九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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野狐娘の昔語り

 米田さんに会うのはこれで三度目であるが、今回はこれまでとは異なっている事は、連絡を取り合っている段階で既に気付いていた。

 というのも、米田さんの方から積極的に会って話がしたいと切り出してきたのだ。これまでは、源吾郎の方が会いたいと申し出て、互いに日程をすり合わせるのが常だった。だがこの度「会って話したい事がある」と申し出たのは米田さんの方だったのだ。しかも普段会う港町ではなく、源吾郎の住む吉崎町にわざわざ出向くとさえ言ったのだ。

 これもまた二人の関係の変化について重要な出来事になるはずだ。源吾郎はそんな風に考えていた。その話したい事についてメールで問いただそうと思いもしたが、それはそれで野暮な事だと思い直し、とりあえず近場の喫茶店に予約を入れる事にした。妖怪向けの喫茶店である事は言うまでもない。

 ちなみに、それ以降の米田さんとの連絡は他愛のない物である。家族が見舞いに来ただとか、仕事が打ち合わせばっかりで疲れただとか、そうした事を短文にまとめて米田さんに送信していたのだ。

 短文のメールは実の所源吾郎らしくない(?)物ではあるのだが、そこもやはり米田さんに合わせてそうしている物であった。米田さんの返すメールはおおよそ短文で、事務的な要素が多分に含まれていたからだ。こちらが長々と文章をしたためたら、それはそれで彼女にも負担がかかるだろう。

 惚れた相手を自分に惚れさせるために、源吾郎は密かにそうした気配りを続けていたのである。

 

 土曜日午前十時半。源吾郎は米田さんと共に喫茶店の中にいた。源吾郎が予約したのは二人掛けのテーブル席である。ちなみに結界術や周囲への阻害術などは特に無い。妖怪向けの喫茶店や居酒屋ならばそう言う席も用意されているが、他ならぬ米田さんがそこまでしなくても大丈夫、と伝えてくれたのだ。そう言う席は値段も跳ね上がるので、源吾郎としてはある意味ありがたい所だった。

 とはいえ、話の内容を考慮して源吾郎の方で個室の席を選んでいた。敢えて源吾郎の住む町に出向くと言った米田さんの事だ。簡単な世間話を行うだけでは無さそうな事は、これまでのメールなどのやり取りからでも薄々感じ取っていたのだ。

 

「直接会うのは三日ぶりね、島崎君」

 

 源吾郎の対面に座る米田さんは、お冷を口にしてからまずそう言った。トップスは淡い色のカーディガンで、襟元にはファーのポンポンが揺れていた。前回の裏初午の時とは異なり、オフの時の出で立ちである事は、服装と薄く施されたメイクからも明らかだった。戦闘服姿の彼女ももちろん美しい。しかしお洒落に私服を着こなす彼女も麗しいではないか。源吾郎は割と真面目にそう思っていた。要は惚れ込んでいるだけである。

 それはさておき、源吾郎もおずおずと米田さんを見つめ返した。改めて対面という立ち位置に若干の気恥ずかしさを覚えた。しかし、こちらを見つめる米田さんに気遣うような色が見えたので、気恥ずかしさを押し込んで口を開いた。

 

「ええ。ずっと電話とかメールでのやり取りは欠かしませんでしたが、最後に会ったのは裏初午の時でしたもんね。しかもあの時は米田さんも叔父たちと一緒に現場で立ち働いていたようですし……本当にお疲れ様です」

 

 気付けば源吾郎は、ねぎらいの言葉と共に米田さんに首を垂れていた。職場で先輩社員に挨拶をするかのように。

 良いのよ島崎君。そう言った米田さんの顔に浮かぶのは慈愛の笑みである。他ならぬ、源吾郎に向けられたものだった。

 

「働いていたと言っても混乱気味の現場を鎮圧する程度ですし、その辺りは桐谷さんたち、島崎君の叔父様と叔母様の方が上手に立ち回ってくださりましたからね。あくまでも私はお二人の補助として動いただけに過ぎませんわ。どちらかと言えば、単純に闘う方が私は得意ですから」

 

 単純に闘う事そのものも、源吾郎にしてみれば大した事ではある。そんな風に思っていると、今度は米田さんの方から質問が掛けられた。

 

