九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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山野の狐の街中デート

 ついに待ちに待ったデートの日取りと相成った。日にちは三月四日の日曜日。奇しくもこの日は大安吉日であった事もまた、源吾郎の心を高揚させる要因となっていた。

 確かに源吾郎は平成生まれ、それも二十世紀の終末に誕生した若者ではある。それでも人並(?)に、仏滅だの友引だの大安だのは気になる性質であった。

 こうした性質は、親兄姉の振る舞いによるものである事は言うまでもない。母の三花は「所詮は暦の上の出来事だし」などと言いつつも、源吾郎や他の兄姉の入学金の振り込みなどを、ほぼほぼ大安の日に行っていたのだから。

 それに現在でも、大安仏滅の六曜は、会社に用いるカレンダーにもバッチリと記載されている。そんな環境下であるから、六曜を意識せずに暮らすのは源吾郎としては難しかった。

 先日の打ち合わせ通りデートの場所は大阪である。しかし待ち合わせの場所は参之宮だった。これは米田さんが、()()()()参之宮に出向くという事を意味していた。

 元より米田さんは尼崎で暮らしている。尼崎などと言うのは大阪圏内も同然の場所であるから、直接大阪を待ち合わせ場所にしても何ら問題はないのだ。

 だというのに、時間とお金を使ってまで、参之宮で源吾郎を迎えに来てくれる。そうまでして源吾郎に会う時間をより多く確保したいと米田さんは思っているのだ。源吾郎は自身の脳内でそのように解釈していた。

 もちろん源吾郎とて気を遣い、参之宮での待ち合わせは嬉しいが、別に大阪で合流しても構わないと打診してもいた。それでも米田さんは、そうした事も踏まえた上でわざわざ参之宮にやって来てくれるのだ。

 控えめに言って物凄く嬉しかった。だから源吾郎もウキウキ気分になってしまい、吉崎町から参之宮の直通バスに乗り込んだのも、ごくごく自然な事だった。

 ちなみに吉崎町は山間の町であり、私鉄を乗り継いで参之宮や須磨に向かうにはちと時間がかかってしまう。そのためなのか、参之宮へ一息に向かう事の出来る直通バスなどもあったのだ。もちろん、直通バスの方が電車よりも交通費はかさむが、そもそも山間の電車もそれなりに値が張るのだから、トータルで考えればそれほど大きな出費とも言えないだろう。

 ましてや今回はデートである。些末な出費云々について惜しんだり考え込んでしまうのはみみっちいではないかと、源吾郎は割と真剣に思っていたのだ。

 

 場所は変わって参之宮のハト山。直通バスを降りた源吾郎は、ターミナルから颯爽とこのハト山に向かったのだった。前回と同じように、ハト山を集合場所としていたためである。

 米田さんは何処だろうか。もう来ているのだろうか。スマホで連絡する事もすっかり忘れ果て、源吾郎はハト山周辺に集まる人々を注意深く眺めていた。目で確認するだけではなく、匂いや妖気で確認する事も忘れない。

 数分も経たぬうちに、源吾郎の口からため息が漏れた。ハト山の一角といえども、あまりにも集まるヒトの数は多すぎた。様々なヒトの匂いと気が混じり合い、米田さんのそれを探し出すのは到底無理そうだと、早々に思い始めてしまったのである。

 ここはもう諦めて、文明の利器に頼るのが一番なんか……源吾郎はここで、ようやくスマホを使うという考えに辿り着いたのである。

 

「島崎君。もう到着していたのね」

 

 だが結局のところ、スマホを使う事は無かった。源吾郎の斜め後ろから、探し妖である米田さんに声を掛けられたのだから。

 

「あ、はい。僕も先程到着しました」

 

 手櫛で髪の乱れを整えつつ、源吾郎は米田さんの方を振り仰いだ。

 三月を迎え春らしくなってきたという事もあり、以前会った時よりも彼女は軽装だった。トップスは白くてフワフワしたブラウスと淡いグレイのカーディガンを合わせ、ボトムスは紺がかった黒のガウチョパンツである。

 全体的にモノトーンの服装ではあるが、ワンポイントとしてカーディガンに黄色い小鳥の刺繍が胸元に施されており、それ故に米田さんの出で立ちには無機質なイメージが伴う事は無かった。そもそもからして、米田さんの髪色は()()()()()()であるし、目の色も暗い琥珀色なので、その部分でも目立つのだが。

 そのように、米田さんの姿を観察していた源吾郎は、ふと違和感を覚えて首を傾げた。米田さんの姿が、何やらいつもと違う気がしたのだ。

 

「あら、どうしたの島崎君」

 

 源吾郎の視線に気づいた米田さんも、少し首を傾げて問いかけた。ややあってから微笑を浮かべ、その手を自身の首の後ろへと伸ばした。米田さんはそれほど髪は長くない。しかし束ねないでそのままにするには長すぎる。今日も彼女が、髪を後ろで束ねている事は一目瞭然だった。

