九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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九尾一族に絡まる因縁

「もちろん、当時は私もそこまで知りませんでした。だから、九頭怪の事を信じていた節はあるの。今の夫である牛魔王様との結婚を勧めたのもあいつだし、あの頃は、あいつが爸爸《おとうさん》を蘇らせる事も出来ると思ってた……」

「……」

 

 何とも言い難い衝撃と驚きの念を感じながら、源吾郎は玉面公主を眺めていた。

 自分たちの怨敵たる八頭怪が、恐ろしく厄介な存在である事は知っている。だがそれにしても、玉藻御前の実子にして源吾郎の大伯母でもある玉面公主までもが、八頭怪に手玉に取られていたとは。若狐たる源吾郎が驚くのも無理からぬことだった。

 もっとも、それは八頭怪の話術の巧妙さを恐れるべきなのか、玉面公主のいささか軽率な所に目を向けるべきなのかは、流石に源吾郎も判断しかねる所だったが。

 だがそれでも、若菜が大伯母に無貌の神の彫像を託さなかった理由が何となく理解できてしまった。もちろん、件の彫像は既に源吾郎に託されているため、その事についてあれこれ考察しても特に何かが変わる訳でもないのだが。

 玉面公主はそれから、やや含みのある笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「それに私、当時は九頭怪にシンパシーを感じて、それで親しみを覚えていたのよ。あいつも私も、婚約者や結婚相手がいる異性を略奪した。それ()()()だったから」

 

 その面に浮かんだ笑みは、自嘲的な物だったのか過去を懐かしんでのものだったのか。源吾郎にはやはり判断しかねるものだった。それ以上に、驚きと衝撃が大きすぎて、大人しく玉面公主を見つめるのがやっとだったのだ。

 略奪愛を敢行した者同士であるからシンパシーを感じていた。大伯母と言えどもそんな事を聞かされて、はいそうですかと流せるようなものではなかった。そうやって受け流すには、源吾郎は余りにも若かった。

 と言っても、表立って何か意見を口にした訳ではない。賓客にして玉藻御前の娘にツッコミを入れるなどと言う大それた事は、とても恐れ多くて出来かねるからだ。かといって、内容が内容だけに同意する事も源吾郎の感覚では不可能だ。

 そもそも、打ち合わせの席に座っている源吾郎であるが、彼には多くの発言権を与えられている訳でもない。玉藻御前の末裔であり、紅藤の秘蔵っ子ともみなされている源吾郎であるが、組織の中での地位は新入社員に過ぎない。従って、源吾郎に認められた発言権は、問われた事を答える程度の範囲に留まるのだ。あくまでも、源吾郎は当事者だったからこの場に連れ出されたに他ならないのだから。

 

 だが、幸か不幸か、玉面公主の言葉を受けて押し黙っているのは、何も源吾郎だけではなかった。雉鶏精一派の面々も、無言のまま玉面公主に視線を向けたり、幹部や側近同士で目配せしたりしているのだった。

 よく見れば、あの灰高が何とも言い難い表情を浮かべているではないか。気まずそうな、何か言いたげな、しかしそれを必死で抑え込もうとしている気配がありありと感じられた。

 生意気な言動の多い灰高が、大伯母の言葉に戸惑い、あんな表情を浮かべている。源吾郎はほのかに愉快な気分になってもいた。だがそれ故に源吾郎の中の戸惑いが薄れ、周囲の妖怪たちの表情を詳しく観察する余裕が出来たのだ。

 誰も彼も無言ではあるのだが、その顔に浮かぶ表情は妖怪ごとに微妙に異なっていた。特に気まずそうな表情をしていたのは、灰高の他に彼の側近である鴉天狗だ。だがよく見れば、ミツコや第三幹部の側近である妖狐の男性も、灰高たちと同じく何とも言えない表情を浮かべていた。

 逆に、峰白や紅藤、そして青松丸や胡琉安などと言った雉妖怪たちの顔には、戸惑いの表情は薄い。雉妖怪のみならず、鬼と白猿の血を引く緑樹もまた、それほど気まずそうな表情でもない。

 

「玉面。君も君で言葉が過ぎるぞ。雉鶏精一派の皆様は、真面目な方が多いから、困ってらっしゃるじゃあないか」

 

 取り繕うように嗜めたのは、玉面公主の兄である伯服だった。玉面公主はというと、「それでも言うべき事と思ったね」などと言っており、特に気まずそうな表情は見せていなかった。

 雉鶏精一派の面々が真面目なのではなく、話の相手が玉面公主だからこそ、誰も何も言わずに硬直したのではなかろうか。そんな風に思っていた源吾郎であるが、もちろん空気を読んで何も言わなかった。

 

「ええ、ええ。私どもは大丈夫ですよ。伯服先生に玉面公主女士」

 

 次ににこやかな口調で告げたのは、我らが雉鶏精一派頭目の胡琉安だった。

 

「わが組織は雉鶏精一派と申しましても、御覧の通り様々な種族の妖《ひと》たちが集まった組織になります。その中には、所謂モノガミー、一夫一妻が()()だと思っておいでの方もいらっしゃいますし……」

 

 モノガミー、一夫一妻。胡琉安が口にしたこの単語を耳にした源吾郎は、唐突にある事に気付いた。玉面公主の発言に対して、妖怪たちによって異なる態度を見せていた。その態度の違い、あるいは似たような態度を見せた共通点に、である。

