九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

380 / 601
厄介なりしは小規模な悪事

 呆然とする源吾郎と未だに気恥ずかしそうな表情を見せるいちかに声をかけたのは、もちろん叔父の苅藻である。もはやけたたましい笑い声など上げてはいなかったが、それでもなお笑い顔のままである。

 

「いちかに源吾郎。そんなに恥ずかしがったり驚いたりしなくても良いだろう。源吾郎の変化した女の子の姿が、いちかや三花姉さんや、場合によっては俺たちの母上――源吾郎にしてみれば祖母だな――に似てしまうのは当然の事じゃあないか。源吾郎は三花姉さんの息子で、俺たちの甥になるんだからさ。それに源吾郎も、母方の親族たちを意識して変化しているんだ」

 

 そうだろう。苅藻に問われ、源吾郎は頷いた。

 源吾郎の変化する姿は、母方の親族たちを意識している。この言葉には二重の意味が同時に内包されていた。母方の血筋こそが玉藻御前に連なる血筋であるという意味だ。容貌だけは父親に似てしまった源吾郎が美貌の女に変化するとなると、どうしても母や叔母、祖母の姿を思い浮かべる。これが第一の意味だった。

 その一方で、源吾郎は父方の親族とは殆ど交流がなく、従って彼らの顔を思い浮かべる事はむしろ難しくもあった。別にこれは、源吾郎が人間の血を疎んでの事などではない。そもそもからして、父親である幸四郎自体が、自分の両親や兄姉といった親族たちと交流する事を控えていたからだ。

 もちろん父方の親族は、島崎幸四郎の末息子である源吾郎の存在は知っているだろう。しかし交流が少ないがゆえに、源吾郎の本性は恐らく知られてはいないはずだ。もしかすると、幸四郎の妻である三花が妖狐の血を引く事すらも知らない可能性とてあるほどだ。

 

「それに源吾郎も、萩尾丸さんに本性を隠せって言われて急ごしらえで変化したんだろう。それなら尚更、いちかとか三花姉さんに似た姿になるのは致し方ないだろうさ。俺たちの変化術は、結局の所頭の中にあるイメージに依存するんだから、な」

 

 念押しするように言われ、源吾郎はこれにも頷いた。確かにいちかとの交流は、それこそ仔狐の頃からあった。それでも、小姑よろしく小言の多い叔母の事を、内心では慕っていたという事になるのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎり、源吾郎は不思議な気持ちになっていたのだ。

 ちなみに、今回は源吾郎が宮坂京子に変化する事は無かった。変化しなくても構わないと、にべもなく叔父に言われたためだ。

 そんなやり取りを見ながら、叔母のいちかはため息交じりに呟いた。

 

「兄さんに源吾郎。急ごしらえの変化だったならば、私の姿に似てしまったのも仕方ない事だとは思うわ。だけど、理屈でそうだと解っていても、源吾郎が私に生き写しの姿でいたと思うと、何とも恥ずかしいのよ……」

「はははっ。いちかも小娘みたいな事を言いよって。まぁそれもそれで可愛げがあるんだけどなぁ」

「言っておきますけど叔母上。俺は何も、邪念をもって女の子に変化している訳ではありませんってば。むしろ変化術の維持と認識阻害の展開に意識を殆ど向けているくらいなのですから」

 

 女子変化は邪念を持って行っている訳では無い。源吾郎のこの主張は、おためごかしでも何でもなくて真実だった。もちろん変化したからと言って人格まで変わるなどと言う事は無いのだが、女子になりきり女子っぽく振舞い、その上でダメ押しとばかりに認識阻害術を薄く展開させているのだ。なればこそ、源吾郎の変化は通常の一般妖怪では容易く見破れないレベルに達している訳である。

 そのような状況下で、余計な邪念を抱く事は、それこそ不可能な事でもあった。

 さて多少小言を口にしてはいたいちかであったが、源吾郎の先程の主張はその通りだと受け止めてくれたらしい。女子変化に邪念が混入しているかどうかについては、いちかも特に言及はしなかった。

 その代わりに、何かを思い出したと言わんばかりの表情で、いちかは言葉を紡ぎ始める。

 

「宮坂京子とかいう、源吾郎が変化した女の子の姿についてはまぁ良いわ。それよりも、その宮坂京子の正体が、他ならぬ源吾郎だと明らかになって、玲香ちゃんは()()して胸を撫でおろしたそうよ」