 彼女の手指が触れているのは、その髪留めだった。髪留めの、ゴムバンドの部分を目の当たりにした源吾郎は、僅かに目を見開いた。見覚えのある髪留めだと解ったからだ。

 

「うふふ。この間のバレンタインで貰った髪飾りを付けてきたのよ。折角島崎君が買ってくれたものだし、デザインとかも気に入っているから……」

「おぅっ。あ、じゃなくて、そうだったんですね。えへ、この前のプレゼントを気に入っていただいて……本当に嬉しいです」

 

 思わずおっしゃ、とかやったぜ、と言いそうになるのをこらえ、当たり障りのない丁寧な言葉を口にしつつ源吾郎は微笑んだ。

 デートの折に、源吾郎のプレゼントした髪留めを米田さんが着けている。ただそれだけでも源吾郎は嬉しくて仕方が無かった。プレゼントが受け入れられ、その上相手に喜んでもらえるという事が、源吾郎としては嬉しかったのだ。

 源吾郎の喜びようはいささか大げさなものかもしれないが、少し前に鳥園寺さんからプレゼントのその後について聞かされていたから致し方ない話でもある。

 男であれ女であれ、渡したプレゼントのその後という物は、手渡した相手に委ねられるものである。従って、プレゼントを渡した側は、渡されたプレゼントが棄てられようと転売されていたとしても、相手に文句を言う権利はないのだ――鳥園寺さんが姉ぶった様子で伝えたのは、このような恐ろしくシビアな話だったのだ。しかしこれも、彼女の実体験であるのだからぐうの音も出ない話でもある。

 なお、先の話はプレゼントが()()()である場合の話であり、プレゼントが犬猫や小鳥などと言った生物の場合はまた状況が変わって来るのだが、話せば長くなるので今回は割愛しておく。

 ともあれ余計な事まで思い出し、源吾郎は神妙な面持ちになってしまっていた。米田さんは思案顔を浮かべていたが、ふと何かを思いついたらしく口を開いた。

 

「もしかして、私の髪色が普段と違うから気になったのかしら?」

「あ、はい。そうなんです」

 

 米田さんの言葉に、源吾郎は反射的に頷いた。頷きながら、違和感の正体はこれだったのだ、と今一度思い直してもいた。

 元々米田さんは()()の妖狐であり、人型に変化した時も、その色調は反映されていた。すなわち、普段の彼女は()()()()()()()()()()なのだ。

 だが今回は、金髪では無くて明るい赤褐色である。傍から見れば染めているようにも思われるかもしれないが、普段の金髪よりはいくらか落ち着いた色調である。

 それに米田さんが、髪を染めていない事は匂いで明らかだった。そもそも妖狐や獣妖怪は好んで毛を染める個体は少ないという。それでも毛を染める場合は、頭部だけという訳にはいかず、いきおい全身の毛を染める事となるそうなのだが。

 

「今日は人通りの……普通の人間も多い場所を出歩くでしょ。いつもの金髪だったら流石に目立つかなと思って、ちょっと髪色とかも調整したのよ」

 

 源吾郎が静かに認識阻害術を強化する中で、米田さんはそう言った。語る米田さんは何処か気恥ずかしそうな表情を浮かべていて、源吾郎は少しどぎまぎし始めていた。

 

「……本当は、島崎君みたいな黒髪か、そうでなくとも焦げ茶の茶髪とかの方が良いのかもしれないけどね。だけど私は、変化術はそれほど得意じゃあないから」

 

 実戦経験の豊富な米田さんであるが、実は彼女が得意とする妖術は限られていた。どうやら彼女は身体強化術に特化しており、逆にそれ以外の術は苦手としているのだそうだ。変化術もそのうちの一つであると、彼女は思っているのだろう。

 もっとも、妖狐という種族は変化術に対する要求が高い一面も持ち合わせている訳であるから、妖狐の言う「変化術が苦手」というのは、文字通り眉唾物であると見做される事も往々にしてあった。他の種族であれば、獣の特徴のない、ヒトの姿に変化しているだけでも御の字という評価になる場合もあるのだから。

 

「だ、大丈夫ですって米田さん」

 

 源吾郎はだから、米田さんに半歩近付いて励ましの言葉を口にした。

 

「それにしても、米田さんも色々とお考えなんだなって思って、僕もびっくりしましたよ。僕自身、見た目がこんななので、目立つとかそんな事自体思った事ありませんし……」

 

 源吾郎はトップスの裾を握りしめつつ、尚も言葉を続ける。

 

「それに僕たちがデートするのは大阪ですよね。大阪なんてのは大都会ですから、金髪でも銀髪でも赤髪でも青髪でも、色んなやつがいると思うんですよ。ああいう所に暮らす若い人って、何かチャラチャラして派手な格好をなさってそうですもん……まぁ知らんけど」

 

 若干のぎこちなさが伴った言葉ではあったが、源吾郎の言葉に米田さんは微笑み、頷いてくれたのだった。

 

知らんけど:主に近畿地方で用いられる表現。意見を述べたのちに断定を避けるために用いられる事が多い。

「事実はさておき私はこう思う」と言ったニュアンスである。(筆者註)

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