九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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女狐は不完全ゆえに愛すなり

 結局のところ、宮坂京子の変化は解けてしまい、島崎源吾郎である事が解ってしまった訳であるが、その時にはもう米田さんは源吾郎に対して警戒していなかっただろう。そんな仔細な事まで苅藻は伝えてくれた。

 傭兵という職業柄、そしてかつては獣のキツネであった経歴からして、米田さんは用心深く慎重で、尚且つ他妖《たにん》の悪意に敏感である。そんな事もまた、苅藻は淡々とした様子で源吾郎に伝えたのだ。

 そして源吾郎もまた、その話に大いに納得していた。流石に源吾郎に対して、あからさまに警戒する素振りを見せた事は無い。それでも、一緒にデートしている道中などは周囲に目を配っているような素振りが見受けられた。この前のバレンタインも、夜空を飛ぶ何かを見て、駐車場から遠回りして自販機に向かったりしていたではないか。

 それに引き換え源吾郎は心理的に無防備な所があるし、悪辣な悪意とは無縁だもんなぁ。そんな事を苅藻に言われている間に、北斗と江田島の二名はいつの間にか離籍していた。

 曰く、この打ち上げに参加している林崎ミツコに挨拶を行うとの事だった。雉鶏精一派のメンバーとしてのミツコは、萩尾丸の重臣の一人である。しかし彼女は、玉藻御前の末裔を名乗る妖狐の一人、それもかなりの古参であろう。妖狐たちにしてみれば、むしろ後者の方を重要視している者がいたとしても何らおかしくないはずだ。

 

「ふむ。北斗の旦那も江田島さんも、林崎さんの所に行ったみたいだな」

 

 苅藻はおとがいを撫でつつそう言うと、源吾郎の方に向き直った。

 

「このテーブルも俺たちだけだし、もう少し込み入った話が出来そうだな」

「込み入った話、とは?」

 

 そうだなあ――源吾郎に問われると、苅藻は芝居がかった様子で首を傾げ、その頬に指を添えた。

 

「米田ちゃんが何故源吾郎に惚れたのか。我らが仔狐たる源吾郎と、どうして恋人として付き合っても構わないと思ったのか。その理由についてだよ。もちろん、米田ちゃんから聞いた事というよりも、むしろ俺の推論も入るんだけどな」

 

 苅藻の言葉を聞くや、源吾郎は居住まいを正して表情を引き締めた。米田さんが、源吾郎に惚れた理由について、推論と言えども意見を述べる。甥に対する冷やかしやからかいではなく、何か重要な話になるはずだ。苅藻の表情を目にした源吾郎は、すぐにそう思った。

 その推論を裏付けるかのように、周囲には既にうっすらと認識阻害の術が展開されている。苅藻かいちかのどちらかが行った物であろう。

 

「玲香ちゃんが自分の思いを源吾郎に伝えると決意したのは、裏初午での事件の後の事なのよ」

 

 静かにそして厳かな調子でいちかが語る。米田さんとは会って話す事もままあると言っていたから、そうした話を聞いていてもおかしくは無かろう。

 

「それまではね、そもそも源吾郎と付き合うかどうか迷っていたそうなの。今だから言えるけどね。仕方ない話よ。あんたは素直な良い子だけど、彼氏や夫候補として見ると大分幼いもの。何より玲香ちゃんは、私たちの事を兄姉として慕っていたから、甥であるあんたに手を出すのは悪い事だと思い詰めていたのかもしれないし。あの娘は義理堅いから」

「だが、あの裏初午の場で、米田ちゃんの考えは劇的に変化したんだよ」

 

 伏し目がちに思案するいちかに続き、叔父の苅藻が言葉を紡いだ。

 

「あの時、予期せぬテロ行為によって牛鬼が放たれ、それで負傷者も出るような騒ぎになってしまっただろう。そんな中で、源吾郎は牛鬼を斃すべく闘った。そして米田ちゃんは、その光景を目の当たりにしていた――そうだろう?」

「はい」

「そうだ源吾郎。彼女は、お前の闘いぶりを見たからこそ心が動いたんだ。それでお前の想いを受け止め、恋人になる事を決意したんだよ」

 

 苅藻の言葉に対し、源吾郎は何も言わなかった。米田さんの心境が一変したきっかけが、裏初午の出来事であるのは、源吾郎もきちんと解っていた。

 もちろん、源吾郎の強く勇ましい闘いぶりを見て、「あの狐ってば本当は強いのね、強い男って素敵」といった塩梅でなびいてしまった……()()()()()()()()。そんな安っぽい展開が易々と起きる事などまずないし、米田さんもそんなに安っぽい考えの持ち主などではないのだから。

