九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

333 / 601
金毛二尾のカミングアウト

 米田さんの長い昔話が終わった時、源吾郎も彼女も無言のままに視線を落とすだけだった。米田さんは語り終わって一息ついているだけに過ぎないだろう。

 一方の源吾郎は、聞かされた話の重たさに、ただただ黙り込むしかなかった。

 きっとデキる男であれば、ここで慰めの言葉を米田さんに届ける事が出来たのかもしれない。しかし、ここで自分がどのような言葉を吐き出したとて、米田さんを真に慰める事は出来ないのだと源吾郎は悟っていた。むしろただただ言葉を並べたとしても、それは空虚なものでしかない、と。

 結局のところ、自分が経験していない事柄について心の底から理解するのは難しい場合があるのだ。源吾郎はだから、気まずくも野暮な沈黙を通すしかなかったのだ。

 それでもいたたまれない気持ちがせり上がり、源吾郎はグラスの水を呷った。残っていた氷がグラスや氷にぶつかる高い音がかすかに響く。お冷が無くなった事を察したウェイターが途中で乱入してくるかもしれない。よく見れば、ここはテーブルごとに水を置いている所でもないし。冷たい水で頭が冷えたのか、源吾郎は割合冷静な心持を取り戻していた。

 今の状況を確認している間に米田さんと目が合った。彼女は気まずそうな申し訳なさそうな表情で口を開いたのだ。

 

「ごめんね島崎君。急にこんな重たい話をしたから驚いたわよね」

「いえ、そんな事はありませんよ」

 

 普段とは異なるしっとりとした声に、源吾郎は半ば反射的に返答していた。もちろん、聞かされた話の内容は源吾郎に多大な衝撃をもたらしてはいる。源吾郎はしかし、米田さんからこの秘密の話を打ち明けられた事を密かに喜んでもいた。この話は、他の誰かに気軽に語ったりするような代物ではない事を、源吾郎は確信していた。

 そして秘密を打ち明ける事こそが、親しくなりたいという証である事も源吾郎は知っている。鳥園寺さんは親切にもその事を教えてくれたが、そもそも源吾郎はその事をきちんと知っていた。むしろ源吾郎などは、米田さんに自分の境遇やら親族の事やらを既に開示してしまっている。お返しに自分の抱える秘密を打ち明ける事は出来なかった。

 厳密に言えば這い寄る混沌の力を継承している事、それ故に現実改変の能力を持つというとんでもない秘密があるのだが……これを打ち明けるのは論外だ。それこそ企業秘密・最上位の機密事項に相当するのだから。

 それに米田さんとて、自分の過去を打ち明けた事で精神的に疲弊しているであろう。そんなときに源吾郎が自分語りなどを行ったら余計に彼女を疲れさせるだけだ。開示すべき事柄がもはや残されていない事について、源吾郎はそう思う事で納得していたのだった。

 そして対面にいる米田さんは、カップを傾けてラクピスを口にしていた。届いた時にはもうもうと湯気を立ち上らせていたそれは、もう完全に冷えているかぬるくなっているであろう。源吾郎のミルクティーもすっかり冷めていた。

 

「それじゃあ島崎君。次に、私が島崎君の事をどう思っているのか。その事を話すわね。多分私の事よりも、そっちの方が島崎君だって気にしているでしょうし」

 

 もちろんです、ともそんな事ありません、とも源吾郎は言わなかった。しかし無意識のうちに前のめりになってしまっていた。米田さんがどう思っているのか。もちろんそれは源吾郎が最も気になる事柄だった。この微妙な関係が変化する決め手は米田さんのこれからの言葉にかかっているのだ。良ければ正式に恋人同士になれるかもしれないし……最悪の場合は個人的なかかわりはここで終止符を打つ事にもなるだろう。どのような結果であれ、源吾郎は受け止めるつもりだった。

 そうして米田さんの言葉を待っていた源吾郎であるが、米田さんは中々話し出そうとはしなかった。若い男を焦らすような思わせぶりな態度ではない。本当に思い悩んでいるように源吾郎には見えた。

 

「実を言えば、私も島崎君の事をどう思っているのか、自分でもよく解らないの。あ、でもね島崎君。付き合いたくないとか、嫌いだとか、そういうネガティヴな意味合いじゃあないからそこは安心してほしいの。ただ、島崎君に対して抱く感情が、恋心なのかどうか、私にもまだ解らないのよ」

「良いんです、良いんです。それでも」

 

 言いながら、源吾郎はふと鳥園寺さんの言葉を思い出していた。お堅くて難攻不落に思える女性であっても恋に落ちる瞬間はある。むしろお堅かったからこそ、フワフワチャラチャラした女子以上に恋に落ちやすい可能性もあるのだ。冗談めかして放たれた言葉であったが、それは案外米田さんにも当てはまるのではないか。そんな風に思い始めていたのだ。

 源吾郎に対しては、色んな思いが混じり合っており、それが米田さんの心を捉えている。普段とは異なるたどたどしい口調でもって、米田さんはそう言った。

 

