九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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九尾の子孫、恋路と先祖の悪性を語る

 米田さんと交際している事を、余すところなく叔父たちに知られていた。その事への恥ずかしさと後ろめたさに打ち沈んでいると、苅藻やいちかはさも不思議そうな表情でもって源吾郎の姿を見つめるのだった。

 

「どうした源吾郎。何を恥ずかしがる必要があるんだね」

 

 苅藻の言葉は鷹揚で、そして源吾郎をからかうようなニュアンスを十分に含んでいた。源吾郎は顔を上げ、叔父と叔母の顔を交互に見つめた。自分の意見を口にせねばならない。こんな状況下でもそう思ったのである。

 

「……叔父上や叔母上は、小言を言ったりはしないんだね」

「何だって?」

「小言だよ、小言」

 

 聞き返されたので、源吾郎はわざとゆっくりと、はっきりとした口調で言い返した。

 

「仔狐の癖に女遊びに興じているだとか、そんな所だけに一人前になっただとか、そんな事をさ、叔母上とか叔父上なら嬉々として言い出すんじゃあないかと思ってたんだよ」

 

 末っ子故に甘やかされてワガママに育ったのではないか。源吾郎と接する事のある妖怪たちはそんな風に思っている節があるが、それはとんでもない話である。確かに父親は源吾郎を溺愛していたが、その分母親や兄たち、更には母方の叔父たちなどが何かと厳しかったので、全体的に見ればそれほど源吾郎は甘やかされてはいない。

 特に叔母のいちかは、若教師のごとき潔癖な気質の持ち主であり、とりわけ男女間の色事などに対しては過剰に反応する節があるのは源吾郎もよく知っている。

 ましてや、源吾郎がこの度交際しているのは米田さんだ。苅藻やいちかが妹分として可愛がっている存在でもあるのだから、「可愛い妹分を誑かすとは何事か」などと言われる事すらも源吾郎は覚悟していたのだ。

 そんな覚悟とは裏腹に、苅藻といちかはまず互いに顔を見合わせ、それから源吾郎の方に向き直った。叔父の苅藻は笑みを浮かべていて、いちかは呆れたように眉間にしわを寄せている。

 

「源吾郎ってば、私たちに小言を言われたいの? 小さい頃から私らの小言なんてうんざりだって顔をしていたのに、変わった子ねぇ」

「まぁまぁ妹よ。そんな事を言わんでも良いだろうに」

 

 あからさまにため息をつくいちかとは対照的に、苅藻は笑みを交え、さも愉快そうに口を開いた。

 

「源吾郎。俺たちは別に、お前が米田ちゃんと交際している事について、積極的にとやかく言うつもりなどないさ。だがそれにしても、彼女が一人出来た程度の事で、まさかそこまで俺たちに気兼ねして、尻込みしてしまうとはなぁ」

 

 そこまで言うと、苅藻はにぃっと笑みを深めた。玉藻御前の孫らしい、そこはかとない邪悪さの滲む笑みである。

 

「言っておくが源吾郎。女狐の一人を彼女なりなんなりにしたくらいで、この俺がビビるとでも思ったか? よく思い出してみろ。お前は高校生だった頃、おのれの進路をどうするかって親族会議の場で、女狐共を侍らせてハーレムを作ると言ってのけたんだぞ。そんなアホな発言に較べれば、()()()()()()女狐を彼女にして満足しているって言うのは実に可愛らしい事じゃあないか。彼女くらいなら、それこそ宗一郎君だって彼女がいた時期もあったんだからな。しかも高校生くらいの時に、な」

 

 苅藻の長広舌が収まった所で、いちかもまた口を開いた。

 

「源吾郎はどうにも私の事を恐れているみたいだから、改めて言っておくわね。別にね、私だって意味もなく甥っ子をいびったりするようなイケズな事はやらないわよ。私があんたを、あんたたちを叱責するのは、あくまでも世間様に迷惑が掛かるような事で、尚且つ三花お姉様がどうにも身動きがつかない時だけよ」

