九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

359 / 601
憎悪の理由と邪悪なる思惑

 玉面公主が八頭怪を今は憎んでいる。源吾郎は、大伯母が放ったこの言葉の意味について考えを巡らせ始めていた。

 元々からして、玉面公主と八頭怪には面識があったと考えて良いだろう。玉面公主の夫である牛魔王は、一時期万聖龍王と交流を持ち、彼のおわす水晶宮――大陸では、龍宮の事を水晶宮と呼ぶのだ――に足しげく通っていたという。

 かの有名な西遊記によると、玉面公主が牛魔王を婿として迎え入れた少し前に、今では八頭怪と呼ばれているモノが万聖龍王の娘婿の座に収まり、九頭駙馬と呼ばれていたのだ。

 玉面公主サイドから見れば、九頭駙馬《きゅうとうふば》は夫の友人の娘婿という間柄である。であれば、玉面公主も夫を経由して九頭駙馬を知っていたとしてもおかしくはない。何なら交流もあったかもしれない。

 もっと言えば、牛魔王を抜きにしても玉面公主と九頭駙馬は繋がりがある。九頭駙馬は胡喜媚の弟であり、義理とは言えども玉面公主とは叔父と姪の関係になるのだから。

 さて玉面公主はというと、その面にうっすらと笑みを作り、雉鶏精一派の妖怪たちを眺めていた。口を開く寸前に、その視線は一人の妖怪の前でとどまったのだ。

 

「あなたたちだって、私と同じくあいつの事警戒している。だからこそ、王鳳来の姑姑《おばさま》に仕えていた子ネズミちゃんの力を借りて、情報収集にも力を入れている。そうでしょ?」

 

 玉面公主が見つめていたのは、ネズミ妖怪の真琴であった。彼女は情報処理係・諜報員としての才をいかんなく発揮しているという。ネズミ妖怪ゆえに眷属が多く、彼らを四方に放つ事により、各地から情報を集めているのだろう。

 八頭衆の幹部に名を連ねてはいないものの、彼女が雉鶏精一派内で重用されている事もまた事実だった。彼女は第一幹部・峰白の直属の配下だったのだ。峰白の直属の配下はごく少数であるという事も鑑みれば、真琴の地位の特別さは明らかだろう。

 源吾郎自身は真琴との接触はそう多くはない。だから彼は、真琴が情報処理係として重宝されている事しか知らず、真琴の妖怪としての強さまで詳しく把握している訳では無い。

 だがそれでも、普通の大人妖怪などではない事はうっすらと感じ取っていた。恐らくは紅藤たちと同年代かそれよりも年長かもしれないし、何より琵琶精たる王鳳来に仕えていた事もあるという妖怪ネズミなのだ。大陸では年数経た妖怪ネズミは琵琶を携えた巫女になるとも言われているが、真琴にもそう言った権能があるのかもしれない。

 

「ええ、ええ。玉面公主様の仰る通りです」

 

 真琴は玉面公主の言葉を受け、ごくごく素直に頷いていた。その表情には怯えの色は無い。

 

「私どもも、わが雉鶏精一派が新たな局面を迎えたと思っているのです。それをもたらしたのが何なのかは定かではありません。ですが、情報収集術について力を入れている事は事実です」

「情報収集が大切な業務である。これには私も同意見ですよ」

 

 真琴の言葉に続き、灰高が言葉を紡ぎ出す。九尾の大妖狐を前にしているというのに、特段気負った様子はない。それどころか誇らしげな笑みさえ浮かべている始末だ。

 

「実を申せば、彼女だけではなくこの私も、眷属である鴉を使って情報収集を行ってはいるのです。ええ、私も私でこの組織が末永く、平穏に続く事を望んではおりますよ。ですが、そうして集めた私の情報が、いえそもそもとして私の意見そのものが、他の者たちに受け入れられるかどうかは別問題ではあるのですがね」

 

 いかんせん、私は警戒され、疎まれる事すらあるのです――事もあろうに、灰高は笑いながらそんな事を言ってのけたのだ。

 源吾郎はぎょっとした表情を浮かべ、静かに他の席に座る妖怪たちの様子を窺った。紅藤や緑樹は呆れや戸惑いに嘆息している。ミツコたちと言った幹部の側近たち――その中には、誰あろう灰高の側近すらいたのだ――は、気まずさを神妙な面持ちで押し隠して状況を見守っている。

