九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 暴力描写があるのでご注意願います。


ヤツガシラ 本性晒して相争う

 異形そのものの姿を晒す八頭怪の傍に、音もなく近づいてくるものがいた。それは一羽の小さなコウモリである。妖怪化している訳ではなく、何者かの眷属という訳でもない。本当に、普通の獣、普通の動物としてのコウモリが、吸い寄せられるように八頭怪の傍へと飛んできたのだ。

 と、八頭怪の一首が胸元の羽毛を引き抜き、コウモリに向かって抜いた羽毛を吹きかけた。

 誰かが声を上げたようだが、それが誰だったのかは定かではない。そんな事よりも、誰もがコウモリの身に起きた変化を凝視していた。

 羽毛に触れたコウモリは、そのまま失速して地面に落ちた。落ちてからしばらくの間はもがいていたが、その動きも瞬く間に弱々しい物に変化していった。

 これは別に、八頭怪の羽毛に毒があり、その毒にあてられたという類の事ではない。それよりも恐ろしい事が、コウモリの身に起きていたのだ。

 飛んでいたコウモリは、その挙動からも時期的にも考えて成獣だった。そして地面に落ちるや否や、成獣から幼獣、幼獣から新生児と、数秒の間に姿を変え、縮んでいったのだ。そして最期には桃色の胎児のような姿となり、それすらも縮んで肉塊へと変貌し、見えなくなってしまった。

 八頭怪はしばらくじっとしていたが、コウモリの変貌が終わると顔を上げ、うっそりと笑った。

 

「良いかいキミたち。これがボクの時間を巻き戻す能力だよ。攻撃だけじゃあない。場合によってはキミたち自身の時間だって、ボクは巻き戻す事が出来るんだよ。ふふふ、ボクにしてみればキミたちなんて所詮はヒヨッコに過ぎないんだからさぁ」

 

 さっきのコウモリはお前たちの身代わり、お前たちの未来の姿なのかもしれないぞ。八頭怪が言外にそのように脅しているように、紅藤には感じられた。

 それはもちろん紅藤だけではない。他の幹部勢も同じように考えているであろう事は、彼らの表情を見れば明らかだった。

 

「そ、双睛の兄さん。八頭怪の、時間を巻き戻す能力ってのは実に厄介な能力だよな。さっきの攻撃どころか、俺らだってああして巻き戻されて、いなかった事になっちまうんだろうから、さ」

「まぁ確かに……この中じゃあ、一番若くて巻き戻される時間が少ないのは僕たちだもんね」

 

 三國がぶるぶると震えながら告げ、それに双睛鳥が応じている。こんな状況下にあっても、二人の言動からは性格や考え方などの本性がうかがえた。三國は喜怒哀楽や思った事がいついかなる時でも解りやすく、双睛鳥は情緒が落ち着いている時は比較的冷静である。いずれにせよ、若いが故の事なのだろう。

 

「全く。多少巻き戻されて若返る程度で怖気付くとは……八頭衆の名が泣くわよ」

 

 ため息と冷笑混じりに言い放ったのは、峰白だった。彼女は言うや否や、八頭怪に向かっていった。さも当然のように八頭怪は羽毛を飛ばし、ついで峰白を喰らいつかんと二つの首を伸ばしていた。

 峰白は雉妖怪らしからぬ飛行技術にて羽毛と首を回避し、とんぼ返りしていた。しかも蹴爪で八頭怪の一首を蹴り飛ばした。一見すると、峰白には特にダメージは無い。しかし紅藤は気付いていた。八頭怪を蹴り飛ばした峰白の爪が、五ミリばかり短くなっている事を。爪という極一部分ではあるが、峰白の時間が巻き戻されたのだと、紅藤はすぐに思った。見た限りでは、峰白はしっかり八頭怪に蹴りを入れていた訳でもない。それでもああして効果があるとは。

 峰白はしかし、少し短くなったおのれの爪など意に介さずに翼を広げた。嘴を僅かに開き、嘲笑うような眼差しでもって八頭怪を見据えている。

 

「生憎と、私は時間を巻き戻される事なんて怖くないわよ。かれこれ六百年以上生きているんですから、ね。それこそ、三百年ほど巻き戻してくれたらむしろ有難いほどよ。あの頃は、私も大妖怪だったんですから!」

