九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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そして二人は結論に至る

 ここで今一度、源吾郎と米田さんは無言のままに見つめ合う事となってしまった。別に二人の心が通い合っているだとか、そういう意味ではない。米田さんのカミングアウト、長い長い過去話がとうとう一段落したためだ。

 それも単なる昔話ではなく、重たく暗い過去を内包した物なのだから、尚更であろう。源吾郎は別に、米田さんの話した事に辟易しているなどと言う事は決してない。繰り返すが、むしろ好きな相手の心のうちを知れたことを素直に喜んでさえいた。だがそれでも、重たい話を聞くのは気力を消耗する事なのだ。そしてそれは、語り手である米田さんも同じ事であろう。

 ひとまず水なり残っている紅茶なりを飲んで落ち着こう。そう思ってグラスに手を伸ばした源吾郎は、どちらも空になっている事に気付いた。米田さんの話を聞くのに夢中になっていたために、両方とも飲み干したのを意識していなかった。

 

「……店員の人に言って、お水を頂きましょうか」

 

 そう言う源吾郎の視線は米田さんのグラスにも注がれていた。ラクピスがどれほど飲まれているのかは解らない。だが彼女のグラスの水も残り三分の一程度にまで減っていた。

 

「そうね。折角だから食事も頼みましょう。そろそろお昼の時間も近いし、実はお腹が空き始めたから」

 

 言いながらメニューを差し出す米田さんに、源吾郎は僅かに面食らってしまった。ある意味お腹いっぱいを通り越して胃もたれを起こしかねない話を行った直後だというのに、臆せず空腹を訴える米田さんのマイペースさとたくましさにまず驚いたのだ。

 とはいえ、源吾郎は米田さんの言動を身勝手だなどとネガティヴに受け取った訳では無い。食べる事が大好きな米田さんの気質は源吾郎も既に知っている。それはそれ、これはこれ、と割り切る米田さんの姿はカッコよくもあった。雪羽は米田さんについて「彼女は死の気配と馴染みのある狐だ」などと言っていたが、いついかなる時も食事を楽しもうとする姿勢はむしろ、横溢する生命力や活気の象徴のようにも思えてならない。

 ともあれ源吾郎はウェイターを呼んでランチも注文する事にした。源吾郎が注文したのはハムサンドだが、米田さんは白身魚のフライセットを注文していた。

 ウェイターからは食事と飲み物を一緒に頼めば割引になる事を教えられ、源吾郎はおのれの段取りの悪さに気恥ずかしさを覚えてしまう。先程注文した紅茶なりホットラクピスは単体で注文したという事になっているので、この後食事を頼んでも割引の対象にはならないのだ。

 元より十時半からデートが始まったのだから、喫茶店に入った時点で昼の事も考えておくべきだったのだ。そう思うとやはり、今回のデートも反省点が積み重なるばかりであるように思えてしまった。

 気が付けば、源吾郎の口からはため息が漏れ出てしまっていた。

 

「島崎君。やっぱり重たい話をしちゃったから疲れたわよね」

「違うんです米田さん。折角のデートなのに、段取りが悪くてお気を遣わせる事ばっかりだなぁと思いまして……お昼だって、喫茶店に入った時から考えておくべきだったと思っていただけですよ」

「やっぱり島崎君は真面目なのね」

 

 米田さんはそこまで言うと微笑んだ。その微笑みはささやかなもので、僅かな気だるささえ滲み出ていた。

 真面目なのは良い事よ。源吾郎の心の動きを読み取ったのだろう。米田さんが源吾郎を見据え、しっかりとした口調で告げた。

 

「真面目に色々と考えて、その上で動く妖《ひと》って周りから信頼されて愛されやすいのよ。それに島崎君の姿を見ていると、いちかさんたちの許で過ごしていた時の事を思い出してしまうの。ええ、あなたはいちかさんや苅藻さんの甥っ子ですもの。あの二人に似ている所があってもおかしくはないわ。

