九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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緩急混じる会議と休憩

 そこから後の打ち合わせは、源吾郎の体感的には比較的スムーズに進んだようだった。源吾郎の現実改変能力はとんでもない代物ではあるが、その反面使い勝手が悪い事が明らかだったためだ。

 源吾郎の能力をどうにかして利用濫用するという事は徒労に過ぎず、そうする類のものではない事について、上位幹部の面々は認めずざるを得なかった。峰白などは「島崎君にもたらされる代償を、他のナニカに肩代わりさせる事は出来ないかしら」などと物騒な事を言っていたが、それ以上に物騒な気配をまとう紅藤によって諭されただけだった。

 従って今後の源吾郎が行う事は、普段通りの生活を過ごし、日々の業務をこなすという極めて単純なものに落ち着いたのである。

 それもこれも、現実改変能力を誰も利用しようと思わなかったからだ。術の使い手である源吾郎だって、目の当たりにした出来事について「無かった事にしたい」「書き換えてやりたい」と強く願わなければ発動しないのだから。そして源吾郎は、能力に頼って積極的に現実を変えたいとは思っていない。四度も代償を支払い、その能力の恐ろしさを知ったのだから。

 但し、普段通りの生活を送ると言えども心を鍛えなければならないと言い渡されはした。源吾郎が()()()()私利私欲で現実改変する事はない。しかし――誰かの死や悲惨な現実を前に、源吾郎の心は容易く揺らいでしまう事もまた事実だった。だからこそ、源吾郎は裏初午で縁もゆかりもない女狐の死を無かった事にした。

 妖怪として、それも組織の長を狙うような妖怪として生きるには、この世の理不尽や汚濁がある事も知らねばならない。それらに立ち向かい、闘う事も必要であるが、どうにもならぬ事もあるのだと割り切る事も同じくらい必要なのだ。源吾郎には邪念がほとんど無いが、その分純粋すぎる。だからこそ、心を鍛えより強い妖怪になるよう一層の教育が必要である。会合に集まった幹部陣は、源吾郎よりも何十倍もの歳月を生き抜いた老妖怪たちは、そんな風に説いたのである。この提案に、紅藤もミツコも同意した。紅藤は源吾郎をおのれの後釜として育て上げる事を考えていたし、元よりミツコは幹部陣とほぼ同じ事を源吾郎に直接ぶつけていたのだ。

 

「九尾の末裔たる島崎君の事を、かつて混沌をもたらす存在であると申しましたが、まさか本当に這い寄る混沌の力を具えていたとは……」

 

 打ち合わせの終盤、興味深そうに笑ったのは灰高だった。とんでもない事実を見聞きした直後だというのに、彼の笑みはやはり余裕で彩られていた。

 

「雉仙女殿が、そして萩尾丸さんたちが将来有望だのなんだのと持ち上げるのも無理からぬ話ですなぁ。九尾の末裔、それも人間の血を享け人間に混じりながら暮らしていたにもかかわらず、高い潜在能力を持ち合わせているのですから。

 しかしそれにしても、始祖である玉藻御前様からして、這い寄る混沌を取り込んだ挙句、その能力を宿していたとは……私も長く生きておりますが、流石に驚きましたよ。雉仙女殿。あなたはご存じだったのですか? 白面金毛九尾・玉藻御前とその一族が、這い寄る混沌を宿しているという事を」

 

 余裕たっぷりの笑みを消し、真顔で灰高は紅藤に問う。鴉らしい鋭い瞳には、猜疑の色が濃く浮かんでいる。

 紅藤はそんな灰高の顔を正面から見据え、小首をかしげた。その顔にほんのりと浮かべさえしていた。

 

()()()()()()()()()。とはいえ、私が知っていたとしても知らなかったとしても、結局は()()()ではありませんか。灰高のお兄様と同じく、私も島崎君の権能を悪用・濫用するつもりはありませんもの。怪力乱神を語らずは、私たち妖怪にも通じる話ですわ、灰高のお兄様。それが解らなかったから()()、玉藻御前様も胡喜媚様もおかくれになったのではありませんか?」

