九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 ヒトの恋路に興味もち

 源吾郎が米田さんと付き合う事になった。うら若い男狐と女狐がくっついたというただそれだけの話に過ぎないのに、珠彦を筆頭とした若狐たちは歓声を上げ、思い思いに言いたい事を言いだしたのだ。

 大げさだし皆平和そうだな。源吾郎は自身の思いをしばし棚上げし、若狐たちに対してそんな事を思った。米田さんと結ばれないのならば、彼女との恋路を邪魔する輩がいたら徹底抗戦する。そんな事を思っていた事などは綺麗に忘れていた。

 もっと言えば、米田さんはあくまでも源吾郎の彼女になっただけに過ぎず、結婚の約束を取り交わした訳でも何でもないのだが。

 

「そっか。島崎君も米田さんと付き合いだしたんだね。おめでとう島崎君」

「それにしても、社会妖《しゃかいじん》一年目で彼女を作るなんて、島崎君も油断できん奴だなぁ」

「まぁ良いじゃん。島崎君も彼女が出来たんだから、あたしらにロックオンする危険性も無くなったんだし」

「だけどさ、あいつハーレム作るとかって言ってたんだぜ? 米田さんが彼女って確定したら、二番目、三番目の彼女を作るとかって事もあるかもだし」

「それは無いでしょー。半分ぐらい私らの願望もあるけれど、私らをエロい目で見てる訳でもないし」

 

 若狐たちの話はどんどんとエスカレートし、次第に奇妙な方向へと流れていく。たまりかねた源吾郎は、尻尾の毛を逆立てながら声を上げた。

 

「ちょっと! 米田さんの事()エロい目で見ているみたいな言い方は勘弁してくださいよ」

 

 源吾郎が言い放った直後、静寂と微妙な空気がテーブルを囲む妖狐たちを包み込んだ。源吾郎の剣幕に皆が恐怖した訳ではない。微妙な発言を前に、反応に困っているだけなのだ。当の源吾郎だって、ツッコミが入るであろう事は察していた。

 せめてまだハーレム構築を目論んでいるという誤解を解いた方が良いのではないか。源吾郎は割と真剣にそう思った。妖怪社会では一夫多妻や一妻多夫などの複婚が認められているのは周知の事実だ。源吾郎にハーレム構築の意志ありなどと思われたら、それこそ政略結婚の誘いが来たり下心のある女狐たちが言い寄って来たりするではないか。伴侶として、番の相手として源吾郎はもはや米田さんしか欲していない状態だ。第二夫人も妾も愛人も、源吾郎にはもはや不要なそんざいだった。

 そんな風に真面目に考えている間にも、若狐は男狐も女狐も面白がって何やら言い募っていた。可愛いだの中学生みたいだのと言っているのがチラホラと聞こえたが、それらをBGMのように聞き流すだけだった。幼い仔狐と見做される事には慣れっこだからだ。

 

「ちょっと、皆さん」

 

 ややあってから、たまりかねたように隣席から声が上がる。声の主は黒狐の穂谷先輩だった。萩尾丸の部下の中でも、「小雀」という若妖怪グループのまとめ役を担っており、尚且つ玉藻御前の末裔を名乗る二尾の青年である。

 気質は穏やかな上に洞察力も高く、源吾郎が困っているシーンで時々助けてくれる事もある。同じ職場で働いている訳では無いが、先輩妖狐として源吾郎は彼の事を慕っていた。

 

「島崎君の恋愛事情が気になってあれこれ話したくなるのは解りますが、詮索したりある事ない事言ってしまうと、島崎君だって困ってしまいますよ」

 

 そこまで言うと、穂谷先輩は向き直って源吾郎の肩に手を添えた。

 

「島崎君。君だって打ち上げの場だとか先輩たちだからって遠慮せずに、変な事を言われたらはっきりと嫌ですって言わないといけないよ」

「気遣っていただきありがとうございます、穂谷先輩」

 

 いかにも親身な穂谷先輩の言葉に、源吾郎は素直に礼を述べた。

 

「僕自身、米田さんと付き合っている事については別に言いふらされても大丈夫です。ただ、米田さんがそれでお困りにならなければ良いんですが……それにしても先輩。今更ですけど僕と米田さんの事ってめちゃくちゃ知れ渡ってますね」

「そりゃあまぁ、君も玉藻御前の末裔だからね」

 

 穂谷先輩はおっとりとした口調で言う。しかし源吾郎を見据える眼差しは鋭かった。

 

「僕らは玉藻御前の末裔を名乗っているから解るんだけど、やはり玉藻御前だとか酒呑童子様みたいな大妖怪の血筋を引く者は良くも悪くも目立ってしまうんだよ。中には、君に取り入ったり陥れようと画策する者もいるだろうし……」

 

 説明を聞かされた源吾郎も、瞳孔を引き絞り真面目な表情になった。穂谷先輩はしかし、軽く咳払いするとそこで話を打ち切ってしまった。そして真剣な表情を笑顔で上書きし、手をひらひらさせながら続ける。

 

「ううん。ついつい真面目な事を話してしまったね。打ち上げの場だというのに真面目な話をしたら、島崎君もみんなも白けてしまうよね。あはは、いつもの悪い癖が出てしまったよ……」

「え、ですが――」

 

 急に話を打ち切られた源吾郎は、肩透かしを食らったような気分だった。別に話を打ち切らずとも俺は大丈夫だ。そんな意思表示をしようとしたのだが、グラスをテーブルに軽く叩きつける音が聞こえ、注意が穂谷先輩からそちらに向けられた。

