九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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狐術者は忙しく、ゆえに癒しを求めるなり

 私と仕事のどちらが大事なのか。その質問はむしろ米田さんより()の方が投げかけそうだなぁ。全くもって詮無い事を源吾郎は思っていた。

 そして源吾郎がそんな事を思っている間にも、雪羽は思っていた事を口にし始めていたのだ。雪羽は聡い部分も持ち合わせているが、思いついた事をすぐ言葉や行動に移しがちな特徴も持ち合わせていた。そしてそれは、源吾郎と相対している時などによく見られる事でもある。

 

「米田の姐さんは仕事熱心なお方だから、むしろ自分の方が仕事に没頭しちゃう傾向にあるかもしれないっすね。いやまぁ傭兵って事でいつ仕事が回って来るのか解らない所もあるみたいなんで、それはそれで致し方ないのかもしれないけどさ」

 

 言われてみればその通りだな。源吾郎は米田さんとのやり取りを思い出しながら頷いていた。

 源吾郎の日々のスケジュールは極めて単純な物である。平日は仕事、土日は休日とすっぱり切り分ける事が出来るからだ。たまに平日に有給を取得して休みにしたり、祭日が出勤日になる事もあるにはあるが、それはまぁ例外と見做しても問題ないだろう。社会妖としての源吾郎のスケジュールが解りやすいのは、彼が正社員という立場だからである事は明らかだ。

 一方の米田さんには、源吾郎のようなスケジュールの法則は当てはまらないという。休日に仕事が回ってきたり、あべこべに平日が休みになる事もままあるのだと彼女は言っていた。それは彼女が傭兵稼業・使い魔稼業に身を置いているためである事は源吾郎も理解している。傭兵にしろ使い魔にしろ、術者と共に妖怪社会(たまに人間社会)の秩序と平和のために闘わねばならない。よく考えてみれば、術者として働く叔父や叔母――二人とてそれこそ使い魔として下積みした時期もあっただろう――もまた、休日・祭日・年末年始など無関係に何かがあれば働いていたではないか。

 そんな事を思っていると、雪羽がふいに真剣な表情になって言い足した。

 

「それこそさ、昨日の水産施設での()()……いや事故の現場を収めるのに駆り出されたりしたんじゃないの?」

「いいや、米田さんはその現場整理に駆り出されはしなかったよ。一昨日は俺に会うために吉崎町に来てくれたけど、昨日は休みだったから一日中のんびりなさってたそうだよ」

「そっか。米田の姐さんもたまには休まないともたないよな」

 

 思案顔の雪羽を見やりながら、源吾郎はふとある事を思い出した。そしてその思い出した事を口にしていたのだ。 

 

「だけどな雷園寺君。流石に叔父や叔母は現場に駆り出されたみたいなんだ。あの二人は阪神地区を拠点にしてるからさ。実は昨日起きた水産施設の事故についても、叔父上から電話で教えてもらったんだけど……」

 

 源吾郎はそこまで言って、ひたと雪羽を見やる。食い入るように話を聞く気配を感じたからだ。翠眼の奥にある瞳孔は大きく開き、あからさまに興奮と興味の念をこちらに伝えていたのだ。

 

「それはそうと雷園寺君。君はさっきから水産施設の事故とやらについてとても気になっているみたいだけど、何でそこまで気にしているんだい? 君が普段通りに出社している事を見れば、君や三國さんたちがあの事件に関与してしまったとは考えづらいんだけど……」

「叔父貴や俺はあの事件に直接かかわってないさ」

 

 雪羽はきっぱりとそこまで言い切った。彼の主張はここで終わりではないらしい。だが何故か視線を動かし唇をもごつかせ、何処か言いにくそうな素振りを見せている。

 

「だけどラス子とか戸川の兄貴とかが……()()()()()だった連中が関わってたみたいなんだ。ラス子からは碌な事にならなかったって昨夜電話もかかって来たしね」

 

 そういう事だったのか。これまでの雪羽の挙動に合点がいき、源吾郎は深く息を吐いた。ため息をつくような動作でもって、胸の中に溜まり始めた言葉を吐き出さないように源吾郎は努力してもいたのだ。

 オトモダチの事が絡むのであれば、雪羽が言い澱むのも無理からぬ話だろう。源吾郎は雪羽のかつての取り巻き達の事を嫌悪しているし、雪羽もその事を知っているからだ。意外にも雪羽は空気を読む術に長けている所もあるし、更に言えば源吾郎に嫌われたくないと思っている節もあるらしかった。

