九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣語るは伴侶の条件

 伴侶。普段の生活では中々お目にかかれない言葉を前に、源吾郎は目を白黒させ、ややあってから口を開いた。

 

「伴侶って、確か奥さんとか旦那の事だっけ。俺は男だから奥さんの事になるだろうけれど」

 

 口にしてみると、羞恥やら何やらが重みを増して伴っていくのをひしひしと感じた。しかも向き合っている雪羽がニヤニヤ笑いを浮かべているのだから尚更だ。

 

「今更そんな風に照れなくっても良いじゃないっすか。もう既に先輩が米田さんの事を好きだって言うのは各方面に知れ渡ってるんですから。そもそも俺に米田さんの事を最初に話した時なんか、『まだ社会妖《しゃかいじん》一年目だから、結婚するのは時期尚早だ』なんて言ってたでしょ。あれだって、結婚するって事を見据えているからこそ出てくる言葉だと思いますし」

「……せやな」

 

 いつになく饒舌な雪羽を前に、源吾郎は素直に頷いた。伴侶云々のも込みで、雪羽の話にはまるっきり真実だからだ。米田さんが受け入れれば彼女を妻にする事も満更でもないという事も込みで、である。

 

「それはそうと、雷園寺君がそこまで俺と米田さんがくっ付くのを推すとは思わなかったよ。嬉しいけれどちょっとびっくりしちゃったかな」

「友達の幸せを……望みが叶う事を願う事の何が悪いのさ」

 

 少年らしく快活に笑う雪羽に対し、源吾郎は問いかける。

 

「それにしても、米田さんが俺の妻として相応しい相手だなんて言い切るなんて……雷園寺君、君の考えを聞かせてくれるかな」

「もちろんだ。というかそのために俺はここにやって来たんだからな」

 

 そう言う雪羽の顔は、またしても真剣なものに戻っていた。

 雪羽は手を組み指を弄びつつ、思案しながら話を始めた。筋道立てて話すのはちと苦手だから、回りくどい表現になるかもしれないけれど。ご丁寧にそんな事を言い添えた上で、だ。

 

「まぁ当たり前の所から入るけれど、俺たちは大妖怪の子孫で、貴族妖怪の末裔としてその事を最大限に活用しようとしているだろ。特に先輩の場合は、半妖だからって事で人間として育てられたけど、それでも先祖の血を活かそうと思って、妖怪として生きる道を選んだでしょ」

「そうだとも。一昨日だって玉藻御前の末裔を名乗る会合に出席した訳だしね」

 

 一昨日の会合。そう言った時に雪羽の表情が苦々しいものに変化した。当事者ではないにしろ、裏初午で起きたテロ事件の記憶は雪羽の心の中にも生々しく記憶されているに違いない。彼の事だから、源吾郎の身を案じて色々と不安を抱えていたであろう。或いはそうした事を見越したうえで、萩尾丸は敢えて彼を工場棟の方に派遣していたのかもしれない。

 さてそうこうしているうちに、雪羽は更に説明を続ける。

 

「俺たちは自分の出自をアピールしてその恩恵を得ているけれど、逆に周囲の連中からその事で()()()()()リスクだってあるんだ。いやそうじゃない、今だって良くも悪くも利用されている節だってあるじゃないか。雉仙女様や萩尾丸さんだって、俺らの血筋にこそ利用価値があると考えている訳だし」

「まぁまぁ落ち着くんだ、雷園寺君」

 

 源吾郎は両手を挙げつつ雪羽をなだめた。貴族妖怪である事の矜持。その事に語る時もまた、雪羽はヒートアップしやすいのだ。

 

「確かに紅藤様や萩尾丸先輩は、俺らが由緒ある血筋の妖怪だってことを活用なさろうとしていると思うよ。でも紅藤様たちがしようとしている事は悪い事じゃあないだろう。そりゃあまぁ、萩尾丸先輩の物言いがイラっと来ることはあるけれど」

「俺とて雉仙女様や萩尾丸さんが、俺たちを悪い意味で利用しようだなんて考えているとは思っていないよ。まぁ、萩尾丸さんは俺の事を利用するって言ってはばからないけどね」