 真面目に、誠実な態度で島崎君は私に向き合ってくれているでしょ。だからこそ、私も本当の思いを伝えて、今後どうすべきか話そうと思い至る事が出来たの」

 

 またここで叔父上と叔母上の名前が出てきたのか。米田さんを見据えつつ、源吾郎は何とも言えない気持ちになってしまった。苅藻やいちかの事はもちろん源吾郎も好いている。だが米田さんが彼らの事を口にすると、どうにも複雑な気分になってしまうのだ。

 それはもしかしたら、米田さんが苅藻に思いを寄せているのではないかという不安と嫉妬によるものなのかもしれないが。

 

「島崎君が私と付き合いたいってずっと思っている事は知ってるわ。ううん、それだけじゃあなくて、ゆくゆくは結婚して、夫婦になりたいって思ってる事もね」

 

 冷静に告げる米田さんの言葉に、源吾郎の目が丸く見開かれる。妙な声を上げるという奇行を晒す事は無かったが、それでも源吾郎の心中は様々な絵の具がひねり出されたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。

 いや確かに、米田さんと交際し、その果てに夫婦になる事は源吾郎の望みである。だからこそ、今もこうして米田さんとデートしているではないか。

 しかしとはいえ、そうした想いを伝えるにはきちんと段階を踏んでから行うべきだと源吾郎は律義に考えていた。だからそれまでのデートは日々の暮らしだとか食べ物の好みなどと言う当たり障りのない話を行うにとどまっていたのだ。

 あからさまに付き合ってほしいだの奥さんになって欲しいなどと言い放つ事もなかったし、だらしなく脂下がる事も無かったはずだ。まぁ確かに、米田さんの前では自分が男子中学生になったような気分を味わいはしたが、それでも好意がダダ漏れになっていた訳では無いはずだ。そんな風に源吾郎は思っていた。

 つまるところ、今はまだ表に出すべきではないと思っていたおのれの気持ちを暴かれて、源吾郎ば気恥ずかしかったのだ。

 

「米田さんは全てご存じだったのですね」

 

 視線をテーブルに落としつつ源吾郎は告げた。米田さんが言い当てた事について肯定はしなかったが、それでもはぐらかしたりしらを切ったりする事は無かった。先程の態度で既にバレバレである事は明らかだからだ。それにここで変な態度を取って、話がこじれても大変だ。

 

「それにしても、何故俺の気持ちに米田さんはお気づきになったのでしょうか?」

「何でって、そりゃあ島崎君の態度を見ればすぐに解ったわ。女はね、男性が自分に対してどう思っているのか、そこを見極める感覚が鋭いのよ。

 それにね、島崎君の質問とか話だって、食べ物の事とか仕事の事とか、()()()()()()に根差した事が多かったでしょ。そこでもね、多分一緒に私と過ごす事の事を考えているんだろうなって思ったの」

「あは、ははは……流石ですね米田さん。やはり優秀な妖狐だけあって洞察力も鋭いですね」

 

 源吾郎の顔に浮かんでいるのは照れ笑いだった。何のかんの言いつつも、源吾郎は金毛九尾・玉藻御前の末裔である。相手を惚れさせるどころか自分がどっぷりと惚れ込んでおり、しかもそれを相手に悟られていたとは。これには源吾郎も失笑が漏れてしまった。或いは男狐と女狐の違いに過ぎないのかもしれないけれど。

 だがあけすけな米田さんの言葉を聞いているうちに、源吾郎はそれこそ憑き物が落ちたような晴れやかな気分にもなっていた。もう既に自分の思いは見抜かれているのだから、思いのたけをぶつけても問題は無かろう。そんな考えに辿り着いてしまったのだ。

 

「ああ、ですが米田さん。僕だってちゃんと段階を踏んでいかないといけないって事は解っています。僕も来月やっと十九になる所ですし、新入社員というかペーペー扱いですからね。だからその……すぐに結婚したいとか、そういう話を米田さんに振る事はありませんので、ご安心ください」

 

 思っていた事を一気に吐き出したために、源吾郎は早口でまくし立てる形となっていた。ともあれ米田さんには、恋心は寄せているが、さりとてすぐに結婚を迫るような考えなしではない事だけは伝えたかった。