「むしろ島崎君の方が大変だったでしょう。あの牛鬼に立ち向かって、そのせいで倒れる羽目になったんだから。もちろん、あなただって紅藤様の許で修行をしていて、ある程度闘う術を習得している事は私も知ってるわ。だけど、それ以上にあの牛鬼は強かったわけですし……」

「ご安心ください米田さん。見ての通り、俺はもう元気になりましたんで!」

 

 伏し目がちにグラスを眺める米田さんの言葉を半ば遮るように、源吾郎は声を張り上げた。元気になったと言いつつも、元気さをどうやってアピールすれば良いのか。源吾郎は少しばかり悩んでしまったのだが。

 

「流石に木曜日は大事を取って丸一日休んでいたんですが、気力も体力もばっちり回復しましたよ。まぁ、木曜日は木曜日で、両親や兄たちや叔父たちがひっきりなしに見舞いに来たので、ずっと大人しく寝ていた訳でもないんですがね」

 

 その辺はメールでもお伝えしたのでご存じでしたよね。源吾郎が言うと、米田さんは微笑みながら頷いた。

 頷いた時の米田さんの笑みに、源吾郎は心臓のうねりを感じた。優しげでありながら、そこはかとないうら寂しさを感じ取ったためだ。何故だか解らないが、米田さんは時折寂しげな笑みを見せる事がある。普段の彼女らしからぬ表情ゆえに、源吾郎は心をかき乱されるのだ。

 

「苅藻さんやいちかさんも島崎君の事を心配していたのよ。ご両親が気になってお見舞いに来るのも当然の事だと思うわ」

 

 米田さんはそこまで言うと、一度言葉を区切ってから言い足した。

 

「それにしても、お兄様方も見舞いに来てくれたのね?」

「はい。兄たちと言っても一番上の兄と末の兄だけですけどね。兄姉たち全員が来た訳じゃあありませんよ。平日だったんで、仕事の兼ね合いもあるでしょうからね」

 

 むしろ長兄の宗一郎などは、わざわざ仕事を休んでまで弟の許に駆け付けた訳であり、それはそれで大層な事だと源吾郎は思っていた。画家兼フリーターという自由な暮らしを行っている末の兄と異なり、宗一郎はお堅い企業に勤めるサラリーマンだ。しかも係長だか課長だか定かではないが、ともあれ役職のある身分なのだから尚更だ。

 もっとも、宗一郎は源吾郎の身元保証人を自主的に請け負うほどの保護者ぶりを見せているような兄なのだ。源吾郎の職場での挙動に目を光らせているのも、まぁ保護者としてはおかしくないのかもしれない。ついでに言えば、雪羽も雪羽で宗一郎の態度に同情的な素振りを見せている訳だし。

 

「優しい、弟想いの良いお兄様方よね。曲がりなりにも独り立ちした島崎君の事を、未だに心配して下さってるんだから」

「そう、ですね」

 

 色々と思う所はあったが、源吾郎は小さく頷いてお冷で喉を湿らせただけだった。長兄なんぞは優しいというよりもちと過保護なだけなんですよ。心の中ではそんな風に思ってもいたが、それは口にしなかった。そういう事をうっかり口にしてしまうと、相手が気を悪くする事がままあると、源吾郎もようやく学習したのである。

 

「島崎君自身も素直な良い子だし、可愛がってもらえるような雰囲気を無意識のうちに出しているんじゃないかしら。正直なところ、私も島崎君の事は可愛いなって思い始めているのよ?」

「あ、まぁ……米田さんもそういう風に思ってくださっているんですね。恐悦至極に存じます」

 

 あ、これはセーフだったかな。口調が若干おかしな感じになってしまったが、米田さんが静かに微笑んでいるのを見た源吾郎はそんな風に思った。他ならぬ米田さんの言葉に戸惑って口調と言葉が妙な感じになってしまったからだ。

 とはいえ実のところ、源吾郎は他者から可愛いと思われる事、直接的に可愛がられる事自体には特段抵抗が無かった。元より歳の離れた兄姉たちを持つ末っ子なのだ。可愛がられる事も、相手の懐に飛び込んで甘える事も習得済みである。そしてそれは玉藻御前の持つ籠絡術などではなく、末っ子故の生存戦略に由来するものだ。

