九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉妖怪 言葉と過去に耽溺す

 打ち合わせで話した時に抱いたこの思いは、恐らくは一生忘れられないものとなるだろう。紅藤やミツコに促されるままに事のあらましを語った源吾郎は、心の中で静かにそう思った。額から流れる汗は、何も暖房のせいではない。

 語った事自体は簡単な物である。裏初午の場で現実改変の能力を行使してしまった事、そして若菜から這い寄る混沌の力を受け継いでいると伝えられた事くらいである。

 演劇部副部長――実際には部長の座も射止められるほどであったが、源吾郎自身が望んで副部長の座に甘んじていた。この辺りは話すと長くなるのでまた別の話だ――として培ってきた技術や立ち振る舞いは、今回の説明には全く役に立たなかった。大根役者どころか、幼子のようにたどたどしく言葉を紡ぐのがやっとだったのだ。だがそれも致し方のない事なのかもしれない。おのれの秘匿すべき能力を、それも大妖怪たちの前で説明せねばならなかったのだから。

 もっとも、あらかじめ要点をまとめたレジュメ――源吾郎が筆を執り、ついでミツコや萩尾丸が添削・修正した報告書の抜粋である――が参加者に配布されていたので、源吾郎がどれほどたどたどしく話そうと伝えるべき事は伝わるようにはなっていたのだが。

 

「――い、以上で僕から、の、報告、は終わりましゅ……いや、終わります」

 

 最後の一文を言い終えるや否や、源吾郎は落下するように椅子に腰かけた。自分が話すべき事は一旦話し終えた。その事を噛み締めながら源吾郎は項垂れていた。大仕事をやりきった達成感ではなく、たどたどしい話し方しか出来なかった羞恥心が血と共に全身を駆け巡っていた。状況が状況と言えども、大根役者すら呆れ返り、子供たちさえ笑い転げるような有様ではなかったか。

 何かご意見やご質問はありませんか。落ち着いた静かな声は、六尾の妖狐たるミツコのものだった。裏初午の参加者でもある彼女は、この度の打ち合わせで司会進行役を担っていた。狐同士という事でミツコは源吾郎の隣に腰を下ろしている。しかし彼女の声は、今の源吾郎には遠くから聞こえて来るかのようだった。

 

「成程なぁ」

 

 ミツコの呼びかけにまず真っ先に応じたのは、頭目である胡琉安だった。というよりも、幹部の面々は、胡琉安が何か言うのを黙って待っていたと言った方が良いのかもしれない。報告会にしろ何にしろ、幹部たちなどの中でも最も地位の高い者から発言するのだ。そんな事を萩尾丸がいつか言っていたのを源吾郎は思い出した。

 

「現実改変能力を、まさか島崎君が持っていたとは。実に驚くべき事だと私は思うよ。そしてそれが、島崎君の曾祖母たる玉藻御前様が、這い寄る混沌を取り込んでいたからだとはね……」

 

 胡琉安の物言いはゆったりとしており、尚且つ柔らかな雰囲気を漂わせていた。男性ながらも敢えて私と称したのは、或いは若さゆえに具えるのが難しい威厳を補うためなのかもしれない。

 胡琉安はそして、おのれの手のひらを見つめながら言葉を続けた。

 

「わが祖母には時間を自在に操る権能があると聞いてはいたけれど、玉藻御前様も祖母に勝るとも劣らぬ権能を宿していたという事なんだな。なればこそ、あのお方はわが祖母の義姉として振舞う事が出来たのか」

 

 続けて紡がれた胡琉安の言葉そのものは、源吾郎の能力に直接言及する手合いの内容ではなかった。だが、それにツッコミを入れるような妖怪たちはいない。未だ手許を見つめる胡琉安の顔には、未練と悔しさの念がべっとりと貼り付いていた。

 胡琉安は同年代の妖怪と比較すれば強者に喰い込むという。しかし胡喜媚やその息子の胡張安のように、時間に干渉する能力は受け継がなかったそうだ。周囲から期待という名の圧をかけられた時もあったのかもしれない。源吾郎自身は経験しなかった事であるが、胡琉安の顔を眺めながら静かにそんな事を思っていた。

