九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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邪神と天狗、絡み合う計略

 サカイスミコが召喚した鋭角の猟犬たちが、八頭怪をそのまま打ち倒してしまうのではないか。かすかな期待といくばくかの不安を抱きながら、紅藤は成り行きを見届けていた。もちろん、黙って何もしなかった訳ではないのだが。

 結局のところ、鋭角ヨリ出ヅル者が、八頭怪を打ち倒す事は叶わなかった。一時的とはいえ時間操作術を使えなくなった八頭怪であるが、それでも彼の戦闘能力は健在だった。横恋慕ないし略奪婚と言えども、万聖龍王に婿として認められた実績があるのだ。邪悪な考えに染まっていたとしても、一騎当千の戦士である事には変わりはない。

 この世界の生物とは異なる動きに、生命力や妖力をも吸い取りかねない口吻。こうした特性を持つ猟犬たちをものともせずに、八頭怪は八つの首や翼、あるいは右足でしっかと掴んだ月牙鏟によって、猟犬たちを撃退してしまったのだ。

 更に言えば、怯んだイルマが道ヲ開ケル者の眷属と思しき異形をまたしても傷害したのもまずかった。こちらは即座に紅藤や峰白たちが対応したものの、猟犬の中には八頭怪の攻撃をやめて、わざわざ召喚された異形たちを狩るべく動き出したものもいたのだから。

 いずれにせよ、撃退された猟犬たちは、彼らの領域たる鋭角の世界に戻らざるを得なかった。鋭角ヨリ出ヅル者は、基本的には不死であるという。曲面の世界の者では傷つける事すら困難であるという。ごくまれに傷つけられる事もあるというが、その時は死ぬわけではなく、ただただ鋭角の世界に戻るだけなのだ。今回のように。

 

「ははっ。今回は俺らもここまでって事さ」

 

 その身を半ば霧に戻しつつ、鋭角の猟犬たちは別れの文句を口にしつつ鋭角の中へと姿を消していった。彼らの放った言葉は、サカイスミコや雉鶏精一派に向けられたものだ。多少荒っぽい物言いではあったが、それでも紅藤たちに対して友好的な感情を抱いている事はひしひしと伝わってきた。

 

「今回はあの遣い走りに敗けちまったが、別にそれがどうしたって思ってるぜ」

「何せアタシたちには無限の時間があるからねぇ。そこから逃れられるかどうかって所さ」

「そんな訳だから、後はあんたらで気張って頑張るんだな」

 

 蓮っ葉な猟犬たちの物言いに、サカイスミコは一つ一つ対応していた。召喚者だからというよりも、猟犬たちを仲間だと見做しているからであろう事は、彼女の表情からも読み取れた。

 

「本当なら、()()が頑張ってくれりゃあ良かったんだろうけどな」

 

 最後の一匹の言葉に、サカイスミコはびくりと身を震わせていた。紅藤や萩尾丸もまた、身体を振るわせる事こそ無かったが、神妙な面持ちで件の猟犬を見つめていた。他の猟犬たちよりも二回りほど身体が大きく、尚且つ左目の付近には、斜めに傷が走っていた。

 その彼(もしかしたら彼女かもしれないが)は下半身を霧状に変化させ、牙というにも鋭すぎる牙を見せつけながらニタリと笑っていた。

 

「なんせ姫様は、始祖の血が濃くて――だからこそ俺たちと違って()()()()()を受けずに済んでいるんだから、さ」

「……善処します」

 

 猟犬の言葉にサカイスミコは素直に応じる。その声もまた震えていた。

 

「それで、ここからどうするの?」

 

 鋭角の猟犬たちが全て去ったのを見届けるや否や、八頭怪が口を開いた。相変わらず、彼の八つの頭には嘲るような笑みが浮かび、刻まれ、貼り付いていた。雷撃を受けた頭や、首を狩らんとする傷を受けた頭も三つ四つあるにもかかわらず、である。

 

「多分だけどさ、そこのせせこましい小娘が召喚したイヌ共こそが、キミたちのとっておきだったんじゃあないかな? あはははは。それならご愁傷サマ。イヌ共はボクやイルマ君の仲間たちが追い払っちゃったよ。キミたちだってもう奥の手は――」

 

 刹那、紅藤の視界が白く光り、その光は征矢のごとき勢いで八頭怪の横を掠めた。掠めたのではない。本来ならば八頭怪に当たるはずだったそれが回避されただけなのだ。雷撃特有の轟音を耳にしながら、紅藤は思った。

 そして雷撃を放ったのが、第八幹部の三國である事は言うまでもない。クズリに似た本来の姿を露わにした彼は、全身の毛を針のように逆立たせて八頭怪を睨み、吠えた。その声はまさに雷鳴そのものだった。

 