「やっぱり外道やな」

 

 源吾郎が一言そう言うと、雪羽と共に顔を見合わせて笑い合った。萩尾丸の悪辣に思われる煽り癖は源吾郎も雪羽もよく知っていた。再教育の初期などは、雪羽に対して「島崎君の戦闘能力を向上させるために君を利用して()()()」などとのたまい、雪羽を煽っていた事すらあるのだという。もしかしたら雪羽が源吾郎に敵愾心を抱いていたのも、萩尾丸の言動も関与しているのかもしれない。そう思うと笑えぬ話だ。

 

「だけどさ、世間にいるのは雉仙女様や萩尾丸さんみたいな俺たちの味方ばかりじゃあない。()()()()()俺たちを利用しようとする輩だっているんだ。いや、そういう連中の方が多いだろうね」

 

 そう言った雪羽の眼差しは真剣な物だった。源吾郎もつられて真面目な表情になるほどに。

 

「俺らの事を利用しようと企んで、それで俺たちに直接何かを仕掛けてくる連中はまだマシな方さ。中には悪知恵を働かせて、俺たちの弱みに付け込むやつもいるからな。して思えば、家族や恋人なんぞは俺たちの弱みになりうるだろう。ベタだけど」

「……確かにそうだな」

 

 鋭く的を射た雪羽の言葉に、源吾郎は頷くほかなかった。

 源吾郎自身、源吾郎の血筋や異能が重大な意味を持つ事は、それ故に自分が狙われるリスクについては、一昨日の裏初午で嫌というほど味わった。今日の打ち合わせだって、ほぼほぼその話に終始していたのだから。

 

「端的に言えば、俺たちの彼女や恋人……奥さんになるような妖《ひと》もまた、狙われたり事件に巻き込まれる可能性があるって事だよ。その辺にいる女狐たちなんかは、そういう事が解っていたからこそ、先輩が自分に関心を持っていない事に安心しているのかもしれないな。彼女らは弱いから」

 

 源吾郎は何も言わずに雪羽の言葉を聞いていた。弱いと言った雪羽の言葉の鋭さや皮肉めいた響きに戸惑いながら。

 別に弱い事が悪いとは言ってないぜ。源吾郎の戸惑いに気付いたのか、雪羽は笑いながら言い添える。

 

「あくまでも、野望に向かって進もうとしている俺たちの傍にいるには、弱いやつとか生半可な強さしか無いやつだったら荷が重いって話に過ぎないんだ。ましてや伴侶ともなれば、色々な面で一緒にいて、互いに支え合っていくような間柄になるんだからさ……」

「そう言う事も考慮したら、米田さんが俺の伴侶に相応しいって話になるんだな?」

 

 ぼんやりとではあるが話の全容が掴めた気がする。そしてそれが気のせいなどではない事は、しっかりとした雪羽の頷きが物語っていた。

 

「もちろん、愛する者を護り抜く事は大切な事だし、そうしないといけないと俺は常々思ってる。だけどそれでも、毎回必ず護り切れる訳でもないんだぜ。俺たちは確かに強いけれど、上には上がいる事には違いない。強いやつだけじゃあなくて、悪知恵の働くやつとか、邪悪な事をするやつだってこの世にはごまんといるんだ」

「そうだな。そうだよな……」

 

 噛み締めるような雪羽の言葉に、源吾郎はもう全面的に同意していた。若い妖怪からは強いだのなんだのともてはやされ、それ以上に畏れられてもいる源吾郎であるが、自分以上に強い者がいる事ははっきりとわきまえていた。経験も含めて強さというのならば、源吾郎はむしろ弱い方に分類されてもおかしくない程だ。

 それにこの世は安全ではないし、悪意に満ちた者はそこここに点在している。その事も源吾郎はもちろん知っていた。

 

「愛する妖《ひと》を完全に護り切れないとなったら、その時はその時だって割り切るか、初めからそう言う危険から身を護れる相手を恋人や伴侶にするかのどっちかしかないんだ。先輩は優しいから、大切な相手が危険な目に遭ったとして、その事を割り切るなんて無理でしょ?」

