九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 結構強めの残酷描写がございますのでご注意くださいませ。


山鳥娘と雉仙女の息子

 紫苑の挑発に応じたのは、青松丸ではなくてむしろ双睛鳥の方だった。コウモリめいた両翼を広げた彼の全身から、薄紫の妖気が煙のように漂っている。更には蛍光色の羽毛が逆立ち、今にも本体から離脱せんとしていた。

 淘汰圧によって弱毒化した個体であると言えども、双睛鳥は立派なコカトリス、それも大妖怪に匹敵する力を持つ魔物である。怒気と共に放たれた妖気は並の妖怪ならば昏倒させ、多少強い妖怪であっても動きを止める程の毒気を伴っていた。

 とはいえ、この場にいるのは並の妖怪ではないし、多少強い妖怪でもない。紫苑はただ、不愉快そうに顔をしかめただけだったのだ。

 

「このメンドリが、青松丸様を愚弄するとはどういう了見なんだい。このお方は、胡琉安様の半兄であらせられるんだぞ!」

「双睛鳥君、ちょっと……」

 

 啖呵を切る双睛鳥を、青松丸は半ば困惑しながら宥めた。自分は確かに紅藤の息子であるし、胡琉安の半兄でもある。しかし自分には胡喜媚の血は流れていないし、それほど優秀な妖怪という訳でもない。

 双睛鳥は自分や胡琉安を慕っているようであるが、それでも先の啖呵は気恥ずかしかった。

 

「青松丸が胡琉安の半兄である事は私も知ってるわよ。それで言えば、私もあのオンドリの従姉だものね? 胡喜媚の血が流れていない事も共通しているわ」

 

 結局のところ、何処まで言っても血縁同士の争いなのだ。青松丸がそう思っている間にも、双睛鳥は言葉を続ける。表向きではあるが、少しばかり冷静さを取り戻した態度と表情だった。

 

「一つだけ、あんたたちに聞きたい事がある」

「そんな怖い顔をして、一体何が気になるのかしら、オンドリちゃん」

 

 応じる紫苑の言葉は軽く、皮肉に満ち満ちていた。山鳥女郎によく似た声音と口調である事に気付き、青松丸は軽い眩暈さえ覚えてしまう。

 そんな青松丸の心境をよそに、双睛鳥は言葉を続けていた。

 

「あんたたちが集めた連中には、自爆用の呪文を教えていたみたいだけど、それはどういう意味なんです? 奴らは、曲がりなりにもあんたらを慕って、同意しているからこそ集まっていたのではないのですか?」

 

 双睛鳥の声は所々で上ずり、また時に裏返りすらしていた。信者として集めた者たちを雑兵にし、のみならず捨て駒として利用しているだけなのではないか。直截的な物言いではないが、双睛鳥はそのように問いかけていたのだ。

 紫苑はにっこりと微笑み、小首をかしげた。

 

「あらあら、生態兵器だったコカトリスの王子様は、昔の事を思い出して、懐かしく思ってくれたのかしら?」

 

 紫苑が言い終えるや否や、双睛鳥の口からは咆哮が、そして全身からは爆発的な妖気が迸った。もはや鳥類の啼き声などではなく、いっそドラゴンの吠え声のごとき咆哮である。

 中級妖怪クラスの妖力を具えている夜鷹ですら墜落せしめるほどの妖気を上げながら、双睛鳥は正面から紫苑へと向かっていった。飛ばずに走って向かったのは、やはり空を飛ぶのを得意としていないからであろう。コカトリスはコウモリの翼や猛毒などの一部の特徴を除けば、おおよそキジ科の鳥とよく似た体型だったのだ。要するに、空中戦を苦手とし、地上戦を得意とするという事だ。

 

「貴様ら、仲間を利用して、それも騙して捨て駒にするとは赦せない! 殺す、殺してやる!」

 

