九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣の助言、天狗の呆れ

 さて源吾郎は土曜日のデートの件を雪羽に報告し、二人してしばしの間盛り上がってはいた。とはいえ朝の仕事前、始業時間が差し迫っているという事もあり、それほど長い時間雑談している訳でも無かった。

 その後は端的にバレンタインのプレゼントを米田さんが用意してくれるという報告を源吾郎が行ったり、今後の米田さんとの交際について雪羽からアドバイスを貰ったりして、一旦はお開きとなった。

 雪羽から貰ったアドバイスでとりわけ印象的だったものがある。それは「米田さんと交際した事は、特に研究センターの面々に大々的にアピールしておく事」という物である。

 源吾郎も貴族妖怪である事は言うまでもない。更に近頃では事件解決等々で活躍したという実績も妖怪たちの間で知れ渡ってもいるではないか。名実ともに力のある妖怪として源吾郎が周知されるとなると、その血筋にあやかろうと動く妖狐たちが出始めてもおかしくないのではないか。雪羽は源吾郎に対してこんな事を説いていた。要するに、源吾郎に政略結婚を持ちかけられる懸念が浮上したという事である。

 政略結婚で伴侶を得る事など、源吾郎にとっては御免こうむりたい事柄だった。利害の一致によって結婚するなどと言う行為に気持ち悪さを感じていたし、もはや源吾郎には心に決めた相手が出来ている。結婚相手は米田さん一択であり、他の誰かと結ばれるなどと言う未来は考えられなかった。

 もちろん、雪羽もそう言った源吾郎の心情が解っていたからこそ、源吾郎が米田さんに本気で入れ込んでいる事をアピールせよと言ってくれたのである。

 

「要は相手に付け入る隙を与えない事が大切なんすよ」

 

 そう語る雪羽には気取った気配はない。むしろ真剣そのものと言った表情で、源吾郎をしっかりと見据えていた。

 

「そりゃあ確かに、島崎先輩相手に政略結婚を申し込むような手合いであれば、島崎先輩に想い妖《びと》がいるって程度で大人しく食い下がらないかもしれないけどね。でもそれでも、先輩が何もせず何もアピールしなければ、付け入る隙があると見做されて政略結婚とか見合いの話を持ち掛けられる事になるでしょうね」

 

 雪羽はここで一旦言葉を切り、意味深な笑みをその面に浮かべた。悪ガキっぽい時の笑顔とは違う、しかし別種の邪悪さを孕んだ笑みだった。

 

「そういう話を持ち掛けられた時に、先輩に恋人がいるって主張しても手遅れなんですよ。最悪の場合、米田の姐さんとの仲を無理くり引き裂かれるかもしれません。そりゃあもちろん、()()()()()()お相手と結婚したうえで、米田の姐さんは()()とか()()()()って事で付き合う事を許容してくれる可能性もあるかもしれませんがね。何せ俺たち妖怪の社会は、一夫多妻や一妻多夫も許容されているんですから。実を言えば、雷園寺家の先代当主もそういう事を言われていたそうなんですよ。分家から()()()()()()婿を貰って伴侶として、最初に結婚した方――雷園寺家の現当主だな――は正式な伴侶ではなく()()という事にしておけってね。そうすれば、母さんは今でも……いや、何でも無いよ島崎先輩。どうしようもない戯言だからさ。

 それはそうと、先輩は元々ハーレムを作りたいって仰っていたんでしょう? あはは、思わぬ所で()()()()()()()ってやつじゃあないですか」

 

 せせら笑うような雪羽の言葉に、源吾郎は怒りの念も湧き上がらなかった。ただただ衝撃を受け、そして過去のおのれの軽率な発言に後悔していただけだった。ハーレムを作るなどと言っていたのがどういう事だったのか、真に解っていなかったのである。

 そしてそれ以上に、雪羽の母にとんでもない選択が提示されていた事にも驚いた。きっと彼女は正式な婿を得るという要求を跳ねのけ、だからこそ早世してしまったのかもしれない。

 だが正式な伴侶を得たとしても、雪羽は愛人の仔と見做されるのではないか。ああだこうだと雷園寺家の事について思いを馳せ、そしてすぐに考えるのを辞めた。過去の事であるし、考えても詮無い事だからだ。

 

「……そんな糞みたいな事は真っ平御免だよ」

 

 ややあってから源吾郎は呟いた。その声は低く昏く、重たい響きを伴っていた。

 もしも自分に政略結婚が持ちかけられたら、それがもとで米田さんとの仲を引き裂かれる事になったら、その時は米田さんの手を取って何処へともなく逃げよう。源吾郎はぼんやりとそう思っていた。愛する女との恋が成就しないのならば、それ以外の全てを投げ出しても構わない。職場の連中も家族たちも八頭怪も糞喰らえだ。彼女との愛の為なら全てが敵に回っても構わない。

 いやしかし――()()()()()を米田さんは望んではいないはずだ。考えを巡らせていただけなのに、源吾郎はドツボに嵌ったような気分になっていた。

 そんな源吾郎を見つめながら、雪羽は朗らかに笑っている。

 

「ふふふ、先輩なら必ずやそう仰るだろうと思いましたよ。だからこそ、愛する女《ひと》は米田の姐さんだけで、彼女以外は妻にするつもりは無いって意思表示を行っておきましょうよ。そうすれば、他のお狐様たちはさておき萩尾丸さんたちだって――」