 音の主は二尾の白川だった。彼は氷の入ったグラスを右手で握りしめ、左手でチーズクラッカーを摘まみながら源吾郎を睨んでいる。

 

「何、注意深くお前さんを注目してなくてもな、お前と米田さんが一緒に出歩いている姿をな、俺たちのうちの何割かは目撃しているんだよ。一度だけじゃなくて()()()な。今週の水曜日だって、研究センターの周辺に米田さんがやって来ていたのを見たやつがいるらしいしな」

「水曜日はバレンタインでしたからね」

 

 何処か刺々しい白川の言葉に対し、源吾郎はあっけらかんと応じた。バレンタインの夜に、米田さんがわざわざ吉崎町の研究センター付近までやって来た事はまごう事なき事実だからだ。ついでに言えば、その後駐車場に戻る彼女に付き添いもしたし。

 萩尾丸の部下たちは、何も神戸からやって来ている妖怪ばかりでもない。それこそ吉崎町で暮らしている者もいるだろう。そうでなくとも工場勤務の妖狐たちと知り合いであってもおかしくはない。

 そんな風に思っていたから、源吾郎は別段白川の言葉に驚きはしなかった。

 だが、白川はため息をつき、眉間の辺りを撫でさすってからチーズクラッカーにかじりついていた。口に入れた物を飲み下して再び顔をあげた時には、白川は見事な仏頂面を浮かべていたのだ。

 

「それにしても、ここまで俺らに知れ渡っているというのに、島崎君もあっけらかんとしてやがるな」

「あっけらかんも何も、ここまで知れ渡っているんですから、今更隠しだても出来ないでしょうに」

 

 源吾郎としては、当たり障りのない言葉を言ったつもりだった。元よりこの白川という妖狐は、源吾郎に対して敵愾心を抱いており、しかもそれを露わにする事が往々にしてあった。大妖怪の子弟である事へのやっかみや研究職に就けなかった事への未練など、色々な感情が彼の中にあるであろう事もまた、源吾郎はうっすらと勘付いていた。

 だからこそ、白川と話す時は源吾郎も気を遣い、彼の神経を逆撫でしないように心を配るのが常だった。萩尾丸に彼の事を密告しようなどと言う考えは不思議と浮かばなかった。

 

「……ま、そうだわな。天下に名だたる玉藻御前の末裔様が、付き合った女の事を知られる程度でうろたえて、その事を隠蔽しようとする方がみっともねぇもんな」

 

 別に良いんじゃねぇか。まるで日本酒でも飲むような素振りで白川はお冷を呷った。源吾郎はその言葉に勇気づけられ、頷いてから言葉を紡いだ。

 

「そうですとも白川さん。むしろ俺は、米田さんが他ならぬ()()()()()であるって事を、関西の全妖狐に知らしめたい位なんですから」

 

 未成年である源吾郎はもちろん素面だった。だがこの瞬間ばかりは、おのれの言葉に酔っていた事は否定できない。米田さんは俺の女。この言葉はいつか口にしたい言葉だったのだ。そしてそれを口にした事で、源吾郎はうっとりとした気分になっていた。

 無論、源吾郎のこの発言に、同席する妖狐たちは目ざとく反応した。まず声を上げたのは、笹塚さんや稲田さんなどの女子妖狐である。

 

「やだーっ、米田さんは俺の女ですって。少女漫画みたいな発言がリアルで聞けるなんてマジでウケるんですけど」

「多分、島崎君も色々と浮かれてしまってそんな事を言ってしまっただけなんですよ。元々は真面目な狐《ひと》ですから、多分その反動でしょうね」

 

 はしゃいでいるのかからかっているのか解らぬ声は、男子妖怪の方からも上がっていた。

 

「あはっ。島崎君なら俺の女だなんて言いそうだなって思ってたっすよ。男らしさとかを気にしてたんすから」

「でもなぁ、あの米田さんを俺の女とはなぁ。俺らじゃあ中々言えん台詞だぜ」

「まずもってあの妖《ひと》はお強いからなぁ。なんてったって現役の傭兵だし」

 

 テーブルを囲む若妖怪たちが、源吾郎の言動を滑稽だと思ってああだこうだ言っていたのは解っていた。だが源吾郎は、その言葉をただ静かに聞いているだけだった。別に腹立たしくはなかったし、本当の事だからと得意気になっているくらいだ。

 そうした発言を誘発するきっかけとなった白川は、グラスから手を離すとやにわに舌打ちをした。源吾郎の顔を見据えた上で。

 

「米田さんが俺の女、だと。こっちが大人しく話を聞いていれば、調子に乗って妙な事を言いだしやがって。親狐の暮らす巣穴から這い出たばかりの、産毛が残っているような仔狐風情が」

 

 白川はそこまで言うと、源吾郎の方に上半身を乗り出しつつ言い足した。

 

「それともアレか。そこまで自信満々に言うのなら、彼女と()()()()()()って事なのかい? それならまぁ……ドヤ顔も出来るわな」

 

 下世話な白川の言葉に、源吾郎は尻尾を垂らして目を伏せる他なかった。白川が何を言いたいのかは解っていた。しかしその問いについて応対できる言葉を持ち合わせていなかった。女子妖狐も居合わせるからという気兼ねもまた、彼を沈黙へと追い込んでいたのだ。

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