九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若妖怪 夢を語りて笑い合う

 週初めから八頭怪の封じ込め作戦だの紅藤の監視を依頼されるだのと重大なイベントが目白押しであったが、今朝の源吾郎は非常にいい気分で目を覚ましていた。変な疲れが心身に留まる事もない。のみならず、心の中にわだかまっていた不安を、一瞬とはいえ忘れ切れたような気分でもあった。

 その理由は、昨晩出会ったサキュバスのアルテミシアの作用によるものだった。夢と戯れ夢に詳しい彼女は、何と相手の望む夢を見せる能力すら持ち合わせていたのだ。彼女が夢魔の中の夢魔である事を思えば何ら不思議な事は無いのかもしれないが、ともあれ目覚めた源吾郎は、彼女の能力の凄まじさをしみじみと感じていたのである。

 なお、源吾郎が望み、実際に目の当たりにした夢は「ふわふわモフモフの動物と戯れる夢」である。狐の血が濃いためか、源吾郎はふわふわの毛皮を具える動物たちと触れ合う事が大好きなのだ。当の動物たちからは避けられるにしても。

 

「島崎先輩。昨日の今日だけど、今日は何というか元気そうっすね」

 

 始業前の朝。普段通りに歩み寄って来た雪羽は、源吾郎を見るなりそう言って笑った。血の気は多いが仲間と見做した相手には細やかな情愛を見せる雪羽である。源吾郎の昨日の疲労困憊ぶりは知っていたので、やはり気になっていたのだろう。そして源吾郎がけろりと元気になっていたので、喜びつつもその謎が気になりもしている。そんな所であろうと源吾郎は思っていた。

 

「ああ、うん。夢見が良かったからね」

「夢見かぁ」

 

 突飛な事を言っただろうか。源吾郎は一瞬そう思いはした。しかし雪羽は、特に訝りもせずおかしがりもせず、源吾郎の言葉を素直に受け取っていた。

 

「もしかして、先輩もアルテミシアの姐さんから良い夢を見せてもらった口なんでしょ?」

「雷園寺君も彼女の事を知ってたのか!」

 

 知ってるとも。驚きのあまり叫んでしまった源吾郎とは対照的に、雪羽は落ち着いた調子で頷いた。そしてふいに顔を寄せ、内緒話でもするような塩梅で言葉を続ける。

 

「実はさ、先輩が仕事を終えて部屋に戻った直後に、俺はアルテミシアの姐さんに会ったんだよ。『雷園寺君も色々と頑張っているから、夢の中くらいはリラックスしても構わないだろう』ってね。そこから先は……まぁ多分先輩も察しが付くと思うけれど」

 

 そう言うと、雪羽はいたずらっぽく微笑んだ。望む夢を見るというアルテミシアの恩恵は、源吾郎だけではなく雪羽も受けたという事なのだと源吾郎は悟った。その事については特に驚きはしなかったが。

 

「それで雷園寺君。君はどんな夢を所望したんだい?」

「ん。穂村たちとか時雨たちとか……あとはラス子たちみたいなオトモダチと、遊んだりまったり過ごしたりする夢かな」

 

 朗らかな様子で返答する雪羽に、源吾郎は驚いて目を瞬かせてしまった。雪羽の望んだ夢は、源吾郎の予想とは微妙に異なっていたからだ。

 

「弟妹たちやオトモダチ連中と楽しく過ごす夢か。まぁいかにも雷園寺君が好きそうな夢だねぇ」

 

 源吾郎はあくまでも、問いかけの前置きとしてそう言っただけだった。しかし雪羽は、本心からの言葉とでも思ったのだろう。「そうだろ。そう思うだろう」と言いながら、ニコニコと微笑んでいる。

 それこそ無邪気な雪羽の笑みを見つめながら、源吾郎は問いを発した。

 

「しかし雷園寺君。君の事だから、それこそお母様にお会いするような夢を望むのかと――」

「やだなぁ先輩。幸せ過ぎる夢、それも実現しない幸せを目の当たりにするような夢なんざ、俺は見たくなんかないよ」

 