 

 傾国の女狐の血を引くとは思えぬようなお堅く真面目な言葉を吐き出し、いちかは一息ついていた。ややあってから、少し物憂げな表情でもって言葉を続ける。

 

「今回の件については、私たちがとやかく言うような事ではないって私も心得ているわ。玲香ちゃんとあんたの関係は、ともあれ二人がきちんと合意した上の結果なのですから。たとえ軽い遊びの関係だったとしても、あんたたちがその事も呑み込んで承認しているのならば、その事にまで外野である私たちがああだこうだ言うのもおかしな話でしょう。

……もちろん、玲香ちゃんか源吾郎のどっちかが、トラブルがあると言って私たちに相談した場合は、この限りではないけどね」

 

 相変わらず叔母上はお堅い事で。心の中でそう思いつつも、源吾郎は安堵していた。とりあえず、いちかは源吾郎と玲香が付き合っている事について、要らぬ茶々を入れるつもりは無いと判明したからだ。

 苅藻はというと、いちかの話が終わったのを見届けるや、肩を震わせて笑い出したのだ。妹と甥の視線がおのれに向けられるのに気付くと、苅藻はそのまま口を開いた。

 

「軽い遊びの関係だったとしても、だと。源吾郎の前だからと言って、いちかも妙に気取った言い方をするとはなぁ」

「どういう事よ、兄さん」

「源吾郎の米田ちゃんへの思いは軽い遊びなど()()()()って事は、俺たちの目から見れば明らかな事だろう。いや、いちか。お前だって遊びの関係ではないと真実解っていたからこそ、さっきは冷静にあんな事を言い放つ事が出来たんだろうに」

「……?」

 

 源吾郎の、米田さんに対する思いが本気の物である。苅藻の言葉に羞恥心を一時忘れ、源吾郎は首を傾げた。そんな甥の態度に気付いた苅藻が、今再び解説を続けた。

 

「もっと言えば、源吾郎が彼女として米田ちゃんを選んだという事を知った時点から、本気の恋だって解っていたけどな」

「そこまで解るんですか!」

 

 解るとも。思わず声を上げた源吾郎に対し、苅藻は落ち着いた調子で頷く。

 

「良いか源吾郎。世間には遊びの恋や、後腐れなく終わらせる事を望んでいるような恋も存在している事は、流石にお前も知っているよな。それでだな、そうした恋を愉しむ場合、その相手に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。場合によっては、本名すら教えない場合もあるらしいぞ。もちろん、職場の知人や身内などをターゲットにするなんて言うのは論外だわな」

 

 苅藻のややねっとりとした解説に、源吾郎はその通りかもしれないと思い始めていた。源吾郎自身は女遊びに手を染めていないが、女遊びが失敗した時に男が女に烈しく追及される恐れもある事は知っている。というかその手の話は、それこそ鳥園寺さんにじっくりねっとり聞かされたばかりでもある。

 

「裏を返せば、後腐れのない、遊びと欲望だけの恋の相手として見た場合、米田ちゃんは恐ろしくリスキーな存在になるって事さ。なんてったって俺や妹と、彼女は繋がりがあるんだからな。現にいちかは、米田ちゃんから源吾郎と付き合っているという話を聞いたと言ってもいただろう! 後腐れなんて()()()()()じゃあないか」

 

 苅藻は歌うように言い終えると、ここでまた悪狐の子孫に相応しい、邪悪な笑みを源吾郎に向けた。

 

「――もっとも、仮に米田ちゃんを弄んでそれでトラブルになった場合に、親族である俺らに泣きついて、それで事を解決しようと思っているんだったら話は別だけどなぁ」

「ちょっと、兄さんってば!」

「そんな……本当に何を言ってるだよ叔父上!」

 

 その笑みに違わぬ邪悪な発言に、源吾郎も思わずいきり立った。苅藻の言葉は謹厳実直な兄らと異なり、刺激的な物が多い。普段はその言葉を面白がったりカッコよく思ったりするのだが、今回はそうはならなかった。むしろ米田さんの事を引き合いに出され、腹立たしささえ感じるほどだった。