 咆哮の合間から、双睛鳥の叫びが聞こえてくる。何も知らぬ者を道具として使い、使い潰して使い捨てる。双睛鳥にとっては最大の地雷であり逆鱗でもあった。過去の境遇ゆえの事だ。

 更に言えば、双睛鳥はかなり情緒不安定な若者でもある。普段は飄々とした態度を見せているのだが、すぐに憂鬱に沈んでしまう事もあるし、憤怒に呑まれて我を忘れる事もある。しかもちょっとやそっとの事では怒る性質ではないため、怒りが爆発した時は中々恐ろしいのだ。

 さて青松丸はというと、若き第七幹部が裏切り者の山鳥女に向かっていくのをしばし眺めていたが、それから視線を逸らし、明後日の方向を見やった。

 それから彼は、右の翼を虚空に振り抜いた。獣の前足と異なり、鳥の翼には指や爪もなく、武器として使う事は難しいと思われがちだ。だが実際には、拳骨として相手を殴打する事も可能である。鳥妖怪、特にキジ科の鳥妖怪にしてみれば、極めて原始的な闘い方ではある。雉妖怪たる青松丸は、もちろんその術と威力を把握していた。

 がつっ、という重い音と共に、翼の先に確かな手ごたえを感じた。青松丸が攻撃を受け止めたという何よりの証拠だ。

 実際には手ごたえだけではなかった。羽毛が五、六枚不自然に舞い、翼の先に小さくも鋭い痛みが走った。痛みの起点から、血が流れ始めている事に青松丸は気付いていた。そんなものは些事であるが。

 青松丸が視線を向けたのは、おのれの翼の先である。そこには、さも当然のように紫苑の姿があった。双睛鳥が襲い掛からんとしていた方の紫苑は、分身か幻影の類だったのだ。本体の方は幻術で身を隠し、その上で奇襲攻撃を目論んでいたのだ。現に、青松丸の翼の拳骨は、紫苑のローキックを防いでいた。

 完全に本来の姿に戻っている青松丸たちと異なり、紫苑は未だ人型を保ってはいる。それでも先の攻撃は本気であろう事は、彼女の足先を見れば明らかだ。彼女の足先は、ローキックを放った右足も軸足たる左足も、どちらも山鳥本来のそれに戻っていた。青松丸が受け止め、翼の一端を切り裂いたのは、ウロコに覆われた足先にある鋭い爪だったのだ。

 メス山鳥ゆえに蹴爪は無いものの、普通の妖怪ならば首筋だろうと腕だろうとすっぱりと切り裂かれていただろう。彼女の爪は鋭く、そもそもかなりの速度を伴っていた。

 

「いつから幻影とすり替わっていたんですかね……と言っても、教えてくれそうにはないですが」

 

 青松丸の言葉に、紫苑は僅かに口角を上げた。中々やるじゃないの。先の問いには応じず無言のままであるが、心の中でそう思っているであろう事が感じ取れた。

 

「ふん、最近は外様天狗の腰巾着に成り下がってると思っていたけれど、実力は鈍って無いようね。腐っても胡琉安の兄、そして雉仙女の長男って所ね」

 

 だけど――思わせぶりな様子で紫苑が言うや否や、すぐ傍で橙色の閃光が迸った。双睛鳥が襲い掛からんとしていた、紫苑の分身だか幻影だかが大音声と共に爆発したのだ。

 青松丸の注意は、一瞬ながらもそちらに向けられてしまった。もちろん、紫苑の動向には注意を払っていたつもりではある。それでも青松丸に隙が生じた事には変わりはない。

 ひといきに跳躍した紫苑の蹴りが、青松丸の胸に文字通り突き刺さった。

 突き刺さっているのは小指の爪であるが、それは肉どころかその奥にある臓腑をも貫いていたらしい。呼吸の度に口と鼻からは血が逆流してきたのだから。

 紫苑はそのまま、いやにゆっくりとした動作で右足を上げ、それから勢いよく引き抜いた。双睛鳥の切羽詰まった悲鳴が聞こえ、無事だったのだと安堵した。彼の悲鳴は苦痛の声ではなく、青松丸の姿を見たが故の物だと解っていたからだ。