 

 それは雷園寺だって同じだろうが。そんな考えが即座に浮き上がったが、源吾郎は何も言わずに大人しく頷いただけだった。

 

「――米田さんが強いって事は、島崎先輩だってよく解ってるでしょ? 妖力の保有量とかそんな事だけじゃあなくて、あの妖《ひと》は俺たち以上に場数を踏んでるからさ。それこそ、生き死にに関わる事にだって立ち会った事が山ほどあるんじゃないかな」

「うん、そうだね。そこは雷園寺君の言うとおりだよ」

 

 源吾郎はまたも頷いた。脳裏に浮かぶのは、源吾郎と共に牛鬼と闘った時の彼女の姿である。散弾銃のごとき狐火で弾幕を展開し、キツネの姿のまま器用に短剣を振るうその姿は、まさに百戦錬磨の戦士そのものだった。

 米田さん自身は体術が得意であり、妖術は実の所得意ではないと言っていたが、そんな事を感じさせない闘いぶりだったと源吾郎は思う。

 

「あの妖《ひと》なら、島崎先輩にまとわり憑く厄介な陰謀や悪意から十分に身を護れると思うんだ。それだけじゃない。むしろ彼女が先輩の事を護ってくれる可能性すらあると俺は思うんだ。そう言う意味で、米田さんは先輩の伴侶にぴったりだって俺は言いたいんだよ」

 

 米田さんが自分を護ってくれる。その言葉は源吾郎の心に疼くような痛みをもたらした。確かにそうだ。あの時米田さんは、源吾郎が病院送りになった事に心を痛め、心配してくれていたではないか。私が強ければあなたを危険な目に遭わせる事は無かった、と。

 気遣わしげな、そして自罰的な眼差し。同じ眼差しを、昨日は宗一郎兄様も俺に向けていたではないか。考えが飛躍するのを抑え込み、源吾郎はかぶりを振った。

 その行為に何か意味が込められていると思ったのか、雪羽が言葉を続ける。

 

「もちろん、先輩が護ってもらってばかりの状況に甘んじるとは思わないよ。思わないし、そんな堕落した考えを持っているなんて思いたくないからね。だけど、やっぱり強い者の伴侶になるからには、相手も相応の強さを持っていないといけないんだ。そうでないと、結局の所不幸になるだけだからさ」

 

 雷園寺家の……と雪羽が言いかけていたのを、源吾郎は聞き逃した事にしておいた。貴族妖怪の伴侶に対しても強さを求めるのは、つまるところ雪羽の両親の影響が大きいのではないか。源吾郎はそんな考えにぶち当たったのである。

 

「安心しろ雷園寺。米田さんだって立派な戦士だし、俺だって堕落した考えの持ち主なんかじゃあない。自分の身は自分で護りたいし、それこそ悪意や陰謀に打ち克つためにももっと強くなりたいよ」

「そうだよな。それでこそ島崎先輩だよ!」

 

 源吾郎の力強い言葉に、雪羽は無邪気な笑みを見せていた。

 源吾郎もまた笑い返していた。だが笑顔とは裏腹に、その心中には苦い記憶がありありと浮き上がっていたのだ。

 

 端的に言えば、長兄の宗一郎が見舞いに来た時の事を思い出したのだ。裏初午の事は詳しく知らないものの、源吾郎が意識を失い病院送りになった事はばっちり伝わっていたらしい。本宅で休む源吾郎の許に、宗一郎は保護者めいた態度で両親と共に訪れたのだ。

 人間として暮らしている宗一郎は、妖怪に襲撃されその妖怪と闘ったという源吾郎の話に大いに驚いていた。動転しつつも幼い仔狐の身を案じるような素振りを見せる宗一郎に対し、源吾郎は彼を安心させようと口を開いた。

――俺の事は心配しないで。今回は場慣れしていなかったからやられちゃったけど、こういう事が無いように、俺はもっと強くなるからさ。

 俺は強くなるから兄上は何も心配しなくて良いんだ――長兄をなだめるために放ったその言葉は、全くもって効力を発揮しなかった。むしろ()()()だった。何せその言葉を聞くや、宗一郎は源吾郎の身体を抱きしめ、涙を流し始めたのだから。

