九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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妖狐の忠心、雉妖怪の報告

 紅藤とは、小部屋を出てすぐに合流出来た。

 彼女も彼女で、灰高や緑樹たちと軽く打ち合わせを行っていたらしい。そんな事を、紅藤は頬を火照らせながら、嬉々として教えてくれた。

 その一方で、紅藤は峰白と萩尾丸たちの密談について、あれこれ言及する事は無かった。

 

「峰白のお姉様にも、お姉様のお考えがあるわ。その事について、私があれこれと考えて詮索する事は野暮ですもの」

 

 そう言って微笑む紅藤を前に、源吾郎の胸がかすかに痛んだ。罪悪感に由来する心の痛みだった。

 今の紅藤は冷静さを欠いているから、それとなく監視してほしい。そして場合によっては正しい方向へと導いてやるべきだ。呼び出された先で、萩尾丸と源吾郎は峰白にそう言われたのだ。

 紅藤が内心動揺しているであろう事は、もちろん源吾郎とて解っている。紫苑が裏切り者だった事、その母だった山鳥女郎の挑発が、紅藤の心に衝撃をもたらした事も理解している。

 それでも、峰白の言葉に従うのは、それこそ紅藤に対する裏切り行為のように思えてならなかった。裏切りとまではいかずとも、紅藤を信用していない、彼女に疑念を抱いているように感じられた。

 それはもしかしたら、紅藤の笑みが殊更に無邪気に見えたから、余計にそう思えたのかもしれなかった。長い年月を生き、様々な経験と知識を蓄えているにも拘らず、紅藤の笑みは純粋そのものだったのだから。

 

「そうですね紅藤様。それでは僕たちも研究センターに戻りましょう。青松丸君が向こうは取り仕切っていると言えども、紅藤様や僕が戻ってくれば、彼らも安心するでしょうし」

 

 ふと脇を見れば、萩尾丸はにこやかな笑みを貼り付けて、紅藤に話しかけているではないか。笑顔の仮面を被り、その上で流暢に言葉を紡いでいく萩尾丸を、源吾郎は愕然とした思いで仰ぎ見ていた。この天狗のジジイは、紅藤様を騙す事に、一ミクロンの葛藤も罪悪感もないのか、と。

 これはもう、戻ってから萩尾丸先輩に真意を問いたださねば。軽い足取りで本部を後にする二人を追いかけながら、源吾郎は厳然とした面持ちで決意を固めた。

 

「あら、島崎君ってば。難しい顔をしているけれどどうしたのかしら?」

「今回は難しい会議に出席しましたから、彼も疲れたんでしょうね」

 

 紅藤と萩尾丸のやり取りは、源吾郎の心中に反して何とも呑気なものだった。

 結局のところ、大人妖怪には仔狐の葛藤や決意は見えないという事なのだろう。

 

「ふむ。雷園寺君。君もヤンチャ坊主だという事は知っていたが、中々どうして試験関連の素養があるじゃないか。雉仙女様がこっちに引き抜いたのも頷ける話だぜ」

「へへっ。白川さん。お褒め頂いてありがとうございまっす。言うて俺は叔父貴の許では管理職だったんすけどねぇ。でも試験とか面白いし、事務所も涼しいんで丁度良いかもって思ってます」

 

 研究センター内では、雪羽と派遣された白川が、雑談を交えつつ試薬の調整を行っていた。通い慣れた職場で繰り広げられる。ありふれた光景。それを目の当たりにした源吾郎は、柔らかく虚ろな安堵感に包まれていた。

 

「萩尾丸様に雉仙女様。お戻りになられたのですね。打ち合わせ、お疲れ様です」

「島崎先輩もお疲れさん! 確か先輩は、打ち合わせの第二部とやらにも参加したんすよね? めっちゃ大変だったんでしょ。俺なんかさ、第一部の打ち合わせだけでも、もうげっそりしちゃったから」

 

 源吾郎がぼうっとしている間に、雪羽がすぐ傍にまで駆け寄っていた。その面には、好奇心と気遣いの入り混じった表情が浮かんでいる。

 ちなみに白川の方は、萩尾丸の許に駆け寄って挨拶をしている。淡い金毛が生えた二尾は、ピンと立ち上がって先端が小刻みに揺れていた。喜びを示す尻尾のボディーランゲージである。

 最近判明した事なのだが、白川は実の所、萩尾丸に忠義を誓っているタイプの部下であるらしい。源吾郎や雪羽に対して妙に当たりが強い所を思うと意外な感じもするのだが。いや、萩尾丸に対する忠誠心が高いからこそ、源吾郎たちに当たりが強くなってしまうのかもしれない。

 フワフワした若妖怪たる源吾郎たちへの嫉妬なのか、萩尾丸が特別目を掛けている若妖怪たちを鍛えようとしている親切心なのか。白川の真意は解らない。

 いや、白川が源吾郎に対して複雑な感情を抱いているであろう事はおぼろげながら解っていた。源吾郎は現在米田さんと付き合っている。だがその米田さんに、白川はかつて思いを寄せていたのだ。片思いの、それも過去の恋――しかも白川自身もまた、別な女狐を彼女にしているではないか――であると言えばそれまでだ。だがそう易々と割り切れないのもまた、哀しい男の性なのかもしれない。

