九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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狐たちの語らい、化鳥のヘッドハンティング

 それにしても。黄金色の二尾を小刻みに震わせている趙君を見やりながら、源吾郎は静かに口を開いた。

 

「趙さん。本日は遠縁と言えども同族であるあなたにお会いできて本当に嬉しいです」

 

 本当は、趙君のテンションがやたらと高い事について聞いてみたかった。だが結局のところ、源吾郎が口にしたのは当たり障りのない挨拶に過ぎなかったのだ。

 若き同族を前にして、そんな事しか口に出来なかったのは、源吾郎がビジネスマンとしての立ち回りを理解したからではない。ただ単に、紅藤の視線の鋭さに怖気付いただけに過ぎなかった。

 実のところ紅藤は、趙君に対して源吾郎と同じくらい関心を抱いているようだった。表向きは落ち着いた素振りを見せているが、内心ワクワクしているであろう事は源吾郎には容易に察する事が出来た。そしてだからこそ、源吾郎が妙な言動をしないか目を光らせてもいたという訳だ。

 

「嬉しいのは僕も同じです、島崎さん」

 

 趙君はそう言って微笑む。その笑みと言葉に、源吾郎はまたしても驚いてしまった。先程までのはしゃぎぶりとは打って変わり、落ち着いたトーンだったからだ。いっそ物寂しげでさえあった。

 

「確かに僕は、妖狐の先祖の血を引いてはいます。しかし、両親も親戚たちも普通の人間とはほとんど同じだったので……」

 

 そう語る趙君の顔には、もはやはっきりと寂寥の色が滲んでいた。

 それならば、趙さんもお寂しいでしょうね。源吾郎は心の中で思ったが、口には出さなかった。口にしたとしても、趙君の思いには寄り添えないと悟ったためだ。

 伯服の一族にのしかかる呪いは悪辣で強大だ。何しろ妖狐の血が濃く、あるいは強い力を持った子孫たちは、若くして苛烈な死を迎えるという末路が待ち受けているのだから。それ故に、人間の血が濃く、尚且つ妖怪としての力の弱い者しか生き残れないのだ。

 弱冠十九にして二尾の趙君も、もしかしたら一族にのしかかる呪いを恐れているのかもしれない。源吾郎としては、()()()()ならば神経質にならずとも大丈夫な気はしているが。

 更に言えば、彼は中国の出身である。先程親族と言っていたが、一人っ子政策などの影響で、兄弟姉妹どころか伯父伯母やいとこなどもいないのかもしれない。

 そんな事をつらつらと考えていると、趙君が口を開いた。

 

「あの、島崎さんにはご兄弟っているんですか?」

「あ、はい……? 僕は末っ子なので、兄姉たちがいるんです」

 

 問いかけに半ば反射的に答えた。それから一呼吸置き、源吾郎は言葉を続ける。

 

「厳密に言えば、兄が三人と姉が一人です。なので実は、四男ですが五番目の子供に当たるんです。だから源吾郎と名づけられました」

 

 兄弟の構成とおのれの名前について説明を終えると、源吾郎はうっそりと笑った。

 ()男なのに源()郎。これは、彼の持ちネタのような物だった。大体においてウケる事が多いネタであるが、眼前の趙君に通じるかどうかは定かではない。

 しかし、趙君の目つきが先程とは一変した。今やキラキラと輝く瞳は、さも興味深そうに源吾郎を見つめている。

 

「啊《ああ》。島崎さんには、たくさんのご兄弟がいるんですね。もしかして、他のご兄弟も――」

「いいえ」

 

 趙君の言葉を遮り、源吾郎は首を振った。全て聞き終わらずとも、彼が問いかけようとしている事はおおよそ見当がついていた。

 

「妖狐としての特徴が強く出たのは僕だけです。兄姉たちも確かに半妖ですが、彼らは人間として暮らしています。心も身体も人間に近いですからね」

 

 やはり趙君は、源吾郎の兄姉らが妖狐に近いのか人間に近いのか問いただそうとしたのだろう。源吾郎の言葉に、彼は興味深そうな表情を見せていた。但し、純粋な知的好奇心というにはいささか物憂げな面持ちではあったが。自分の境遇を憂いているのか、兄弟の中で唯一妖狐らしさの強い源吾郎の事を憐れんでいるのか、その辺りは定かではない。

 そんな事を思っている所で、それまで黙っていた紅藤たちから簡単な説明が差し挟まれた。説明とは源吾郎の出自や境遇、そして半妖としての血の濃さなどの事である。ともすれば紅藤たちの方が、源吾郎よりも源吾郎の出自や血の濃さについて詳しいような気もしたが、それは長い年月を生きる妖怪だからなのだと思う事にした。実際問題、紅藤は祖母の代から源吾郎の一族を知っているのだから。

 そして肝心の趙君はというと、半妖としての源吾郎の話に興味津々だった。特に妖狐の血が二十五パーセントだと聞いて驚いていたのだ――半妖でも()()()()()()()のだ、と。