「本当に大妖怪なのかどうか、試してみるのも面白そうだねぇ、胡喜媚ぐるいのメンドリちゃん」

「ははは、私も先程の雉天狗殿の言葉には賛同ですよ。八頭怪殿には及ばずとも、我々も長い時間を保有していますからねぇ!」

 

 峰白と八頭怪の応酬が終わるや否や、灰高が高らかに言い放ち、峰白に加勢していた。

 第一幹部にして、雉天狗とも称される峰白と、正真正銘鴉天狗である灰高。この二名が八頭怪に向かって言った事で、他の幹部やその側近たちも勢いづけられる形となった。仙術に詳しい緑樹は何がしかの呪文を唱えて術の準備に勤しみ、妖狐である林崎ミツコは、尻尾を分離させた分身を呼び戻し、六尾の妖狐として臨戦態勢を取っている。

 紅藤も、八頭怪を討つべく動いたのは言うまでもない。その理由は二つあった。一つ目は義務感からだ。弟子たちには早々に隠居したいと常々口にしている紅藤であるが、それでも何をせねばならないかはきちんと心得ていた。

 雉鶏精一派の構成員としての紅藤は、八頭衆最強の妖怪であり、頭目たる胡琉安の生母でもある。雉鶏精一派の敵対者に立ち向かい、屠る。かつて胡喜媚に仕え、彼女の系譜を護るものとしての責務だった。

 二つ目は……萩尾丸によって八頭怪へ攻撃する事のメリットを伝えられたためだ。

 八頭怪は確かに時間を巻き戻す権能を具えているし、今まさにその権能を、自分たちの前で行使している。確かに恐ろしい能力ではある。しかし、八頭怪自身も時間を操る能力を持て余し気味なのではないか。持て余していなかったとしても無尽蔵に使える訳ではなく、何がしかの制限があるのではないか。

 八頭怪の権能に制限があるとするのならば、いずれは八頭怪も時間操作の権能が使えなくなる瞬間が現れる可能性がある。

 だからこそ、八頭怪に攻撃を加え、一刻でも早く時間操作の権能が使えなくなるようにせねばならない。八頭怪がこちらの封印術に気付き、それこそ時間操作術で駄目にされたらもはや手立てがないのだから――萩尾丸は、このような事を紅藤に伝えたのだ。口頭で告げたのではない。思念を飛ばし、紅藤の頭の中に直接伝えてくれたのだ。それも、八頭怪に対して仕込み刀を振るいながら、である。

 

 萩尾丸の言葉は真実であると、八頭怪の挙動を見ながら紅藤は思い始めていた。

 一度にどれだけ時間操作を行えるのかは定かではない。しかし、彼の挙動を見ていると、発動に対する条件はおぼろげながら明らかになった。飛ばした羽毛にしろ八頭怪本体にしろ、対象に触れていなければ術は発動しないのだ。きっとそれは、八頭怪自身にもどうにもならない事なのかもしれない。

 そう言う意味では、八頭怪を攻撃するというのは理にかなっている――時間操作術を相殺し、尚且つ自分が八頭怪の時間操作に巻き込まれなければ、の話であるが。

 

「馬鹿ね! あんたの相手はこの私よ!」

 

 さて紅藤が火焔術を展開しようとしたまさにその時、嘲るような声と共に、数メートルほど横に吹き飛ばされてしまった。山鳥女郎が邪魔立てに入った事、原始的にも体当たりを喰らわせた事は、吹っ飛んだ先にあった木の幹に激突した直後に気付いた事だった。

 紫苑や八頭怪と異なり未だに人型を保っていた山鳥女郎であるが、紅藤が本来の姿である事を認めるや、変化を解いて大山鳥の姿になった。

 

「何をするのよ山鳥女郎! 私たちの邪魔をするのならこちらも容赦しないわよ」

「容赦しないですって? 今更寝ぼけた事を言うなんて。本当におめでたい頭の持ち主ね」

 

 嘴の間には笑みを、鋭い両眼には仄暗い怒りの焔をともしながら、山鳥女郎は告げる。

 

「いいこと紅藤。私はね、あんたと出会った頃からずぅっと、あんたが無様に破滅する所を夢見てきたのよ。邪魔をするなら容赦しないって言葉は、そっくりそのままあんたに返してあげる」

 

 そこまで言うと、山鳥女郎は今一度紅藤に向かって突進してきた。

 雉鶏精一派にとっては八頭怪は因縁の相手である。しかし紅藤にとっては、山鳥女郎こそが長い因縁の相手なのだ。紅藤はその事を再確認させられたのだった。

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