九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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妖怪たちのバレンタイン――バレンタインと情人節

「はいこれ。今日はバレンタインでしょ。だから島崎君にプレゼントよ」

 

 そう言って米田さんが差し出したのは、小さな手提げ式の紙袋だった。パステルカラーの彩色は目に優しく、中央には狸の顔を可愛くデフォルメしたロゴマークが入っていた。もちろん、ロゴマークの真下には「大阪・梅田」と記されている。

 件のロゴマークは、源吾郎にとっては見覚えのない物だった。実際の店舗はもちろんの事、朝のニュースの一こまで取り上げられていたのを見た記憶もない。源吾郎は姫路の出身で、今は神戸に隣接する吉崎町の在住である。大阪方面にどんなお店があるのかを知らないのは無理からぬ事とも言えるだろう。

 だがそれでも、丁寧に包装されたラッピングの向こう側から、焼き菓子の甘くて優しい香りが漂ってくるのを源吾郎は感じ取っていた。

 

「梅田に美味しいケーキ屋さんがあってね。そこで買ったカップケーキなの。島崎君、甘いものが好きだって事は知ってたから」

 

 米田さんが付け加えて話すところによると、そのケーキ屋というのも妖怪向けのお店であり、そもそも店主やスタッフも狐狸妖怪なのだという。従って、米田さんが購入したカップケーキも、妖怪向けに作られているという事だ。

 

「ありがとうございます、米田さん」

 

 空いている方の手で貰った紙袋を提げ、源吾郎は礼を述べた。

 

「確かに僕、甘い物は好きですね。この前喫茶店に一緒に入った時も、やっぱりケーキとか気になったので……大切に頂きます」

「そんな、畏まらなくても良いのよ」

 

 源吾郎の言葉に、米田さんが柔らかく微笑んだ。

 

「もしかしたら、島崎君には人間向けのケーキのほうが良かったかなとも思ったの。私たちの食事って、人間の食事に慣れている島崎君にはちょっと物足りないかなと思ったから、ね。

 だけど、プレゼントするならどんな味かあらかじめ知っていた方が良いかなと思って、これを選んだの。私も同じのを食べてみて、卵とかチーズとかの素材の味が引き立ってしっかりした味だと思ったの。これなら、島崎君も喜ぶと思って……」

 

 言葉を重ねる米田さんの姿を見ているうちに、源吾郎は彼女の微妙な変化を感じ取っていた。何と言うか、言葉や仕草にしおらしいものが見え隠れするのだ。あの時のカミングアウトほどでは無いにしろ、珍しい事だった。

 米田さんは万事冷静で堂々としており、凛とした大人の女性という雰囲気の妖狐だった。だというのに、源吾郎を前にこんな風にしおらしくなってしまうとは。

 ほのかな申し訳なさを感じつつ、源吾郎は口を開いた。両手を重ね、ついで自分が元から提げていた紙袋と米田さんから貰った紙袋とがかすかにぶつかり合う。

 

「いやはや、本当にありがとうございます米田さん。バレンタインのプレゼントまで下さっただけじゃあなくて、お、俺の為に色々と考えてくださったなんて。もう、俺は、僕はこれだけでも満足ですよ。

 それに僕だって、半妖と言えども妖狐の血が濃くなりつつありますので、妖狐としての食事にも慣れなければなりませんからね。こちらのカップケーキは、夕食のお供に致します」

 

 源吾郎はそこまで言うと、思わずため息をついてしまった。彼女の前でそんな態度を見せるのは確かに褒められたものではない。しかしどうしても、おのれの言動を思い返すとため息も出てしまう。

 米田さんに会って嬉しいはずなのに、出てくる言葉はどうにもぎこちなく、しかも何となくお堅い話ばかりなのだ。その上米田さんも若干緊張して、俺などに気を遣ってくれている訳だし。

 しばしの間思案に暮れていた源吾郎は、米田さんから貰った紙袋をまじまじと眺めていた。もっと言えば、「大阪・梅田」と印字されている部分をだ。

 それにしても。源吾郎の唇が動き、思った事を紡ぎ始めた。

 

「このスイーツ屋さんって梅田にあるんですね。僕は姫路の生まれで、仕事でも大阪まで行く事は殆ど無いので、あの辺の地理には疎くて……」

 

 言葉尻を濁しつつ源吾郎が言うと、米田さんも何かを察したように目を見開く。その面が喜色に染まっていた。

 

「確かに姫路から大阪までは遠いものね。ねぇ島崎君。もしよければ、今度は大阪まで遊びに行ってみない? 私、大阪の地理には詳しいから、島崎君が興味のありそうな物とか案内できると思うから」

 

 米田さんの言葉は、しかしそれだけではなかった。少しばかりしんみりとした表情を浮かべると、彼女はそっと言い足した。

 

「……それか、逆に姫路で一緒に遊ぶって言うのも良いかもしれないわね。島崎君も、見知った所でデートする方が落ち着くかなと思ったんだけど、どうかしら?」

「今度会う時は大阪にしましょう、米田さん!」

 

 次回のデートは大阪と、源吾郎は即答した。流石に即断即決になるとは米田さんも思っていなかったらしい。驚いたように目を見開き、ついで僅かに首を傾げている。源吾郎はここで、驚かせてしまったと反省しつつ言葉を続けた。

 

「あ、もちろん、姫路で会うというのも魅力的な提案だと僕は思っています。ですが、折角姫路に行くのでしたら、時期というのも大切だなと考えているのです。やはり白鷺城も案内したいですからね」

 

