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妖怪たちの出自は、大まかに二つに分類する事が出来る。先天性の妖怪か後天性の妖怪かのどちらかという事だ。
先天性の妖怪は、生まれつきの妖怪という事である。両親ないし先祖が妖怪である者、妖怪として生まれ育つ種族に属している者は概ね先天性の妖怪に分類される。生まれた時から妖怪であり、親族や兄弟姉妹ももちろん妖怪であるから、妖怪として生きる事に悩む事はまずないだろう。
一方、後天性の妖怪というのは、普通の鳥獣や人間、あるいは草木や器物の類だったものが、何らかのきっかけによって妖怪化した者たちの事である。妖怪を妖怪たらしめるのは種族ではなく、妖力とも呼ばれる生体エネルギーの多寡である。そう言う意味では、妖怪という存在は出自にも種族にも縛られぬものともいえる。とはいえ、彼らが屈託なく妖怪としての生を歩んでいるかと言われれば……それはそれで別問題でもあるのだが。
そしてこの先天性か後天性かという点で照らし合わせれば、源吾郎は先天性妖怪となり、米田さんは後天性妖怪となるのだ。源吾郎は半妖でありながらも妖狐としての特徴を存分に具えており、米田さんは獣だったものが何らかの理由で妖怪化したという話なのだから。
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「なぁ源吾郎。もしかして、米田ちゃんの出自について、改めて俺の方から説明した方が良いのかな?」
声が降りかかってきたところで、源吾郎はハッと我に返って視線を上げた。考え事をしてしまうと、周囲の事など気にせず自分の世界に入ってしまう。それが源吾郎の癖だった。今回とてそうなってしまい、きっと苅藻の前で黙り込んでしまったのだろう。
あるいはそうしているからこそ、米田さんの事について何も知らないと、そんな風に苅藻に思われたのかもしれない。
「米田さんの出自や境遇は、俺も知ってるよ。普通のホンドギツネだった彼女が妖狐になって、それで……
厳密には、「色々あって」とぼかした部分についても源吾郎は知っていた。しかしその部分は、米田さんが「米田玲香」として米田家の妖狐たちに養われていた事については敢えて口にはしなかった。米田家で起きた出来事については、あまり色々な妖《ひと》に吹聴するような事ではないと源吾郎は思っていたためだ。
ましてや、相手は苅藻たちである。元より米田さんと親交があり、妹分であるとも称する二人であれば、米田さんの来歴についても知っているだろうから。
「そうだよな。やっぱり源吾郎も知ってるよな」
案の定、苅藻は深く追求することなく頷くだけだった。その眼差しや表情が、どことなく落ち着きを伴っているように見えるのは気のせいでは無かろう。
苅藻はいちかと目配せすると、手指を遊ばせながらゆっくりと言葉を続ける。叔父も叔父で、言葉を吟味して話そうとしている気配を放っていた。
「お前も多少は知っている通り、米田ちゃんの属性は幾度も変化してきたんだ。最初は獣としてのキツネ。次に稲荷の眷属の一族……と言った塩梅にな。生まれた時からある意味野狐として暮らしている俺たちとは大違いなんだ。互いに玉藻御前の末裔だったり、玉藻御前の末裔を名乗っていたとしても、な」
苅藻は玉藻御前の末裔、という部分を殊更に強調しているのを、源吾郎は感じていた。米田さんが稲荷の眷属になろうとしていた事にも言及していたのに関りがあるのだろう。そう思っている間にも、彼の話は続く。
「良いか源吾郎。いかな妖怪と言えども、自身の属性が変わるという事実に対しては大きなストレスを抱えてしまう物なんだ。ある学者によると、後天的に妖怪化した妖怪たちの方が、生まれつきの妖怪たちよりも反社会行動を起こしたり悪妖怪として摘発される率が高いとも言われているんだよ。俺自体は御大層な統計なんぞ取ってはいないけれど……それでも、普通の鳥獣から人間なんぞから変化した妖怪たちは、大なり小なり
「……」
後天的な妖怪と、彼らが抱える生きづらさ。この二つの事柄について、源吾郎は深く考えた事は無かった。自分事ではないという風に、無意識のうちに考えていたからなのかもしれない。