 頭目たる胡琉安ですら気まずい表情を隠せぬ状況の中で、ただただ冷笑を浮かべるのは第一幹部の峰白くらいだった。ある意味余裕たっぷりと言った態度でもって、彼女は誰かの次の発言を待っていたのだ。

 そして次に口を開いたのは、伯服だった。

 

「灰高様、でよろしいでしょうか。お一つだけ気になった事があるので、お伝えしたいのですが」

「一体何でしょうか、伯服先生」

 

 慇懃な物言いの灰高に対し、伯服は僅かにまなじりを釣り上げる。

 

「あまり内輪の事を、ああだこうだと言い募るのは感心しませんな。ましてや、我々はあなた方とは多少は関りはあると言えども部外者に過ぎないのですから。我々兄妹は、あなた方の内輪もめを見るためだけに、ここに立ち寄った訳ではありません」

 

 伯服の大伯父様、よくぞ言ってくださいました! 源吾郎は心の中で拍手喝采し、ついでニタリとほくそ笑んでいた。源吾郎は灰高の事を常々よく思っていなかった。雉鶏精一派の幹部でありながらも、同じ地位にあるはずの紅藤を妙に敵対視し、彼女の不安をあおって来る事ばかり言っているからだ。

 しかも老齢で経験も妖力も豊富に蓄えているから、生半可な妖怪では灰高には敵わない。そして灰高もその事を知っているからこそ、余計に性質が悪かった。

 だがそれでも、伯服が相手ではさしもの灰高もただただ言われるがままになるだけだろう。灰高は九百年以上生きた鴉天狗の大妖怪であるが、向こうは三千年以上生きた大妖狐であり、何となれば妖怪仙人の枠組みにすら収まるだろう。その上玉藻御前の実の息子なのだから。

 玉藻御前の直系の曾孫たる源吾郎は、大伯父である伯服に期待の眼差しを向けていた。慢心し、紅藤以上に近眼で視野の狭い老いぼれ鴉たる灰高を、彼がもっと言い募って詰るのを密かに期待していたのである。

 ところが、その流れは思わぬ所で打ち切られた。伯服の異父妹である、玉面公主が口を挟んだのだ。

 

「哥哥《にいさん》、別に内輪もめについては問題無いよ。私も雉鶏精一派の皆が仲良しじゃあないって事くらい知ってるし。それに、余所の内輪もめに部外者が首を突っ込むと、余計にややこしい事になったり収拾がつかなくなる事あるよ。私も、それで一度痛い目に遭ったから……」

「確かに」

 

 少し困惑した様子の玉面公主を見やり、伯服は頷いた。二人とも驚くほど長い年月を生きているから、様々なトラブルや事件は見聞きしているだろうし、そうした事の当事者になった事もままあるのだろう。

 そうしている間に、玉面公主は伯服に話を続ける許可を求め、伯服もそれに頷いていた。

 少し話は脱線したね。やや特徴のある物言いで玉面公主は前置きをすると、そのまま言葉を続けた。

 

「私が何で八頭鰥夫《はっとうかんぷ》を憎んでいるのか。その理由は、あいつが爸爸《おとうさん》を殺したからです。もちろん、あいつも狡賢いやつだから、私も本当の事を知ったのはつい最近なんですけれど」

 

 玉面公主の父親を、八頭怪がかつて殺害した。玉面公主のこの発言に、雉鶏精一派の面々は驚きの色を隠せなかった。先程まで飄々とした笑みを浮かべていた彼女が、憎悪むき出しの表情をしていた事もまた、源吾郎たちを驚かせた大きな要因となっているのは言うまでも無かろう。

 もちろん、源吾郎も驚いたのは言うまでもない。西遊記には、万年狐王の死因については記されていない。大妖怪と言えども、心労やストレスが重なってこの世を去ったのだろうと源吾郎は単純に思っていただけだった。

 

「玉面公主様、大伯母様。父親である万年狐王様が、まさか八頭怪に殺されていたなんて……!」

「もちろん、あいつも()()()()()な手段でもって爸爸《おとうさん》を殺した訳じゃあないわ。だけど、仙薬だと称して毒を盛っていて、それで死に至らしめたのは事実よ。この間出会った時に、あいつはその事を私に打ち明けた」

 