 

「そりゃあもちろん、玉藻御前様とて大層な力を保有するお狐様だったでしょうね」

 

 上ずった、やや調子はずれの声で言ってのけたのは第一幹部の峰白だった。普段とは異なる声のトーンと同じく、その面、その両目には熱に浮かされたような狂信の色が見て取れた。

 

「だって、だってあの胡喜媚様が唯一義姉としてお慕いして、何千年もの間行動を共にしたお方なのですよ。ええ。私はあのお方の……胡喜媚様の偉大さや気高さは骨の髄まで存じておりますわ。下らない輩、下賤な畜生共には断じて()()ある頭を一つも下げる事は無かったのですから」

 

 結局のところ、第一幹部たる峰白が口にしたのは、世を去ってから数百年も経つ胡喜媚の事だけだった。九頭雉鶏精と呼ばれていた胡喜媚の頭が七つであると言ったのは、峰白の知る胡喜媚が七つの頭を持つ雉鶏精だったからに他ならない。哮天犬に頭の一つを食いちぎられた八頭怪と同じく、胡喜媚もまた九つある頭のうち、()()を失っていたのだから。

 

「もう、峰白のお姉様ったら胡喜媚様の話をなさっただけじゃあないの。お姉様が誰よりも胡喜媚様の事をお慕い申し上げている事は私も知ってるわ。だけどね、そういう話を聞くためだけに、私たちは集まった訳じゃあなくてよ」

 

 恍惚とした笑みすら浮かべる峰白にツッコミを入れたのは、第二幹部の紅藤だった。今は単に不機嫌そうに頬を膨らませているだけである。しかし、胡喜媚の名を口にした瞬間だけ、その声と眼差しに冷ややかな憎悪が宿ったような気がした。

 紅藤のこのツッコミにより、峰白の表情が一変した。雉鶏精一派最強と謳われる紅藤の冷ややかな悪意を感じ取って恐れをなしたわけではない。峰白は普段の表情に戻っただけだった。恐れる者は何もない狂信者にして狂戦士から、冷徹で冷酷な幹部の表情になったのである。

 

「紅藤。あんたもあんたで胡喜媚様に対して色々と思う所はあるでしょうね。だけどあんた、あのお方の御名を呼ぶときは、そんな仏頂面をしなくても良いでしょう。胡喜媚様の孫であり、あんたの息子でもある胡琉安様だって控えてらっしゃるんですから。ねぇ、そうでしょう?」

 

 峰白の最後の呼びかけは誰に向けられたものなのか。そこは判然としなかった。紅藤に話しかけ続けていたはずなのだが、最後の一言を口にした時、彼女は何故か青松丸を見つめていたのだから。

 紅藤はむっつりしていたが、それは立腹しているからではなく気まずさを覚えているからであるようだった。頭を揺らして何事か呟いた彼女の言葉を、源吾郎は全て拾い上げる事は出来なかった。

 だが峰白の耳には届いていたのだろう。にたりと笑って頷き、それからまた表情を引き締めて言葉を続ける。

 

「ああだけど、もちろん島崎君の裡に宿る現実改変能力の凄まじさは、私もきちんと把握したわよ。確かその能力で、一匹の女狐の死を無かった事にしたのでしょう?」

 

 峰白はそこで一旦言葉を切り、源吾郎を含めた打ち合わせの参加者をぐるりと睥睨した。雉天狗とも呼びならわされる彼女の眼光は鋭く、猛禽の眼差しと言っても過言ではないほどだった。

 

「死んだ者を蘇らせるなどと言う事は、胡喜媚様を以てしても出来なかったと言うじゃない。もちろん、息子の胡張安にも成し得なかった事ですけれど。そういう意味では、玉藻御前から授かった這い寄る混沌の権能は、胡喜媚様の能力よりも勝っているという事なのかもしれないわね」

 