「雷園寺君に島崎君。一体君らは朝から何の話をしているんだい?」

 

 得意げに語る雪羽の背後から、呆れの入り混じった声が投げかけられた。源吾郎も雪羽も第三者の声に驚いたのは言うまでもない。特に雪羽などは、細い三尾の毛を逆立て、強い驚きを示している。

 源吾郎も驚き、そして気まずさと気恥ずかしさを噛み締める羽目となった。ぬぅっと姿を現したのは萩尾丸だったのだから。

 

「あ、おはようございます、萩尾丸先輩……」

 

 間の抜けた声ではあるものの、源吾郎は萩尾丸に挨拶した。自分たちの話を聞かれていたのは気まずいし、盗み聞きされていたと思うと恥ずかしいし腹立たしくもある。だが考えてみればここは職場であり、萩尾丸たちなどが終業時間前から立ち働いている事は明らかな事だ。雑談等を聞かれても何らおかしくはないし、聞かれたくなければ別の所ですればいいだけの話なのだから。

 

「島崎先輩がとうとう米田さんと付き合う事になったみたいで、その事について色々と相談に乗っていたんですよ!」

 

 当たり障りのない事を言って場を乗り切ろう。そんな源吾郎の目論見は、雪羽の力強く率直極まりない言葉で爆散してしまった。唐突かつ妙にテンションの高い雪羽の物言いに、源吾郎どころか萩尾丸も目を丸くするだけである。

 そして雪羽の発言はこれで終わりではなかった。

 

「萩尾丸さん。島崎先輩はもうガチで米田さんに惚れ込んでるんすよ。なので、島崎先輩に政略結婚の話を持ち掛けたりしないで下さいね。先輩ってば一途なんで、政略結婚の話とかが入ってきたら、めちゃくちゃ苦しみそうなので」

「おい、雷園寺……!」

 

 流石の源吾郎も顔を赤らめ、声を荒げつつ雪羽を睨む。相手は良かれと思って色々と言ってくれているのだろうが、まさか萩尾丸に直談判してしまうとは。

 さて萩尾丸はというと、醒めた目つきで源吾郎たちを見下ろし、それからこれ見よがしにため息をついただけだった。

 

「安心したまえ島崎君。確かに君は玉藻御前の末裔って事で、知名度も最近徐々に上がってきているだろうね。だけどそれでも君はまだ仔狐に毛が生えたような者に過ぎないし、その君の挙動や一挙手一投足に目を配るほどの暇妖《ひまじん》ばかりでも無いんだよ。

 正直言って、僕自身も君が誰とくっついて、誰と番になろうが特にどうでも良いんだよ」

 

 そこまで言うと萩尾丸は一度言葉を切った。それから何かを確認するように何度か頷き、言葉を続ける。

 

「例えば島崎君が佐渡の狢娘《むじなむすめ》だとか、四国の化け狸の女性と熱愛関係にあるというのであれば、確かに珍しいとかどうしたんだろうと僕も興味を持ちはするよ。だけど米田さんは普通の妖狐だろう? 男狐と女狐がくっついてカップルになる事は珍しくないんだ。妖怪も同種同士でカップルとか夫婦になる方が多いんだからさ」

 

 萩尾丸の言葉に、源吾郎と雪羽は顔を見合わせ、それから静かに頷いた。

 佐渡の狢と四国の化け狸は、両者ともに狐の存在を強く忌み嫌う事で有名である。とかく妖狐とも協力を惜しまぬ関西の豆狸などとは大違いである。萩尾丸もその事を知っていたからこそ、敢えて今回例に挙げたのだろう。

 源吾郎は半妖であるものの、大体妖狐に近い存在だというのが自分を含めた周囲の認識である。一方、雪羽の叔父夫婦は雷獣と鵺の夫婦であり、異種族夫婦ではある。だが雷獣と鵺は近縁種なので、ほぼほぼ同族で結婚したような物であろう。そもそも雷獣は先祖返りを起こし、鵺に似た特徴を持つ個体が誕生する事もままあるらしいのだから。

 そういう意味では、源吾郎と米田さんのカップルも、ある意味同種同士のカップルと言えるだろう。そしてそうした括りでは特段珍しい事ではないし、源吾郎が誰とくっつくかを指図するつもりは無い。萩尾丸の言葉は相変わらず毒気を含んでいたが、それでも源吾郎を思いやるような優しさがあったのだと思いたかった。

 それはそうと島崎君。先の言葉の余韻に浸る暇も与えずに、萩尾丸が言葉を紡ぐ。見下ろす眼差しは鋭く、源吾郎は居住まいを正した。

 

「初めての恋だか何だかで浮かれているのは解るけれど、君にはもう少し力を入れたり考えたりしなければならない事があるというのを忘れないように、ね。まぁ要するに仕事をおろそかにするなって事だよ。特に今日は本社で打ち合わせもあるし、そうでなくとも君の能力や強さに目を付ける輩もいるんだから……可愛い彼女の事よりも、そっちの方に色々と神経を使うべきだと僕は思うけどね」

「は、はい。そうですよね……」

 

 萩尾丸のにべもない言葉に、源吾郎は素直に頷くほかなかった。それに今日は本社で行われる打ち合わせに出席せねばならない事もまた、まごう事なき事実なのだから。

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