九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 天狗に煽られ思いを馳せる

 青松丸の話によると、留学生の趙君は木曜日の午後から雉鶏精一派の本部を訪れるという事であった。従って、源吾郎もまたその時には本部に出向かねばならない。とはいえ、その際は紅藤か萩尾丸が同行してくれるので、輸送に関する心配は特に無いのだが。

 それよりも源吾郎が気になったのは、趙君との会合が午後から始まるという点だった。社会妖《しゃかいじん》同士での面談や会合ならば、午前中から始まる事も珍しくはない。午後からという点に何か意味があるのだろうか。そんな風に思い始めていたのだ。

 そんな源吾郎の疑問についても、青松丸はさらりと説明してくれた。

 

「趙君は学生さんだからね。朝は講義があるけれど、午後からは受けないといけない講義が無いから、雉鶏精一派にやって来る事が出来るって事なんだ」

「そう言う事、だったんですね」

 

 午後には講義が、要は授業の類が無い。青松丸の言葉を、源吾郎は頭の中で反芻していた。兄姉らは大学に通っていたので、大学の授業のシステムについては何となく知っている。高校までと違って、学生の方で受ける授業を選べるという話も、いつだったか教えてもらったような気もする。

 それでも、改めて青松丸から話を聞いても、上手く実感を持つ事が出来なかった。

 

「ははは。島崎君は高校を出てすぐに就職したから、大学について詳しくないのはごく自然な事だろうね」

 

 考え込んでしまった源吾郎の耳に、笑い声が突如として入り込む。声の主は萩尾丸だった。源吾郎はだから、多少気を悪くしたが驚きはしなかった。いかにも彼がやりそうな事だったからだ。

 

「君の事だ。きっと高校に通っていた頃も、大学や進学の話が行われても聞き流すか出席しなかったのどちらかだったんじゃあないかな」

「高校二年までは真面目に聞いていましたよ」

 

 萩尾丸の術中にはまったのだ。その事に源吾郎が気付いたのは、口を尖らせて反論した直後の事だった。ニヤリと笑った萩尾丸の表情から、彼の考えが察せたのだ。

 

「いけないなぁ島崎君。その頃から君は、高校を出て雉鶏精一派に就職するつもりだったのは僕も知ってるよ。しかしだからと言って、自分に関係のない事を()()と切り捨てる態度は如何なものかと思うけれど」

 

 にやにや笑いにカモフラージュされているものの、萩尾丸の言葉と眼光は鋭かった。その鋭さに怯みつつも、源吾郎は唇を震わせて言葉を紡ぐ。

 

「お、仰る事も一理あるとは思いますよ。ですが萩尾丸先輩。合理的に物事を進める事も、とても大切な事だと僕は思うのです。それこそ、無駄な事に多くの時間を費やしてしまって、本当にやらなければならない事に時間を割けなければ本末転倒ではありませんか」

 

 萩尾丸だって、合理的に物事を進める事を良しとしているのではなかったか――心の中で言い足しながら、源吾郎は萩尾丸をぐっと見据えた。

 案の定と言うべきなのか、萩尾丸は源吾郎の言葉に怯まなかった。それどころか、彼の面に浮かぶ笑みに変化すらもたらさなかった。

 

「時間は有限で、だからこそ合理的に考えなければならない。実に()()()な考えじゃあないか、島崎君」

 

 笑顔のままに放たれた萩尾丸の言葉に、源吾郎の瞼がピクリと動いた。人間的な考え。その言葉が源吾郎を動揺させたのだ。自身が半妖であり、人間に近しい暮らしを営んでいたと解っているにも拘らず、だ。

 萩尾丸さん。控えめな声が源吾郎の鼓膜を震わせる。これまで黙って萩尾丸と源吾郎の言葉に耳を傾けていた青松丸が、見かねた様子で声をかけていた。

 

「お言葉ですが、あんまり島崎君をからかっては可哀想ですよ」

「からかうとは心外だなぁ。僕はただ、思った事を素直に口にしただけなんだけど」

 

 萩尾丸はそこまで言うと、そのまま源吾郎たちからすっと離れていった。何のかんの言っても、僕にもやる事はあるからね。聞こえよがしにそんな事を言いながら、である。

 しばし無言で見つめ合っていた源吾郎たちであるが、少ししてから青松丸が口を開いた。

 

「島崎君。さっきの萩尾丸さんのお言葉は、あまり気にしないように、ね」

 

 流石に萩尾丸に聞かれてはマズいと思ったのだろうか。青松丸はいつもよりも小さな声で囁いた。

 源吾郎は素直に頷いた。青松丸はそれを見ると、何故か静かに微笑んだ。

 

