九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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舞台裏で妖怪たちは話し合う

 伯服と玉面公主の両名が雉鶏精一派に到着した。その報せが受付の妖怪からもたらされたのは、昼休憩が終わってからおよそ二十分後の事だった。ちなみに源吾郎たちは、昼休憩が終わってから応接室で待機していたのだ。本社勤めの妖怪ならば事務所で待機していても良かったのかもしれないが、研究センター勤めの源吾郎は、本社の中ではまさしく外様だったのである。

 もちろん、件の応接室が、玉面公主たちを迎え入れ打ち合わせを行う会場である事は言うまでもない。

 

「は、伯服様と玉面公主様のご一行がと、到着されました……上位幹部の皆様、は、ご準備の方を……」

 

 転げるようにドアを開けてやって来たイタチ妖怪の男が取り乱し、気が動転している事は誰の目から見ても明らかだった。

 報告をするその言葉は受付係とは思えぬほどにたどたどしい。何より、変化が半ば解けかけており、直立する獣、巨大な茶褐色の鼬の姿を呈していたのだから。

 このイタチ妖怪も、妖力()()でも源吾郎と互角かそれ以上の力量を有しているようだった。妖怪としての経験値については言うまでも無かろう。中級妖怪の、中堅どころともいえる彼が狼狽える姿は、だからこそ源吾郎に驚きをもたらした。源吾郎も今一度表情を引き締め、座ったままだが居住まいを正す。

 相手はやはり、玉藻御前の実子たちである。源吾郎にとっては大伯父と大伯母に当たると言えども、保有する妖力量は桁違いであろう事をまざまざと感じる事となった。

 妖力の保有量が多い、あるいは相対する妖怪同士の妖力の差が大きい場合、強い妖怪が放つ妖力や妖気()()()()も武器や攻撃手段になりうる。源吾郎はその事を知っていたし、自分事としても理解していた。

 現に、紅藤から立ち上った爆発的な妖気にあてられて失神した事もあるし、逆に源吾郎や雪羽()()の強さであっても、相対する弱小妖怪たちがプレッシャーで委縮してしまう所を目の当たりにしたのだから。

 さてイタチ妖怪はというと、律義に人型に変化し直すと窺うような眼差しを向けつつ口を開いた。

 

「今回の打ち合わせでは、頭目であらせられる胡琉安様も出席なさるようですが、いかがいたしましょうか?」

 

 イタチ妖怪の男は、玉面公主らと雉鶏精一派の幹部陣との打ち合わせにて、胡琉安本妖ではなく影武者のウミワタリに代役として急遽参加してもらう事を提案したのだ。曰く、強大な妖力を有する大妖狐が二名も来訪しているのだ。もし彼らがこちらを害する場合に備え、胡琉安を逃して影武者に矢面に立ってもらう。イタチ妖怪の思惑はおよそそのような物だった。

 確かに受付係の提案も一理ある。源吾郎は無言のままにそう思っていた。胡琉安は雉鶏精一派の頭目であり、胡喜媚の孫にあたる存在でもある。胡喜媚亡きあと雉鶏精一派が存続しているのも、ひとえに彼の存在があるためだ。だからもちろん、胡琉安が襲撃され、あまつさえ生命を落とす事になったら……雉鶏精一派に混乱がもたらされるのは必至だ。

 玉面公主たちは雉鶏精一派とは外様の妖怪である。しかも大妖怪どころか妖怪仙人と呼んでもおかしくない存在だ。交流が少ない上に強大な力を持つ妖怪の唐突な来訪に用心するのはごく自然な事であろう。

 ところが、話を聞き終えて内容を吟味していたであろう峰白は、軽く手を振りながら「その必要はないわ」と言い放ったのである。イタチ妖怪や上位幹部の側近、そして源吾郎などが驚いて目を丸くする中で、峰白は淡々と言葉を続けた。

 

「今回お見えになるのは伯服様と玉面公主様で、お二人は玉藻御前様の子女でしょう? うちにも丁度玉藻御前の本当の子孫が一匹いる訳だし、何より伯服様たちは、義理とは言えども胡喜媚様の甥姪に当たるともいえるじゃない。

 そのお二方が遠路はるばる雉鶏精一派にやって来たのよ。影武者を立てる方が、却ってお二方の怒りを買うと思わなくて?」

 

 それに――峰白は含みを持たせつつ言うと、その面に笑みを咲き開かせた。

 

「もしもお二方の怒りを買ってしまったら、その時はその時ですわ。私は最期まで、いえ地獄の果てまで胡琉安様にお供しますので」

「そんな、峰白……いくら何でも地獄の果ては大げさではないか」

「峰白のお姉様ってば……」

 

 比較的マトモな事を言っていたかと思いきや、やはり峰白の言葉はエッジの利いたものだった。そしてそれにツッコミを入れるのが、胡琉安とその母親の紅藤だったのだ。

 少しして、もったいぶった様子で口を開いたのは第四幹部の灰高だった。峰白の発言を面白いとでも思ったのだろうか、その口許は笑みで歪んでいた。

 

「おやおや雉天狗殿。胡喜媚様に今もなお忠義と狂信をささげるあなたの事ですから、玉藻御前の御子たちの事なども、所詮は哺乳類の狐畜生《こちくしょう》と言ってはばからないかと思っていたのですが……中々彼女らの顔を立てようとなさるではないですか」

 

 萩尾丸もかくやと言わんばかりの煽り文句に、文字通り狐畜生の源吾郎は目を丸くした。だが、峰白は不敵な笑みを浮かべて頷くばかりである。

 