 端的に言えば、一夫一妻が()()()の種族は、玉面公主の発言に強く驚いたり嫌悪を示し、逆に一夫多妻・一妻多夫などの()()()()()()()()種族では、それほど驚きや嫌悪の念が薄かったという事である。

 そして源吾郎のこの推察は、面白いほどに当てはまっていた。

 先の発言に大いに戸惑ったのは、鴉天狗の灰高やミツコを筆頭とした妖狐たちである。どちらも一夫一妻の結婚形態がメインの種族であった。特に鴉天狗の場合、鳥である鴉と同じく夫婦の結びつきが強いという。伴侶と死別した場合、再婚せずに最期まで独身を貫く事すらあるというのだから尚更だ。

 そして妖狐もまた、種族全体で考えた場合一夫一妻を好む傾向が強いと言える。それは源吾郎も身をもって実感してもいた。男狐であれ女狐であれ、恋人や伴侶が出来れば、他の異性――同性の場合もあるかもしれないが――に恋慕の情を向ける事は殆ど無い。

 もちろん、中には多くの相手を手玉に取るような好色な輩もいるだろう。だが彼らの好色さや多情さは、妖狐の種族としての特徴ではなく、彼らの気質や個性であると見做されるものに過ぎない。

 恋慕の情を向ける相手が一人に絞られる。この話はもはや源吾郎にとっても他人事ではなかった。恋人は、そして欲を言えば将来の妻は米田さんただ一人。齢十八の若狐ではあるが、源吾郎の心は既に定まっていた。ハーレム構築などと言っていた事は、もはや仔狐の世迷言か黒歴史として葬り去りたい事柄であると思っているほどでもある。

 一方、玉面公主の話を聞いて比較的平然としているのは、紅藤たちを筆頭とした雉妖怪グループと、第三幹部の緑樹である。そして緑樹は、白猿と鬼女――しかも酒呑童子の娘の一人だ――を父母に持つ妖怪だ。

 雉妖怪と白猿と鬼。分類的にもまとまりのない三つの種族であるが、()()()()()()()()()()()()()()()()という部分では共通点を持つと言えるだろう。

 一夫一妻を貫く鴉とは対照的に、雉は強いオスが複数のメスを従える一夫多妻制である。その事は雉妖怪の許で働く源吾郎ももちろん知っている。そのように考えてみると、峰白も紅藤も一夫多妻や複婚には寛容なスタンスを取っているようにも感じられた。何となれば、頭目にして紅藤の息子たる胡琉安に、妻だけではなく妾やら愛人やらをあてがおうとしている訳であるし。峰白に至っては、おのれが胡琉安の正妻となり、その上で優秀な女妖怪を妾にあてがう事を画策していたというではないか。

 そして、白猿や鬼もまた、一夫多妻の結婚形態をとりがちな妖怪たちである。特に白猿などは、おのれの子孫を残すために人間の女性やら女妖怪やらを複数名住まわせ、彼女らを全て妻として扱う事で有名なのだから。確か緑樹にも、異母兄弟も大勢いるという話だったのではなかろうか。

 ともあれ、多くの種族が集まっている場という事もあり、雉鶏精一派という一つの組織と言えども彼らの反応はまちまちだったのだ。

 

「ま、まぁ要するにですね。私ども兄妹は、八頭怪とは敵対関係にあるという事を、妹は皆さまにお伝えしたかったのですよ。ですがその……いささか本筋から離れた話が入り込んでいましたので、解り辛かったかもしれませんが」

 

 そう言って、伯服は申し訳なさそうな表情を見せていた。彼だけではなく、付き妖たちも、である。伯服は生真面目であるが、玉面公主はマイペースで掴み所が無い。大伯父と大伯母の性格について、源吾郎は早くもそんな風に解釈し始めていた。いずれにせよ、祖母である白銀御前とはまた異なった性格である事には変わりはなかろう。

 

「哥哥《にいさん》もあいつの事は敵だと思ってるのね。哥哥《にいさん》は、あいつとはそんなに接点が無さそうだったから……」

「接点があろうとなかろうと、あんな輩の味方に誰がなるというのだ。独り身であればいざ知らず、私も護るべき子孫が大勢いるのだから尚更だ」

 

 九尾の実子たちはしばし兄妹同士で話し合っていたが、ややあってから伯服はこちらに視線を向けた。その顔には、相変わらず深刻そうな表情が浮かんでいる。

 

「――実を申せば、私どもが来日したのも、子孫たちが八頭怪に関わろうとしていないか、それを確認するためでもあったのです。

 皆様もご存じの通り、私も妹も、中国に拠点を置いており、子孫たちも概ね大陸で暮らしています。ですが近年は、海外進出や留学を行う者もおりまして、こちらにもチラホラいるのですよ。日本にいる一族の者は少ないとはいえ、八頭怪の動きが目立つという情報も聞いているので、そこが私どもは心配なのです」

「それに私の末孫の雪九郎が、はとこになる源吾郎君に会ったって話してくれた。だから私も、妹妹の末孫がどんな狐なのか気になって、それで雉鶏精一派にも遊びに来たね」

 

 妹妹に会えなかったのは残念だけど。玉面公主はそう言ってため息をついている。

 ともあれ源吾郎は、胸の中にわだかまっていた緊張が幾分和らいだのを感じた。大伯父たちもまた八頭怪と敵対している事が解ったのと、この度急に来訪した理由が明らかになったからだろう。

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