九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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天狗は雷獣をなだめ狐に語る

 一瞬にして緊迫した空気を作ったのが萩尾丸であれば、その後再び口を開いたのもまた、萩尾丸だった。

 何を思ったのか、彼の眼差しは、雷獣の雪羽に注がれていた。

 

「戦闘訓練で思い出したけれど、こっちの方が簡単な話だから先に言っておこうか。雷園寺君。君は今まで再教育として平日は僕の屋敷にいる事になっていたけれど、今宵からは三國君の許に戻すよ。八頭怪関連のゴタゴタが収まるまで、ね。

 出勤に関しては、三國君に研究センターまで送ってもらうようにしようか。何、彼の事だ。可愛い長男を職場に送り届ける事も特段厭わないだろうから、ね」

 

 萩尾丸の許での再教育を中断し、雪羽を三國の許に戻す。本来であれば、雪羽にとっては嬉しい話であろう。しかし雪羽は素直に喜ばなかった。丸く見開かれた翠眼は、強い驚きに揺らぐだけだったのだ。

 源吾郎とて、萩尾丸の唐突な宣言に驚いていた。それでも、萩尾丸先輩に何かお考えがあるのだろうと思う余裕はあった。雪羽の事とはいえ、そこは自分事と他妖事の違いなのかもしれない。

 

「な、何故ですか、萩尾丸さん」

 

 たどたどしい口調で雪羽が問う。信じられないものを見聞きしたと言わんばかりの表情はそのままに、彼は言葉を続ける。

 

「その、八頭怪と闘うという事であれば、むしろ萩尾丸さんのお住いの場所の方が、お、叔父貴の家よりも安全性が高いんじゃあないでしょうか。確かに、一度あいつは萩尾丸さんの屋敷に侵入してましたけれど……それに、それに俺が向こうにいた方が、叔父貴とかチビたちに何かあるかもしれないし……」

「君がどう思おうと、これは決定事項だからね、雷園寺君」

 

 もにょもにょと歯切れ悪く言葉を重ねる雪羽に対し、萩尾丸は今一度言い放つ。その物言いは厳然としており、反論を許さぬ気配を纏っていた。

 

「まぁ確かに、雷園寺君の懸念も僕には理解できるよ。だけどね、今は君のそうした小賢しい理屈はどうでも良いんだ。良いかい雷園寺君。君を三國君の許に戻すと言ったのは、合理的判断でも何でもない。他ならぬ、僕からの恩情だと思いたまえ」

 

 語気を強めて言い放つ萩尾丸に、雪羽のみならず源吾郎、そして白川やサカイ先輩と言ったやや年長の妖怪たちまで度肝を抜かれてしまった。

 萩尾丸の発言は、理屈も合理性も度外視した、彼個人の感情論だった。それこそが、驚きをもたらした最大の理由だった。何せ萩尾丸は、煽りが多いと言えどもその発言はごくごく合理的なものが多かった。雪羽の異母弟である時雨が拉致された時でさえ、「先代当主が蠱毒で生命を落とした事を踏まえると、その息子らを蠱毒に仕立てるのは中々趣深い事だ」などと言い放ったくらいである。

 発言に違わず合理的な考えや行動を萩尾丸が重んじる事は、源吾郎もよくよく解っていた。だからこそ、彼の烈しく感情に則った言葉に戸惑ったのだ。

 雪羽と、源吾郎たちの戸惑いに気付いたのだろう。萩尾丸は、僅かに表情を和らげて言葉を続けた。

 

「あれだよ雷園寺君。恩情と言っても、別に雷園寺君に対して向けただけという訳では無いんだ。むしろ、君の養父たる三國君に向けた恩情、という意味合いの方が強いかな」

 

 萩尾丸の言葉に、雪羽は何度も目を瞬かせていた。流石の雪羽も、自身ではなく三國に対する恩情という部分に、思う所があったのだろう。

 

「三國君が、心底君を愛していて、息子のように思っている事は、雷園寺君もよく知っているだろう。まぁ、育て方には多少の問題もあるにはあったけれど」

 

 失笑と、気まずさを伴った嘆息が、源吾郎の周囲で沸き起こった。もちろん原因は萩尾丸である。三國が雪羽を息子として愛していると語る一方で、育て方には問題があったなどと言い放つのだから。

 しかし、それを茶化すような事は出来なかった。萩尾丸はすぐに、真面目な表情を作って源吾郎たちを見下ろしたのだから。

 

