雪羽が言い放った。案の定、その端麗な面には渋い表情が浮かんでいた。

 

「でも俺にしてみれば衝撃の出会いなんて可愛いもんじゃないっすよ。可愛い女の子だと思った相手が変化した男だったなんて、もうトラウマ級の思い出ですからね」

「トラウマ級とはとんだご挨拶だな」

 

 源吾郎も負けじと言い返し、雪羽の肩を軽く押した。そんなに力を込めた訳では無かったが、雪羽の身体はびくともしなかった。

 

「俺だってな、()()()()ウェイトレスに変化して働いていただけだったんだぞ。俺そのものが生誕祭に参加するよりも、俺が欠席していると連絡しておいて、それで俺自身は変化してスタッフとして紛れ込んでいた方がトラブル発生の可能性は低いと上層部は判断していたんだからさ。

 それにだな、俺はきちんと宮坂京子という野狐のウェイトレスに変化しきっていたのは君だってよく知ってるだろう。本来ならば俺は最後までウェイトレスを演じ切り、生誕祭を乗り切るつもりだったんだよ――何処かのドスケベ雷獣に捕まって、ホテルの一室に連れ込まれそうになるまでは、な」

「んだよ、まだその事で根に持っていたのか!」

 

 雪羽は柳眉を寄せ、顔を赤くしながら吠えた。むしろ源吾郎の言葉の方が、小突くよりも衝撃をもたらしたらしかった。とはいえ、酔った雪羽が宮坂京子に絡んだ事も、その事を源吾郎が根に持っている事も事実なので致し方ない。

 

「前々から思ってたけれど、先輩って結構執念深いっすよね。もう半年近く前の事だし、俺に対して友達として接してくれるから、もう許してくれたのかなって思ったけれど……」

「それはそれ、これはこれやぞ雷園寺君。半年前なんて、妖怪にしてみればごく最近の事だろうに」

 

 冷徹な口調で言ってのけた源吾郎は、当惑する雪羽に対してにたりと笑った。

 

「雷園寺君。君だって今度の生誕祭で()()()()()()として働いてみなよ。そこで泥酔したドスケベ妖怪に絡まれでもしたら……あの時の俺の気持ちがよく解るだろうからさ」

 

 源吾郎の顔には嘲弄的な笑みが浮かんでいたのだろう。それこそ、萩尾丸が源吾郎たちを煽る時のようなあの笑みだ。雪羽をからかうのが妙に楽しく感じられて仕方がない。だがその一方で、源吾郎が今しがた口にした事は何一つ実現しないであろうという明確な予感が源吾郎の中にはあった。

 

「解った! 解ったからもう蒸し返さなくて良いだろう!」

 

 じっとりとした源吾郎の気配にあてられたのか、雪羽が声を上げる。切羽詰まったその声は甲高く早口で、さながらスピッツ犬の吠え声にそっくりだった。そしてその早口のまま、雪羽は更にツッコミを入れる。

 

「というか何で、俺も女の子に変化するって前提で話を進めているんだよ。俺はれっきとした男で、女の子じゃあないし、女の子に変化するつもりなんて毛頭ないよ」

「それを言うなら俺だってれっきとした男だぞ。だがそれでも、女子変化は嗜んでいる。それに雷園寺君は元から中性的な面立ちだから、本来ならば俺なんぞよりも女子変化は()にできると思うんだが」

 

 言いながら、源吾郎は雪羽の顔をまじまじと見やった。悪ガキめいた表情とヤンチャで快活な言動ゆえに見落としがちであるが、雪羽は本来童顔であり、やや女顔ともいえる。そう言う意味では女の子に化けるのは彼の方が有利ともいえる。

 見つめられていた雪羽はあからさまにため息をつき、ついで助けを求めるように鳥園寺さんに視線を向けた。

 

「鳥姐さん。何か島崎先輩ってば変なスイッチが入っちまったみたいなんですよ。黙ってニコニコしてないで、鳥姐さんからもちょっと何か言ってやってくださいよう」

「まぁアレよ。可愛い女の子なり男の子なりを見つけたからって、そのまま捕まえてホテルに連れ込むのは完全にアウトなのよユキ君。妖怪社会はさておき、人間社会だったらセクハラとか犯罪になっちゃうから、ね」

 

 鳥園寺さんの割と冷静な指摘に対し、雪羽は何とも渋い表情を浮かべていた。やはり女性である鳥園寺さんからの指摘を受けたのが効いているのだろう。まぁ彼女の言葉には若干妙な部分もあったが、その辺りを細かく拘泥する事は無かった。源吾郎としては、鳥園寺さんが自分に味方してくれたのだと思い、得意になっていたのだ。

 

「ほら聞いただろ雷園寺君。元々は君が要らん事をしたから、要らぬトラウマを君は抱え込んだに過ぎないんだからさ……」

「あ、でもさ島崎君」

 

 得意げに語る源吾郎に声をかけたのは、他ならぬ鳥園寺さんだった。雪羽に手厳しいツッコミを入れてくれたはずの彼女は、しかし源吾郎に対してじっとりとした眼差しを向けていた。

 

「こういう事はあんまり言いたくないけれど、やっぱり大人しく()()()()()に扮していた方がトラブルは発生しなかったんじゃあないかなって私も思うのよ。いやその、可愛い女の子だったから……みたいな事は私も言いたくはないわ。だけど島崎君の事だから、()()()可愛い女の子に変化したんだろうなって思うのよ」

 

 今度は源吾郎が渋い表情を浮かべる番だった。そして隣では雪羽が声を上げて笑っている。誰にもはばからぬ笑いである事は、源吾郎の脛やふくらはぎにぶつかる尻尾たちが雄弁に物語っていた。

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