 その一方で、米田さんに可愛いと評されたという事実は、源吾郎の心を揺さぶってもいた。可愛いと言ってくれた事は、源吾郎に対してポジティブな印象を抱いていると考えてもばちは当たらぬだろう。

 しかし――男として彼氏としていや未来の伴侶としての魅力を感じているという事と結びつけるのは短絡的すぎる。源吾郎とてその辺は解っていた。むしろ、恋愛感情が絡まないからこそ、無邪気に可愛いと米田さんは言っているのではないか。そんな風にさえ思えたのだ。

 だからこそ、源吾郎は身を乗り出して米田さんに問いかけた。

 

「可愛いって言うのは、やはり弟のような存在という事でしょうか? 教えてください米田さん。俺、その事が解らないと――」

「お待たせしました……」

 

 注文した飲み物をウェイターが運んできたのは、源吾郎が問いただそうとしたまさにその時だった。何処かぎょっとした表情で源吾郎と米田さんを交互に見つめていた彼であるが、そのまま何事も無かったかのようにミルクティーとホットラクピスをそれぞれ源吾郎と米田さんの前に置いた。

 ウェイターから伝票を受け取った源吾郎は、すっかり借りてきた猫のように大人しくなっていた。米田さんの発言が気になって、ついつい前のめりになっていたのだと反省してもいた。或いは注文した飲み物が届いてから突っ込んだ質問をした方が良かったのだろうか。赤褐色の紅茶から漂う湯気を眺めながら、源吾郎はぼんやりと思っていた。

 そうね島崎君。ウェイターが立ち去ったのを見届けてから、米田さんが静かに口を開いていた。彼女も彼女でホットラクピスに口を付けていないようだ。熱すぎる飲み物は苦手な所があるので、冷めるのを待っているのだろう。獣妖怪では猫舌の個体はそれほど珍しい事でもないのだ。

 

「今回は、私の方から話したい事があるって言ったでしょう。もちろん、私が島崎君の事をどう思っているかについてもきちんと伝えるわ。島崎君だって、私の事で色々とやきもきしているんでしょうから、その事ははっきりさせないといけないでしょうし……」

 

 米田さんはいつもより口早に、そして何処かたどたどしい様子でそう告げた。喉が渇いたのか、彼女はまたしてもお冷の方を口に含んだ。水を飲み込み、ゆっくりと瞬きを繰り返してから米田さんは再び口を開いた。

 

「でもね、その前に順を追って話したい事があるの。最初に島崎君と付き合っても良いって言えばそれであなたは満足するかもしれない。だけどどうしても、島崎君に聞いてほしい事があるの。その話を聞いた事で、何で私が島崎君の事をそんな風に思っているのか、より深く解ってくれると思うから……」

「大丈夫ですよ米田さん」

 

 ここにきて戸惑いの色を見せる米田さんを正面から見据え、源吾郎はきっぱりと言い放った。長話を聞かされる事は別に苦痛でもない。末っ子故に年長者から長々とした説教や武勇伝を聞かされる事はままあるし、何より源吾郎は米田さんの事を好いている。しかもこれから語る話は、彼女が源吾郎をどう思っているかの根っこに繋がる事ではないか。源吾郎が嫌がる理由などなかった。

 むしろ源吾郎としては、存分に語って欲しいと思うほどですらあった。実のところ、源吾郎は未だに米田さんの境遇を断片的にしか知らない。家族の事やら職場の事やらあけすけに開示してしまった源吾郎とはえらい違いである。別に自分があれこれ開示したから向こうも開示しろと迫る訳では無い。しかし好きな相手の事を何も知らないのは、余りにも寂しすぎた。

 

「その、お話とは一体どういうものでしょうか」

「――何故私が野良妖怪として生きるようになったのかって言う話ね。あとそれに、弟が()()頃の話が絡むんですけどね」

 

 気付けば米田さんは穏やかな笑みを浮かべていた。過去の事を話す事について、もはや決心がついたかのような表情だった。

 相対する源吾郎は、米田さんの笑みと言葉に心がざわつくのを感じてしまった。米田さんの抱える重大な秘密に俺は触れるのかもしれない。そう思った源吾郎の脳裏には、昨晩の雪羽の姿がおぼろに浮かんだのだった。

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