 白鷺城の映え具合を考えれば、今の時期は中途半端でよろしくない。源吾郎は自信満々に言い切った。

 

「例えば雪が降り積もっているというほどであれば、雪の白鷺城という事で見所はあるでしょう。ですが、今年の冬はべらぼうに寒い訳でもありませんし、姫路で積もったという話も聞きません。ついでに言えば、まだ冬なので花もほとんど咲いていませんし、冬の花である山茶花も、そろそろ散り始めてみっともない姿になっているでしょうから……」

 

 山茶花。その花の名を口にした源吾郎は、思わず言葉を詰まらせ頬を赤らめていた。源吾郎の持つもう一つの紙袋、米田さんへのバレンタインプレゼントの事を連想してしまったからだ。

 だが源吾郎は、笑みを作って言葉を続ける。

 

「要するに、姫路には春になってから行くのが良いと僕は思うのです。三月の末から四月の中頃までの間でしたら、桜も咲いているでしょうからね」

「そういう事だったのね、島崎君」

 

 話したい事をひとしきり言い終えた所で、米田さんも納得したような声を上げた。微笑むその眼差しに、源吾郎に対する感心と敬意の念が見え、源吾郎は嬉しくなった。

 

「うふふ。やっぱりずっと姫路で暮らしていただけあって、白鷺城がいつ行けば綺麗に見えるのか、そんな事も詳しいのね。私は特に、大阪城はいつ見に行けば綺麗なのかなんて、あんまり考えた事は無かったから……」

 

 かくて源吾郎は、はからずともデートの約束を取り付ける事と相成ったのだ。それも一回だけではなく二回もだ。しかも大阪と姫路なので少し足を伸ばして遠くに出向く形だ。これまで以上に気合が入るデートだとも源吾郎は考えていた。

 ちなみに、姫路でのデートを後回しにしたのは、何も季節ごとの白鷺城の景観について考慮したというだけではない。姫路は源吾郎の故郷であるが、両親や長兄は、今もなお白鷺城下の街中で暮らしている。米田さんとのデートの最中に、彼らと鉢合わせする恐れがあると源吾郎は考えたためでもあった。

 断っておくが、米田さんと交際するにあたって後ろ暗い事は何もない。彼女の事は本気で好いていたし、来るべき時が来れば彼女の事を紹介するつもりでもいた。

 しかし、今は()()両親や兄姉らに米田さんと交際している事を伝える準備が出来ていない。そんな風に思っているだけだった。ただこれは、今だからそう思っているだけの事であり、それこそ春になって桜が咲く頃には、色々と変化があるかもしれないと思っていたのだ。

 だからこそ、親族と会う可能性の低い大阪でのデートを先に行いたいと意思表示したのである。もちろん、米田さんにはそこまで伝えるつもりは無いのだけれど。

 

「島崎君。その紙袋って何かしら?」

 

 デートの約束も取り付けて一段落し一安心していた源吾郎であるが、安堵ゆえの無言を貫いている丁度その時、米田さんが質問を投げかけてきた。彼女の言う「その紙袋」とは、もちろん源吾郎があらかじめ提げていた方である。

 源吾郎は思い出したように紙袋と米田さんを見やり、口を開いた。発現する内容はしっかりと頭の中に浮かべている。だというのに、唇が震えた。

 

「こ、これは僕からのプレゼント、です」

 

 途切れ途切れな上に、語気も微妙に強くなってしまっている。みっともない物言いだと我ながら思いつつも、源吾郎は言葉を続けた。

 

「えへへ、今日はバレンタインでしょう。なので、僕からも米田さんにバレンタインのプレゼントを用意したんです。

 いえ……バレンタインではなくて情人節と言った方が適切ですね。中国では、バレンタインの事をそう言うのですから。米田さんはご存じでしょうか。情人節では日本とは異なり、男性の側から恋人や妻にお花やお菓子などをプレゼントするのです」

 

 そう言うと、源吾郎は提げていた紙袋を米田さんに突き付けた。優しく差し出すつもりが、動きまでぎこちなくなってしまったのだ。

 

「今や僕にとって、米田さんは僕の恋人……ですからね。流石に花束などは頂いても難儀すると思いましたので、僕の方でアクセサリーを用意いたしました」

「あら、そうだったのね……」

 

 米田さんは驚きの声を上げつつも、源吾郎が突き付けた紙袋を受け取ってくれた。確認しても良いかしら。何故か遠くから聞こえて来るかのような彼女の問いかけに、源吾郎は頷く。

 

「これは……」

「山茶花の髪留めです」

 

 中身をそっと確認した米田さんに対し、源吾郎は静かな声で返答した。

 

「米田さんは、お仕事も頑張っておいでですが、お洒落にも気を遣ってらっしゃる事は、僕も気付いておりましたから。それにその山茶花の花の色であれば、米田さんの金髪にもよく似合うでしょうし……」

 

 言い切ってから、源吾郎は押し黙って米田さんを見やる。またしても長話をしてしまっただろうかと思いながら。

 米田さんは、そんな源吾郎を見つめるとにこりと微笑んで頷いた。

 

「ありがとうね島崎君。あなたが中国の文化に興味がある事は知っていたけれど、まさかバレンタインでプレゼントをもらうとは思っていなかったから、驚いちゃったわ。そうね、この髪留めは、今度会う時に付けてみるわね」

「ありがとう、ございます……」

 

 源吾郎の口から出てきたのもまた、感謝の言葉だった。感極まって涙ぐむのをこらえながら、源吾郎は米田さんを見つめるのがやっとだった。

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