九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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天狗は座学でテストを語る

 普段通りに雪羽と談笑していた源吾郎であったが、研究センターにて普段通りだったのはそこまでだった。まずもって、研究センターの面々の中には白川の存在は無かった。このしばらく研究センターに派遣されていた彼であるが、今日は萩尾丸も彼を召喚しなかったらしい。

 もっとも、白川は少ない妖員の穴埋めに派遣されていただけであろうから、彼が研究センターに来ない事こそが普段通りの事なのかもしれないが。

 

 それ以外に普段と異なる事と言えば、所謂戦闘訓練の内容ががらりと変わった事だった。普段であれば雪羽と実戦形式の試合を行ったり、そうでなければ妖術の練習を行ったり、練習の合間に雪羽や他の若妖怪の術を見学したりしていた。

 だが今日の戦闘訓練というものは、そう言った代物では無かった。源吾郎と雪羽を対象とした座学だったのだ。もちろん、座学の講師は萩尾丸である。熱心な教師が使うような指示棒を片手に源吾郎たちに向き合う彼の姿は、小憎らしいほどに教師らしさに満ち溢れていた。時に源吾郎たち若妖怪を煽り散らし、かと思えば紅藤や峰白に対して忠臣ぶりを露わにする。長い年月を生きた天狗らしく、彼には様々な側面があるのだと、源吾郎は今更ながら思い知らされた。

 

「……付け焼刃の教育かもしれないけれど、どの道君らも本格的に勉強せねばならない事なんだ。八頭怪やら組織での裏切り者やらについては実に厄介な事柄ではあるけれど、君たちの勉強のきっかけをもたらしたと思えば、あながち悪い物でもないかもしれないね」

 

 指示棒の先を左手に押し当てながら、萩尾丸は告げる。その眼差しも物言いも物憂げで、源吾郎は何か見てはいけないものを見てしまったかのような気分になっていた。

 

「本来ならば、島崎君にしろ雷園寺君にしろもっと早めに教えておきたかったんだけどね。とはいえ、何かとイレギュラーな事が起きてしまったのも紛れもない事実だ。それに柔軟に対応していく事もまた、長い妖生《じんせい》では大切な事だからね」

 

 この萩尾丸の発言は、どちらかと言えば雑談の範疇に入るのだろう。そうであったとしても、含蓄と深みを伴っている所が萩尾丸らしかった。

 態度や言動に難のある萩尾丸であると言えども、彼もまた数百年の歳月を生きた妖怪、それも組織妖としても妖怪としてもかなり優秀な存在である。その彼の言葉に説得力があるのもまた、ごく自然な事であろう。

 ところが、源吾郎が雪羽と仲良く感慨にふけっている時間は短かった。神妙な面持ちで居並ぶ源吾郎たちを見て、萩尾丸がニヤリと笑ったからである。

 

「ああそうだ。明後日の昼一に、今回やった事の小テストをやるから、ね。選択式だなんて腑抜けた問題じゃあなくてちゃんとした記述式だから、君らの理解度も解るというものだろう」

 

 源吾郎たちの目の色が変わったのは、萩尾丸もきちんと解った所であろう。彼は喉を鳴らして笑うと、更に言葉を続ける。

 

「安心したまえ。君らの成績がどうであろうと、査定や給与に響く事は無いから。まぁあくまでも、僕らの方で参考にする程度なんだ」

 

 萩尾丸の方で参考にするのであれば、ちっとも安心できそうにないのだが。源吾郎は心の中でツッコミを入れていた。座学のテストの成績に関して、萩尾丸が参考にするのであれば、きっと紅藤にもその情報は共有されるであろう。

 そうでなかったとしても、成績によっては萩尾丸はその事をネタにし、源吾郎たちをからかうに違いない。そのような事が予測できるほどに、源吾郎も萩尾丸の妖となりが解るようになっていた。そして、そうした事を口にすればややこしい事になるという事もだ。

 そんな源吾郎であったが、隣に並ぶ雪羽の言動までは、予測できなかった。

 

「そんな、萩尾丸さん。座学だけじゃあなくてテストまであるなんて。しかも記述式なんですよね」

「ら、雷園寺……?」

 

 拗ねたように、不満げな様子で雪羽は声を上げたのだ。ぎょっとした源吾郎が呼びかけるも、その声は雪羽には届かなかったらしい。聞こえた上で聞き流されたのかもしれないが、詳細はもはやどうでも良い。

 萩尾丸の笑みが深まり、唇が弧のように歪む。厄介な事を招いたな。源吾郎は諦観交じりにそう思うのがやっとだった。

 

「おやおや雷園寺君。君はテストが嫌だと言いたいのかな」

「はい。嫌っすよテストなんて」

 

 もはやツッコミを入れる気力さえ無かった。そこは嘘でもいいから取り繕うべきだったのだ。第三者の目線に立ったうえで、源吾郎はそう思っていた。

 確かに、雪羽は思った事を率直に口にしてしまう傾向がある。だがそれにしても、今回の発言はいささか率直過ぎた。多少の賢さがあれば、萩尾丸にテストが嫌かと問われれば「そんな事はありません」と応じたのではなかろうか。

