九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉仙女 昔日抱いて道中向かう

 部下たちの前での宣告通り、紅藤は社用車の運転席に腰を降ろした。左手をそれとなくハンドルに添え、右手でセルを回す。

 その際のエンジン音は大きな獣の唸り声に似ていて、何処か懐かしさを感じる物だった。

 

「こうしていると、昔の事を思い出すわ」

「昔、とはいつの事でしょうか?」

 

 詮無いはずの呟きすらも拾い上げ、萩尾丸は落ち着いた調子で尋ねる。もちろん彼が座っているのは助手席だ。

 

「そうね。社用車というか、移動手段がまだ馬だった頃の事よ。だから、かなり昔の事になるわね。私にとっても、あなたにとっても」

 

 今でこそ自動車を運転する紅藤であるが、それでも馬を移動手段としていた時期もあるにはあった。そもそも、自動車が誕生し、あるいはこの国に普及するはるか前から紅藤は妖怪として生きていた。妖怪というのはそういう物なのである。

 ハンドルを捌きつつも、横目で萩尾丸の様子を窺い見る。思案する様子を見せながら、彼は窓の外を眺めていた。神妙な面持ちを萩尾丸が見せるのは、久しぶりの事のようにも思えた。

 だが彼は、すぐに紅藤の視線に気づいたらしい。わざわざ首を動かしてこちらに向き直ったのだから。その面には、僅かに気まずそうな表情が浮かんでいる。打ち合わせ前だし自分の前なのだから、もっと気楽な表情でも良いのに。紅藤はそう思っていた。

 

「まぁ、あの頃は僕も若かったですね。紅藤様も、お若かったかと思われますが」

 

 そうねぇ。畏まった萩尾丸の言葉に、紅藤はゆるりと首を振った。脳裏に浮かんだのは、雉鶏精一派を立て直して数十年経った頃の事だった。まだ幹部という概念もなく、小規模でコソコソ活動を行っていた。だがそれでも――萩尾丸はその中にいたのだ。

 

「あの頃の萩尾丸は、若いというよりもむしろ幼かったかしら」

 

 悪戯っぽく微笑む紅藤の言葉に、萩尾丸の顔が引きつる。天下の大天狗と言えども、昔の事を口にされれば顔も引きつるものなのだろう。しかし次の瞬間には、普段通りの落ち着いた表情に戻っていた。そこはやはり、紅藤よりも若いと言えども、年の功という物なのだろう。

 そうですか。ややあってから萩尾丸が漏らした。いくばくかの間が、彼が思案に耽っていた事を物語っているようだった。

 

「であれば、かなり昔の事になりますね。それこそ胡琉安様もお生まれになっておらず、青松丸君もほんの子供の頃だったのではありませんか」

「そうね。そうだったわね」

 

 萩尾丸に言われ、紅藤はゆるりと頷いた。もちろん、車がどのように動いているかに意識を払うのを忘れずに。

 紅藤が思い出し、萩尾丸が気付いたその頃の事は、紅藤は今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 まだ頭目たる胡琉安もおらず、雉鶏精一派に幹部職すらなかった頃の話だ。峰白と紅藤の二人が主となり組織の立ち上げを画策し、それに賛同する妖怪を少しばかり引っ張り込む事が出来た程度だった。

 萩尾丸についても、拾った事自体には深い意味は無かった。ぼろ雑巾のように打ち捨てられていた姿は哀れだったし、幼い青松丸の遊び相手にあてがうのに丁度良いと思った程度の事だったのだ。

 長じた萩尾丸が、紅藤たちの想定以上の有能さと働きを見せたのはまさに嬉しい誤算だった。いつの間にか青松丸と萩尾丸の序列は逆転し、紅藤の一番弟子にして右腕という立場に収まっていたのだが……それでも青松丸との間にそれらしいトラブルは生じなかった。むしろ青松丸は萩尾丸の強さや有能さを認め、兄として慕っているほどなのだから。そしてそれは、未だに変わりはしない。組織が大きくなり、紅藤の直弟子が増えた現在でも。

 

