ひとまず打ち上げの会場である飲食店に到着した。人間の店員に案内され予約スペースに足を運んだ源吾郎であったが、既に集まっている先客たちの姿を見るや、思わず驚きの声を上げてしまった。
集まっている妖怪たちの多くはもちろん妖狐ではある。だがその中に、しれっとハクビシンの妖怪が二名いるのを発見したのだ。ハクビシン妖怪はまだ若く、少年少女と言っても遜色ない年頃であるように思えた。さも仲が良さそうにくっついているが、カップルや夫婦の類で無い事は、妖気や匂いが似通っている事から明らかだ。恐らくは姉弟か兄妹のどちらかであろう。
「おおっ。萩尾丸さんの言葉通り、雷園寺君も参加してるんだな。やったぜ」
「そうそう。うちらも雷獣みたいなものだし、雷園寺君がこの打ち上げにやって来てくれて嬉しいなぁ」
そしてハクビシン妖怪の関心は、源吾郎ではなくて隣の雪羽に向けられていた。彼らが放った言葉は全て雪羽に向けられていたし、雪羽の出現をこそ彼らは喜んでいた。
妖狐ではないからそんな態度もおかしくはないのかもしれない。だが何となく釈然としないものを源吾郎は抱えてしまった。
しかし、そんな風に考えてしまったのは源吾郎だけだったらしい。振り仰いでみると、雪羽は既に満更でも無いような笑みを浮かべているのだから。
「おいおい。俺はあくまでも雷獣で、ハクビシンの妖怪じゃあないんだけどなぁ。まぁ、見た目は似ているけれど」
「でも、俺らもスタンガンとか改造して、雷撃・電撃の武器は持ってますぜ。それに姉さんなんかは、玉面公主の子孫って事で色々と荒稼ぎもしてたんだぜ」
「へぇーっ。そうだったんか。萩尾丸さんの部下たちってお堅い連中ばっかりかと思ってたんだけど……あんたらに興味が湧いてきたぜ」
とんでもない会話が繰り広げられる間に、いつの間にか雪羽とハクビシン妖怪の姉弟は意気投合してしまったようだ。萩尾丸ももちろんこの事に気付いたらしく、雪羽を彼らの隣席に座るように勧めたのである。
但し、源吾郎には席を勧めずに歩を進めるだけだった。雪羽が腰を下ろした事でそこのテーブルは満席となったからだ。仮に空席があったとしても、源吾郎は好んで彼らの輪に入るつもりは無かったのだけど。
「島崎君は、玉出君たちに驚いたのかな」
萩尾丸は前を向いたまま、源吾郎に話しかけていた。頷いてから、はい、とややはっきりとした声で告げる。
「何と言いますか、その……」
伝えたい事は確かにあったはずなのに、それはきちんと言葉にならず、ただ口ごもるだけだった。姉は玉面公主の子孫を騙る詐欺師であり、弟は危険なスタンガンを改造して違法な武器を所持している。どちらもまごう事なき悪妖怪だ。そんな輩を、配下として萩尾丸が従えているのが何とも不思議な事のように思えたのだ。
「あの姉弟が悪妖怪のように見えたから、僕の部下に相応しくない。そんな風に思ったんじゃあないかね」
「それは――」
臆面のない言葉に源吾郎は目を白黒させた。だが萩尾丸はあっけらかんと笑うだけだった。と言っても、肩を震わせているのが見えただけだけど。
「いいかい島崎君。僕はね、従える部下たちのかつての素行の悪さはそんなに気にしないんだよ。そりゃあ確かに、僕の部下になってからも、悪事に手を染めたり組織の足を引っ張るような行為は困りものだけどね」
萩尾丸の言葉に、源吾郎は静かに首を傾げた。過去の所業の善悪を問わないという萩尾丸の主張は、これまで彼が源吾郎に伝えた物とは乖離しているように思えたのだ。部下たちの素行の悪さを気にしない事と、悪ガキだった雪羽の再教育に血道を上げる事は、矛盾した内容ではないのか、と。
そんな風に思っていると、萩尾丸は尚も言葉を付け足した。
「それにね、場合によっては悪事を知り、実際に悪事に手を染めた妖怪を配下に引き込む事にもメリットがあるんだよ」
「何ですって!」
相手の言葉がまだ途中である事は解っていた。だがそれでも、源吾郎は叫ばずにはいられなかった。スピッツ犬のごとき甲高い叫びは周囲に響いたのだろう。既に打ち上げモードに入っている若妖怪たちが、ほぼ一斉に源吾郎をじろりとにらんだのだから。源吾郎は気まずくなって目を伏せた。この時にはすでに、萩尾丸も振り返って源吾郎の方に視線を向けているではないか。