 

 紅藤の言葉には仄暗い響きが伴っており、それ故に凄味を孕んだものであるように思えていた。源吾郎は居住まいを正していた。そっと視線を窺うと、他の妖怪たち、特に幹部の側近なども紅藤の言葉に気圧されているように感じられた。

 

「まぁいずれにせよ気を付けるべきでしょうな」

 

 だが、灰高は紅藤の態度に恐れをなした気配は見せなかった。彼は相変わらず鷹揚な態度を崩さぬままに、この打ち合わせに座している。今だって悠然と微笑んでいるではないか。

 

「島崎君が、そこの仔狐が最大の怨敵である八頭怪を退ける有効打になりうるという可能性もあるのでしょう。ある意味野狐の親玉ともいえる、若菜様から直々にお墨付きを頂いたのですから、その点については私もその通りだと頷くほかありません。

 ですが雉仙女殿。前々から申しておりますが、敵は何も()から来るばかりではないのですよ。そこの仔狐とて、今はまだ幼いためにあなた方が御する事も可能でしょう。しかしいつの日か、飼い犬ならぬ飼い狐に手を噛み千切られるかもしれませんよ。ゆめゆめ油断せぬように、同じ上位幹部として忠告いたします」

「お気遣いありがとうございます」

 

 灰高の言葉に、紅藤はうっすらと微笑んだ。

 

「お兄様もご存じの通り、私も近眼で視野が狭いので、あまり多くの事を意識するのは苦手なの。本当は、別に島崎君が下剋上しても面白いかなぁって思っているくらいなのですけれど……灰高のお兄様だって心配して下さっているんですし、お気持ちだけ受け取っておきましょう」

 

 のらりくらりとした紅藤の言葉に、灰高は何とも言えない渋い表情を浮かべていた。ダメ押しとばかりに峰白が「元より雉鶏精一派の新体制など私たちの我欲によって作り出したものよ。その私たちを打ち倒したのならば、その者に権力の座を明け渡すのは当然の流れだわ」などと言ったから尚更だろう。

 もっとも、峰白に関しては易々と自分が斃されないという自信と自負があったからこそ、権力の座を狙う相手など怖くないと言ってのける事が出来たのかもしれない。

 

 上位幹部たちによって行われた打ち合わせが終わったのは昼前の事だった。緊張し通しの源吾郎は気付かなかったが、思っていたよりも時間が速く過ぎていたらしい。源吾郎の体感としては、打ち合わせも小一時間程度のような物だったのだから。

 

「ひとまずは午前の部は終わり、ってところやな」

 

 早くも疲労困憊と言った心地の源吾郎の耳朶を打ったのは、ミツコのエセ関西弁だった。彼女も疲労を蓄えているはずなのだろうが、不思議と疲れ果てた雰囲気はない。ついでに言えば薄く施されたメイクもそれほど崩れてはいなかった。

 ミツコの隙の無い立ち振る舞いを見ているうちに、源吾郎は恥ずかしい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。同じ狐なのに、自分はあそこまで疲れ切っていたなんて、と。

 

「島崎君もご苦労さん。言うて午後からも打ち合わせはあるんやけど、ひとまずお昼にしよか。島崎君のお昼はうちが奢るから、何でも好きなもんを言うてもろてええんやで。向こうの吉崎町と違て、繁華街にほど近いから料理屋さんも多いしな」

「そうよね。お食事の時は一旦本社ビルの外に出ないといけないわよねぇ」

 

 ここで唐突に紅藤が口を開いた。明るい調子でランチについてあれこれ話していたミツコとは異なり、少しばかり残念そうなニュアンスが伴っている。

 

「雉鶏精一派の本部だって、ビルを丸ごと一つ保持して本社にしているんですから、社員食堂の一つや二つを入れたらいいんじゃあないかなって思っていたのよ。工場棟だって食堂はあるし、三國君の所だって外食チェーンが入っているのに」

 

 どうやら紅藤は、本社に社員食堂が無い事を残念に思っているらしい。何がどうという訳では無いのだが、いかにも紅藤らしい感想だった。ただ、研究センターで働いている彼女が、社員食堂を使っているようなイメージは薄いのだが。