 一方の青松丸は、紫苑の蹴りを一発喰らっただけで満身創痍の様相を見せていた。胸から喉まで肉をざっくりと引き裂かれ、そこから鮮血と共に内部に収まっていた物たちがまろび出ていた。

 もちろん、紫苑の足も青松丸の血で濡れそぼっていた。のみならず、ウロコに覆われた足と鋭く尖った爪の先には、血管や神経の束、更には千切れた臓物などが絡まって引っかかっていた。

 不規則な呼吸の度に、青松丸は喀血してしまった。そんな彼を、紫苑は冷めた目で見つめ返すだけだった。

 

「青松丸。まさかその程度で終わりなんかじゃあないわよね?」

「も……もち、ろん……だ」

 

 呼吸さえ怪しい状況ながらも青松丸は返答した。それから首周りの羽毛を逆立て、羽ばたく鳥のように両翼をぐっと伸ばす。

 次の瞬間、青松丸の負っていた傷がことごとく修復されていった。動画の逆再生を、それも猛スピードで行っているかのような情景である。

 結局のところ、青松丸は五体満足の、傷一つない肉体へと戻ったのだ。所要時間は一秒にも満たないであろう。

 

 無限の妖力と多彩な妖術。そして無尽蔵の妖力に裏打ちされた不死身の肉体。これらの能力ないし才覚を持ち合わせているのが、青松丸の母親である紅藤だった。そして青松丸は、母から驚異的な再生能力と半不死の体質を受け継いでいたのだ。

 確かに青松丸の戦闘センスはそれほど良い物ではない。母の義姉である峰白や、兄代わりの萩尾丸の足許にも及ばないのだから。しかし泥臭いながらも、半不死の能力を以てすれば、敵を圧倒出来る事を青松丸は知っていた。

 何しろ、ダメージを負う事や疲労の蓄積などを何も考えずに、長期戦に持ち込む事が出来るのだ。相手の攻撃を受けたり受け流したりしながら何度も立ち向かい、逆に相手が心身ともに疲弊するのを虎視眈々と待つ。

 今では滅多に闘う事のなくなった青松丸であったが、おのれの体質を活かした恐るべき戦法は、今でもちゃんと活きていた。

 

 さて紫苑はというと、青松丸が復活したのを見ても、それほど驚きはしなかった。長らく雉鶏精一派に所属し、のみならず胡琉安の妻にと目されていた妖物でもある。青松丸の並外れた再生能力についても、もちろん彼女は把握していた。だから彼女は驚かず、むしろその顔に笑みを浮かべてすらいたのだ。

 そしてその笑みは、先程までの笑みとは異なっていた。血みどろの戦場にはそぐわない、やけに晴れやかな笑みだったのだ。

 

「そうよ、そう来なくっちゃね青松丸。雉仙女の息子にして寵児でもあるあんただもの、生半可な力じゃあないって事を八頭怪や山鳥女郎、いいえこの私に示してごらんなさい! ああだけど、不死の能力を呪わしく思うほどにこちらも叩き潰してあげるけどね」

 

 ときを告げるオンドリのように紫苑は言い放った。青松丸は彼女の言葉にいくばくかの違和感を覚えたが、既に思考は戦闘モードに切り替わっていた。

 轟音と共に地面が揺れたのは、紫苑と青松丸が本来の姿でぶつかり合った直後の事だった。上空では稲妻が何度もひらめき、屋敷の屋根や壁などに降り注いでいる。

 雉鶏精一派の幹部たちと、邪神の遣いたる八頭怪との闘いは、いよいよ本格的な物となり始めていた。

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