 というよりも、たとえ話としても自分が米田さんにそうするかもしれないと疑われている事に、憤慨しているのかもしれなかった。

 

「そういう事があった時に、叔父上や叔母上が()の味方をするのか、そんなのは明らかな事じゃあないか」

「源吾郎も、私たちの事をよく解っているじゃない」

 

 源吾郎の言葉に、いちかは機嫌よく頷いていた。いちかは二尾で戦闘自体は苦手であるというが、源吾郎が悪事を行った際は全身全霊で叩きのめすと常々公言しているような女狐だ。仮に源吾郎の毒牙にかかったのが米田さんだったとしたら、彼女が怒り狂って源吾郎を半殺しにする事は明らかだった。

 そもそも、そういう事が解っていたからこそ、この段階で米田さんと付き合っている事が叔父たちに知られたくないとも思っていたのである。

 

「全く、叔父上もお人が悪いなぁ。俺が、そんなやましくてやらしい事をしでかさないって事はご存じでしょうに、わざわざそんな事を仰るなんて」

 

 あっけらかんとした様子でこちらを窺う苅藻に対し、源吾郎は思わず毒づいていた。いちかも先の発言に思う所があったらしく、そうよそうよ、と頷いている。

 

「人が悪くて結構。というか源吾郎。それにいちかも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 問いかける苅藻の面には、やはり悪狐としての笑みが広がっていた。玉藻御前の、淫蕩にして残虐な大妖狐の血筋は潰えていないのだ。そんな事を再確認させてくれるような笑顔だと源吾郎は思った。

 

「そもそも俺たちは三大悪妖怪の一体、それも最強格と見做される玉藻御前の子孫なんだぞ。俺らは直接玉藻御前にお会いした事は無いが……祖母の具える悪辣さやら何やらを受け継いでいたとしても、何一つおかしな事は無かろうに。

 特に源吾郎。お前は玉藻御前の末裔である事だけを根拠にして、最強の妖怪になって君臨するなどと言う大それた野望を打ち立てたばかりじゃあないか」

「ま、まぁその通りだけど……」

 

 叔父の態度は飄々としているが、言葉そのものは正論だったので、源吾郎としてはぐうの音が出なかった。

 どうした物かと悩んでいると、苅藻は今一度こちらに笑いかけてきた。先程までの悪狐の笑みとは違う、好青年らしい穏やかな笑みだった。

 

「ま、難しい話はこれくらいにしておこうか。お前が妙に気を揉んだり何やら恥ずかしがったりしているから長話になったけどな、米田ちゃんと付き合っているって事は特に恥ずかしがる必要も無いし、俺たちも別に何も咎め立てはしないって事さ。

 源吾郎と米田ちゃんの間で何かがあったら、それこそいちかが何がしかの情報を掴んでいるとは思うんだけど、いちかの様子を見るだに、米田ちゃんから相談を受けたって感じも無さそうだしなぁ」

「ううん。少し前に、玲香ちゃんからちょっとした相談は受けたわよ」

 

 いちかの言葉に、源吾郎は少しだけ緊張した。他ならぬいちかから、緊張しなくても良いのに、と言われてしまったけれど。

 

「この前のバレンタインで、源吾郎にどんなお菓子をプレゼントしたら喜ぶかって聞かれたのよ。ほら、私たちは半妖だし、源吾郎は妖力も多いけれど人間の血が濃いから、人間のお菓子の方が良いかなって玲香ちゃんはちょっと悩んでいたみたいだから……まぁ、私は手頃なのを買えば甥も喜ぶからって言っておいたんだけどね」

 

 米田さんの相談内容に、源吾郎は緊張から一転して脱力してしまった。深刻な悩みを叔母に打ち明けた訳では無いという事を、ここでは喜ぶべきだったのかもしれないが。

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