九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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幕間:野良妖怪と人魚伝説
半妖狐は妖術を語る


 使い魔のホップの事を今一度話たり、米田さんは小鳥が好きなのかどうかを聞いてみたりなどと言った小鳥絡みの話が一段落したところで、米田さんは窺うような眼差しを源吾郎に向けた。

 窺うというにはあまりにも鋭く、そして獣性を覆い隠さぬような眼光と表情に、源吾郎の尻尾の毛が逆立つ。

 

「あの……どうされましたか米田さん」

 

 あ、ごめんね。おずおずとした調子で源吾郎が尋ねると、米田さんはやや頓狂な声音で謝罪した。その顔には驚きの色が浮かんではいるが、先程のような鋭さは無い。

 

「散策の最中に、島崎君は認識阻害術を展開しているって話していたでしょ。その術がどんな感じなのか気になって見定めていたのよ。ええ、確かに周囲の空気とか妖気とかがぼやかされている感じなのね」

 

 これほどの術であれば、人間のみならず普通の妖怪でも認識を欺く事が出来るだろう。明るい調子で語られる米田さんの分析に、源吾郎は思わずうなり、また納得してもいた。納得したのは、先程米田さんが見せていた鋭い表情である。源吾郎の言動が何か気に障ったのではないかと不安を感じてもいたのだが、単に術を見定めていただけであると知り安堵した。

 それとともに、文字通り認識を阻害する認識阻害術を見定めていた米田さんの眼力の鋭さに驚嘆してもいた。

 認識阻害術は散策を始めた頃からずっと続けていたのか。間を置かずに放たれた問いに源吾郎は頷いた。米田さんのその面に浮かぶのは、納得というよりも疑問に近い表情だった。源吾郎はまたも慌てて口を開いた。

 

「もしかして、ずっと認識阻害術を展開している事がお気に障りましたか?」

 

 言いながら、源吾郎は周囲をさっと見渡し、それから隣に座る米田さんに視線を戻す。人気のない公園に二人きり。訪れる者は地元民でも鳩くらいであり、ヒトが来る気配は全く感じられない。

 ただでさえ人気のない所である。その上で源吾郎と米田さんの周囲に認識阻害術を展開しているのだ。米田さんが警戒しても何らおかしな事は無い。源吾郎はそんな結論に行き当たった。

 元より米田さんが用心深い気質を持ち合わせている事は知っている。他人から貰う食事には気を付けるようにと宮坂京子(を演じていた源吾郎)に注意喚起を行っていたではないか。更に言えば、今回のデートの時だって、やむなく席を立った後はウェイターを呼んでグラスを下げて貰っていた訳であるし。

 警戒させてしまったのならば、その誤解を解かねばならない。源吾郎は手ぶりを交えながら言葉を紡ぐ。

 

「ええと、認識阻害術は僕にとっては普段使いの術なのです。元々人間として暮らしていましたので、尻尾だけじゃなくて妖気とか本性も隠さないといけなかったので……なのでまぁ、散策の折に展開させてから、今もずっとその術を持続させているだけに過ぎません」

 

 源吾郎はここで一旦言葉を切ると、深々と息を吸い込んでから言い足した。ここからが本題ではあるのだが、どうにも緊張してしまう。

 

「なので米田さん。今も認識阻害術を展開し続けている事には深い意味はありませんのでご安心ください。この公園に来たのももうちょっと話がしたいなって思っただけですし……悪だくみなんかは、全く……」

 

 ああやはり、余計な事を言えばそれはそれで米田さんを心配させるのではなかろうか。それにしても、米田さんの前だとどうにも思っていた事を上手く制御して伝えるのが難しくなってしまう。源吾郎はおのれの頬に手を添えながら、今しがた口にした事についてひとり反省していた。

 米田さんはしかし、源吾郎を見つめながら朗らかに微笑むだけだったのだ。

 

「大丈夫よ島崎君。私は別に、島崎君の事を警戒したり、何かを疑ったりしている訳じゃあないのよ。ただ単に、認識阻害術なんて()()な術を、ずっと使い続けている事に驚いただけなの。普段は使わないで、ここぞという時に使っているのかなって思っていたからね」