 実を言えば、趙君がその事に驚いたという事に源吾郎も驚いていた。半妖第二世代であるから、自分はもはや妖狐の血が薄いと思っていたからだ。

 

 そこから更に三十分から小一時間ほど、源吾郎と趙君は面談と楽しんだ。

 楽しんだというほどであるから、面談はそれほど堅苦しいものでは無かった。互いの妖怪的な出自を語りあった後であるから、後は自分たちの暮らしについて話し合い、情報交換したようなものだ。いっそ世間話や雑談めいていたかもしれない。

 いずれにせよ、趙君の暮らしぶりについては源吾郎も興味深いものだった。就職し仕事に明け暮れる源吾郎とは異なり、趙君は大学生である。大学生がいかなる生態を送っているかは何となく知っていたが、それでも実際に話を聞くのは面白かった。

 一方の趙君も、早くも勤め妖《にん》になった源吾郎の暮らしについて興味深く聞いてくれたようだ。

 

「趙君。今日はありがとうね」

 

 ひととおり源吾郎たちの歓談が終わった所で、双睛鳥が趙君に話しかけていた。その眼差しは穏やかであり、何処か親愛の情さえ滲んでいた。趙君もまた、そんな彼の眼差しを受けて、穏やかに微笑んでいる。

 

「君も学生として忙しいだろうに、わざわざ時間を割いて来てくれるなんて……僕たちは嬉しく思っているんだ」

 

 そこまで言うと、双睛鳥はいたずらっぽい笑みでもって源吾郎を見つめた。

 

「もちろん、僕らの中で一番嬉しく思っているのは島崎かもしれないけどね」

 

 これは双睛鳥様なりのジョークなのだろうか。微妙な表情を浮かべてしまった源吾郎であるが、趙君は軽く微笑んだだけだった。そしてその趙君も、次の瞬間には改まった、生真面目な表情を見せた。

 

「双睛鳥さん。学生生活で忙しいのは、実はそんなに気にしていません。それよりも、僕は……」

 

 趙君は何かを言いかけた。だが途中で唇をもごつかせるだけで、最後まで言い切る事は無かった。

 そんな状況であったが、彼はふと顔を上げ、双睛鳥と紅藤、そして源吾郎を交互に見やった。

 

「いえ。雉鶏精一派も大変な局面にあるのだなと、その事はひしひしと感じました。何しろ、あの得体の知れない邪教徒などと、闘わねばならないのですから……」

「別に今は、そんな事は気にしなくても良いんだよ、趙君」

 

 趙君の言葉に応じたのは、やはり双睛鳥だった。今は陽気な雰囲気に傾いているのか、その面には始終笑みが浮かんでいる。

 

()()君は学生さんだし、雉鶏精一派を知っているというだけで正式な構成員でも無いでしょう。現時点では、あいつらみたいな邪教集団との闘いは僕たちに任せて。趙君は趙君で、特に愁いたり悩んだりせずに、学生生活を送っていれば良いんだよ。

 何、君ならば十分自分の身を護れると思っているよ。何せあの場でも、仲間を護るほどの余裕があったんだからさ」

「謝謝《ありがとうございます》、双睛鳥様……」

 

 感謝の意を述べ、趙君は首を垂れていた。

 さも良い事を口にしているかのような双睛鳥であるが、源吾郎は実の所彼の言動にいくばくかの違和感を覚えていた。それが何であるかは解らないのだが。紅藤は涼しい顔で黙っているだけだから尚更だ。

 趙君が顔を上げた所で、双睛鳥は更に言葉を続ける。

 

「ねぇ趙君。もしも雉鶏精一派に入りたいというのなら、その時はいつでも連絡を頂戴ね。まぁ今は、うちも何かと忙しいし君を巻き込みたくないから、募集は受け付けていないけどね」

「……趙君は大学生ですから、正式に就職するとなると二年後になるかもしれませんが。留学生でもありますし、在学中に就職したら、色々とややこしいかもしれないもの」

 

 ヘッドハンティングとしか聞こえない双睛鳥の言葉に、紅藤が涼しい顔で言い添えている。源吾郎の事は高校生だった頃から何かと勧誘していた紅藤であるが、趙君に対しては大学を出てからと言っているのが何となく可笑しかった。いやもしかしたら、源吾郎への早すぎる勧誘ゆえの言葉なのかもしれないが。

 と、双睛鳥の顔から笑みが消える。真面目な表情と眼差しで、彼は趙君を見つめていた。

 

「趙君。君も不安を抱えている所もあるかもしれないけれど、あまり心配しなくて良いんだよ。奇しくも僕は呪詛や呪物に詳しいからね。もしかしたら、君が恐れている呪いについても、上手く対処できるかもしれないんだ……」

 

 双睛鳥の表情は真剣そのものであり、そこはかとない優しさも滲んでいた。

 その表情を見た源吾郎は、なぜ彼が趙君をヘッドハンティングしようとしたのか、何となく解った気がしたのだ。

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