「島崎君ももう知ってると思うけれど、あのお方は力量のある妖怪に対しては少し厳しく接する事があるんだ。妖怪としての力量や、潜在能力を伸ばせるだけ伸ばしたい。そんな風に思っておいでだからね。

 そう言う意味では、島崎君に対して厳しく接するのも、無理もない話かもしれないね。ああもちろん、雷園寺君もそうだけど」

 

 源吾郎は神妙な表情で青松丸の言葉に耳を傾けるだけだった。

 先の青松丸の言葉は、暗に源吾郎が優秀な若妖怪である事を示していた。三段論法的な結論に気付いていた源吾郎であるが、浅はかに浮かれる事は無かった。その事を語る青松丸が、遠い昔を思い出すような、何処か切なげな表情を浮かべていたからである。

 青松丸は萩尾丸を兄のように敬愛しているし、萩尾丸も何だかんだ言いつつも青松丸を弟分だと見做している。かれこれ三百年近く一緒にいるという事であるから、萩尾丸と青松丸の間にも、色々な事があったのだろう。

 

「……ま、まぁ、萩尾丸先輩は妖材《じんざい》教育が大好きなお方ですからね。何だかんだ言いつつも、教育する妖怪たちや部下の事は大切になさっているみたいですし」

 

 しばし考えたのち、源吾郎は無難な言葉を口にした。言動には難のある萩尾丸であるが、しかし実の所仲間や部下を大切にしている事は、源吾郎も薄々ながらも解っていた。

 優秀な妖怪の能力を伸ばす事に腐心している萩尾丸であるが、だからと言って雑魚妖怪などと称される能力しかない若妖怪を粗末に扱う事は決して無い。彼らには多くを望まずとも、それでも社会妖《しゃかいじん》としてやっていけるように育て上げているのだという。

 それに実のところ、萩尾丸の部下の中には彼に忠義を尽くす者もいるという。側近は言うに及ばず末端の若妖怪であってもだ。

 そもそもからして紅藤からの信頼も篤く、また彼女の息子である青松丸からも兄のように慕われている。そうした他の妖怪たちとの関係を鑑みると、萩尾丸はやはり仲間思いの妖怪なのだろうと思う他ないのだ。紅藤とは異なり、素直にそう思うのは難しいが。

 

 さて源吾郎があれこれ思案している事が、青松丸にも伝わってしまったのかもしれない。彼はもう一度はっきりと笑みを作ると、源吾郎の肩に手を添えた。青松丸の手指は思いがけぬほど熱く、そして力強い感触をもたらした。

 

「島崎君。ともあれ明後日はそんなに気負わなくて大丈夫だと僕は思うよ。さっきも言ったとおり、趙君も特段政治的な思惑があるって感じでも無さそうだし。聞けば趙君も島崎君とほぼ同じ歳だってことだから、仕事の事とか難しい事とか忘れて、若い子同士楽しい交流会になるんじゃあないかな」

「わ、若い子、ですか」

 

 朗らかに語る青松丸を前に、源吾郎の顔が思わず引きつった。若い子、と青松丸に言われた事に、何となく引っかかるものを感じてしまったのだ。

 もちろんそんな源吾郎の心境には青松丸も気付いていた。朗らかな笑みを崩さぬままに、彼は言葉を続ける。

 

「うん。僕にしたら島崎君は十分若い子になるってば。確かに僕はこんななりだし子供とかもいないけれど、島崎君のお母様とは実は同年代なんだよ?」

「確かに……言われてみればそうですね」

 

 青松丸は源吾郎の母と同年代である。そう言われると、先程の若い子発言もそれほど不自然なものだとは思わなかった。それこそ、青松丸にしてみれば源吾郎などは息子のような存在と見做せるのかもしれないという考えに至ったためである。

 もっとも、青松丸は独身であり、実の子はいないらしいのだが。

 

 木曜日。結局のところ、源吾郎は紅藤に連れられて本部に向かう事になった。紅藤もまた研究センターの長として、というよりも源吾郎の直属の上司として、趙君との顔合わせを望んだためである。相手は文系の学生だという事だから、まさか研究センターに勧誘するという事は無いだろうけれど。

 

「紅藤様に島崎君。お疲れ様です」

「双睛鳥君もお疲れ様」

 

 本部のエントランスにて紅藤たちに声をかけたのは、第七幹部の双睛鳥だった。紅藤や源吾郎の姿に気付くと、懐っこい笑みを浮かべて手を振っている。彼もまた、趙君との面談に参加するつもりなのだろう。彼の口からはまだ何も語られていないが、源吾郎は半ば反射的にそう思っていた。

 若い子同士の気軽な面談だと聞いていたけれど、案外気軽な物では済まないのかもしれないな。笑い合う紅藤と双睛鳥の姿を見やりながら、源吾郎はそんな事を思っていたのだった。

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