「人間の世界でも、かつてサイバー犯罪で逮捕したハッカーを、後に雇い入れてサイバー犯罪を取り締まるメンバーにする事は有名だろう。もっとも、これはアメリカとかで行われる事で、残念ながら日本ではそれほど行われてはいないだろうけどね」
それと同じ理屈なんだよ。萩尾丸は穏やかな様子で言い、にっと微笑んだ。
「僕らの組織が穏当に運営できるほどこの世界が平和ではない事は、島崎君とて解っているだろう。悪妖怪や悪妖怪にて組織された集団に対抗するには、やはり悪妖怪の心理や手法を知らねばならないんだよ。そう言った意味では、かつて悪事に手を染めていた妖怪や、食うや食わずの暮らしを行っていた野良妖怪を配下に引き入れるのはとても
萩尾丸がここで言葉を打ち切ったので、源吾郎はまず安堵した。それから、語って聞かせた事について理解したというポーズを見せようとしたのだ。源吾郎も萩尾丸とは一年近い付き合いになる。だからこそ、聞き終わった内容を理解しているように見せた方が良いと咄嗟に判断したのだ。
しかし萩尾丸は、そんな源吾郎の姿を見下ろすと、さもおかしそうに微笑むのだった。
「ふふふ。お坊ちゃま育ちの善良な仔狐君には、今回の話はちと難しかったかもしれないね。だけど、さっき僕が言った事は、君もおいおい解るはずさ。無理に解ったふりをしたり理解しようと悩まなくても、実体験として積み重ねる事も出来るだろうからね」
「は、はい……」
か細い声で返事をすると、源吾郎はまたしても視線を床に落とした。自分が思っている事を完全に見抜かれてしまい、気恥ずかしくて仕方が無かった。
しかもわざわざお坊ちゃま育ちで善良だなどと言われたのだから尚更だ。日本三大悪妖怪の末裔である事を笠に着て、自身にも邪悪な本性を隠し持っているのだと粋がっている事までも看破され、それを嗤われたような気分だった。それに面と向かって善良だなどと言われる程に、おのれの裡に善性が宿っているとも思えなかったのだ。
善良な青年であるならば、両親や兄姉の考えに背き、浅はかな野望を抱く事などないのだろうから。
ほら島崎君。羞恥心を抱えて思案に暮れていると、萩尾丸が短く鋭い声で呼びかけてきた。
「ここの席が空いているから、君はここに掛けたまえ。見ての通り、こっちには妖狐たちばかりが集まっているし、気心の知れた狐ばかりじゃあないかね」
そうして萩尾丸に促され、源吾郎は空いている席に腰を下ろした。
萩尾丸の言う通り、同じテーブルを囲むのは見知った妖狐ばかりだった。時々一緒に遊ぶ珠彦の姿もあったし、穂谷先輩や拓馬、そして笹塚さんたちと言った玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちもいた。少し気難しい白川先輩もいるにはいたが、「気心の知れた狐ばかり」という萩尾丸の言葉には嘘はない。
「久しぶりっすね島崎君!」
萩尾丸が離れるや否や、隣席の珠彦が源吾郎の肩を叩いた。振り返ってその顔を見て見ると、満面の笑顔が浮かんでいるではないか。
琥珀色の瞳で源吾郎をじっと見つめていた彼は、ややあってから感慨深そうに口を開いた。
「ボスとか先輩たちの話では、島崎君も色々大変な事に巻き込まれて難儀しているって聞いたけれど……でもまぁ元気そうで何よりっすよ」
「うん、見ての通り、俺は元気にやってますよ。でも、俺の事を心配してくれてありがとう。というか心配かけさせちゃって野柴君には悪かったよ」
すらすらと出てきた源吾郎の言葉は、嘘偽りのない素直な物だった。どうにか元気にやっている事も、おのれの身を案じる珠彦に感謝の念と申し訳なさを感じている事も、どちらも真実だ。
珠彦も珠彦で、源吾郎の言葉を素直に受け止めてくれたらしい。その上で源吾郎の顔をじっと見つめ、にんまりと笑いながら言葉を紡ぐ。
「そうだ。今回は島崎君に色々と聞きたい事があるんすよ。なんせ、あの米田さんと付き合いだしたんすよね?」
「お、おう……付き合う事になった、けど」
いつになく勢いのある珠彦の言動に、源吾郎は気圧されてしまった。それでも付き合っている事についてはその通りだと頷く。源吾郎としては、特に米田さんとの関係を隠すつもりは無かったためだ。
だが、源吾郎が頷いた直後に若狐が歓声を上げ始めたので、それには少し辟易した。ただそれだけの事だ。