「正直なところ、島崎君は何となく義弟《おとうと》に似ている所もあるの。才能があって、そのせいでちょっと無理しちゃう所とかがね。もちろん、あなたとあの子は別妖《べつじん》だし、違う所もあるって事は解ってるわ。だけど、島崎君のちょっと危なっかしい所が怖いと思いながらも、どうにも放っておけなくってね……」

 

 やはり自分は弟のような存在なのだ。その事を再確認した源吾郎は、安堵したような落胆したような気分だった。源吾郎は島崎源吾郎という独立した個人であるが、そこに末っ子という属性や気質が憑き纏う事は十分心得ていたのだ。この属性は年長者や目上の者からの寵愛という形で恩恵をもたらしてくれるのだが、対等な個人として見て欲しいと思う時に限って牙を剥く代物でもある。

 米田さんが、源吾郎を弟のように思う事はごく自然な事であるのは解りきっていた。実年齢的にも精神年齢的にも彼女の方が年長なのだから。それでも心の奥底では、自分を一人の男として見て欲しいという願望がとぐろを巻いていたのだ。

 

「後はね、やっぱりいちかさんや苅藻さんたちの事もあるのよ。お二人には昔お世話になった恩義もあるから、お二人の甥である島崎君に関わる事になったのも、ごく自然な流れだと思っていたのよね」

「確かに、苅藻の叔父上も叔母上も、米田さんの事は妹のようだと仰っていましたもんね。この前も、叔父上たちと一緒に行動なさっていたみたいですし」

 

 源吾郎はそこまで言うと、今度は冷えたミルクティーをぐっと呷った。テロ事件が一段落した後に、叔父たちや米田さんと出会った事を思い出していたのだ。意識を取り戻した直後であると言えども、叔父や叔母とのやり取りは今思い出しても何とも恥ずかしい物だ。

 その恥ずかしさを払拭するために源吾郎はミルクティーを一気飲みしたのだ。既に砂糖とフレッシュを入れたミルクティーは、ストレートの紅茶より甘ったるく、尚且つ粘りを伴っている。甘い液体が舌や喉に絡みつき、ついでに思い出したばかりの記憶や羞恥心をもうまい具合に絡めとってくれた。

 

「恥ずかしい話だけど、いちかさんたちにお会いした時の私は、本当に荒れていたの。あの頃の私には何もなくて、それ故に自由だったからね。稲荷の眷属としての規律にも、妖狐としての矜持にも縛られていなかったのよ。生きていくためには手段は選べないって思っていたからこそ、恥知らずな事も悪い事もやっていけたのよ。それこそ、世間で言う所の女狐のような所業に、かつての私は手を染めていたの」

 

 殺し殺されの野良妖怪として生きていた米田さんであるが、その間ずっと獣と変わらぬ暮らしを送っていた訳では無いのだという。初めのうちは野獣よろしく喰うか喰われるかの生活に身を投じていたのだが、やがて妖狐としての知恵を使い、要領よく暮らす術を覚えたのだそうだ。

 すなわち、変化して人間の少女に擬態し、それで人間たちから金品をせしめ束の間のねぐらを得るようになっていたのだという。それはまさしく、人間たちが妖狐に押し付けようとする女狐や妖狐のステロタイプそのものだった。

 もちろんこの告白に、源吾郎も尻尾の毛が逆立つほどの戸惑いを覚えた。それは源吾郎の気質というよりも、男の性によるものだったのかもしれない。

 人間の男は、多かれ少なかれ恋人や伴侶に純潔である事を求めるきらいがある。源吾郎は妖狐の血を引く半妖であるが、その傾向は持ち合わせていた。いや、むしろ他の男性諸君よりもそうした物に敏感だった程だ。源吾郎はマトモに女子と交際した事が無く、それ故に女子に幻想を抱きがちであるに過ぎないのだけれど。

 源吾郎はしかし、戸惑いながらも米田さんを拒絶する事は無かった。米田さんがそうした所業に手を染めていたのは、あくまでも野良妖怪として生きていくためにそれしか手段が無かったからだ。しかもそれは遠い過去の事であり、今の米田さんとは関係のない話ではないか。

 それに――動揺を獰猛な笑みで押し殺し、源吾郎は思案を続ける。相手が人間の男たちを手玉に取った女狐だからと言って尻込みするのは、それこそ玉藻御前の末裔らしからぬ行為ではないか、と。

 源吾郎の曾祖母である玉藻御前は、女狐の中の女狐と呼んでも過言ではない存在だ。明晰な頭脳と膨大な妖力を持ち合わせながら、国王や帝を誑かせるような淫蕩な気質の持ち主だったと伝わっているではないか。

 真に先祖の辿った軌跡を再現するならば、米田さんの所業ごときに動じてはならず、むしろ源吾郎の方が欲望に忠実になるべきなのだ。敬愛する曾祖母の事を思うと、源吾郎は冷静な気持ちを取り戻す事が出来た。向き合っている米田さんにしてみれば、驚いたり尻尾を震わせてニヤニヤしているだけに見えたに過ぎなかったとしても。