 紅藤様。萩尾丸が再び声をかける。ややおざなりな返事になってしまったが、運転の最中だから致し方ない。

 

「青松丸君は、あなたの子息で僕の弟分にも当たるあいつは、紅藤様や僕たちの間にいて十分幸せだと思っている。僕はそう思ってます。いえ……直接聞いてみても、本心からそう言ってくれるんじゃあないですかね」

「一体どうしたの。らしくない話なんてしちゃって」

 

 軽口を叩きつつも、紅藤は内心ぎょっとしていた。青松丸が幸せに過ごしているかどうか。その事についてきちんと考えていなかったような気がしたからだ。

 

「山鳥女郎様がお見えになられた事、彼女の言葉と息子の存在を前に、紅藤様は戸惑ってらっしゃるんですよね」

「……別に、彼女の事なんか、そんなに丁寧に言わなくてもよろしくってよ」

 

 刺々しく、突き放すような言葉になってしまったが、まさしく図星だったためだ。萩尾丸の言葉と洞察力の鋭さには、師範という立場であっても恐れ入る限りである。そして聡明な彼の事だ。紅藤の言葉が刺々しくなってしまった理由についても、既に理解しているに違いない。

 

「青松丸君の話に戻りましょうか。紅藤様、彼は長らくあなたの傍で過ごし、あなたの仕事を愛弟子として部下の一人として支えているではありませんか。それこそが、彼自身の意志であなたの傍にいるという何よりの証拠になるのですよ。

 今、うちのセンターで面倒を見ている仔狐と仔猫たちならばいざ知らず、彼はもう一人前の大人妖怪です。その気になれば、彼独りでも暮らしていけるんですから」

 

 あらあら。萩尾丸の話を聞いているうちに、紅藤はおかしさがこみ上げてしまい思わず笑いだしそうになっていた。話の後半に関しては、萩尾丸も茶目っ気を入れたのだろう。

 

「仔狐と仔猫って、島崎君と雷園寺君の事でしょう。駄目よ萩尾丸。仔狐とか仔猫と呼んでからかってたら、あの子たちもへそを曲げてしまうわよ」

「そうは仰いますが、僕にもあれくらいの歳の息子がいたとしても、本来ならばおかしくは無いんですけどね」

「それもそうだったわね」

 

 紅藤はまたしても頬を緩ませた。日頃萩尾丸が源吾郎たちに接している様子と、息子のような物だという発言を照らし合わせてみると、おかしさがじわじわとこみ上げてきたからだ。

 つまるところ、萩尾丸も彼らに部下や教育対象以上の情を抱いているという事なのだ。管理者ゆえに取り澄ましてはいるものの、萩尾丸も情の篤い妖怪なのだ。そしてそんな所を、紅藤は気に入ってもいた。

 

「少し話が逸れてしまいましたが……紅藤様は、ご自身が過去になさってきた事や、ご子息たちとの関係について、思い悩む必要はないのです。紅藤様の優しさや情愛は、ちゃんと青松丸君にも胡琉安様にも伝わっています。そこで思い悩んでしまったら、それこそ山鳥女郎様たちの思う壺ですよ」

「萩尾丸……」

 

 紅藤が呟くと、萩尾丸は更に言葉を重ねた。

 

「ええ。紅藤様。情に篤く尋常ならざる慈愛の心を持ち合わせてらっしゃる事が、紅藤様の気質の特徴だと、僕は心得ています。それ故に、僕も青松丸君を押しのけて、今の地位まで出世できたのですからね。

 ですが……その優しさこそが、紅藤様の弱点でもあると僕は思うのです。いえ、その事は、紅藤様ご自身でもお気づきになっているのではありませんか」

 

 萩尾丸の言葉に、紅藤は返事をせずにただ運転に集中しているふりをして受け流した。とはいえ聡い彼の事だ。先程の言葉に動揺し、図星だと思った事は、既に見抜かれているだろう。

 いずれにせよ、自分がハンドルを握ったのは正解だったと、紅藤は思っていた。運転に集中せねばならないから、ある程度の雑念は頭から流れていくのだから。

 だがそれでも、本部までの道のりはまだまだありそうだ。

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