九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 末の兄と語り合う

 源吾郎は首を曲げた状態で庄三郎をしっかと見据えた。

 何故だ。何故庄三郎兄様が俺の部屋にいるんだ。源吾郎の思考は、一瞬にしてその疑問に塗りつぶされていた。

 とはいえ正直に言えば、庄三郎自体は源吾郎にとって脅威になりうる存在などではない。妖狐としての能力を開花させつつある源吾郎と異なり、庄三郎自体は妖力的にも身体能力的にも人間とほとんど変わらない。理屈の上では、源吾郎が庄三郎を制圧する事は可能なのだ。

 それに何より――庄三郎は源吾郎の兄である。その兄が、敵意や悪意をもって源吾郎の部屋にいるなどとは思えなかった。そんな風に思ってしまうのは、兄の事を慕い、信頼している事の裏返しなのかもしれなかった。

 取り敢えず、何故ここにいるのか聞いてみよう。そう思った時には、庄三郎は源吾郎のすぐ傍ににじり寄っていた。

 

「おはよう源吾郎。ああ、警戒しなくても大丈夫だよ」

 

 末の兄とはいえやはり庄三郎は源吾郎の兄だった。笑顔のままにそう言うと、源吾郎の前で手を挙げてゆっくりと首を振った。源吾郎が疑問に思い、そして密かに警戒している事などは、庄三郎にはお見通しだったらしい。

 

「と言っても、確かに僕が部屋にいたら驚くよね。だけど、一昨日の晩に来てもらうように連絡を入れたのは源吾郎なんだよ」

「お、一昨日だって!」

 

 源吾郎はここで驚きの声を上げた。庄三郎を呼びつけた事よりも、八頭怪との闘いから二日も経過している事に驚いていたのだ。八頭怪との全面戦争は、昨夜の事だと思っていたためだ。

 

「それじゃあ兄上。俺、もしかして、ずっと寝てたとか?」

 

 たどたどしい源吾郎の問いに、庄三郎は頷いた。

 

「そうだね。僕が部屋に来たのを知るなりそのまま倒れるように寝ちゃってたからさ……まぁちょっと心配ではあったけど、僕にもそういう事って時々あるし、元気になれば起きるかなと思って待ってたんだよ」

 

 そこまで言うと、庄三郎は微笑みながら言葉を続ける。

 

「実際に源吾郎は目を覚ましたでしょ。しかも朝の七時に起きたんだ。早起きじゃあないか」

 

 朝七時に起きたのなら、俺の基準としては寝坊しているって事になるんだけどな。咄嗟にそんな事を思っていた源吾郎だったが、唇を噛み締めるだけで敢えて口にはしなかった。朝五時に起きて諸々の支度をするというのは、あくまでも源吾郎の勝手に過ぎない。それに下手を打てば朝の九時や十時にのっそりと目を覚ます庄三郎にしてみれば、朝七時でも早起きに当たるのだろう。

 そんな事よりも。源吾郎はぐっと身を乗り出した。自分がずっと寝ていた事から、より重要な事を源吾郎は思い出したのだ。自分の体調については正直どうでもいい。それよりも、飼い鳥にして使い魔たるホップの事が気になった。

 妖怪化していると言えども、ホップはか弱い十姉妹に過ぎない。小鳥は代謝が高いために、一日でも世話を怠ると生命を落としてしまう生き物なのだ。

 

「そんな事より兄上! ホップは……俺が飼ってる十姉妹は大丈夫かな? 俺、丸一日寝てたのなら……」

「プッ、プッ、プピピッ!」

 

 源吾郎が問いかけたまさにその時、聞き慣れたホップの啼き声が鼓膜を震わせた。今いる源吾郎の位置からは鳥籠は見えない。しかし啼き声が聞こえているという事から、ホップの安否は明らかだった。きっと鳥籠にへばりつき、喉や頬を膨らませながら啼いているのだろう。

 おのれの体調よりもまずホップを気にする源吾郎の姿に、庄三郎は相変わらず穏やかな笑みを向けている。

 

「ホップちゃんなら大丈夫だよ。昨日僕の方で面倒を見ておいたから、ね」

 

 そう言うと、庄三郎は身体をずらして鳥籠が源吾郎から見えるようにしてくれた。源吾郎の想定通り、ホップは鳥籠の壁にへばりついていた。首をねじって片目で源吾郎を見ると、今再び胸を膨らませて啼いていたのだ。外に出せと催促しているようだった。

 面倒を見たというからには、餌や水を交換してくれたという事であろう。流石に鳥籠から出しての放鳥は兄には難しかったかもしれない。ホップを鳥籠から出すのは容易いが、鳥籠に戻すのは難しいからだ。

 あれこれホップについて思案していると、庄三郎が源吾郎に声を掛けてきた。

 

「それより源吾郎。君も朝ご飯を食べないといけないでしょ。一応用意したからさ、一緒に食べようよ」

 

 そう言っただけではなく、庄三郎は源吾郎に手を差し伸べてもいた。末の兄の、ひんやりとした右手の感触に驚きながらも、源吾郎はベッドから降りてローテーブルに向かったのだった。

 

 庄三郎が用意していた朝食は、お粥ともおじやともつかぬ物だった。お粥というには色々な具が入っているが、雑炊というには若干具が少なく色味も薄い。しかし、温かな湯気を立てるそれは、確かに源吾郎の食欲を刺激した。