 誰かに嫌われたり誰かに好かれたりする事を気にせずに、あるがままに生きて行けば良いんじゃないか。雪羽に対して、時々源吾郎はそんな言葉を投げかけたくなる時もあった。しかし当の源吾郎は年長者に巧く取り入っているように見える事もしばしばあるので、そんな事は口には出来ないのだが。

 それに、雪羽が思っている事についての一部は、自分が迂闊に口出ししてしまえばややこしい事になるというのも解っていた。源吾郎はだから、心の中で蠢く負の感情を抑え込み、雪羽に対して微笑みかけるだけなのだ。

 それでも源吾郎の心の動きは、雪羽には丸解りなのだろう。いつの間にか彼は、怯えた子供のような目で源吾郎を見ていた。かつて三國にもそんな眼差しを向けていた事があるのかもしれない。源吾郎はいたたまれなくなって視線を逸らした。

 

「ああ、まぁあの事件の話はこれくらいにしとくわ。苅藻さんたちも親切だから先輩が聞けば教えてくれるでしょうし、そうでなくても事件の全容はおいおい明らかになるでしょうからね」

「そういう事にしとこうか」

 

 雪羽の言葉に源吾郎はただそう言って頷くだけだった。また近いうちに実家に戻ったり、叔父たちに顔を合わせなければならないな。雪羽の先の言葉から、源吾郎はそんな事を思っていたのだ。特に実家に戻るというイベントは外せないだろう。

 本来ならば、この前の土日で実家に戻り、両親や長兄を安心させれば良かったのかもしれない。だが実際には米田さんとのデートを優先したのである。そもそも両親や兄らは、裏初午の事件があった直後に源吾郎の許に来訪していたのだ。源吾郎が実家に立ち寄るのが若干遅れても、そんなに心配する事は無かろう。一応生存報告的な連絡は、長兄なり母なりに行ってはいる訳だし。

 雪羽と目が合うと、彼は笑みを作ってから再び話し始めていた。含みも取り繕ったような気配もない、心からの無邪気な笑顔だった。そしてそれを見ていると、源吾郎もホッとしたような心持になっていた。

 

「ごめんね島崎先輩。先輩の戦果について話そうとしていたのに、気が付いたら大分脱線しちゃってさ。

 とりあえずさ、米田の姐さんは先輩の可愛さとか弟的な雰囲気とかに心を惹かれて、それで彼女になるって事を決心してくれたんでしょ。それはそれで良い事だと思うっすよ先輩。可愛さは武器になりうるんですから、ね」

「まぁ確かに、可愛いは正義なんて言葉もあるけれど」

 

 一転してデートの結果に話が戻ったのであるが、源吾郎は雪羽の圧に押されてタジタジだった。可愛いが武器になる。そう言ってのけた雪羽の言葉や表情には、いつになく真剣な物が宿っている。それこそ、可愛さとか可愛げとかとは対極にありそうな代物だった。

 

「特に島崎先輩は末っ子気質で可愛がられるのがお上手ですし、自分だってその事をきちんと自覚なさっているじゃないですか。それで米田の姐さんは、どっちかって言うとハードな仕事に日夜明け暮れている訳でしょう。そりゃあまぁ、マッチョで頼れる男なんぞよりも、可愛くて自分をくそほど愛してくれる男の子から癒しを摂取したいとかって思っても致し方ないんじゃないですかね。まぁこれは俺の推測ですけど」

「妙に回りくどい言い方をするじゃないか、雷園寺君」

 

 興奮気味に紡がれた雪羽の言葉たちを前に、源吾郎はさも得意げに鼻を鳴らす。

 

「要するに、俺と米田さんは相性の良いカップルだって言いたいんだろう。俺だってアホじゃあないんだからさ、クドクドと説明しなくとも、その一言だけで済むだろうに」

 

 気障ったらしく厭味ったらしい言葉だったかしら。一瞬源吾郎はそう思ったのだが、雪羽はその言葉を聞いてただただ笑い返すだけだった。

 

「それはまぁ、島崎先輩が一番聞きたい言葉ってだけでしょ。まぁ確かに先輩と米田の姐さんの相性が良さそうなのは俺も同感ですけれど。

 だけど先輩。おデートして、米田の姐さんが彼女になってくれたからって、そこで油断は禁物っすよ。付き合うって言うのはゴールじゃなくてむしろそこでスタートラインに立ったようなものなんですから、ね。彼女になった相手の好感度がずっとそのままで変わらないなんてのは、それこそギャルゲーの世界でしか通用しないんですぜ」

「おい、雷園寺。どさくさに紛れて何を変な事を言ってるんだよ!」

 

 雪羽のありがたいアドバイスにツッコミを入れつつも、源吾郎と雪羽は互いに顔を見合わせながら笑い合っていた。

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