 源吾郎が全てを言い切る前に、雪羽は言葉を遮って告げた。先程とは打って変わり、真剣で切実な眼差しに、源吾郎は言葉を詰まらせる。

 翠眼に昏い光と灯したまま、雪羽は言葉を続ける。

 

「あは。折角だから教えてあげますよ。先輩、この世で一番性質の悪い夢は、『これが現実だったら嬉しいなぁ』って思ってしまうような幸せな夢なんですよ。目覚めた時に、それが夢だって思い知らされる訳ですから、ね」

 

 だから俺は、母さんに会う夢は見なかったんだ――最後まで言い切りはしなかったものの、雪羽の言わんとしている事は源吾郎にも何となく解った。

 いずれにせよ、そう言う考えもあるのだ。雪羽の顔を見つめながら、源吾郎は思っていた。また、怖い夢や嫌な夢こそが悪夢だと思うおのれは、ごくごく恵まれた境遇にあるのだという考えも、むくむくと湧き上がってもいた。

 そんな風にしんみりとした空気に浸っていた源吾郎であるが、その空気を打ち破ったのもまた、他ならぬ雪羽だった。

 

「ま、俺の夢はそんな感じだよ。それよか先輩、先輩はどんな夢を望んだんです? 俺の夢の話だけ聞いておいて、自分は明かさないなんてせこい事、先輩はなさらないですよねぇ?」

 

 気付けば雪羽の顔にはニヤニヤ笑いが浮かんでいる。ああきっと、こいつは俺が米田さんとよろしくやっている夢を所望したと思い込んでいるな。

 雪羽の考えているであろう事をおおよそ察した源吾郎は、にんまりと笑って雪羽を見つめ直した。

 

「俺が望んだ夢か。そりゃあ雷園寺君も知りたいわな。よく聞け、俺が望んだ夢はな、猫ちゃんとかウサちゃんみたいなふわふわの動物と戯れる夢だ。ああ、本当に良い夢だったぞ。夢の中の動物たちは、猫だろうと犬だろうと兎だろうと、俺を恐れて逃げるなんて事は無かったからな! 存分にふわふわした毛並みを堪能できたぜ」

「ぷ、ぷふふっ」

 

 源吾郎としては大真面目に語ったつもりではある。しかし雪羽は、源吾郎の言葉が終わるや否や吹き出し始めた。腹は立たなかった。雪羽がそんな風に吹き出すであろう事は、源吾郎も予想していたからだ。

 

「仰々しい口調でお話しなさると思ったら、何とまぁ可愛らしい夢じゃあないっすか。いやまぁ、それもそれで先輩らしいとは思いますけどね。それにしても、米田の姐さんとイチャコラする夢を望んだ訳じゃあなかったんすね」

「幸せな夢こそが最大の悪夢だと言うのは、雷園寺君だって今しがた言っていたばかりじゃあないか」

 

 腹を抱えんばかりに笑っている雪羽に対し、源吾郎は澄まし顔で告げる。

 

「それにな雷園寺君。急いては事を仕損じると昔から言うでしょ? そりゃあ確かに俺は米田さんの事が大好きだし……正直な所奥さんにしたいと思ってる。だけど今は、()()そう言う事でがつがつ行くフェーズじゃないんだよ。な、雷園寺君。俺らって妖怪だろう。だからまぁ……一つの事を進めるまでに、何年も何十年もかかる事もあるんだろうからさ。そうだとも、まぁそう言う事さ」

 

 源吾郎の長広舌に、雪羽は気圧されたのだろうか。先程までの笑いはなりを潜め、神妙な真面目な表情に戻っていた。

 

「うん、解ったよ島崎先輩。先輩がそこまでおっしゃるのなら、まぁそう言う事にしとくわ。実を言えば、アルテミシアの姐さんも結構生真面目な所があるから、子ども相手には子供向けの夢を用意なさるみたいだしさ……まぁアレだよ。モフモフだろうと何だろうと、先輩が満足したのなら、それで良いんじゃないの」

「せやね」

 

 話の路線は微妙な部分を行き来した所はあるものの、雪羽との朝の会話は概ね楽しいものであった。そしてそうした事を堪能できることが幸せというものなのだ。源吾郎はふと、そんな事を思ったのだった。

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