九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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女狐の見定めたるは 這い寄る混沌

 玉面公主が再び口を開いたのは、笑いさざめく声が収まり、源吾郎がおずおずと顔をあげた直後の事だった。彼女は相変わらずニコニコと微笑んでいた。悪戯を仕掛けた子供のような、無邪気で負の感情を打ち消してしまうかのような笑顔である。

 やはりこのお方も玉藻御前の娘であり、稀代の女狐であらせられるのだな。彼女の笑顔を眺めながら、源吾郎はそんな風に考えていた。

 女狐、というのは別に大伯母を貶めている訳では無い。むしろ敬意の念を以て、源吾郎は女狐らしい女狐だと思っていただけに過ぎない。源吾郎も他ならぬ玉藻御前の曾孫なのだから。それに女狐と言っても淫蕩さや好色さを評している訳では無い。飄々として捉えどころが無いように演出し、そうして周囲をおのれのペースに巻き込む。それでいて、本質を鋭く見抜こうとしている。そうした話術の抜け目なさや自己演出の巧妙さに感嘆し、源吾郎は稀代の女狐だと玉面公主を評していたのである。

 演技の方面に源吾郎の意識が向いてしまうのは、やはり源吾郎が長らく演劇部に所属し、演劇のスキルを磨いていたからなのかもしれない。源吾郎自身は演劇の道に心から耽溺している訳では無く、おのれの能力を伸ばすための道具だと割り切っていたはずにも関わらず、である。

 

「あはははは。ごめんね源吾郎君。私のさっきの話、困らせてしまったかな。だけどあれはほんの世間話、ちょっとした笑い話のつもりだったの」

「玉面……」

 

 伯服は呆れたように眉をひそめていたが、雉鶏精一派の面々からはまたしても忍び笑いが漏れる。源吾郎の顔に浮かぶのは引きつった笑みだ。

 玉面公主はしかし、そうした諸々の事を一切気にせずに言葉を続けた。その顔からは笑みが消え、真剣な表情を浮かべながら。

 

「でももう笑い話も終わりね。ここからは真面目な話をするわ。源吾郎君と、雉鶏精一派の皆さんに関わる()()()()

 

 大切な話。そう言った玉面公主の瞳は、まさしく獣の瞳だった。それも凡百の獣ではない。獅子や虎ではなく狐であるから、百獣の王の眼光とも異なっている。良くも悪くも様々な経験を積んだ、百戦錬磨の老獪な獣の瞳だった。

 仔狐、いや若狐たる源吾郎は、大伯母の瞳におののき、ぶるっと身震いするほかなかった。

 身震いが収まってから、玉面公主の言う大切な話が何かについて、考えを巡らせる余裕が出来た。

 そして心に余裕の出来た源吾郎は、玉面公主が語らんとしている事を想像し、またしても硬直した。

 もしかしたら、大伯母様は政略結婚の話でも持ち掛けようとしているのではないか。ふっと浮き上がったその考えに、源吾郎は見事に取り憑かれてしまったのだ。

 源吾郎も玉面公主も玉藻御前を祖とする一族の者である。玉面公主が頭として一族を護っているという話であるから、優秀な源吾郎に自分の子孫をあてがおうと思っていたとしてもおかしくはない。

 更に言えば、玉面公主と源吾郎は大伯母と姪孫という間柄であり、親族と言えども血は薄い。その子孫は源吾郎にとって従叔母やはとこになる訳である。妖怪社会ではいとこ同士レベルの近親婚はまま起きている。はとこやそれ以上に遠い血縁であれば、抵抗感などほとんどないだろう。

 

――いやほんとどうしよう。大伯母様から「それじゃ、私の孫娘紹介するね」とかって言われたら断れないやん。でも俺は米田さんと一緒になりたいし……逃避行か、逃避行しかないんか?

 

 源吾郎の脳内で政略結婚と逃避行の二文字が渦を巻いて回転している。その様子に気付いたのかいないのか、真顔のまま玉面公主が呟いた。

 

「這い寄る混沌とその権能。これが私の話したかった大切な話ね」

「なっ――」

「どうして……」

「一体何故――」

 

 今度こそ、雉鶏精一派の面々から驚きの声が漏れた。源吾郎が這い寄る混沌の能力を継承している。これはごく一部の妖怪たちしか知らぬ機密事項だったはずだ。萩尾丸だって、内通者へのリークを恐れて、自分を含めた若手幹部たちを出席させなかったくらいである。

 そうまでして護り通そうとしたほどの内容であるというのに、まさか玉面公主には見抜かれてしまったというのか。

 いや、玉面公主に見抜かれるのは、というよりも彼女に対して隠し立てする事そのものが、無駄なあがきだったのかもしれない。玉面公主は既に九尾であり、年齢的にも環境的にも妖怪仙人と呼んでも遜色は無い。先程だって、源吾郎の内なる願望を見通したではないか。