 

「ああ、それで米田さんも玉藻御前の末裔を名乗る事になったんですかね」

「初めは私がそう名乗ったというよりも、私の事を知ったヒトたちが『玉藻御前の末裔みたいだ』って言いだしたのがきっかけだったのよね」

 

 そういうと、米田さんは背後にある二尾の一方を軽く揺らした。米田さんの尻尾は髪の色と同じくオレンジがかった黄金色に輝いている。

 

「毛並みも狐色というよりも金色だし、玉藻御前も二尾だったって伝承も残っているでしょう。そこで私と玉藻御前を結び付けたみたいなの。私も私で、その方が()()()()()と思って利用していたんだけどね」

 

 ああ、ともはあ、ともつかぬ声が源吾郎の口から漏れた。米田さんが玉藻御前の末裔を名乗る理由は、思いがけぬほど軽かった。その事に、玉藻御前の直系の子孫たる源吾郎は驚き呆れてしまったのだ。

 

「もっとも、私の女狐的活動もそれほど長続きはしなかったんですけれど」

 

 そりゃあそうでしょうね。脳内に浮かんだツッコミを押し殺しつつ、源吾郎は曖昧な表情で米田さんを見やるだけだった。人間を惑わし、化かす行為は妖狐ならば行う事はままあるが、それも度が過ぎれば悪事と見做され、術者に捕縛対象として追い回される事も十分あるのだ。

 米田さんの場合は、少女に変化して(下心のある)男たちから金品や食料を受け取ったりねぐらを提供してもらったりしていた訳であり、故意に人間を殺傷したり喰い殺したりしていた訳では無いらしい。それでも、時に本性が露わになる事があり、謎の金髪美少女は化け狐だと徐々に知られる事となったらしい。

 更に言えば、彼女が玉藻御前の末裔を名乗っていた事も決定打になったのかもしれない。玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちは、思っている以上に組織化されているのだから。

 思案する源吾郎の心中に気付いたのか、米田さんは頷きながら言葉を紡ぎ出した。

 

「島崎君の想像通り、私も悪事を働いている妖怪として、術者たちにマークされるようになったのよね。そして実際に私を捉えた術者は桐谷兄妹だったの。ええ、玉藻御前の真なる末裔にして、島崎君の叔父様と叔母様の事よ」

「ええっ。米田さんが苅藻叔父上や叔母上と交流があるのって、そういう……」

 

 源吾郎が驚く中で、米田さんは静かに頷いていた。その面に浮かぶ笑みがどんな意味を伴っているのかは解らない。

 

「苅藻さんもいちかさんも本当の玉藻御前の末裔でしょ? それに玉藻御前の末裔を名乗る組織は、あの頃にも今と同じように存在していたから……いずれにせよ、自分の親族を騙る野狐が、小さいと言えども悪事を働いていると聞いて、動かずにはいられなかったんでしょうね。

 まぁ実際には、私が関わった人間の男の方にも込み入った事情があったから、私のやった事もそこまで深く罰せられる事は無かったんだけどね。その話は……今はやめておくわ。あまり気持ちのいい話でもないから。

 ともあれ、いちかさんたちの出会いは、私がマトモな生き方を選ぶきっかけになった事には変わりありません。あの二人に恩義があるというのは、そういう意味なのよ」

 

 そう語る米田さんの瞳には、淡い恋慕の情が浮かんでいる事に源吾郎は気付いてしまった。心の奥底で感じているのは恩義ではなく恋慕ではないのか。となると、米田さんは叔父の苅藻に密かな恋心を抱いているという事なのか。

 考えが不穏なものに傾きつつある中で、米田さんは今一度口を開いた。

 

「お二人は本当に優しかったわ。最初のうちは確かに色々あったけれど、その後はいちかさんたちは私の事を本当の妹のように接して下さったし……でもね、その優しさが私には()()()()。優しくしてもらうに値するのか、そんな事ばかり思っていたの。いちかさんたちと距離を置くようになったのも、それが原因なの」

 

 米田さんはそこで一旦口をつぐみ、思案するような素振りを見せた。

 

「自分は誰かに愛されても大丈夫なのか。愛した相手が悲惨な末路を辿らないか。そんな風に思ってしまう事があるの。多分ね、だからこそ私は誰かに恋愛感情を抱くのが怖いのかもしれないわ。

 でも、それでも島崎君の事は、私も気になってしまうの。そこにただ、義弟の面影を見出しているだけなのかもしれないのに……」

 

 その言葉は、あの米田さんが吐き出したとは思えぬほどに気弱な物だった。米田さんはずっと、源吾郎には強くて凛とした姿ばかりを見せていたのだと気付いた。彼女のカミングアウトには驚くべき点は多かったが、その一方で腑に落ちる内容であった事にも変わりはない。

 むしろ源吾郎としては、気弱だろうと湿っぽかろうと、米田さんの本心を知る事が出来た事が嬉しかったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。