九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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休憩と世間話、そして九尾の血を引く来訪狐

「島崎先輩も、いや先輩だけじゃあなくて、人間ってのも案外難儀な物なんすかね」

 

 何処か神妙な面持ちで雪羽が言ったのは、昼下がりの事だった。より厳密に言えば、午後三時の中休みまであと数分ばかりという所だ。

 そんなタイミングで声をかけてくるのが、何とも雪羽らしい。源吾郎はそんな感想を抱いていた。彼なりに真面目に働いてはいるものの、休憩時間を前にして少し油断した気持ちが露わになってしまった。おおよそ雪羽が考えているであろう事が、源吾郎にも何となく解ったのだ。

 

「人間が難儀だって? ああそうか、さっきの勉強がどうって話の事かい」

「そうそう」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は勢いよく頷いた。彼なりに思う所があるのだろう、頷いている間に瞳孔がぎゅっと強くすぼまっていくのが、源吾郎には見えた。

 

「先輩は知ってるかもしれないけれど、俺はこれまでに学校みたいなところには通った所は無かったから……」

 

 雪羽はいつになくしおらしい様子を見せていた。それこそ、源吾郎が面食らって瞬きを何度か繰り返すくらいには。

 

「そんな事、別に気にしなくて良いんだよ。人間たちと違ってさ、子供の妖怪は、別に学校に通わなきゃならないってルールは無いんだろう? それに雷園寺が賢くて、俺の苦手な事とかも得意だって言うのは知ってるから」

 

 やんわりと、そして一言一句はっきりと意識しながら、源吾郎は言葉を紡いだ。人間に擬態して暮らす事の多い妖怪たちであるが、彼らの暮らしは人間のそれとは異なる部分も持ち合わせている。

 子供妖怪の教育方針に関しても、その最たるものであった。幼若な妖怪向けの教育機関もあるにはあるが、全ての子供妖怪がそこに通うわけでは無い。親族や群れ、あるいは一族の年長者などから、直々に教育を受けて育つ場合も珍しくない。人間社会で当てはめてみれば、貴族の子女が学園では無くて家庭教師にて勉学を教わるのとほとんど同じ事である。

 そして雪羽はというと、叔父夫婦やその配下から教育を受けた妖怪に相当する。保護者である三國と月華は雉鶏精一派の構成員として働いていたために、幼子だった雪羽を職場に連れてきていたのだそうだ。仕事と言えども、幼い雪羽をほったらかしにしていたのではない事は言うまでもない。仕事の合間に三國や月華、あるいは春嵐などが、彼に様々な事を教え込んだ事を源吾郎は知っていた。誰あろう、雪羽自身がその事を述懐していたのだから。

 それにだ。源吾郎自身、雪羽が賢くないとか愚かだと思った事は特に無かった。雪羽は雷獣ゆえに直情的で思った事を口にしやすい性質であるが、それを見て「愚かだ」と思うほどに源吾郎も馬鹿ではない。ただ単に、源吾郎の思考パターンと異なるだけなのだ。理屈を頭の中でこねくり回す源吾郎とは異なり、雪羽は直感で物事を判断しがちなだけである。そしてその直感は、往々にして当たるのだ。

 自分が理論派であれば雪羽は直感型、それも天才肌の気質がある――源吾郎は雪羽に対し、そんな風に思っていた。雪羽に直接言いはしないが、一目を置いている部分さえあったのだ。研究職の適性は雪羽の方が高いという面も含めて、だ。

 今一度、源吾郎は雪羽の様子を窺う。先程よりも表情は明るくなっていた。しかし素直に喜ぶべきなのか、若干躊躇っている気配もあるにはあった。雪羽は快活に、ともすれば粗暴に見える振る舞いを見せる事があるが、根はかなり繊細な少年なのだ。

 源吾郎は思案顔で息を吐き出し、ややあってから言葉を続けた。

 

「ま、そんなに深く考えなさんな。テストのやり過ごし方とかさ、俺が学生時代の事を思い出して、雷園寺君にアドバイスしようと思ってるから。教え方は保証できないから、そこだけは勘弁してほしいかな」

「先輩がテストの事を教えてくれるの? やったぜ」

 

 目線を上げた雪羽は、あからさまに明るい表情になっていた。その面は喜色に満ち満ちていたのである。喜んで元気になったのは良かったのだが、ここまで喜ぶとは予想外である。

 源吾郎は咳払いをして居住まいを正した。さも先輩であるように見える事を意識しながら、だ。

 

「ほらさ、前に妖怪社会での暮らしの事とかを雷園寺君から教えて欲しいってお願いしただろう。それのお返しみたいなものさ。知っての通り、俺は人間社会に詳しいから……」

「あははっ。それのお返しって事で考えていたんだ。本当に、島崎先輩って律義っすねぇ」

 