 苅藻もまた、無言のままに源吾郎の様子を窺っていた。ややあってから、満足げな笑みを浮かべつつ頷いた。

 

「その表情を見るに、源吾郎もあらかた事情を知っているようだな。良かったぜ、ただでさえ込み入った事を話すという訳だから、その内容の一部を省けるんだから、な。何より他妖《ひと》の過去を、当事者のいない所でああだこうだと話すのは神経を使うし」

 

 やはり叔父上も、米田さんの過去について知っているんだな。源吾郎は心の中だけで問いかけ、しかし実際には無言で頷くだけだった。

 勇ましくも無鉄砲で無謀な闘いぶりの源吾郎の姿に、在りし日の義弟の姿を重ね合わせた。重ね合わせてしまった。きっとそれこそが、米田さんが源吾郎と付き合う事を決意した真の理由なのだろう。

 思えば彼女は、源吾郎が強いだのカッコいいだのと言った事はまだ無い。それこそ弟を相手にする姉のような態度を常に見せていたし、折に触れて源吾郎の身を案じ、気を遣ってくれていたではないか。

 やはり彼女は……思案に暮れる源吾郎の耳に、苅藻の呼びかけが入り込んだ。

 苅藻はいつになく真面目な様子で源吾郎を見つめていた。

 

「ちとお前には衝撃的な話になるかもしれないから、気を確かに持って俺の話を聞け。良いか源吾郎。米田ちゃんが数多いる男狐の中からお前を選んだのは、お前がいっとう()()()()()()な存在だったからなんだぞ」

 

 宣告通り、その言葉は衝撃的なものだった。それこそ、抗議であれ疑問であれ何であれ、声を発する事をも忘れるほどに。

 外観的には目を見開いて喉をうごめかせただけの源吾郎であるが、その心中には様々な考えが浮かんでは消えていた。

 自分が未熟である事は十分解っていた。そして半妖であるという事を考慮すれば、不完全な存在だと見做されるであろう事も。

 それでも、米田さんがそうした未熟さや不完全さゆえに源吾郎を恋人にしたという苅藻の主張には、予告なしに殴られたような強烈なインパクトを伴っていた。あの米田さんが、よりによって未熟さやら不完全さやらで恋人を選ぶ事は有り得るのだろうか? 世間には、自分よりも劣った存在を敢えて侍らせ、自分の優越感を満たす輩が存在するというが、まさか米田さんがそんな事を考えるような悪女であるという事なのか?

 

「ほら兄さん。源吾郎ってば困り果てているじゃない。説明不足が過ぎるわよ」

「わざわざ口を挟まなくて良いだろう、妹よ」

 

 呆れた調子でいちかが呟き、それに苅藻が軽い調子で応じていた。

 

「説明不足も何も、まだ俺の説明はとっかかりに過ぎないんだから別に良いだろう。それに、まずインパクトのある事を口にしておいた方が、源吾郎の受けるショックも少なくて済むだろうに」

 

 そこまで言い終えると、苅藻は改めて源吾郎の方に視線を戻す。やはり真剣な表情で見下ろしている。それに唇を何度か蠢かせていた。口にする言葉を吟味し、思案しているかのように。

 

「源吾郎が混乱するのも致し方ないわな。自分の恋人が、そんな理由で自分を選んだのだと知ったら、戸惑うよな。腹が立ってもおかしくないかもしれん。

 だがな源吾郎。不完全な存在というのは、何も米田ちゃんが一方的にお前の事をそんな風に評価しているだけじゃあないんだ。むしろ――米田ちゃん()()が自分の事を不完全だと、自分自身が何者なのか解らないと、そんな思いを抱えているんだ」

「そんな、それってどういう……?」

 

 ここにきて源吾郎は、とうとう声を上げてしまった。

 自分が不完全で未熟な存在だと思われるのはまだ良い。その部分にて恋人に選ばれたという話も、思う所はあるがまだ受容できる。

 しかし――米田さんが不完全な存在であると、その事を彼女自身が悩んでいるという事実は呑み込めなかった。

 確かに源吾郎は知っている。米田さんが元々は単なるキツネに過ぎなかった事も、過去の罪科を胸に秘めている事も。だがそれでも源吾郎や他の妖狐たちの前での米田さんは堂々とした強い女狐であり、そうした懊悩や葛藤とは無縁の存在のように思えたのだ。

 だからこそ、源吾郎は苅藻の言葉に戸惑いを隠せなかったのだ。

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