「……こういう話はしたくはないけれど、今回の闘いは、今までのそれとは違うんだ。何せ封じるだけとはいえ、あの八頭怪を相手にするから、僕たちだって無事に闘いを終えられるかどうかは解らないんだ。特に三國君は、まぁ血の気が多いし、いつ何処で何があってもおかしくないから、ね」

 

 妙に歯切れの悪い口調になりつつも、萩尾丸は言葉を出し切った。相当にぼやかした表現ではあったが、この闘いで三國が玉砕、いや戦死してしまう事をも懸念している。その意図は源吾郎にもバッチリと伝わっていた。

 

「そんな訳だから、雷園寺君を一旦三國君の許に返そうと思うんだ。もしも最期の時が近いのであれば、大切な家族と一緒にいる方が幸せという物だろう。雷園寺君。君はあくまでも三國君の甥であって、本当の息子ではない。そんな風に反論しようと思っているだろうね。ああだけど、三國君にしてみれば君も、君は確かに彼の息子と変わりないんだ。雷園寺君にとっても同じ事なんじゃあないかな。現に君は、実の父親の許で過ごした時間よりも、叔父であり養父である三國君の許で過ごした時間の方が長いんだからさ?」

 

 理詰めに矢継ぎ早に萩尾丸に語り掛けられ、雪羽の喉がぐぅ、と唸るように鳴った。流石に見かねた紅藤が、萩尾丸と雪羽を交互に見やりながら告げる。

 

「ちょっと萩尾丸。あなたが気を利かせて三國君の許に雷園寺君を返したいのは解るわ。もしかしたら、あなたもあの子のいない所で作戦の立案を考えたいって言うのもあるでしょうし。

 だけどね、それならそれでもう少し、優しく言ってあげても良かったんじゃあないの」

 

 紅藤の言葉に、源吾郎はサカイ先輩や白川とそっと顔を見合わせた。

 戸惑う雪羽の心情を慮った、優しい言葉には変わりはない。しかし「萩尾丸も作戦立案のために雪羽を三國の許に送り返したかった」という発言は余計な一言であろう。そりゃあもちろん、萩尾丸ならばそう言う事は考えそうだし、源吾郎もおよそ察しはついていたのだが。

 そんな部下たちの機微に気付いているのかいないのか、今度は雪羽を見やりながら、紅藤は言葉を続けた。

 

「雷園寺君。あなたも三國君の許にいた方が安心するでしょうし、三國君だって、あなたの事をずっと大切に思っているから……だから萩尾丸は、大変な時期を迎える前に、雷園寺君を一旦三國君の許に預けようと思っているの。あの子だって、若いのによく頑張っているもの」

 

 三児の父である三國をあの子と呼ぶのは、いかにも紅藤らしい物言いではないか。源吾郎がそんな事を思っている間にも、紅藤は更に言葉を続けた。

 

「それに雷園寺君。自分が三國君の本当の息子じゃあないとか、三國君にも実の子がいるとか、そんな事まで気にしなくて良いのよ。三國君は実の叔父だから血縁でしょう。三國君の子供たちにとっても、雷園寺君は良いお兄ちゃんになるでしょうし」

 

 そう思うでしょう。最後に付け加えられた紅藤の一言は、果たして誰に向けられたものなのだろうか。気が付けば、源吾郎は口を開いていた。

 

「雷園寺君。俺も紅藤様の言うとおりだと思うよ。いとこと兄弟の違いなんざ、俺にしてみれば誤差の範囲内だよ。俺なんてさ、実は父親と叔父と兄が全部ごっちゃになってて、区別がつかないような体たらくなんだからさ」

 

 弁解めいた源吾郎の説明に、雪羽は微妙な表情を見せていた。とはいえ、源吾郎が父も叔父も兄も上手く区別できないのは事実だった。叔父の苅藻は兄貴分のように振舞っていたし、長兄の宗一郎は実父以上に父親らしい振る舞いでもって源吾郎に接してきたのだから。

 白川が呆れたような眼差しを源吾郎にちらと向けていた。そしてわざとらしくため息をついたかと思うと、雪羽の肩に手を添えつつ口を開いた。

 

「まぁ、島崎君は末っ子で、しかも親兄姉や親族連中とは大分歳が離れているから、その辺の感覚は俺らとは違うだろうさ。

 だが、俺も紅藤様や萩尾丸さんのお言葉には一理あると思ってる。俺自身、百十五年も生きてはいるけれど、それでもやっぱり親兄弟と顔を合わせれば安心するからさ。それは雷園寺君も同じ事だろうし、三國さんだって同じだと思うぞ、な」