源吾郎も、親族以外の妖怪たちと交流を深めてはいる。しかし彼の周囲にいるのは生まれつきの妖怪、先天的な妖怪たちがほとんどだった。雷園寺家の次期当主候補である雪羽はもちろんの事、萩尾丸の配下である珠彦や文明たちなども、それぞれ妖怪として生まれ妖怪としての生を謳歌する者たちである。
「実感が湧かないと言いたげだな。まぁそうかもしれんのだが」
源吾郎の心中を見透かすように、苅藻が告げた。
「まぁ、後天的な妖怪がどんな連中なのか、実際に会ってみたいって事なら雷園寺君にそれとなく聞いてみたり、萩尾丸さんに相談してみると良いんじゃあないか。雷園寺君がつるんでいた妖怪たちの中には獣が妖怪化したようなやつもいたし、萩尾丸さんもそう言う境遇の妖怪も雇い入れているからね」
ここで一呼吸おいてから、苅藻は言葉を続けた。
「そもそもからして、紅藤様や萩尾丸さんだって、後天的な妖怪に当たるんだけどな」
「あ、確かに……」
紅藤と萩尾丸。上司として日頃より接触のあるこの二人が後天的な妖怪である。苅藻に指摘されて、源吾郎はこの事実を思い出した。思い出したというのは、知ってはいたが日頃はそれほど意識しない事柄であるという意味でもある。
「どっちにしろ、玲香ちゃんだって色々と思い悩んだり、劣等感に苛まれてしまう時もある。兄さんが伝えたかったのは、そう言う事なのよ」
源吾郎と苅藻の顔を交互に見やりながら、いちかが告げる。いちかの視線が苅藻の顔にスライドすると、苅藻はいちかをしっかり見つめながら頷いた。満足げな笑みを叔父が浮かべているのは言うまでもない。
「源吾郎の目から見れば、米田ちゃんはうんと年上の、オトナの女性に見えるかもしれない。しかしそれでも、米田ちゃんは妖怪としては
米田さんが他の妖怪と極力交わらずに過ごしている事や、傭兵稼業の仕事に邁進し、周囲から優秀な妖狐と見做されつつある事もそのためなのだと、苅藻は解説を続けた。源吾郎と出会うまでは、男狐と交際しなかったのもそのためであろう、などと言う若干下世話な一言も付け加えられたのだが。
源吾郎は苅藻のその言葉に半分ほど納得した。半分ほど、というのはもちろん残りの半分には疑問を抱いているという事である。
「叔父上の話は大体解りました。そりゃあまぁ確かに、負い目とかコンプレックスとかがあると、他の妖《ひと》たちと関わる事を躊躇う気持ちは、俺にも何となく解りますよ。ですがその……優秀な働きぶりを見せるという所と、劣等感って言うのは何というかかみ合わないなって思ったんだ。優秀だと思えるほどに働ける妖《ひと》だったら、それこそそこまで働いたって言う実績で、コンプレックスなんぞ吹き飛ばせるんじゃあないですかね?」
「はっはっは。やはりお前は無邪気な仔狐、だな」
源吾郎の言葉に苅藻は大いに笑い、のみならずデコピンまでかましてきたのだ。弾かれた額の痛みを感じつつも、源吾郎はその部分を撫でさすった。
妖怪の攻撃を一定レベルまで無効化するという護符を所持しているが、流石にじゃれてきた叔父のデコピンは無効化されなかったのだ。もっとも、所詮はデコピンなので威力も知れているのだが。
「優秀だと思えるからと言って、そんな事でコンプレックスが解消される程、妖の心は単純じゃあないんだよ。よしんばその程度の事で解消できるのならば、初めからそれは大した悩みなどでは無いんだよ。解るか源吾郎。いや、そう言う悩みなんぞ抱えた事が無いから、お前にゃあまだ解らないよなぁ――?」
「……」
おどけたような口調ながらも、苅藻の言葉の節々には、そこはかとない圧が感じられた。
妖《ひと》の心は複雑だぞ。思い出したように苅藻が呟く。その時にはもう圧などは感じられなかった。むしろ遠い過去を思い出すような、物寂しげな雰囲気を放っている。
「何か一つ秀でた物を得られたからと言って、他のダメな所やどうにもならない所の埋め合わせになるとは限らないんだよ。本人だって、その事が心の奥底では解っている場合もあるし、全く気付いていない場合すらあるんだよ。
初めから手に入れてないものや、頑張れば手に入るような物であったとしても、別の物で埋め合わせる事は難しいんだ。ましてや、
もはや苅藻の顔には笑みなどなかった。真剣な表情と真剣な言葉でもって、彼は叔父らしく源吾郎を諭していたのである。そしてそれらの言葉が、米田さんについて語った事である事は明白だった。米田さんの名が出てこなくとも、彼女の境遇を知っていれば、それだけで十分なのだ。