「……まぁ雷園寺君も狐じゃなくて雷獣ですし、妖力の保有量も結構多いみたいなんで、普通の若妖怪とは違う所もあるんでしょうけどね」
ひとしきり笑って落ち着いたのちに、源吾郎は冷静な口調でそう言った。もちろん、「三尾の雷園寺よりも四尾である僕の方が、妖力の保有量は上なんですけどね」とアピールする事も忘れない。
雪羽の名を聞いた米田さんの顔がにわかにほころんだ。微笑ましい物を見出したかのような、それでいて源吾郎に対して向けていた物とは異なる種類の笑顔である。
「そう言えば、雷園寺君も今は研究センターで働いているって話だったわね。あの子も元気かしら?」
「ああ、はい。雷園寺君も元気そのものっすよ」
米田さんの問いに、源吾郎は即座に頷き素直に応じた。デート中なのに別の男の話をするなんて、と嫉妬する事は無かった。雪羽は二人の間では共通の知り合いであるし、源吾郎もまた雪羽の事は友達として好いていたからだ。それに何より、米田さんに慈しむような眼差しを向けられれば、素直に応じる事こそが正しい事だと思う他ないだろう。
もしかしたら、米田さんは雷園寺に
もちろんそんな事は口にはしない。墓の中まで秘めておくようなものだと源吾郎は思い直した。
「僕も最初は雷園寺君に対して色々と思う所もありましたが……あいつもあいつで立派な漢に違いありません。弟妹達のために、他の
気付けば源吾郎が眼差しを遠くに向け、その頬に乾いた笑みを浮かべていた。ドスケベな悪ガキとしてやりたい放題の日々を過ごしていた雪羽であるが、実は彼の中には「弟妹の為に強くなる」という極めて崇高な思いがしっかりと根付いていたのだ。ハーレムだのなんだのと自分の欲求を優先して強くなる事を目指していた源吾郎などよりもうんと立派な目的が雪羽の中にある。そういう意味では源吾郎は完敗だった。
ついでに言えば、ドスケベでやりたい放題の悪ガキだった雪羽の姿は今や過去形である。グラスタワー事件の折に萩尾丸に身柄を引き渡され、再教育を受けた事により、彼の悪ガキ成分はきれいさっぱり押し流されてしまったのだから。
ここ数日は諸般の事情で三國の家に戻されているという事であるが、きっと幼い双子の面倒を見、優しいお兄ちゃんとして振舞っている事であろう。
「前も話したかもしれないけれど、島崎君と雷園寺君が仲が良さそうで私も安心したわ。何しろあんな出会い方をしてしまっていた訳だし。雷園寺君も雷園寺君で、結構ヤンチャな言動が目立っていたみたいだから……」
「僕が言うのもなんですが、そこは確かに不思議な所だなぁって自分でも思いますよ。雷園寺君が研究センターに来てすぐの頃なんかは、互いに様子を窺うような間柄だったんですからね。だけど、戦闘訓練で手合わせをしたり、一緒に仕事をしているうちにだんだんと打ち解けちゃったんです」
言いながら、源吾郎の脳裏には様々な思い出やら感情やらが浮かんでは消えていった。もちろん、全てが雪羽に関わる事柄である。特に多いのは、戦闘訓練での一コマだとか、それ以外のシーンで雪羽とじゃれ合ったり他愛のない話で盛り上がったりしている一コマだった。ほじくり返した記憶の中でさえも、源吾郎は雪羽と仲が良かったのだ。
「……実を言えば、雷園寺君と戦闘訓練を重ねたおかげで、僕も攻撃方面の術をよりよい物に改良できたようなものなのです。妖力の保有量は僕の方が上回っていますが、戦闘能力そのものはあいつの方が格段に上ですからね。正直なところ、僕は攻撃術の類は得意分野とは言い難いのです。もしかしたら、裏初午で牛鬼と闘った時の事を覚えておいででしょうし、そうは見えないかもしれませんが」
言い添えた源吾郎の最後の言葉に対し、米田さんは微笑みながら首を振った。
「島崎君が本当は闘うのが苦手なんだろうなって事も、私はちゃんと解っているわ。生誕祭の時に宮坂京子として立ち働いていた時だって、お昼のおかずを取り分けられなくて途方に暮れていたでしょう」
「あ、そ、その事は忘れてくださいよ……!」
生誕祭の事を引き合いに出された源吾郎は、思わず顔を赤らめるほかなかった。だが確かに、あの時バイキングで源吾郎が他の女子妖怪たちに気圧されておかずを満足に確保できなかったのは事実である。
というよりも、そもそも源吾郎はおかずやおやつ、或いは玩具の類を兄弟と相争って奪い合うような真似を経験した事が無かった。それもやはり、源吾郎が末っ子であり、しかも兄姉らと歳が離れていたがためである。おやつや玩具などの嗜好品は兄妹と奪い合うものではなく、親兄姉から賜るものであり、そもそも奪い合う必要も発想すらなかったのだ。
妖力の保有量が多いにも関わらず、攻撃術が苦手である。それはつまるところ、穏和で争う事が根本的に苦手であるという源吾郎の気質に根差すものだったのだ。
だがそれでも、と源吾郎はまなじりを釣り上げて思う。もはやただただ闘わずに安穏と生きていける日々は既に終わったのだ、と。自分の地位を得るために、大切なものを護るために闘わねばならない。そうした立場に身を投じているのだと源吾郎ははっきりと思っていた。
「……確かに僕も苦手な所はあります。ですがそこも少しずつ克服して、立派な大妖狐になれるように今後も精進しようと思うのです」
源吾郎の口から言葉が紡がれる。米田さんが不思議そうな表情を見せて首を傾げていた。
「俺はこれまでも強くなる事を望んでいました。ですが今、その思いが一層強まったのです。それは米田さん、あなたの為でもあるのです」
ベンチに座ったまま、源吾郎は米田さんの方に半歩ほどにじり寄る。彼女が何か言い出す暇を与えず――と言っても何かを話し出す気配はそもそも無かったが――言葉を続けた。
「雷園寺のやつは、俺たちみたいな貴族妖怪の伴侶にも強さが必要だと言っていました。いざという時に、おのれの身を護り伴侶の窮地を救うためにはそうでなければいけないとあいつは思っているのでしょう。もちろん、僕の身にもこれからも色々な出来事が降りかかるかもしれません。米田さんのお手を煩わせる事もあるのかもしれません。
ですが、それでも僕は、あなたの事を護って差し上げたいと思うのです。米田さんの窮地は僕が打ち破って差し上げますし……もし何か悩んでいる事があれば、僕が助けになりたいと思っているのです」
これこそが源吾郎の告白だった。米田さんに対する思いを白状し、その上で強さを求めている事の正当な理由を口にしたようなものと言えよう。
米田さんは静かに源吾郎の言葉に耳を傾けていたが、ややあってから穏やかな笑みを見せたのだった。
「ありがとう、島崎君。私の為に色々と考えてくれているのね。でもね、あんまり背伸びし過ぎて無理しないでほしいの。島崎君は今のままでも……十分に頑張っているんだから。私にはちゃんと解っているから、ね」
大げさに称賛するでもなく、しかし冷たくあしらうでもないその言葉は、確かに米田さんらしい発言と言う他なかった。