 少ししてから、青松丸とサカイ先輩も萩尾丸や紅藤の許に近付いて来る。

 その中で、口を開いたのは青松丸だった。見た目や服装は普段とは変わらない。しかし、サカイ先輩たちと言った若妖怪たちの傍にいるためか、威風堂々とした姿に見えた。何だかんだ言いつつも、彼は紅藤の長男であり、頭目・胡琉安の兄なのだ。源吾郎は密かにそう思っていた。胡琉安自身も、半兄と同じく内気でやや受動的な部分を持ち合わせてはいるのだが。

 

「紅藤様と萩尾丸さん。お帰りなさいませ」

「あら青松丸。あなたまで畏まっちゃって……普段通りでも、別に良いのよ」

 

 普段通りで構わない。そう言いつつも、紅藤は満更でも無さそうな表情を浮かべていた。やはり信頼できる愛弟子であり、実の息子の凛々しい姿は、紅藤の心を和ませる作用があるのだろう。

 

「私たちも、今しがた打ち合わせが終わった所だけど、そちらはどうかしら」

 

 そうですね。紅藤に問われ、青松丸は思案顔で言葉を続ける。

 

「僕たちは第一部の打ち合わせまでしか参加していないので、込み入った事は話せません。ですが、ウミワタリ君が八頭怪を封じる大役を買って出たという所には驚きました。場合によっては、彼自身が妖柱となる可能性もあるのにですよ。

 弟も、いえ胡琉安様も、内心たじろいでらっしゃったのではないかと、画面越しながら思っておりました」

 

 青松丸の言葉を聞いた源吾郎は、僅かに瞠目した。ウミワタリが胡琉安の影武者である事は源吾郎も知っている。しかし青松丸の話しぶりからすれば、胡琉安はウミワタリの身に危険が降りかかる事を懸念しているように思えた。

 通常、影武者と本物の関係はもっとドライな物ではないかと考えていたが、胡琉安とウミワタリのそれはまた違うのだろうか。いやそもそも、源吾郎は雉鶏精一派について多くの事を知っているとは言い難い。第二幹部の直弟子と言えども、働き始めて一年も経っていないのだから。

 さて紅藤はというと、青松丸の報告を聞いて微笑んでいた。僅かに困ったような表情を見せながら。

 

「ありがとう、青松丸。あなたもちゃんと打ち合わせに参加してくれていたみたいで、一層安心したわ。だけど、私が聞きたかったのは、研究センターでの業務の方だったんですけれど」

「いやいや紅藤様。先程の言い方であれば、青松丸君も打ち合わせの事かと思ってしまうのは致し方ないと思うのですが」

 

 おっとりとした様子で意図を語る紅藤に対し、萩尾丸はツッコミを入れていた。万事おおらかな紅藤と、細かい所まで気付き、エッジの利いたツッコミを入れる萩尾丸。これもまた、普段と変わらぬやり取りだろう。それでも、互いに平常心を保とうと奮起している所が垣間見えてしまうのだが。

 そうしている間にも、青松丸は業務についての報告を改めて行ってくれた。

 

「こちらでの業務の方ですね。いやはや、僕もうっかりしておりました。それならば特に問題はありません。工場棟の方も特にトラブルはありませんし、白川君も試薬調整や試験の方を手伝ってくれましたので」

 

 そう言えば。二尾を一度大きく揺らすと、白川は報告に割り込んできた。

 

「ヨツカドから納品がありましたので、僕が代わりに受け取っておきました。納品書の方も、雷園寺君の方で処理済みです」

 

 ヨツカドというのは、法人向けの通販サイトの事である。工業部品にやや特化したサイトではあるが、研究所やオフィスで使う品物も取り扱っているので、研究センター内でも度々利用する事があったのだ。今回も、誰かが何かを発注したのだろう。

 なお、白川の隣で雪羽は妙に誇らしげな表情を浮かべている。書類管理や納品書の処理は概ね雪羽が行っているのだが、その事で彼は得意げになっているのだ。そしてドヤ顔を源吾郎に見せていた。何とも微笑ましい光景である。

 

「ちなみに、戦闘訓練や妖術の鍛錬については、まだ行っていません。業務の方がやや増えていますし、万が一の事があってもいけませんので」

「別にそれで大丈夫だよ」

 

 戦闘訓練を行っていない。青松丸が付け足した言葉に応じたのは、萩尾丸だった。

 

「丁度僕も、島崎君たちの戦闘訓練について、どのように進めていこうかも並行して考えていた所なんだ。何せ八頭怪との闘いが、いや八頭怪の討伐が間近に迫っているからね」

 

 八頭怪の討伐。そう語る萩尾丸の眼光は鋭かった。そして和やかだった研究センターの空気がまたしても強張ったのは、何も気のせいでも無かろう。

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