「奥の手なんぞなくてもな、貴様を仕留める事は出来るんだぞ! 知ってるぞ、テメェがもうフラフラだって事はな」

「ふーん。だったら今からでもかかっておいで。身の程知らずの下等な哺乳類君」

 

 煽り交じりの八頭怪の言葉に、三國は即座に反応した。いきり立ち、吠え猛り、稲妻を纏った状態で八頭怪に躍りかかろうとしていた。

 

「やめなさい三國君」

 

 しかし実際には躍りかからなかった。ばねのようにたわんだ三國の四肢が、そのまま跳躍する数瞬前に、それを諫める声が上がったためである。

 声の主は灰高だった。彼は八頭怪や三國から離れた所で佇立していた。右翼を喪い多くの血を流したがために衰弱しているように見えたが、大妖怪としての威容は保たれていた。

 血と言えば、灰高はもはや血を流してなどいなかった。それどころか、切断された翼の付け根は傷口が塞がり、桃色の肉で盛り上がってすらいた。紅藤はその事に気付いて安堵し、そして多少不思議に思った。フラフラと動いていた時には、断続的に血が流れていたというのに。

 左だけ残った翼を広げ、羽ばたくような体制を作ってから灰高は告げる。

 

「八頭鰥夫《はっとうかんぷ》殿。あなたは幾つか思い違いをなさっているようですね。鋭角の猟犬を召喚したのは、別に我ら雉鶏精一派の奥の手として行った事ではありません。あくまでも、構成員たるすきま女が、独断で行った事に過ぎません」

 

 灰高の言葉に、サカイスミコがまた身体を震わせた。気まずそうな表情を彼女は浮かべ始めたが、灰高は別段怒った様子は見せていない。むしろ笑っているくらいだ。

 

「とはいえ、余計な横槍を入れられたなどとは思っていませんがね。むしろ時間稼ぎになって丁度良いと感謝しているくらいです――()()とっておきを、奥の手を仕込み、尚且つあなた方の注意を分散させる助けになったのですからね」

 

 そこまで言い切ると、灰高は嘴を打ち鳴らして口早に何事か唱え始めた。早口ではあるものの、それがある種の術の呪文である事を紅藤は見抜いていた。その呪文は――大規模転移術と、拘束術である。

 

「まさか、お前――」

 

 八頭怪が狼狽えた声を出しているが、既にもう遅い。八頭怪たちのいる地表が淡く輝き、複雑で幾何学的な紋様が浮かび始めている。光の紋様の中には八頭怪や山鳥女郎たちに伸びあがり、縛妖索よろしく拘束するものもあった。

 これだけ複雑な術式を、灰高はいつどうやって描いたのか。少しの間思案していた紅藤は、ふとある事を思い出した。翼を両断されたのち、灰高は飛べないながらも奇妙な動きでもって周囲を巡回していたではないか、と。

 そうなると、灰高はその間に大規模転移と拘束の術式を描いていたのだ。それも()()()()()で。その事に気付いた紅藤は、一瞬とはいえその身を震わせていた。灰高に対して純粋に畏敬の念を抱いていたのだ。おのれの血を、妖力や体力を犠牲にする事を厭わぬ精神と、八頭怪をも手玉に取り、鋭角の猟犬すら時間稼ぎと言ってはばからぬ神算鬼謀に対して。

 そうしている間に、周囲の空間が強く揺らぐのを感じた。転移術特有の現象である。雷獣の三國が目を閉じて耳を伏せ、船酔いしたように頭を大きく振っていた。

 揺れは二秒と待たぬうちに収まった。紅藤はそして、八頭怪を封じる目的地に自分たちが転移された事に気付いたのだ。

 

「本当は闘っている最中にこの場にあなた方を誘導したかったのですが、まぁ良いでしょう。拘束術が効力を発揮している間に、手っ取り早く封じて差し上げましょう」

 

 灰高はそこまで言うと、急に鴉らしい啼き声を上げた。啼いているのではなくてただ単に咳き込んでいただけなのだが。

 しかしそんな灰高の口撃は、八頭怪に衝撃をもたらす事が出来たらしい。彼は八首を硬直したように伸ばして八対の瞳を大きく見開いていた。

 

「そんな、封印だってぇ――?」

 

 驚き、狼狽する八頭怪の姿に、灰高は目を細め嘴を僅かに開いて嗤っていた。

 

「私どもが若輩の畜生だと見くびっていたみたいですが……そのツケが回って来たようですね。それにしても、他妖を馬鹿にするのも大概にした方が良いという事ですよ。ふふふ、それが私どものはなむけの言葉ですよ、八頭鰥夫殿」

 

 灰高の言葉は何処か芝居がかってはいた。しかし八頭怪の狼狽する表情を一緒に眺めていると、紅藤も少し愉快な気分になってきたのだった。

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