九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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玉面公主、おのれの意図を語る

 姿を現した伯服と玉面公主の出で立ちに、源吾郎はついつい注目してしまった。軽く千年以上生きているにもかかわらず、老いを感じさせない姿である事はまぁ良い。妖怪であれば見た目の調整などどうとでもなる。特に、年数を重ねた妖怪が若い姿を取る方が、若く幼い妖怪が実際よりも年長であるように振舞うよりもうんと簡単なのだから。

 大陸で生まれ育ち、今もなお大陸で暮らしていると聞き及んでいたが、二人は漢服や長袍と言ったあからさまな大陸風の衣裳を身にまとっている訳ではない。さりとて、源吾郎たちや雉鶏精一派の幹部陣のように、かっちりスーツで身を固めている訳でも無かった。

 向こうの面々でスーツ姿だったのは、伯服と玉面公主の兄妹ではなく、むしろ彼らの付き妖たちだった。そして、とうの伯服たちはというと、ビジネスシーンではややカジュアルに感じられる服装に身を包んでいたのだ。もっとも、服や装飾品の類はもちろん安物などではなく、上等な物であるように見受けられはしたのだが。

 そして尻尾の数は、伯服が七尾で玉面公主が九尾だった。これには源吾郎も驚いた。大伯父も大伯母も、共に九尾であろうと思っていたからだ。

 だが、よくよく観察してみると、伯服の七尾の間には、切断されて切り株のようになった尻尾の名残が二つばかりあるのを発見した。切断面が見えぬように敢えて布で覆っている所からしても、敢えて切断した痕跡である事は明らかだった。

 もっとも、自発的にしろそうでないにしろ、尻尾を切断するという事そのものが大事なのだ。妖狐の尾は妖力を蓄える器官であり、だからこそ妖狐はおのれの尾を大切に扱うのだ。尻尾を斬り落とす行為が懲罰として成立するのはそのためであるし、ましてや自分の意志で切断するとなると余程の事情と決意があると考えるのだ。それ以前に、三尾程度と尾が少ない個体であれば、尻尾を斬り落とされた事でショック死する場合さえあるという。妖狐の尻尾とはそういう物なのだ。

 

「下午好《こんにちは》、雉鶏精一派の皆様。今回は妹が急に来訪したいと言い出して迷惑をかけてしまったかもしれませんが……こうして快く出迎えてくれて嬉しい限りです」

 

 礼儀正しい物言いでもって伯服は告げ、その面に人の良さそうな笑みを浮かべた。人型としての伯服の姿は柔和な壮年の男性のそれであるが、佇まいやふとした仕草からは威厳が感じられた。玉藻御前の実子であり、尚且つ人間の王の血を引いているが故の事だろう。源吾郎はそんな風に考えていた。

 そしてその伯服の異父妹、玉面公主は満面の笑みを浮かべて雉鶏精一派の面々に友好的な眼差しを向けていた。流石にけばけばしいというほどではないが、衣裳と言い面立ちと言い化粧と言い華のある美女だった。彼女は彼女で妙齢の女性姿であり、見た目だけで言えば三十代前半か半ば程と言った所だろうか。姿だけで言えばミツコとそれほど年齢差は無いように見えるほどだ。

 

「雉鶏精一派の皆さん、大家好《こんにちは》! 前に会った事のある妖《ひと》もいるけれど、よく見たら初めましての妖《ひと》もいるね。まぁ私たちは少し話があって立ち寄っただけだから、そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

 

 そう仰られても、緊張しないのは無理があるだろう。天真爛漫な様子で挨拶を行う玉面公主に対し、源吾郎は心の中で思わずツッコミを入れていた。彼女が玉藻御前の娘である事はこの場にいる誰もが知っている事だ。

 何より、彼女自身も強大な力を持つ妖狐である事は明らかだし、玉面公主自身もそれを隠そうとしていない。さもなければ、挨拶の折に背後で()()を震わせて、尻尾を敢えてアピールしたりなどしないだろう。もしかしたら、尻尾の根元やら先端を飾る宝玉やら装飾品をアピールしていたのかもしれないが。

 

「全く、君も相変わらず自由奔放に振舞うな。少しばかり母の事を思い出したよ」

 

 玉面公主の態度には思う所があるらしく、兄である伯服でさえぼやいているほどだ。だが、玉面公主はけろりとした表情で伯服を見やる程度である。

 

「あら、哥哥《にいさん》は媽媽《おかあさん》の事を覚えてるのね。私は、あんまり媽媽の事は覚えていないのよ。小さい時に媽媽は家を出てしまったから」

()()()宿()()()()()()()()、妹よ。母の事を知っていると言えども、私も母とはそう長い間いた訳では無いのだから」

 

