九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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会合前の妖怪よもやま話

 上司の面目を潰さぬように気を付けろ。研究センターでは後輩格に当たる雪羽にそのような説教を受けたりしているうちに、とうとう本社へと向かう事と相成った。

 本社に向かう面子は四名である。紅藤、青松丸、ミツコ、そして源吾郎という構成だった。第二幹部である紅藤と当事者である源吾郎が出席するのは言うまでもない。そこからさらに、それぞれの供として青松丸とミツコが付いて行く形となったのだ。もっとも、ミツコもまた裏初午の場にいたから当事者と呼んでも問題はないのだろうが。

 そしてこの出発に一番気を揉んだ様子を見せていたのが、我らが大天狗の萩尾丸だった。彼はおのれ自身の思惑の為に今回の打ち合わせには直接参加しないとの事であったが、しかしだからこそ打ち合わせがどのように進むのか気にしていたのかもしれない。

 萩尾丸の関心や懸念は、もっぱら青松丸に向けられていた。青松丸と言えば第二幹部・紅藤のもう一人の側近にして紅藤の愛息でもある。もちろん研究センターの中では最古参の職員でもあるから、彼自身の態度とは裏腹に重要な存在である事には変わりない。だが萩尾丸にしてみれば、青松丸の存在はそれ以外の側面も持ち合わせていた。すなわち――弟分であり、互いの力量を競い合うライバルになりえた存在であるという事だ。

 

「……ふむ。青松丸君。君は普段からよれよれで染みだらけの白衣ばっかり着込んでいたみたいだけれど、スーツ姿も中々様になっているじゃないか。

 と言っても、馬子にも衣裳って言うことわざもあるから、何とも判断しづらい所だけれど」

 

 打ち合わせという事でスーツに着替えた青松丸に対し、萩尾丸は笑いながら彼の出で立ちを評していた。相も変らぬ彼の毒舌に、源吾郎も思わずぎょっとしてしまった。源吾郎と雪羽があからさまに驚いて目配せしていたのは言うまでもない。紅藤ですら、ややむっとした表情で萩尾丸を凝視していたのだから。

 しかしこの何とも言えない状況の中で朗らかに笑う者がいた。誰あろう青松丸その妖《ひと》である。ありがとうございます萩尾丸さん。彼のその言葉には皮肉も含みもなく、本心から放たれたものだった。

 

「仰る通り僕はここでの仕事が多くて、対外的な仕事は萩尾丸さんたちにお任せしてしまってますからね……でも良かったです。僕のスーツ姿が見苦しくないと、他ならぬ萩尾丸さんに仰っていただいたのですから」

 

 青松丸はそう言って、屈託のない笑みを萩尾丸に向けた。毒舌を好むはずの萩尾丸は、青松丸の言葉と態度に毒気を抜かれていたようだった。

 

「……今回の打ち合わせには、上位幹部の皆様や君の半弟である胡琉安様も出席なさるんだ。見てくれだけでも、君がきちんとしているのを確認できて一安心さ」

「萩尾丸さんに安心していただいて何よりです。弟にしろ僕にしろ、昔から萩尾丸さんにはかなりお世話になってきましたから」

 

 そうかい。萩尾丸はそう言って僅かに笑みを浮かべた。含みのない、そして何処か気恥ずかしそうな笑顔に見えたのは気のせいでは無いはずだ。

 

「そう言われると照れるよ青松丸君。まぁ、そういう正直な所は僕が気に入っている所でもあるんだけど。ともあれ今日は君にとっても大変だろうけれど、まぁ頑張りたまえわが()()よ」

 

 気取った様子の萩尾丸が何と言ったのか。源吾郎は一瞬解らなかった。萩尾丸と青松丸が兄弟分だった事はうっすらと知っていたが、二人がつるんでいる様子は見受けられなかった。

 あるいはもしかしたら、舎弟などと言う砕けた言葉が萩尾丸らしからぬものであり、だからこそ彼の言葉として認識しそこなったのかもしれなかった。

 ともあれ、源吾郎たちは研究センターの面々に半ば見送られる形で出発する事となったのだ。

 

 本社までは社用車で向かう事となった。車を運転するのは青松丸である。

 青松丸が運転席に回り込むのを眺めながら、源吾郎は安堵と驚きの念を同時に抱いていた。安堵したのは紅藤が運転しない事が明らかである為だ。紅藤は運転が荒く、というよりも臆せず飛ばし過ぎるという事で有名だった。新入社員である源吾郎もその話は知っている。