 源吾郎が本社ビル一階の光景を思い出している間に、青松丸とミツコが紅藤を軽くなだめていた。社員食堂は確かにありませんが、その代わりに仕出し弁当の業者と契約しているので、そんなに不便ではないようですよ。そもそも母様、いや紅藤様はお弁当をお持ちですし食材は備蓄なさっているので研究センターでも社員食堂はさほど使ってないじゃないですか。二人が語って聞かせた事は、およそそのような事柄だったのだ。

 二人の説得が功を奏したのか、紅藤も納得したように何度か頷いている。食事の度に外に出るのも、それはそれで刺激になるなどと言いながら。

 

「そんな訳で島崎君。今日は外食になるけれど、私が奢るから何でも好きな料理を選んでもらって構わないわ」

 

 紅藤はそこまで言うと、茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべながら言い足した。

 

「あ、でもね。何でもって言ってもあんまり高価すぎるお料理はやめて頂戴ね。満漢全席とかフランス料理のフルコースとかは、ね。食事代も経費で落とさないといけないから、あんまり使い過ぎると萩尾丸からお説教されてしまうから……」

「満漢全席とかフルコースって、それってめっちゃ高価なやつですやん」

 

 敬語を使うのも忘れ、源吾郎は思わず砕けた口調で呟いてしまった。紅藤は源吾郎を見つめると、静かにゆったりと微笑んだ。

 

「うふふふふ。島崎君も玉藻御前様の末裔だし、贅沢な料理が気になるお年頃かなと思って、言ってみただけなんだけど。まぁちょっとした冗談だと思って流してもらって構わないのよ?」

「冗談て……」

 

 紅藤は笑っていたが、源吾郎の笑みは引きつっていた。ここで紅藤が冗談を言うなどとは思ってもいなかったのだ。

 ちなみに源吾郎は元を辿れば玉藻御前に行きつく貴族妖怪の一人であるが、贅沢な料理ばかり食べて育ったわけではない。料理好きゆえに食へのこだわりはあるにはあるが、庶民の味にしっかりと馴染んでいる口である。もっと言えば唐揚げだとかフライだとかハンバーグなどと言った、子供が好むような料理が好きだった。

 しかし今日は、唐揚げだとかハンバーグの気分ではない。食べたい料理というのが何となく決まっていた。

 

「そうですね。真面目な話、今日は()()()が食べたい気分ですね」

「それじゃあうどん屋か定食屋で決まりね。でもとりあえずは定食屋さんでも探しましょうか」

「紅藤様、僕も月見うどんで行こうかなって思いました」

 

 食べたいものとしてきつねうどんを源吾郎が挙げると、紅藤や青松丸も何処に向かうか、何を自分は食べたいかなどを口々に話し始めた。

 妖狐のミツコはその様子を眺めていたが、少し驚いた様子で源吾郎に声をかけた。

 

「島崎君がきつねうどんを選ぶんも珍しいなぁ。その、島崎君ってそんなに油揚げは好みって言うイメージはあらへんかったから」

「油揚げよりもお肉とかが好きって言うだけでして、別に油揚げが嫌いという訳では無いんですけどね」

 

 ミツコの言葉に、源吾郎は半ば照れながらそう言った。照れていたのは、例によって米田さんの事を思い出していたからだ。動物のキツネだった彼女は、しかし油揚げを比較的好み、曜日を決めて週に一度は油揚げ料理を口にするのだという。稲荷の眷属を輩出する米田家では、何かにつけて油揚げを口にする事があったのだろう。

 そしてその慣習が、米田さんにも今も染みついているのかもしれない。

 別にその事にあやかっている訳では無いが、ともかく今日は油揚げの気分だったのだ。




※関西圏(特に大阪、兵庫)では油揚げの乗ったうどんを「きつね」と言い、そばを「たぬき」という。従って関東圏で言う所の「きつねうどん」を「きつね」と称する。更に言えば「きつねそば」「たぬきうどん」は阪神地区には存在しない。
(筆者註)
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