九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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親族狐の推論ばなし

「おや源吾郎。職場の皆との打ち上げなのに、結局俺たちの許にやって来たのか」

「仕方ないよ叔父上。ちょっとしたプチ修羅場が発生しちゃったんだからさ」

 

 グラスを傾けながら微笑む叔父の苅藻に対し、源吾郎は肩をすくめつつ頷いた。それからさりげなく、プチ修羅場が発生した場所に視線を向ける。

 元々源吾郎は、萩尾丸の部下である穂谷先輩や白川たちと同じテーブルで打ち上げを楽しんでいた。それ自体はごくごく自然な事である。源吾郎は萩尾丸の直属の部下では無いにしろ、萩尾丸の部下たちとは交流があるためだ。その交流自体も、萩尾丸が推奨してもいたのだから尚更だ。

 だが、その白川がかつて米田さんに想いを寄せていたという話を始めたのだ。そしてそれこそが、プチ修羅場顕現のトリガーだった。

 実は白川には現在交際している妖狐の女性が同じ職場におり、米田さん云々の話は彼女の耳に入ってしまったのだ。それは当然の事と捉えるべきなのか、白川の運が悪かったと捉えるべきなのか、源吾郎にはよく解らない。

 いずれにせよ、片想いと言えども過去の女について未練がましく話していたという事で、白川は彼女に詰問される事と相成った。彼女もほろ酔い気分で気が大きくなっている事や気の強い二尾という事もあり、白川が一方的に油を絞られるという修羅場が顕現してしまったのである。

 源吾郎はある意味無関係であるわけであるが、先輩である白川が絞られるのを見続けるのも何とも気まずい上に、他の若狐と同じく彼女を止める術もなかった。

 見かねた穂谷先輩が、源吾郎に苅藻達の居場所を教えてくれたのは、プチ修羅場を前にしてどうした物かと考えあぐねていたまさにその時だったのだ。源吾郎としても他妖《ひと》のいざこざに首を突っ込む勇気もなかったし、そそくさとジンジャーエールの入ったグラスと取り皿を持って、苅藻達のいるテーブルに移動した次第である。

 苅藻達が囲むテーブルは、苅藻といちかの兄妹だけではなかった。他にも妖狐の男が二名いたのだ。いずれも萩尾丸の部下ではなく、しかし源吾郎も面識のある妖狐たちだった。裏初午のあのテストで行動を共にした、北斗と江田島の二人だったのだ。

 ともあれ、源吾郎の言葉を受けた苅藻もまた、白川たちがいるテーブルに視線を向けた。その眼差しや表情には大きな揺らぎはない。源吾郎のみならず穂谷先輩までが震えあがったプチ修羅場も、苅藻にしてみれば単なるじゃれ合いに過ぎないのだろうか。

 

「見ての通り、白川君もそれなりの年月を生きた大人妖狐なんだ。社会妖《しゃかいじん》ともなれば、色恋のアレコレの一つや二つ、あったとしても特におかしな事でも無いんだぞ」

 

 そこまで言うと、苅藻は一旦言葉を切り、源吾郎を見据えて笑みを深めた。

 

「それに白川君自体は、かつての恋に自分なりに決着をとうに付けているんだ。もしかしたら、彼に何やら言われたのかもしれないが……同じ女《ひと》を好きになったからと言って、そこで白川君に気兼ねしなくても良いんだよ」

「……」

 

 苅藻の言葉に対し、源吾郎はただじっとりと見上げる他なかった。確かに白川も、米田さんへの恋は片想いで終わった事、その事について米田さんと協議したうえで――要するに白川は米田さんに()()()()という事なのだが――白川自身も納得している事は既に聞かされている。

 それでも源吾郎の心中は複雑なものだった。何処か厭味ったらしい白川に色々と言われた事が尾を引いているのか、色恋の話を叔父に振られて恥ずかしく思っているのか、源吾郎としてもはっきりと判らなかった。

 そんな訳で、源吾郎はもじもじしていたのだが、それに苅藻は気を遣うようなことは特に無かった。

 

「何にせよ、源吾郎もとうとう米田ちゃんと付き合う事になったんだな」

 

 苅藻の言葉はもはや源吾郎に問いかけるために放たれたものではなかった。口にした事柄を知っていると源吾郎に知らしめ、それが事実である事を念押しするかのような気配が漂っていた。

 源吾郎はすぐには返答しなかった。その代わりにいちかの顔にまず視線を向け、それから今再び苅藻の顔を見やった。

 

「その様子だと、叔父上だけじゃあなくて叔母上も知ってるって感じですかね。俺が米田さん、の事を、好きだって事を」

 