 

 叔母の言葉に、源吾郎は思わず首を傾げた。生真面目ないちからしからぬ、何処か謎めいた言葉だったからだ。

 いちかも源吾郎の戸惑いに気付いたらしく、ハッとしたような表情を浮かべつつ言葉を付け足した。どうやら甥を煙に巻くためにあんな発言をした訳では無いらしい。

 

「ああ、ごめんね源吾郎。さっきの言い方じゃあ何が何だか解らないわよね。そうね。実は玲香ちゃんは、宮坂京子の事を少しだけ警戒してもいたのよ。まぁ警戒と言ってもそんなにがっつり警戒していた訳じゃあなくて、『初めて見る顔だけど何処の誰なのかしら、悪さでもしないかしら』って思ってた程度ではあるんだけどね」

 

 付け足して語った説明について、いちか自身は大した事ではないと言わんばかりの態度でもって語っていた。だが源吾郎は、いちかの言葉に驚き、小さく声を漏らすほどだった。

 おのれの正体を隠すために変化した宮坂京子の姿が警戒され、あまつさえ悪さをしないかと思われていた。この事実は予想だにしないものだったのだ。

 

「何を驚いているんだ、源吾郎よ」

「何をって、そりゃあ……」

 

 驚くさまが面白いのか、苅藻の顔にはさも愉快そうな笑みが浮かんでもいた。源吾郎はそんな表情に若干の苛立ちを感じつつも、言葉を選んだ。

 

「米田さんと言えども、宮坂京子の存在が怪しまれ、しかも悪さをしでかすんじゃあないかって思われた事そのものさ」

 

 源吾郎の声は知らず知らずのうちに力んでいた。悪さをするのではないかと疑われていた事に対して、憤りを感じていたからに他ならない。

 

「悪さだなんて言いますけれど、雉鶏精一派の幹部たちが、大妖怪のお歴々が集まるような生誕祭の場で、悪事を働く事なんであり得ないでしょうに」

「生誕祭の場で悪事が起こりえないという考えも、確かに一理あるぞ。半分だけは、な」

 

 源吾郎のさらなる言葉に頷き、口を開いたのは苅藻だった。相変わらず、その言葉には含みが十分にあるが。

 

「例えば、雉鶏精一派に対するテロ行為は言うに及ばず、殺しや暴力行為、誘拐やら猥褻行為みたいなレベルの悪事は発生しないわな。起きた時点で被害者が派遣だったとしても当局も対応せねばならないだろうし、そもそもそんな事をしでかす悪妖怪を、スタッフとして招き入れる事自体がまずないだろうから、な」

 

 だが――苅藻はすっと目を伏せ、言葉を続ける。

 

「悪事と言っても、そんな大それたものではなくて、置き引きとかスタッフ間での喧嘩の誘発とか料理のちょろまかしとかいかがわしい団体への勧誘だとか、そう言うレベルの悪事ならば、十分生誕祭の場でも発生しうるんだ。もちろん、それ以外の所でも起きるだろうけどな。

 まぁアレだ。犯罪というほどでもないか、法的には犯罪だけど積極的に被害者が訴えないような、ごく小規模の悪事ってやつさ」

「小規模と言っても、悪事には変わりないんだよね?」

 

 源吾郎はついつい苅藻に問いかけていた。小規模の悪事を、さもショボいものと見做そうとしている空気を感じ取ったからだ。

 

「もちろん、小さな悪事も悪事には変わりない。そして源吾郎。大きな悪事よりも、小さな悪事の方が()()なものなんだぞ。大きな悪事には断固として抗い、時にこれを正そうとする力が持ち上がるものだ。しかし実害があるかどうか解らない、さりとて当事者は困ってしまうような小さな悪事には、相手もわざわざ声を上げるべきか、その事を躊躇ってしまう事も往々にあるからな」

「叔父上の話、俺も何となく解るよ……」

 

 ひととおり苅藻の説明が終わった所で、源吾郎は同意の言葉を口にして頷いた。

 小さな悪事の方が大きな悪事よりも厄介である。この話については、自身の過去の出来事からも身に覚えのあるものだと素直に思えたためだった。

 