 やはり玉面公主様は恐ろしい存在ではないか。八頭怪は敵だと言っているものの、さりとて雉鶏精一派の味方であるとも明言している訳では無いし。源吾郎もまた、他の妖怪たちと同じく震え上がるほかなかった。

 そんな中で、玉面公主はにわかに笑みを作って言い足した。

 

「這い寄る混沌の事、別に覗き見て知った訳じゃあないから安心してください。私も、勝手な覗きは悪い事と心得ていますから」

 

 この玉面公主の言葉に、強張っていた表情を緩ませるものもいた。特に顕著なのは紅藤である。彼女の面には、安堵の色が濃く滲んでいた。

 

「それに源吾郎君の頭……いや、思考の一部にロックが掛かっていたね」

「!!」

 

 予想だにしない言葉に、源吾郎は思わず叫び声をあげそうになった。思考の一部にロックが掛かっている。そんな大それた事がおのれになされていたとは、夢にも思っていなかった。

 源吾郎の驚く様はいささか大げさな物だったのだろうか。玉面公主はこちらを見つめ直し、笑いながら首を振った。

 

「大丈夫、大丈夫ね源吾郎君。別に思考の一部をロックすると言っても、そんなに物騒な物違うからね。君の意識を操ったり、そんな事をする術と違います。ただ、他の誰かが源吾郎君の頭の中にある、()()()()()を読み取るのを妨害する。そう言う術に過ぎないね」

「それは……その術って……」

「私が新調した護符を媒体にして、新たに付加した術式ですわ」

 

 上ずる源吾郎の言葉に続いて、紅藤が少し誇らしげな口調で紅藤が告げる。相手からの読唇術の遮断という術を掛けたのは、やはり紅藤だったのだ。その点だけは源吾郎も納得していた。いかにも紅藤がやりそうな事だからだ。性格的にも、妖怪としての能力的にも。

 

「実は今、私どもの研究センターには雷獣の研修生がいるんです。その子、いえその雷獣に機密事項を読み取られてもいけませんので、島崎に対して術式を施しました。覚のような本格的な読心術ではないにしろ、雷獣も一時的な思考は電波として読み取れますので」

 

 紅藤の言う雷獣の研修生とは、もちろん雪羽の事である。研究センターの面々の中で、源吾郎の現実改変能力を知らされていないのは雪羽だけである。そもそも緊急の打ち合わせにも出席させず、敢えて工場棟に派遣し、機器の簡単な整備や検査の手伝いなどをさせて間を持たせていたのだ。

 雪羽に、源吾郎が現実改変能力を保有している事を知られないようにする。内心複雑な気持ちではあるものの、紅藤がそんな風に考えて対策を立てるのも解らなくはない。

 源吾郎に現実改変能力がある事を雪羽に知らせたら、今後悪影響が出る。簡単に言えば、上層部はそのように判断していたのだ。

 別に、雪羽が悪ガキだったから、心根がひん曲がっているだとか、そんな事を思っている訳では無い。だが――雪羽の母親は非業の死を遂げている。早世した母の事を慕い、早すぎる別れを悔やんでいる事は言うまでもない。雪羽も母の事について折り合いを付けているのかもしれないが、完全に折り合いを付けるには彼はまだ幼すぎる。

 現実改変の能力を使って、自分の母を蘇らせてほしい。源吾郎の権能を知った場合、雪羽がそう申し出る事は()()()だった。だが、雪羽のその申し出を受ける事は源吾郎には不可能であるし、その事も懇切丁寧に雪羽に説明せねばならない。雪羽がそこで納得した素振りを見せたとしても、心の中に鬱屈を蓄積させるだけだろう。それこそ、思いつめて魔が差すような事があっても問題だ。

 そうした事もあるから、雪羽には現実改変の能力について敢えて教えなかったのだろう。そんな風に源吾郎は解釈していたのだった。

 つらつらと源吾郎が思考を巡らせている間に、紅藤が再び口を開いた。先程とは異なり、やや畏まった表情を浮かべながら。

 

「……とはいえ、玉面公主女士ほどの術者であれば、私ごときの術式は簡単にハッキング出来るのでは無いでしょうか」

「確かにその通りね。だけど、大切に鍵を掛けていると解った上で、わざわざピッキングするようなみっともない真似はしないね」

 

 軽いやり取りの後、玉面公主と紅藤は互いに見つめ合いながら笑い合っていた。話の内容は若干物騒な部分もあるにはあるのだが、それでも笑い合えるところが、大妖怪ないし妖怪仙人らしい所だった。

 玉面公主はそれから、源吾郎が這い寄る混沌を継承した事を知った真の理由について教えてくれた。

 何という事は無い。玉藻御前に仕えていた女狐・若菜から簡単な近況と称して源吾郎の事についての報告書を受け取っていたからなのだという。もちろんこちらも機密性を重視しているらしく、郵便や国際便などではなく、緊急の転移術式にて伯服と玉面公主の許に届けられていたそうなのだ。

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