 仙薬として毒を盛り、そうやって万年狐王を死に至らしめた。殺害方法としては地味であるが、何となく理にかなった手口であるとも源吾郎は思ってしまった。というのも、昔は水銀の化合物などが仙丹であると思われ、その服用によって健康被害や中毒死が度々起きていたと言われているからだ。

 あるいはそうした件とは無関係だったとしても、仙薬だと称されれば万年狐王も信用して服用してしまったのかもしれない。

 玉面公主の表情は複雑だった。父を殺された事を語っているのだから、その面は憤怒に燃え盛っているだろうと源吾郎は思っていた。だが、彼女の顔には憤怒だけではなく、郷愁や物悲しさと言った、幾つもの感情が混じり合っていたのだ。

 

「少なくとも、あいつは爸爸《おとうさん》を殺した事を悪びれてなどいなかった。『君の爸爸《おとうさん》が亡くなってしまったからこそ、牛魔王殿と結婚するチャンスが巡って来たんでしょ? そういう意味では、ボクは恋のキューピッドの役目を果たしたんだよ』って笑い飛ばしてもいたのよ。

 もっとも……あいつも単に()()()()()()じゃあなくて、後で私の爸爸《おとうさん》を蘇らせる事も考えていたみたいなのね。その術も、失敗してしまったけれど」

 

 八頭怪の言動の逸脱ぶりに、源吾郎はただただおののくほかなかった。

 だが、雉鶏精一派でも他の妖怪たちはそうでも無かったらしい。峰白は不思議そうに目を細めながら、質問があると正面から告げた。

 

「玉面公主様。あなたの証言では、八頭怪はあなたの父親を殺して、それから蘇らせるという手段を取ろうとしていたみたいですけれど、何故八頭怪はそんな回りくどい事をしようとしたのでしょうか。

 そりゃあまぁ、殺す事には大した理由なんて要りません。ですが、殺したものをもう一度蘇らせるなんて、それこそ二度手間だとは思うのですが」

「峰白のお姉様。そういう事は玉面公主様に質問しても仕方ないでしょう」

 

 峰白の物言いと内容は余りにも直截的すぎたために、流石に紅藤も戸惑った様子を見せている。とはいえ、源吾郎も八頭怪の挙動が不可解であるとは思っていた。その一方で、玉面公主が峰白の疑問を解消する手段を持ち合わせてはいないだろう事も理解していたが。

 

「大丈夫よ、峰白女士に紅藤女士。八頭鰥夫がそんな事をした理由も、私は何となく解ってるから。多分ね、あいつは私たちを騙して、それで取り入ろうとしたのよ。死んだ者を蘇らせる事、単に屍体を動かしたり死霊を操るだけのおためごかしと違ってとても難しい事よ。それが出来る事を示して、あいつは奇蹟が使える、大した神通力の持ち主だって私たちに示したかったのかもしれない。それに、私が一人きりになれば、力のある妖怪と縁組する事も解ってた。その、力のある妖怪共々取り入る事が出来る。そんな風に八頭鰥夫は考えていたはずよ」

「要するに、詐欺行為を行う事で、資産家の一族に取り入って搾取しようとでも思っていたのかしら」

 

 玉面公主の説明に、納得したように峰白が呟いている。峰白の言葉は要点を恐ろしいほどに抑えており解りやすかった。解りやすかったからこそ、人間社会でも起こりうる事件だななどという考えが浮かんでしまった。もっとも、人間には死んだ者を蘇生させるなどと言った大それた事はまず不可能であるが。

 

「結局、あいつは爸爸を蘇らせる事には失敗した。でもすぐに近所の龍王の娘の許に婿入りをして、()()()をやろうとしたのよ。九頭駙馬と呼ばれていた頃に、あいつは近所の寺院から仏舎利を盗んで血の雨を降らせたでしょ。万聖龍王やその血縁者の協力があれば、仏舎利の遺骨から聖人を蘇らせて、その上で自分の傀儡にする事が出来る。そんな事を企んでいたはずよ」

 

 そこまで言うと、玉面公主はカップに手を伸ばした。源吾郎も八頭怪のかつての悪事については知っている。しかし、当事者に近い玉面公主から聞かされた話には、新たな発見と大きな驚きがふんだんに込められていた。

 

※先生:本文中では教師の意味ではなく、中国語での男性への敬称である。

なお、女性に対する敬称は女士である。(筆者註)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。