 源吾郎はそして、青松丸が運転するという事そのものに軽く驚いていたのだ。紅藤の息子にして胡琉安の半兄でもある彼は、ある意味粗末に扱ってはならない存在だった。会社でも運転手と言えば若手や役職の低い者に割り当てられるものだと、源吾郎は無邪気に思っていた。端的に言えば、ミツコが今回はハンドルを握るのではないかと思っていたのだ。

 

「ここから本社までは高速道路も使うから、青松丸に運転をお願いしたの」

 

 源吾郎の心中を読み取ったのか、紅藤が振り返ってそう言った。彼女はさも当然のように助手席に乗り込もうとしている。ミツコと源吾郎は消去法的に後部座席に並んで座る事はもはや確定していた。

 紅藤は紫の瞳で源吾郎を見据え、少し首を傾げながら言葉を続ける。

 

「ゆくゆくは島崎君にも車の運転には慣れて欲しいと思っているんですけれど、そもそも免許は持っていたかしら?」

「運転免許は持ってますよ」

 

 おっとりとした紅藤の問いかけに、源吾郎ははきはきした様子で返答した。

 

「去年の二月から三月にかけて教習所に通って、それでどうにか免許だけは取れました。と言っても、車は持っていないのでペーパードライバーですけどね」

 

 言い終えてから、源吾郎は少し取り繕うように微笑んだ。教習所に通うまでのバタバタした雰囲気と、車とは縁遠い今の暮らしの落差を思うと、どうにもおかしさがこみ上げてしまったのだ。

 もっとも、今は愛車と言えばママチャリ(自転車)だけであるが、ある程度貯金がたまれば自動車を買う事も視野に入れているつもりではある。

 隣にいたミツコは、さも感心したように声を上げた。

 

「二月から三月にかけてやったら、大分タイトなスケジュールやったん違うの? それでもちゃんと免許を取れたんやね。やっぱり島崎君も若いから、車の運転とかもすぐに覚えられたんかな」

「ええ、はい。やっぱり僕って物覚えが早いのかもしれませんね」

 

 感心し、さりげないと言えども褒めてくれたミツコに対し、源吾郎の顔にも笑みが浮かんでいた。早生まれゆえに教習所に通えるようになった時期は遅かったのだが……それでも実技でしくじる事なく仮免や免許の取得にこぎつけたのだ。早生まれだった分を巻き返したと言っても良いだろう。

 と言っても、源吾郎がすぐに車の運転を習得できたのは他にも理由はあるのだが。

 

「免許の方はオートマで取りましたからね。マニュアル免許よりも教習時間も短いですし、そもそも車の操作自体がマニュアルよりもうんと簡単だったらしいので……」

 

 とは言いつつも、源吾郎はオートマ車の運転がマニュアル車よりも簡単なのか、そもそもマニュアル車の運転が難しいのかは正直な所判らなかった。マニュアル車の運転は行わなかったからだ。聞く所によると、クラッチペダルの操作だのギアチェンジだのと手許も足許も忙しくなるという事らしかった。

 もっとも、車などは殆どがオートマ車なので、オートマ免許であっても何ら問題はないだろうけれど。

 さて紅藤はというと、一瞬驚いたように目を丸くしていたが、特に何も言わずにひとり納得したような表情を見せていた。

 自己完結している紅藤の仕草に首を傾げていると、ミツコがそっと解説をしてくれた。

 

「ああほら島崎君。紅藤様とかうちらって島崎君たちよりもうんと年上やろ? だからな、車の免許言うのもマニュアルやなぁってどうしても思ってしまうんよ。特に紅藤様は車好きなお方やし……」

「島崎君もきっと、自分の車を持てば興味を持つようになると思うわ。もちろん、車も高価なものだから、無理して買わなくても良いんですけれど」

 

 ミツコの言葉を半ば遮る形で紅藤が告げる。彼女が笑みを浮かべているのを見て、源吾郎も頬に笑みを作った。

 

「紅藤様、お気遣いありがとうございます。でも僕、車には特にこだわりはないですし、安い中古車とかでも良いかなって思っていますので。無理して車を買うなんて事は無いですよ」

「それならいいんだけど、あんまり安すぎる車も選ばないように、ね」

 

 そういうと、紅藤は助手席に乗り込んでいた。やはり紅藤が車好きというのはその通りなのかもしれない。先の言葉に力が籠っているのを感じた源吾郎は、ついついそんな風に考えていたのだった。

 それはそうと、妙な所で会話が弾むのは、やはりこれからの打ち合わせに備えつつも、緊張せぬようにという事なのかもしれない。

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