 途切れ途切れに言葉を吐き出すと、源吾郎はたまりかねたように長々と息を吐いた。頬や耳朶の辺りに熱っぽさが籠っているのは気のせいでは無かろう。

 案の定と言うべきか、苅藻もいちかも源吾郎が米田さんに恋心を抱いていた事、交際を始めようとしていた事は知っていると答えたのだった。

 言いようのない気恥ずかしさに顔を火照らせていると、苅藻はさも愉快そうに笑いながら言葉を続けた。

 

「あすこまで噂が広まっているんだぞ源吾郎。それなのにどうして、叔父であるこの俺が、都合よく噂を知らないままでいられると考えられるんだね。もっとも、源吾郎と米田ちゃんが付き合いだしたって事を知ったのは、若狐たちの噂なんかじゃあない。俺は見たんだよ。米田ちゃんとお前が、参之宮の街中を仲良く歩いている姿をな。あんときは土曜日だったから、仕事の関係で会ってるって訳では無いだろうとは思ったけれどな」

「そんな、俺たちの姿を、盗み見ていたんですか……!」

 

 米田さんとのデートを、叔父の苅藻に密かに見られていた。源吾郎はその事に大いに驚き、感嘆の声を漏らしていた。叔母のいちかの方をちらと見やるが、苅藻に対して何か言い出す素振りは無かった。

 苅藻は呆れたような笑みを浮かべ、首を振り振り言葉を続ける。

 

「盗み見ていたとは人聞きが悪いな。俺は単に、用事があってお前らがデートしていた所を出歩いていただけなんだよ。俺の事務所が港町の、それも参之宮にほど近い所にあるのは源吾郎だって知ってるだろう? 

 言っておくが源吾郎。あんたらを目撃したのは本当に偶然だったんだよ。何か見覚えのあるやつがいるなぁと思ってよく見たら、源吾郎と米田ちゃんだったという訳さ。二人とも楽しそうだったし、()()()()()だなって俺は勘付いたのさ。仔狐でも若狐でもなく、大人だから、な」

 

 敢えて自分が若狐でも仔狐でもないと言い添えた事には意味があるのだろうか。そんな事を思っていると、叔母のいちかが口を開いた。話したくてうずうずしていたのだと言わんばかりの表情を浮かべている事に気付き、源吾郎は居住まいを正した。

 

「玲香ちゃんが源吾郎の事を気にしていて、付き合おうとしているって事は私も知っていたわ。玲香ちゃんの方から……そう言う話も持ちかけられていたから、ね」

 

 若干口ごもりつつも告げられた叔母の言葉に、源吾郎は目を丸くした。叔父にはデートの様子を目撃されたという事で驚いていたが、叔母は叔母で米田さんから話を聞き出していたとは。気まずさと共に、恐ろしいほどに世間が狭い事を思いしり、源吾郎は何とも言えない気分であった。

 だが、叔母のいちかはそんな源吾郎を一瞥し、その頬に微苦笑を浮かべていた。

 

「何よ源吾郎。そんな変な顔をしなくても良いでしょう。確かに私は、源吾郎の叔母にあたるけれど、玲香ちゃんとは面識も交流もあるのよ。それどころか、玲香ちゃんの事は私が妹みたいに可愛がっていた事だって知ってるでしょう。仕事だって玲香ちゃんも私も阪神地区での仕事がメインだし……」

 

 いちかはそこまで言うと、しばらくの間視線を巡らせて思案していた。ややあってから、口にすべき内容が定まったらしく、源吾郎に視線を戻す。その面には得意げな笑みが浮かんでいた。叔母らしい表情だと源吾郎はとっさに思った。源吾郎に接する時に、いちかはこんな風に笑う事が度々あるのだ。

 

「そうね。源吾郎が好きになった女性が、たまたま私の知り合いだったってだけの話よ。私も仕事柄知り合いも多いから、地元の狐だったらそうなる事も珍しくないかもしれないわね」

 

 いちかの、妙に得意気で勝ち誇った物言いの前に、源吾郎はただただしおらしく頷くほかなかった。

 いずれにせよ、職場の仲間たちだけではなく、叔父叔母である苅藻やいちかにも、源吾郎と米田さんの関係は明らかになってしまったのだ。

 とはいえ、雪羽や穂谷先輩たちに知られた時とは異なり、明確な羞恥心と気まずさが、源吾郎の心の中にあった。それはやはり、親族には恋人との関係が明らかになってから、端的に言えば結婚の目途が立ってから交際している事を伝えようと思っていたからなのかもしれない。

 火照った顔を冷やすために口にしたジンジャーエールは、早くも炭酸が抜けてぬるくなり始めていた。源吾郎の緊張を和らげるには、そんなおためごかしでは通用しないと言っているかのように。

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