 それも宿命。伯服の何処か達観したような言葉に、源吾郎は静かに耳を傾けていた。源吾郎は玉藻御前の名で知っている金毛九尾には、少なくとも一つの()()がのしかかっていたという。わが子に疎まれ、そうでなくとも仲違いしてしまうという呪いである。これはかつて蘇妲己と名乗っていた時に、妊婦の腹を開いて胎児を調べるという残虐な行為を行っていたがための報いなのだと源吾郎は思っていた。ただ、この呪いのようなものは、玉藻御前だけではなく、その娘の白銀御前にも牙を剥いたようであったが。源吾郎とその兄姉は曾孫の代になるが、その呪いが未だに生き残っているのか、はたまた薄れてしまったのかは定かではない。後者であれば嬉しいと思っていたし、そろそろ薄まっているのではないかという希望的観測を源吾郎は抱いていた。

 さてそんな風に先祖や親族の事を考えていた源吾郎であるが、当の親族である伯服は、来訪者を代表してこちらに向き直り、今一度口を開いた。そしてここで、改めて挨拶と名刺交換と相成ったのだ。名刺交換の順番は源吾郎が最後だったのは言うまでもない。玉藻御前の末裔と言えども、職場の地位的には新入社員に過ぎないのだから。

 

 十分弱ばかりの時間を費やして行われた挨拶と名刺交換が終わると、早速とばかりに打ち合わせへと場の空気は流れていった。応接室内部の空気が一変するのを源吾郎は肌で感じ取った。室内の誰かが、今再び応接室の内部に結界を張り直したのだ。強度と機密性の高い物へと。

 

「――皆さんも準備して下さいましたし、これで私たちが話しても大丈夫って事で良いかしらね?」

 

 問いかけを発したのは玉面公主の方だった。先程までの無邪気さはなりを潜め、こちらに向ける眼差しや表情は真剣なものだ。雉鶏精一派側はもちろん快諾した。代表して口を開いたのは胡琉安《こりゅうあん》である。

 

「ええ。もちろんお話しなさってくださいませ。確かに、妖怪仙人の皆様も、近年は春節などの折に日本にお見えになる事は私どもも存じております。ですが、急な事とはいえわざわざこちらにお立ち寄りになられたのも、お二方に何かお考えがあっての事だと私は考えております」

「事情というほど重たくはないですが、それでも雉鶏精一派の皆さんに伝えたい事があるのは本当の事、ですね」

 

 胡琉安の言葉に対し、玉面公主は頷く。周囲の場を和ませるような柔らかな笑みを浮かべつつ、彼女は言葉を続けた。

 

「妹妹《いもうと》の可愛い末孫の事もあるけれど、今私が一番気になるのは、やはり八頭鰥夫《はっとうかんぷ》の事ね。もしかしたら八頭怪と皆は呼んでいるかもしれないけれど、そこはまあいいわ。王鳳来の姑姑《おばさん》も八頭怪の動きを心配しているし、私もあいつの挙動が気になるから、現時点であいつと一番因縁の深い雉鶏精一派にやって来たのよ」

「――!」

 

 八頭怪の事が気になるから、雉鶏精一派に来訪した。飾り気のない玉面公主のその言葉に、胡琉安たち一同は驚きの色を隠せなかった。それでも、不用意に声を上げる者がいなかったのは、ひとえに妖生経験《じんせいけいけん》の深さゆえの事であろう。

 上位幹部とその重臣が集まっているという事もあり、雉鶏精一派サイドの妖怪たちの殆どは、数百年単位の年数を重ねた者たちばかりだった。それこそ()()()齢十八の源吾郎だとか、大人妖怪と見做される年齢の胡琉安とかになるくらいなのだから。

 さて、早々に爆弾発言を行った玉面公主であるが、雉鶏精一派の面々が驚いていたのを見るや、頷きながら言葉を続けた。

 

「ごめんなさい。私、別に皆を驚かせるつもりは無かったのよ。もしかしたら、皆さんは私が八頭怪と繋がりがあったことを知っていて、それで警戒しているのかもしれないですね。でも大丈夫です。私、八頭怪の味方になるつもりありません」

 

 玉面公主はそこまで言うと、にわかにまなじりを釣り上げて言い足した。

 

「むしろ、今の私は八頭鰥夫の事を憎んでもいる位です。とはいえ、私も立場とか色々あるから、私自身は八頭鰥夫と直接ぶつかる事は出来ません。だからこそ、雉鶏精一派の皆に会って、それであいつの事を色々と伝えようと思い立ちました」

 

 雉鶏精一派の面々は、誰も何も言わずただただ目配せしあうだけだった。源吾郎ももちろん無言ではあったが、何故玉面公主がアポなしで雉鶏精一派に来訪したのか、その事が何となく解ったような気がしていたのだ。




 玉面公主が蘇妲己の娘というのはオリジナル設定です(今更)
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