九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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問わず語りの兄弟話

 男子学生よろしく笑い合っていた源吾郎と雪羽であるが、先に笑うのをやめたのは何と雪羽の方だった。源吾郎の顔を覗き込み、さも不思議そうに小首を傾げながら、雪羽は言葉を紡ぐ。

 

「それにしても、島崎先輩ってば真面目な妖《ひと》だよなぁって思ってましたけど、さっきの反応で一層そのイメージが補強されちまいましたよ。真面目を通り越して堅物じゃあないっすか。まぁ、その方が女の人には安心感はあるんでしょうけどね!」

「……褒めてるんだか貶してるんだかどっちなんだよ、雷園寺よ」

 

 別に貶してはいないんですけどね。気だるい源吾郎の問いかけに雪羽は即答した。普段のあっけらかんとした態度とは異なり、何故か何かを思案するような素振りを見せながら。

 その表情の意味を考えている間にも、雪羽は思っていた事をこちらに問いかけていた。

 

「てか思ったんですけれど、先輩って彼女と付き合うコツとかデートの進め方みたいな事って、先輩のお兄様方にはご相談なさらないんですか? よくよく考えたら、米田の姐さんと付き合う事のアレコレとかも、ずっと俺には相談しているみたいですけれど、お兄様方に相談なさったって話は聞きませんし……」

「あ、兄上たちに俺のデートの事について相談するだって!」

 

 驚いた源吾郎は、半ば叫ぶような口調でもって問いかけていた。雪羽は一瞬面食らったような表情を見せたものの、頷きつつ言葉を続ける。その顔に浮かぶのは驚きよりも強い疑問の念だった。

 

「先輩は末っ子で、歳の離れたお兄様が三人もいらっしゃるんでしょう? 確か庄三郎さんが一番下で年が近いってお話でしたけれど、あのお方だって十分大人ですし、そもそも先輩はお兄様方に可愛がられて育ったってお話だったじゃないですか。先輩だって何だかんだ言いつつもお兄様方の事を信頼しているでしょうから、人生の先達としてその手の話をご相談するのも何もおかしくないと思うんですがね」

「そうは言っても雷園寺君。恋愛事という分野に限定して言えば、うちの兄たちからは()()()情報を得る事は出来ないんだよ。誠に残念な事に、ね。

 確かに俺には兄が三人もいて、一番上の宗一郎兄様などは、それこそこの俺とは父親と息子という年齢差があるくらいなんだ。二番目の兄と三番目の兄ともそこそこ歳は離れているよ。だけどな、兄上たちは揃いも揃って独身で、しかも私生活とかで女の影が見え隠れするような手合いじゃあないんだよ。むしろ率先して恋愛事を避けているような節もあるくらいなんだ。そんな事が解っていて、どうして兄上たちに恋愛事に関する相談ができるというのさ」

 

 源吾郎は知らず知らずのうちに、鼻息を荒くしながら兄らの事についてまくし立てていた。玉藻御前の末裔として、兄らの恋愛観については思う所があったためだ。

 源吾郎の三人の兄たちはいずれも独身だった。ついでに言えば、源吾郎の知る限りでは特に恋人や彼女がいるという訳でもない。兄らは恋愛に興味が無かったり、恋愛そのものを忌み嫌い避けているような節があるのだ。

 特にその傾向が顕著なのは、長兄の宗一郎と末の兄の庄三郎の二人である。彼らは積極的に、自分が色恋にうつつを抜かさないように注意を払い、それぞれ仕事なり創作なりに没頭しているような手合いだった。二番目の兄である誠二郎についてはよく解らない。ただ彼も仕事とか興味のある事に没頭しがちなきらいがあるが。

 人間として育つかどうか解らないような仔を、異形に育つ仔を無責任に産ませて育てる事なんて僕には出来ない。恋も愛も所詮は薄汚い欲望に過ぎず、僕はその事に絶望した――兄らの主張はおよそそのような物である。そしてその主張を源吾郎が覆す事などは不可能なのだ。ついでに言えば、宗一郎が「愛する女性と結婚し、平凡だが幸せな家庭を作る」というささやかな未来予想図をぶち壊したのが()()()()()()だったりするので、尚更兄らの恋愛観に口出しする事は出来なかった。

 兄上たちが子孫を残す事に無関心だから、その分まで俺が頑張らないと。せいぜいそう思うのが関の山だったのだ。

 とはいえ、こうした兄たちの恋愛観については、今ここでつらつらと語るつもりは無い。長丁場になるし、込み入った所まで雪羽が関心を持つかどうかも定かではないからだ。

 だが、源吾郎が思案顔を浮かべていたのが気になったのだろうか。雪羽は源吾郎を見やりながら言葉を紡ぐ。

 

「そっか。先輩のお兄様方ってそんな感じだったんだね。庄三郎さんは誰とも付き合ってないって事は匂いで解ったけれど」

「庄三郎兄様は無性愛者《アセクシャル》で……要は誰とも恋愛関係を結びたくないって考えの持ち主なんだ。実はご先祖様から魅了の力を受け継いだんだけど……その能力のせいで恋とか愛という物に絶望してしまったのさ」