 つらつらと語る峰白の面には、奇妙に歪んだ笑みが浮かんでいた。源吾郎の保有する権能の凄まじさを頭で理解しつつも、胡喜媚よりも優れた能力である事を心の底では認めたくないと感じている。そんな相反する思いがせめぎ合っているであろう事を、源吾郎は感じ取ってしまったのだ。

 

「だけどね峰白のお姉様。確かに現実改変の能力は、能力そのものだけに注目すれば、非常に有用で、可能性に富んだものだと思うのも無理からぬ事かもしれませんわ」

 

 妖しい雰囲気を漂わせる峰白に対し、臆せず口を開いたのはやはり紅藤だった。隣に座る青松丸がせっせとメモを取る中、紅藤はあくまでも冷静な表情を崩さない。胡喜媚の事を引き合いに出して興奮していた峰白とは対照的な姿だった。

 

「とはいえ、島崎君の話を聞く限り、この能力は便利な物とは到底言えませんわ。むしろ制約がかなり多く、その上リスクも高い物だと私は感じました。

 そもそも現実改変を行うたびに、改変した出来事と同等以上の代償を使い手は支払わねばならないのですからね。ええ、島崎君は確かにあの日、現実改変の能力を以て、一人の妖狐の生命を助けました。ですがその代わりに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まぁその恐るべき代償は牙を剥いたものの、島崎君に持たせていた護符が護り抜いてくれたのですがね」

 

 紅藤の説明に、源吾郎は思わず微妙な表情になった。予期せぬ事に弾け飛んだ護符について、源吾郎を護り抜いたと断言して良いのか、と。研究者気質で職人気質でもある紅藤の面には、清々しいほどに得意げな笑みが浮かんでいる。見ていると毒気が抜けそうな表情でもあった。

 

「そして島崎君の行使する現実改変能力は、彼が認識できる範囲内の出来事に限定されていると思われるのです。その出来事を無かった事にする、別の結果に導く。意識的と言えど無意識と言えど、島崎君がそう思う事が引き金になって、現実改変能力が行使されますからね。

 裏を返せば()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事なのです」

 

 ひとつ質問があります。紅藤の言葉が一段落したのを見計らって、灰高が声を上げた。

 

「現実改変の行使の条件として、使い手である島崎君が知っている出来事という事が必須となるのですよね。であれば、()()()()()()に干渉し、過去を変える事も可能なのでしょうか」

 

 源吾郎は目を見開き、灰高を見やった。源吾郎もまた灰高に見つめ返された。向こうは彼の目の動きを予想していたらしく、黒々とした瞳を揺らさずに笑っていた。過去を改変する。それが出来るのかどうか。源吾郎には答える術はなかった。そんな事は考えた事すらなかったのだから。

 

「――過去を改変する事までは、いかな島崎君でも不可能でしょうね」

 

 解りません。源吾郎がそう答えるよりも先に、紅藤が口を開いていた。彼女は迷いのない口調で、きっぱりと言い放っていたのである。源吾郎は首を巡らせ、紅藤を仰ぎ見た。彼女は皆の視線を集めている事に気付きつつ、しかし気取らず気負わず言葉を紡ぎ出した。

 

「厳密に言えば、途方もない代償を支払えば、過去を改変する事も可能なのかもしれません。ですが、過去の出来事を改変した場合、その出来事()()が変わるだけでは済まないのです。その出来事を起点として、芋づる式に生じた様々な出来事たちすらも、変質し歪んでしまうのですからね。ですから、改変してしまった出来事が過去であればあるほど、その後に変質してしまう出来事は増えると思われるでしょう。

 そもそも島崎君の改変能力の起点は、現在から未来に向けられたものでもありますし……」

 

 紅藤はそこまで言うと、一度口をつぐんで深く息を吐き出していた。それから先程の峰白のように周囲を俯瞰し、決然とした表情で言い放った。

 

「したがって、島崎君の能力を利用して、過去に亡くなった誰かを蘇らせる事や、過去の出来事を改変させる事は不可能なのです。どうしても、皆さんにはその事だけは解っていただきたかったのです」

 

 重みを伴った紅藤の言葉に、一同はしばし無言のまま聞き入っていたのだった。

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