 源吾郎がつらつらと考えを巡らせている間に、萩尾丸は源吾郎たちを見下ろしてため息をついた。

 

「そうか。雷園寺君、君はテストが嫌なんだね。ああ、可笑しいねぇ。実に情けないねぇ」

 

 先程の当てつけめいたため息とは打って変わり、萩尾丸は生き生きと、さも楽しそうに言い放つ。雪羽は既に色めき立っていた。翠眼がギラギラと怪しく輝き、今にも放電し始めそうな気配すら見せている。

 物理的に産毛が逆立つのを感じていた源吾郎であったが、萩尾丸は笑みを崩さぬままに言葉を紡ぎ始めた。彼の笑みに不吉な物を感じたのは言うまでもない話だ。

 

「天下の雷園寺家次期当主を名乗る君が、たかだかテストごときを嫌だなんて言うとはねぇ。良いかい雷園寺君。勉強であれテストであれ、君くらいの歳頃の()()だったら、文句を言わずにこなしているんだよ。それも日常的に、ね」

 

 翠眼を怒りに燃やしていた雪羽の表情が一変する。人間、と萩尾丸が殊更に強調していた事が関与している事は明らかだった。源吾郎とは異なり、雪羽は純血の妖怪である。人間の事を積極的に嫌っている訳ではないが、人間よりも遥かに高等で高貴な存在であると雪羽は思っている節がある。萩尾丸はそこを突いたのだ。

 と、萩尾丸の視線が源吾郎に向けられた。

 

「島崎君。君は親元を出るまで人間として暮らして教育を受けていたけれど、僕が言う事に相違はないよね?」

「ええと……テストの事ですよね」

 

 想定していた事だというのに、いざ問われると言葉が上手く出てこない。どんくさいと思われていないかと気にしつつも、源吾郎は簡潔に問う。頷く萩尾丸の顔には笑みが浮かんでいたが、小馬鹿にしたような気配はない。源吾郎は安心して言葉を続けた。

 

「はい。勉強もテストも、僕たちはやって来ましたよ。昔はさておき、今は人間の子供たちは学校に通ってますからね」

 

 話が一区切りついた源吾郎は、一旦ここで言葉を切った。しかし、ふとある事を思い出し、更に言い足した。

 

「何となれば、僕くらいの年齢だったとしても、それこそ勉強したりテストを受けたりしている人間だって珍しくないでしょう。俺は早く独り立ちしたかったから高校を出てすぐに就職しましたけれど、高校を出てから大学に進む人間も多いんですから」

 

 源吾郎はもはや、雪羽がどんな表情を見せているかなどは気にしなかった。源吾郎はもうすぐ十九であるが、その歳で働いている人間は少なく、むしろ大学に通っている者の方が多い事は知っていた。源吾郎の通っていた高校は地味に偏差値が高く、高校を出たら普通に大学進学を考える生徒がほとんどだったのだ。

 もっとも、大学は勉強ばかりではなく「人生の夏休み」と称される程に遊びと娯楽に満ち満ちているという噂もある。だがそれは、今ここで萩尾丸や雪羽に告げる事では無かった。噂はあくまでも噂であるし、真実だとしても話がややこしくなるだけだからだ。

 大学の事について源吾郎が思いを馳せている間に、萩尾丸は雪羽を見つめ、彼に今一度声をかけていた。

 

「島崎君の話は聞いたかな、雷園寺君。そんな訳だから、君が日頃より下等生物だと思っている人間たちだって、そんな風に頑張っているんだ。だから――貴族妖怪の子息たる君も、テストごときで音を上げたりしないよね?」

「お、おう。勿論だとも!」

 

 先程とは打って変わり、雪羽の返事は実に威勢の良い物だった。

 二人の様子を眺めていた源吾郎の心中には、複雑なものがわだかまっていた。雪羽が手ひどい叱責を受けずに、テストを積極的に受ける気持ちになったのは良い事である。だが萩尾丸が雪羽の考えを誘導するにあたり、人間を引き合いに出したのが引っかかっていた。

 それもまた半妖の性、もっと言えば人間として暮らしていた時の名残なのだろう。そう思ってしまえばそれまでなのだが、源吾郎としてはそう思うのも何となく癪だった。自分は赤ん坊の頃から妖狐として生きているつもりだし、それは今も変わらない。

 何のかんの言いつつも、人間としての性や人間に肩入れしたい気持ちが源吾郎の中には残っている。それがモヤモヤした気持ちの正体だった。

 ともあれ、テストに備えなければならない事も事実である。ここ数日は忙しくなりそうだ。新しい護符の作成も試してみたいから尚更だ。すっかりやる気に満ち満ちた雪羽の隣で、源吾郎は静かに就業時間後の段取りについて考え始めていたのだった。

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