「は、はい。そうっすよね……」

 

 白川が説得すると、何と雪羽は納得したように頷いたのだった。

 このごろ白川が研究センターに派遣され、源吾郎たちと共に雑事や資料作りをこなすようになっている。雪羽はその白川に、心を開きつつあるのだと、源吾郎は少し前から気付いていた。雪羽に心を許せる相手が出来るのは喜ばしい事だ。しかし微妙なジェラシーも感じてしまうのもまた事実だった。

 さて萩尾丸の鋭い視線は、今度は源吾郎に向けられていた。

 その事に気付いた源吾郎は、四本の尾を毛の先まで逆立てつつ、口を開いたのだ。

 

「萩尾丸先輩。おれ、いや僕は実家に戻らなくても大丈夫ですよ。というか、この間も母に呼ばれて実家に戻った所ですし」

 

 もしかしたら、自分も雷園寺のように実家に強制送還されるかもしれない。そんな考えがわだかまっていたために、源吾郎は早口になってしまったのだ。

 白川は切れ長の瞳で源吾郎を一瞥すると、嘆息と共に言葉を漏らした。

 

「まぁ安心しろよ島崎君。あんたに実家に戻って欲しいと、三花様が本気で思うのならば、既に取っ捕まって引き戻されているだろうからな。母君である三花様や、親族の苅藻さんたちが、優秀な術者である事もあんたは知ってるだろう?」

「……ええ、まぁ」

 

 微妙な間を挟みつつも、源吾郎は白川の言葉に応じた。間があったのは、母が優秀な術者であるという言葉に違和感を覚えたからだ。源吾郎が知る母は、主婦として母としての存在でしかなかったからだ。隠遁した祖母に代わり一族の長のような側面も持ち合わせていたのだが、妖狐としての母の強さを源吾郎は知らない。そうした話は出てこなかったし、意識すらしなかった気もする。

 

「むしろ島崎君というか、桐谷さんの一族には、今回の八頭怪討伐に力添えを依頼するかもしれないかな」

 

 すぐ傍にいるはずなのに、萩尾丸の声が遠くから聞こえてくるように感じられた。母の事について思案していたからなのかもしれない。

 ハッとして源吾郎が萩尾丸を見やると、その面には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。狡猾さで引けを取らぬ妖狐ですら怖気付くような、強欲さと権謀術数に満ち満ちた天狗らしい笑顔だった。

 

「ああ。これは別にうちが島崎君の身柄を扱っているとか、そう言う事とは無関係だから、ね。あくまでもビジネスとして考えて、彼らに動いてもらう可能性もあるって話さ。苅藻君を呼ぶのは容易いだろうね。彼は仕事をお金儲けとして割り切っているからさ」

「萩尾丸先輩」

 

 思わず源吾郎は、萩尾丸を見据えて問いかけていた。先程は射抜くような眼差しを向けられたが、今ではその眼差しを向ける方になっている。

 どうしても問わねばならぬ事が、源吾郎をそんな目つきにさせていた。

 

「叔父や叔母を術者として呼ぶ事は、僕もおおよそ解っています。二人とも術者ですからね。ですがもしかして、僕の母も呼ぶ事を考えておいでなのでしょうか」

「それもやぶさかではないだろうね」

 

 源吾郎の問いに、萩尾丸は間を置かずに返答した。興味深い事だと言わんばかりにおとがいを撫で、それから更に言葉を続ける。

 

「桐谷三花、いや島崎三花だったかな。ともあれ君の母君は、狐術者としても優秀なお方である事には変わりはないからね。妖術に関する知識ならば、苅藻君やいちかさんよりも上だしね。まぁ……あのお方は君を産んでから妖力を大分消耗なさっているから、あんまり無理を言うつもりはないけれど」

「妖力を消耗ですって。それってどういう……?」

 

 萩尾丸の笑みが歪むのを、源吾郎は目の当たりにした。そんな事も知らないのか。そんな風に嘲笑われているかのようだった。

 

「良いかい島崎君。君の母は()()()()だったんだよ。()()()()()()()()()()()

 

 言い放たれた萩尾丸の言葉に、源吾郎は今度こそ絶句した。源吾郎の知る母は二尾だった。一方の源吾郎は、三尾として誕生している。

 四尾だったはずの母の、喪われた二尾が何処に行ったのか。その事に気付いた源吾郎は、四尾のうちの三尾を、ただただ静かに震わせるほかなかった。

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