 就職を機に一人暮らしをはじめ、いっぱしの社会妖《しゃかいじん》ぶっている源吾郎であるが、自分が仔狐に毛が生えた程度の存在でしかない事は十二分に解っていた。現在は紅藤の保有する居住区に居候する形になっているし、未だに親兄姉や親族からはマトモに暮らしているのかと何かと心配されているのだから。

 そもそも論として、()()の男であったとしても十九で結婚に至るというのは、現代の日本では早婚になるだろう。まぁ確かに子を授かったからという事で急遽結婚するようなヤンキーなどもいるにはいるが、そういうものは特例中の特例である。

 ましてや源吾郎は純血の人間ではなく妖狐の血を受け継いだ半妖でもある。そういう意味でも、結婚適齢期というには()()()()のだ。

 そんな風におのれの若さについてああだこうだと考えていた源吾郎であったが、重要な事を言い忘れていたのを思い出し、米田さんに対して言い添えた。

 

「あ、もちろん決定権は米田さんにあるのです。さっきの話はあくまでも米田さんが僕を受け入れたという前提で進めている話だったんですが……お嫌ならはっきりとそう仰ってください。僕は米田さんの意見を尊重します。それもまた()()()でしょうから」

 

 源吾郎はここでまたも俯いてしまった。愛の形などと言った事に照れてしまったのだ。真面目に考えれば気恥ずかしい事この上ない台詞であるし、そもそもまだ自分は米田さんに愛しているなどと言った事はまだないではないか。

 顔をあげて、島崎君。米田さんの声には笑いが混じっていた。笑い声を耳にした源吾郎は、心がほのかに暖まるのを感じた。嘲笑や侮蔑が籠っている訳では無いと、好意や無邪気なおかしさゆえの笑いであると解っていたからだ。

 

「回りくどい事をせずに、私もあなたみたいにはっきりと言うわ。島崎君。私もあなたと付き合いたいと思ってるの。本当は、まだ島崎君に対する気持ちがどういうものなのか、はっきり定まってないの。だけど何度も会ううちに、その気持ちがはっきりしていくと思ってるわ。

 さっきも私ばかり長話しちゃったけれど、それも何故私が島崎君に対してそんな思いを抱いているのか、理解してほしかったからなの」

「と、とりあえず、米田さんは僕と付き合ってくれるんですね!」

 

 諸々の難しい話は全てすっ飛ばし、源吾郎はひとまずその事を問うた。米田さんは源吾郎の言葉に頷いている。若干気圧されたような表情を浮かべてはいたけれど。

 

「……私もね、島崎君の事は気になり始めていたの。それがもしかしたら、島崎君みたいな恋心なのかどうかは解らないけどね。ひとまず付き合ってみて、それでお互いずっと一緒になれるかどうか考えてみましょう。結婚とか将来の事を考えるのはもうちょっと先になるわね。島崎君はまだ若いし、私も私で、家族を持てるような狐なのか自信がないもの」

「大丈夫ですって米田さん。家庭的な面は僕がカバーしますんで! まぁ何と言うか料理方面になるんですけどね。いや……一人暮らししてるんで他の家事にも自信はありますよ」

 

 前のめりになった源吾郎の言葉に、米田さんの面にも安堵したような笑みが浮かんだのだった。

 源吾郎は遂に、米田さんの気持ちを知る事が出来た。のみならず、正式に交際する事にまでこぎつけたのである。

 もっとも、結婚云々というシリアスな単語が飛び交う時にウェイターが料理を運びにやって来たので、源吾郎は少し気まずい思いをしてしまったのだが。そしてそのウェイターは、よく見れば職場の新年会で見かけた相沢青年だったのだ。

 別の店舗でも店員を融通し合っているのか、あの居酒屋とこの喫茶店はグループ企業だったのか。はたまた店同士の連携は無くて相沢青年が掛け持ちのバイトをしているだけなのかもしれない。ともあれ世間は狭かった。

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