「もちろん、良識のある妖怪たちは、そうした小さな悪事が生じないように気を配るし、生じてしまっても芽を摘むように自浄作用のようなものもあるにはあるんだ。だからこそ、スタッフ同士でも怪しい挙動を起こすような手合いがいないか、それとなく警戒する物なんだよ。特に新入りは警戒されやすいから……源吾郎もそんなに悪く思うな。宮坂京子だから警戒されたんじゃあなくて、あくまでも新入りだったから少し警戒されただろうから、な」

 

 苅藻はそこまで言うと微笑んで首を傾げたが、源吾郎は別に納得などしていなかった。彼の言葉を聞いているうちに、さらなる疑問が浮かんでしまったためだ。

 

「新入りが警戒される理由は解ったよ。だけど叔父上。素行の悪いスタッフを警戒したり用心しないといけないのなら、どうしてそれこそ萩尾丸先輩や、雉鶏精一派の妖《ひと》たちにその事を連絡しないんだろう。報連相は重要って、社会妖《しゃかいじん》・組織妖《そしきじん》の常識だとは思うんだけど」

 

 小規模の悪事であったとしても、スタッフが萩尾丸あたりに助けを求めたら、それこそサクッと解決してくれるのではなかろうか。源吾郎の口から飛び出した疑問は、まさしくそんな考えが根底にあったのだ。

 苅藻はしかし、源吾郎の問いを聞くとその面に冷ややかな笑みを浮かべたのだった。

 

「ははは。何とも生真面目で、世間知らずな事を言うじゃあないか。まぁ、源吾郎も萩尾丸さんに信頼を寄せているという証拠と捉えても良いのかもしれないな。そう言う意味ではお前の発言も一理あるよ。

 だけどな、生誕祭の場は何も幹部陣がただ単に飲み食いしているだけじゃあないんだ。生誕祭はそもそもからして、幹部同士や幹部の重臣や側近同士での対談や探り合いも兼ねているイベントなんだよ。仲の良い者同士の楽しいおしゃべりなどとはいかないから、もちろん幹部たちもそのツレたちも精神的な消耗はあるにはある。ただでさえ大仕事を行っているというのに、更にスタッフ同士のいざこざやトラブルまで面倒は見切れない――幹部陣やお偉方は、そんな風に割り切っているのかもしれないよ」

 

 あるいはもしかしたら。苅藻はしばし思案する素振りを見せたのち、僅かに笑みを見せながら言い足した。

 

「それこそ萩尾丸さんだったら、敢えて自ら介入せずに、スタッフたちの間で小さなトラブルならば解決させようとお考えなのかもしれないね。あのお方には、そう言う所があるからさ」

「あぁ、確かにそれはあるかも……」

 

 苅藻の考察に源吾郎は心底納得しながら頷いていた。

 存在自体がパワハラだの炎上大好き天狗だのと言われている萩尾丸であるが、実は部下や弱い相手を無理やり従わせる手法を使う事は殆ど無い。更に言えばイエスマンのような妖材《じんざい》を好む性質ではなかった。

 もちろん大妖怪であるから普通の妖怪が逆らえるような相手ではないし、ビジネスマンとして若妖怪を育成するにあたり、教育を施す事もあるにはある。しかし彼は、自分を常に肯定し従順に振舞う部下はこれっぽっちも欲していなかった。おのれの主体性を持ち、時におのれに意見するような、場合によっては逆らうような態度。それこそが萩尾丸が部下たちに求める姿だったのだ。

 自分の手駒ではなく、自分がいずれ引退した時も動ける妖材《じんざい》の育成に心を砕く萩尾丸である。そんな彼ならば、小規模な悪事ならばスタッフたちに敢えて解決や対策を任せるというスタンスを取っていたとしても、何らおかしくないような気もしたのだった。

 

「とはいえ、ここ数年ほどはスタッフの皆も萩尾丸さんたちも、生誕祭でトラブルが起きる事を心配しなくて良いかもしれないなぁ。何せ去年の生誕祭では、それこそグラスタワー事件が起きて、それで雷園寺君が処罰されたのをみんなが目の当たりにしたんだからね」

「まぁ叔父上。その雷園寺君は当分の間、生誕祭ではスタッフとして働くみたいだけどね。それも懲罰の一つなんだってさ。ただ、俺も結局スタッフ枠らしいんだけど」

 

 言いながら、源吾郎は半年後の生誕祭の事に思いを馳せていた。具体的に言えば、宮坂京子として立ち働くか否かについて思案していたという事である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。