「そりゃあ、確かに私だって心の奥底では灰高が言ったような事も思ってはいるわよ。だけど、()()()と言えども玉藻御前様は、胡喜媚様が義姉として慕っていたお方でもあるのよ。その御子たちにも最低限敬意を払うのは当たり前の事じゃない」

 

 事もなげに言ってのける峰白を前に、灰高も納得がいったとばかりに笑っていた。義姉の言葉に紅藤は苦い表情を浮かべるのみだった。言いたい事はもちろんあるのだろうが、その言葉が見つからず、ただただ唇が震えるだけである。

 呵々大笑とばかりに笑い合う鴉天狗とメス雉の妖怪にじっとりとした視線を向けながら、狐畜生の一人である源吾郎はため息や舌打ちを必死でこらえていた。()()()はプライドが高く鳥類以外の存在を見下しがちである。いつかどこかで聞いたこの話を、源吾郎は今ここで思い出した。

 大妖狐として誉れ高い玉藻御前とその血族が、()()ごときに()()()()()()と称されて嗤われる。このような事は源吾郎も予想していなかった。だからこそ、ショックも大きかったわけである。

 

「峰白様に灰高様。ひとまずは、あなた方が鳥類で向こうが哺乳類だとか、そんな事は一旦忘れましょう」

 

 不遜極まりない鳥妖怪たちの言葉にツッコミを入れたのは、第三幹部の緑樹だった。酒呑童子の孫にして神通力を有する白猿の血を引く彼は、隆々とした巨躯と恐ろしげな風貌の持ち主ではある。その見た目とは裏腹に穏和な気質であるらしく、それは今の彼の言動にもありありと滲み出ていた。

 

「種族が大きく異なっていたとしても、例えば玉面公主様と紅藤様は妖怪仙人という括りに入る事には変わりありません。それに何より、この雉鶏精一派の頭目である胡喜媚様と、玉面公主様たちの母君である玉藻御前様は義姉妹の友誼を結んでいたではありませんか。そんなお二人が、鳥類がどうとか哺乳類がどうなどという細かい事は考えていなかったと思うのです」

 

 緑樹の発言に、一同は感心したように息やかすかな声を漏らした。鬼と白猿の血を引く彼は、もちろん()()()に類する存在である。だがよく考えてみれば、緑樹の父だという白猿は、神通力を得た猿妖怪であり、妖怪仙人にも近しい存在ともいえる。大人しく控えめであるからこそ、こうした思慮深い意見を出してくれたのではないか。見当違いの事かもしれないが、源吾郎はそんな風に思っていた。

 ともあれ、玉藻御前とその一族を狐畜生と呼んでいた流れが変わっただけでも御の字だった。

 

「そ、それでは伯服様ご一行を案内いたしますね」

 

 受付係のイタチ妖怪が、窺うように幹部たちに問いかける。誰ともなく頷き合い、それを見た彼は身をひるがえしてエントランスへと向かっていったようだ。

 本来であれば、エントランスに控える客妖を、受け入れる幹部たちが出向いて案内するのが筋なのかもしれない。わざわざ受付係を使いとして応接室に来るように誘導しているのも、上層部の思惑によるものなのだろう。もっと単純に、アポなしでやって来た相手だから、という事でこういう対応になっているのかもしれないが。

 さてそうこうしているうちに、会合の準備は粛々と進んでいた。テーブルの各座席に飲み物と茶菓子――それもちゃんと大陸風の点心だ――が、若妖怪の手によって運ばれていったのである。源吾郎も何かせねばと思いはしたが、ミツコと青松丸の目配せによって座ったままで良いと言われてしまった。

 そして耳を澄ませば、こちらに向かってくる足音も聞き取れた。雷園寺や若狐などとは違う。妖力の保有量云々ではなく、しっかりとした質量の伴った足音たちだ。四つほどの足音は、いずれも人間と同じかそれ以上の質量を伴っているように感じられた。いや、二つは文字通り人並で、残りの二つはそれよりも大きい。

 後者の足音こそが、大伯父と大伯母のものであろうと源吾郎はあたりを付けた。基本的に妖狐は妖怪としては小さくて軽い。一尾の個体はアカギツネないしホンドギツネと大差なく、五キロ程度の個体も珍しくはない。だが、他の妖怪たちにも言える事であるが、妖狐も妖力が増すに従ってその肉体が巨大化する傾向がみられる。現に六尾のミツコは妖狐ながらもイヌ科最大のシンリンオオカミにも勝るとも劣らぬ巨躯を誇っていた。それに何より、金毛九尾たる玉藻御前の真の姿も、尾の先まで入れれば四メートル半の巨大狐だったと伝わっているではないか。

 その玉藻御前の子供らであり、既に妖怪仙人クラスの両名であるから、妖狐としての姿は巨大で壮麗な物なのだろう。そんな風に源吾郎は思っていたのだ。

 周囲に目を配っていたつもりだったのだが、いかんせん考え事に耽り過ぎていたらしい。応接室の幹部たちが一斉に立ち上がっていたのだが、源吾郎の動きは一拍遅れてしまった。

 緊張した面持ちで雉鶏精一派の幹部が立ち上がっている中で、来訪者たちは気負わない様子で応接室の中に足を踏み入れる。それぞれ付き人を従えた二人の男女は、まさしく源吾郎の大伯父たる伯服と、大伯母である玉面公主その妖《ひと》だったのだ。

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