 

 庄三郎の能力のおぞましさと、それを上回る彼自身の苛烈な思いについては、弟である源吾郎はよく知っている。今でこそ穏やかに暮らしている庄三郎であるが、思春期の頃は魅了の力を棄てようと躍起になった事もあったらしい。魅了の力を喪えるのであれば、嬉々として()()()()ぐらいの事は仕出かすような男なのだ。ヒトの心を意のままに操りかねないその能力は、皮肉にも持ち主の心を振り回し続けていたのだ。その庄三郎が心の安寧を得ているのは、単に芸術という()()()を得る事が出来たからに過ぎない。

 

「それじゃあ、宗一郎君は――?」

「宗一郎兄様はな、心身ともに()()の俺が生まれた事に恐れをなしたんだ」

 

 源吾郎は言いながら笑っていた。雪羽が「宗一郎君」と呼ぶのを聞いて、おかしな気分になったためだ。確かに雪羽と宗一郎は歳が近く、お互い幼子の頃に顔を合わせたのだという。しかしだからこそ、父親代わりだった長兄が雪羽に君付けで呼ばれているのが不思議でならなかった。雪羽が少年のような姿だから尚更だ。

 

「それで宗一郎兄様は諦めたんだよ。好きな女性と結婚して、子供を設けて幸せで平和な家族を作るって言う青写真をな。俺が産まれた時、宗一郎兄様もまだ十八だったんだ。自分も弟妹達も人間として育ったのに、末弟であるこの俺が心身ともに妖怪として生まれた事がショックでしょうがなかったんだろうね。もしかしたら、玉藻御前の血からは逃れられないって思い知ったのかもね。

 元々宗一郎兄様はモテる方で、しかも高校時代にはちゃんとした彼女がいたらしいんだって。でも兄様はそういう色恋沙汰を放棄して、異形丸出しで生まれた末弟を人間らしく育てる事に心を砕くようになったんだよ。末の弟がきちんと()()()()()育ったなら、自分が結婚したり子供を持っても大丈夫だろうって願掛けしていたんだろうね」

「でも先輩は妖怪として育つ事を選んじゃったよね? しかも宗一郎君が願掛けをしている事まで()()()()()()()()()()()

 

 雪羽の言葉は刺々しかった。先の話について、源吾郎ではなく宗一郎に感情移入していたからに他ならない。そもそも雪羽は源吾郎について、人間として育てようとした親族の意向に反した悪ガキだと思っている節があるのだ。源吾郎にしてみれば、長兄も自分も身勝手に振舞い、それでどうにか折り合いがついたのだと思っているというのに。

 だがこの事について主張を始めれば、それこそ収拾のつかない事になるのも源吾郎は解っている。源吾郎と雪羽では家族観や家族との関係性が大きく異なっている。従って主張も異なる上に、雪羽はおのれの意見を押し通そうとする節があるのだ。

 そういう事が解っているから、源吾郎は敢えておのれの意見を主張しない事がある。他の誰かと意見が食い違う事など源吾郎にはごく当たり前の事であるし、しょうもない事で争うのはエネルギーを消耗するだけだと解っていたからだ。

 それに雪羽もそれほど根に持つタイプではない。彼の興奮も一過性で、別の考えが浮かべばすぐに落ち着きを取り戻す事も大体解っていた。

 現に今も、刺々しくほのかな怒りを孕んでいた眼差しも、にわかに和らいでいるではないか。

 

「……まぁ先輩の所も先輩の所で色々とおありでしょうね。ですが島崎先輩。もしかして先輩が恋愛の方面でちょっと堅物な所があるのって、もしかしたらお兄様方の、もっと言えば宗一郎君の影響とかもあるんじゃあないですかね」

「確かにそれはあるかも」

 

 雪羽に指摘された源吾郎は、そのまま素直に頷いていた。長兄の宗一郎が、恋愛や性的な事柄については確かに潔癖な側面を見せていたからだ。それは自分の日々の暮らしだけではなく、弟妹達――宗一郎が可愛がり面倒を見ていたのは、何も源吾郎だけではないのだ――の立ち振る舞い、特に不純交友云々についても目を光らせていたのは明らかである。

 或いはそれも、自身があの玉藻御前の末裔であるという事を意識していたからなのかもしれないが。

 

「ご先祖様を見習って、という風には兄上たちは考えなかったみたいなんだよな。まぁ、叔母上とかも割と潔癖で真面目な所はあるんだけどさ。

 ああ、もしかしたら、俺がこっそり彼女を作って、その彼女が妖狐だって解った日にゃあ、宗一郎兄様も卒倒するかもしれないなぁ。ただでさえ、宗一郎兄様には色々と気を揉ませてばかりだと言うのに……」

 

 特に意味もない繰り言を重ねながら、兄らに米田さんの事を紹介するのはもっと先の事だろうとか、恋愛事を相談するのはやはり叔父の苅藻が一番だろうだとか、そんな事をつらつらと考えていたのだ。

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