「そういう事だったんですね」

 

 源吾郎はそういうと、安堵の息を漏らしていた。米田さんが警戒していない事を知り、それどころか源吾郎の認識阻害術に強い関心を持っている事を悟ったためだ。やはり好きな相手に警戒されると心がしんどくなるし、自分が行う妖術を凄いと言ってもらえると嬉しいものだ。

 それにしても、自分が普段何気なく使っている認識阻害術も高度な術だと米田さんは認識しているのか。密かに承認欲求が満たされた気分になり、源吾郎は頬を緩めた。認識阻害術というか、源吾郎が行使する妖術について、ここまで高く評価されるシーンはかなり少ない。

 やっぱり彼女が出来るって最高やな。源吾郎の思考はいつの間にか斜め上にぶっ飛んでいた。米田さんの視線は源吾郎の四尾に向けられ、それから源吾郎の顔へと戻った。

 

「島崎君も妖力の保有量自体は多いから、妖術を使い続けていてもあんまり負担にならないのかもしれないわね」

「……僕は半妖なので、本来の姿も人ベースなんですよね。人間に擬態するにしても、尻尾を隠すだけで済みますし。もしかしたら、他の妖狐や獣妖怪の皆さんよりも変化術にリソースを使わない分、結界とか認識阻害の術に割く妖力を多めに割り当てられるのかもしれません」

 

 変化術に使うリソースが、普通の妖狐よりも少ない。この源吾郎の持論もまた事実に基づいたものである。隔世遺伝や先祖返りによって妖狐の特徴を色濃く発現した源吾郎であるが、それでもやはり彼は半妖で、人間の血が濃いのもまた事実だった。それ故に、本来の姿も尻尾を生やした青年という人間に極めて近いものなのだ。他にも細々とした部分に狐としての特徴が現れてはいるものの、尻尾を隠せばほぼ完全に人間になりきれるのだ。

 一方、純血の妖狐は文字通りキツネの妖怪であり、本来の姿は動物のキツネと大差ない。厳密に言えば妖力の保有量で身体の大きさや尻尾の数が変動するのだが、それでも四足歩行の動物である事には変わりはない。

 本来であれば四足歩行の動物である妖狐やら獣妖怪が、二足歩行である人間の姿に変化して擬態するのだ。妖力や妖術のバックアップがあったとしても、それは中々に大変な事であろう。そんな風に源吾郎は思っていた。

 源吾郎は今一度米田さんを見やる。普段は人型を取っている彼女も、妖狐であるから本来の姿はキツネである事は言うまでもない。源吾郎も裏初午の折に、彼女の本来の姿を見る事があった訳であるし。

 

「米田さん。やっぱり米田さんも人型に変化し続けるのってしんどかったり疲れたりするんでしょうか」

 

 若干の気遣いと多少の好奇心を織り交ぜつつ源吾郎は問いかけた。その問いを受けた米田さんは、頬に指を当てて思案顔を浮かべている。

 

「そうねぇ、この人型変化を覚えてからもうかなりの年月が経ってるから、人型になったり、人型を維持し続ける事がしんどいとか、そういう事はあんまり考えないかな。昔と違って野良犬も大分少なくなったし、むしろ人型の方が仕事の上では怪しまれない場合も多いからね。

 と言っても、家でしっかり休んだり寝る時は変化を解いて本来の姿に戻っているわ」

「寝る時は変化を解いてらっしゃるんですね。僕も流石に寝る時は変化を解いているので、同じですね」

「多くの妖怪は寝る時には本来の姿に戻るものだって私は思っていたんだけど……うふふ、確かに同じね」

「雷園寺のやつは人型に変化する手間を省くために、寝る時も人型を保ったりするみたいなんですよう」

 

 うっすらと微笑む米田さんを見やりながら、源吾郎はおどけたように言葉を続ける。それから二人は会話もなく、しばしの間笑いあっていた。寝る時は変化を解いて寝る。他の妖怪とも相通ずるものなのかもしれないが、二人の間に共通点を見出した事が、源吾郎には嬉しくて仕方がなかったのである。

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