九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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第十六幕:闘いの終わり、戻る日常
伝令に 走り来るは分身なり


 雉鶏精一派と八頭怪との闘いが終わった。源吾郎たちにその報せをもたらしたのは、茶褐色の毛並みを持つ小さな女狐だった。それは矢のように駆け回り、甲高い声で「闘いは終わったんや。犠牲はあったが雉鶏精一派の勝利や」と告げたのである。

 その報せが源吾郎にもたらしたのは、意外にも喜びの念では無かった。虚脱感が多分に入り混じった安堵感の方が大きいほどだった。それはもしかしたら、犠牲はあったがという言葉があったからなのかもしれない。

 ついでに言えば、茶褐色の女狐が何者なのかというのも心に引っかかっていた。毛並みやエセ関西弁丸出しの物言いは、萩尾丸の側近たる林崎ミツコによく似ている。しかし彼女は六尾の持ち主であるし、その体躯はシンリンオオカミと大差ないほどの巨躯である。もちろん変化術で一尾の小狐に身をやつす事も出来るであろうが、ミツコ本妖が伝令を行っているようには思えなかった。

 

「あれは林崎部長の分身だな」

 

 源吾郎の疑問を感じ取ったように告げたのは、妖狐の粟村だった。三尾の彼もまた萩尾丸の部下である。だからミツコの部下ないし後輩と呼んでも過言ではない。

 林崎さんの分身だったのか。納得しつつも多少驚いてもいた源吾郎を前に、粟村は顔をほころばせた。

 

「何だ何だ。林崎部長は六尾であらせられるんだぞ。俺らが操る事の出来る術のみならず、操る事が未だに難しい術とて、あのお方ならば十全に扱えるんだぞ。分身術なんてものは、それこそ一尾の連中だってホイホイ使っているじゃあないか」

 

 源吾郎が口を挟む暇を与えぬままに粟村は語っていたが、ふと黙り込んで思案顔となり、その手でおとがいを撫でていた。

 

「と言っても、あの分身術は、俺らが日頃使う分身術とはちと違うんだけどな。何しろ尻尾を本体から分離させて、それを分身として使っているんだからさ」

「尻尾を……分身にしているんですか!」

 

 粟村の言葉に、源吾郎は驚きのあまり声を張り上げていた。四尾は静電気を受けたように毛の先まで逆立てながら。そんな源吾郎のオーバーリアクションに、粟村はさもおかしいと言わんばかりに笑っていた。

 

「はははっ。島崎よ、そんなに驚く事ぁないだろう。()()()に大ヒットした妖怪ものの漫画でも、白面の九尾が八本の尾を分身として操る描写があっただろうに」

「ええ、まぁ、それもそうですね」

 

 源吾郎はぼんやりと、呟くような声音で応じていた。粟村の言う妖怪ものの漫画の事は、かろうじて知っていた。長兄や長姉が好んで読んでいたためだ。もしかしたら、父も目を通していたのかもしれない。ただ、粟村の言う少し前は、源吾郎にとっての()()()()に当たる。その事に意識が向いてしまったのだ。

 

「ともあれ、妖狐の中には尻尾を本体から分離させて、それを分身として使う術があるって事さ。二尾以上あればその術は使えるんだよ――()()()()()

「粟村さん、でしたっけ」

 

 ここで粟村に声を掛けたのは、術者の鳥園寺さんだった。元より彼女は源吾郎の傍にいたため、源吾郎たちのやり取りは耳に入っていた。だがとうとう疑問が噴出したであろう事は、その目を見れば明らかだった。興味深そうな光を宿すその瞳には、疑問の色も多分に浮かんでいたのだから。

 

「理論上という事は、出来る可能性はあっても実際に行う妖狐は少ないって事になるんですよね? 実のところ、私は仕事で妖狐たちと関わるようになりましたが、そのような術を使う妖狐は、未だに見た事がないのです」

「鳥園寺家の次期当主は、誠に聡明な人間のようだなぁ」

 

 粟村の言葉に、鳥園寺さんは解りやすく照れ、当惑の表情を見せた。そんな彼女の変化などお構いなしに、粟村は言葉を続ける。

 

「ふふふっ。というよりも俺もさっきはちと意地の悪い言い方をしてしまったかもしれないな。尻尾を本体から分離させる術は、確かに二尾以上あれば出来る事は出来る。しかし、尻尾を本体から分離させる事には、もちろん多大なリスクを伴うんだ。最悪の場合、分離した尻尾が腐って本体に戻らない事もありうるからな。

 だから実際には、二尾や三尾程度ではそんな術は使わないんだよ。()()()()六尾とか七尾以上の、十分に妖力を蓄えたお方しか、尻尾で分身を作らないって感じかな」

 

 理路整然とした粟村の言葉に、鳥園寺さんも納得の表情を見せていた。おっとりとしたお嬢様と言った風貌の彼女であるが、基本的には論理だって物事を考える性質の持ち主なのだ。

 鳥園寺さんはそれから、視線を源吾郎の方に向けていた。尻尾の事で思う所でもあるのだろう。思う所があるのは源吾郎も同じで、手近な一尾を身体に巻き付け、腕で抱え込んでいた。腕や背に走る痛みが、闘いに身を投じていた何よりの証拠だった。

 

 これは見知らぬ天井、いや見知った部屋の中だ。

 目を覚ました源吾郎は、視界に飛び込んでくる部屋の景色を眺めながら、取り留めもない事を考えていた。

 少し時間が経つにつれて、源吾郎も冷静さを取り戻し、今自分がどのような状況にあるのかを思い出せるようになっていた。自分の部屋、研究センターに併設された居住区の一室で、今まで自分は寝ていたのだ。

 状況を把握した源吾郎は、横向きに寝そべったまま思案を続けていた。記憶の一部が抜け落ちている事に気付いたためだ。昨晩は八頭怪を封印するという事で、雉鶏精一派の面々を総動員して全面戦争に向かった。源吾郎も食屍鬼の女と闘って捕縛するという活躍をしたのだ。

 林崎ミツコの分身が、八頭怪を封じ込めたと伝えてくれた事、部隊長によって解散の号令が出た事までは覚えている。そこから先の記憶が無いのだ。

 とはいえ、それについては特段思いつめる必要は無いのかもしれない。源吾郎はどうにかして自室に戻って寝ているのだ。目覚めた場所が見知らぬ土地であるとか、病院のベッドの上だったというのならば大問題であろう。しかし記憶が抜け落ちていると言えども、自分はどうにか自室に戻って来る事が出来たのだ。であれば、抜け落ちた記憶の事など気にせずに、そのまま普段通りの生活に戻ればいいだけだろう。

 それに病院に運び込まれなかったという事は、戦闘による怪我も大した事は無かったという事でもあるだろうし。

 そこまで考えのまとまった源吾郎は、首許までかかった布団を押し上げ、ゆっくりと半身を起こした。動いた時に感じる身体の痛みは小さく、ほとんど筋肉痛と大差ないように思えた。

 そして源吾郎が身体を起こした丁度その時、思いがけぬものを目の当たりにした。

 

「!」

 

 源吾郎は半身を起こした状態で硬直した。叫ぶ事も無かった。驚きが強すぎると声が出ないのは、半妖や妖怪でも同じ事なのだ。

 自分一人で暮らしているはずの室内には、どうした訳か兄の庄三郎がいたのだ。それが何故なのか解らずに、源吾郎は驚いて硬直してしまったのである。

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