 すすり泣く間、宗一郎はただただ源吾郎の名を呼ぶだけだった。宗一郎の涙が何を意味していたのか源吾郎には解らない。心まで異形になり果てた末弟におのれの声が届かぬと悟ったが故の悔しさだったのか、息子のように可愛がっていた末弟を護りきれなかったがための哀しさだったのか。或いはそれらが入り混じっていたのかもしれないし、宗一郎自身も何故涙が溢れるのか解らなかったのかもしれない。

 強さを目指したり強くなったとしても解決しない物事があるのかもしれない。源吾郎が解ったのはただそれだけの事だった。それ以上に、長兄が涙を流し、縋りついてすすり泣く姿は源吾郎にも衝撃的だった。もう一人の父親のように思っていた長兄の涙を見たのはこれが初めてだったからだ。

 強くなるだけで問題が解決するのか。源吾郎はだから、そんな疑念を抱かずにはいられなかったのだ。それを雪羽にぶつける事も出来ず、だから心の中で静かに思い悩む事しか出来なかったのである。

 

 ああそうだ。昨日の苦い思い出を噛み締めていると、出し抜けに雪羽が声を上げた。雪羽の声は不思議なもので、上の空になっていたとしても良く聞こえるのだ。もしかしたら、悪ガキたちを束ねていた時期もあったので、その辺りの経歴とも関係しているのかもしれない。

 米田さんの事で言い忘れていた事があったんだ。源吾郎と目が合うと、雪羽は事もなげにそう言った。但しその顔には、何処か含みのある笑みが浮かんでいる。

 

「米田の姐さんは強いけれど、それって自分が死ぬことをも恐れていないからの強さなんだよね。知ってましたか島崎先輩。強さを求める妖《ひと》とか、それで強さを手に入れた妖《ひと》には、そう言う手合いもいるんですよ」

 

 源吾郎は相槌を打つのを忘れていた。事もなげに語ってはいるものの、雪羽がひどく重要な事を口にしているように思えたからだ。

 

「何で解るのかって? えへへ、実を言うとね、俺は死の気配というか、死の気配を抱えていたりする相手に敏感なんすよ。()()()()()は島崎先輩は疎いでしょうけどね」

 

 米田さんが死の気配を抱えている――? 意味深な雪羽の言葉を前に、源吾郎はおのれの記憶の引き出しをかき回し始めていた。米田さんの出自や境遇について、源吾郎は多くを知っている訳では無い。しかし雪羽の言動には引っかかるものを感じていた。単なるホンドギツネから妖怪化した過去。稲荷の眷属に養女として迎え入れられたにもかかわらず、出奔した経歴。そして弟などは要らないと言い放った主張。源吾郎の頭の中で、何かが繋がっていくのを感じ始めていた。

 

「まぁ、その事について詮索するのは野暮というものでしょうけどね。話を聞く限り、米田の姐さんはちょっと秘密主義って感じもしますし」

「そこまで解っているんだったら、初めからああだこうだ言わなくても良いだろう」

 

 源吾郎はかすかな苛立ちを感じながら言い捨てた。ころころと意見の変わる雪羽の言葉に腹を立てたというよりも、米田さんの謎について読み解けなかったおのれの脳味噌に苛立っていただけなのだが。

 

「でも先輩。鳥姐さんは手厳しい事を言ってましたけど、米田の姐さんも先輩に関心を持ってるって俺は思いますよ。デートの回数自体は少ないけれど、ずっと連絡は欠かさないんでしょう? 本当に興味が無かったり、嫌いな相手だったら、そう言うのをすぐに打ち切るでしょうし」

「まぁね。昨日だって何かと連絡を入れてくれたし、明日は明日で会う事になってるからね。しかも明日は、わざわざ米田さんがこっちに来てくださるんだよ」

 

 言いながら、源吾郎は緊張と期待で胸が高鳴るのを静かに感じたのだった。

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