 そう言って笑う雪羽の姿は、すっかり普段の元気な彼の姿そのものだった。直後、手許にあるIP電話が着信音を放ち、それと重なるように休憩開始のチャイムが鳴り響いたのだった。

 

 中休みが終わるや否や、青松丸が源吾郎の許に近付いてきた。彼はにこやかな表情で手招きするだけだったのだが、源吾郎は不思議に思い、ついで少しばかり緊張し始めていた。萩尾丸に呼び出しを喰らう事はままあるが、青松丸から呼び出しを受ける事は珍しかったためだ。

 

「青松丸先輩。一体何事でしょうか」

 

 源吾郎が問うと、青松丸の笑みは困ったような笑顔へと変貌した。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫。別に、そんなに大した事じゃあないからさ。ただね、君に会いたい妖がいるって言うだけの話さ」

「僕に会いたい妖がいるって言うだけって……まぁまぁ大した事じゃあないですか」

 

 青松丸の言葉に、源吾郎は思わず声を上げていた。周囲に気を配り、小声であったとしても、だ。

 源吾郎に会いたい妖怪がいる。青松丸は気軽に言ってはいたものの、結構重要な事であると源吾郎は判断していた。今までに源吾郎とのコンタクトを図った妖怪たちの多くが、地位のある妖怪だったからだ。そもそもからして、妖怪としての島崎源吾郎は玉藻御前の曾孫である事が知れ渡っている。普通の妖怪が、気軽に会いに行くという事は無いのだ。ましてや個妖的な事ではなく、雉鶏精一派に連絡を入れるのならば尚更だ。

 

「それにしても、一体どのようなお方が僕に会いたがっているんです?」

 

 青松丸を見据えて源吾郎は問う。若菜や伯服、そして玉面公主の顔が脳裏に浮かんでいた。いずれも強大な妖力と揺るぎない地位を持つ大物揃いだった。

 

「島崎君。この間双睛鳥君が、邪教集団に奇襲攻撃を仕掛けたって話は覚えているかな? その時に、その場所に妖狐の血を引く留学青年がいてね。その子が今回、島崎君に会いたいと言ってるんだ」

「そう言えば、そんな話もありましたね」

 

 記憶の引き出しをまさぐりながら、源吾郎は呟いた。

 

「確かその留学生の方って、僕の親族か何かだって話でしたっけ。親族と言っても、従兄弟とかはとこなんかじゃあなくて、かなり遠縁のようですが」

「そうそう。その通りだよ島崎君」

 

 源吾郎の言葉に頷く青松丸は、何処か興奮した気配を見せていた。喜んでいるのか驚いているのかはいまいち定かではないが。

 

「双睛鳥君の話によると、趙君も玉藻御前様の末裔らしいんだ。厳密に言えば、伯服様の一族の者なんだって」

 

 伯服とは玉藻御前の息子であり、源吾郎から見れば大伯父に当たる存在だった。その伯服の子孫であるならば、まぁ確かに源吾郎の遠い親族とも言えるだろう。

 

「大伯父様の子孫なら、確かに僕の親族になるんですかね。しかし青松丸様。何だって趙さんは僕にお会いしたいと思われたんでしょうか」

「それはやっぱり、趙君も島崎君に会いたいと思ったというのが第一の理由じゃないかな」

 

 禅問答ですか、青松丸先輩。真面目な調子で返す青松丸を前に、源吾郎は思わずツッコミを入れそうになった。しかも萩尾丸とは異なり、すっとぼけたりからかったりする気配がないからある意味性質が悪い。

 源吾郎のじっとりとした視線に気づいたのだろう。青松丸が真面目な表情を作った。

 

「ああごめんね島崎君。煙に巻くような物言いになってしまったかな。だけど趙君もまだ若いし学生なんだ。伯服様や玉面公主様みたいに、政治的な思惑があるというわけでは無いと、僕は思うんだけどね」

 

 それはそうかもしれない。青松丸の言葉には説得力があると、源吾郎は静かに思っていた。大伯父である伯服と、大伯母である玉面公主が、それこそ政治的な思惑で雉鶏精一派に接触したのを知っているためだ。何となれば、青松丸もその場にいたわけであるし。

 

「きっと趙君は、自分と同い年で玉藻御前の血を受け継いでいて、それで就職して働いている島崎君の事が気になって、それで会って話したいと思ったんだろうね」

「言われてみればそんな感じもしますね」

 

 相手は留学生で大陸の玉藻御前の末裔と言えども、同い年の若者なのだ。そんなに気負う事もないのかもしれない。青松丸の穏やかな物言いも相まって、源吾郎はそう思い始めていたのだった。

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