 それ以前に、庄三郎が手料理を振舞う事に、源吾郎は驚いていたのだ。他の兄姉たち、特に上の兄二人が手料理を振舞う事はさほど珍しくはない。しかし庄三郎は、他の兄姉らと異なりそれほど料理を作らない性質だった。時折彼の住むアトリエに向かってみても、コンビニ弁当やらカップ麺やらで食事を済ませている事は明らかだったのだから。

 

「いやね、僕だって料理は作ろうと思えば作れるよ。母さんや宗一郎兄さんには一通り教えてもらったからさ。ただ……僕が台所に立って包丁やお湯を使うのは危ないって兄さんたちに思われていたんだ。それに源吾郎も台所に立ちたがるから、必然的に僕はあんまり料理を作らなかったって訳さ」

 

 庄三郎の言葉は何処か弁解がましい物であったが、源吾郎は何も言わず静かに聞いているだけだった。兄姉らが、特に宗一郎が、庄三郎を台所に立たせる事を恐れていたのを知っているためだ。厳密に言えば、包丁などを使った自傷行為を行わないか。その事を兄姉らは恐れていたのだ。

 

「申し訳ないけれど、冷蔵庫の食材とかお米とかは少し使わせてもらったよ。代わりに後でお金は出すから、それで勘弁してくれるかな?」

「勘弁も何も……庄三郎兄様はお金を出さなくて良いよ」

 

 一転し申し訳なさそうな表情を浮かべる庄三郎に対し、源吾郎は声高に告げた。

 

「お金なら、それこそ俺の方が兄様に出さないといけない程だよ。どうせこんな田舎道で、しかも夜に呼びつけたんだ。道中まではさておき、ここまで来るのにタクシーでも使ったんじゃあないの。その分の交通費は、後で支払うからさ……」

「そりゃあまぁ最後はタクシーを使ったよ。だけど源吾郎。僕の交通費は気にしなくて良いんだよ。というか今年は君からもお年玉をもらったし……」

 

 そこまで言うと、庄三郎は目を伏せて黙り込んでしまった。彼もまたスプーンを握り、おじやを特に意味もなくかき混ぜている。

 反時計回りに二回ほどかき混ぜたのちに、庄三郎は顔を上げた。

 

「それに源吾郎。たまには僕も、兄らしい事をやらないといけないからさ」

 

 たまには僕も兄らしい事をやらないといけない。この言葉は、本来であれば感動をもたらしていたのかもしれない。しかし源吾郎の胸に去来したのは、感動よりも後ろめたさや罪悪感だった。

 庄三郎兄様は確かに俺の兄だけど、兄らしい兄ではない。そんな風に思っていた事を見透かされたのではないか。そんな風に源吾郎は思っていたのだ。

 

「や、やめてよ庄三郎兄様。俺もアホだから、確かに、宗一郎兄様とかと比較しちゃって、それで兄らしくないなって思っちゃった事もあったけれど……」

 

 しまったと思った源吾郎は、そのまま俯いておじやをすくった。素朴な味わいが、今の源吾郎にはありがたかった。

 

「そうだねぇ。宗一郎兄さんはしっかりしてるもんね。源吾郎の事を可愛がってるけれど、僕たちの事もちゃんと気にかけてくれていたし。あはは、僕も兄さんたちみたいに真面目にしっかりやらないといけないんだろうけれど」

「いや、そうじゃなくてさ。俺自体もおかしいんだよ。宗一郎兄様みたいな存在を、兄みたいな存在だって思う事が……普通とは違うんだよ」

 

 末の兄の顔に浮かぶであろう寂しい笑顔がいたたまれなくなって、源吾郎は思わず顔を上げていた。庄三郎が寂しく微笑んでいたのかは、結局解らずじまいだったけれど。

 今の庄三郎は、ただただ怪訝そうに源吾郎を眺めているだけだった。

 源吾郎の持つ兄という概念が、世間のそれとは大いに乖離している。それは兄の一人たる庄三郎に通じるのか。その事で少しだけ緊張していた。

 

「庄三郎兄様も知ってると思うけれど、宗一郎兄様は俺に対してさ、父親というか保護者みたいに振舞って来たんだよ。十八も年が離れてるからさ、ギリギリ父親と息子っていう関係でも通っちゃうし。そう言う存在が兄だって俺はずっと思ってた。他の家とは全然違うのに」

 

 兄とは弟妹達を庇護し、指導する存在である。それは長兄たる宗一郎との関係性から刷り込まれてきた事であった。

 もちろん、これが他の者たちに中々理解されないという事も、源吾郎は中学生くらいの頃に知った。学校で顔を合わせる生徒たちの多くは、父親のように振舞う兄を持つ者などいなかったからだ。そもそも彼らの多くは、兄弟たちとの年齢差など殆ど無かった。何しろ、四つ()()の年齢差であっても、歳が離れているなどと言う者もいたくらいなのだから!

 

「だから庄三郎兄様。兄様が何をやっていたとしても、俺の兄である事には変わりないんだ。だからまぁ……弟である俺にまで、あんまり気兼ねしないでよ」

「あはは、これでも僕は源吾郎には気を許している方なんだけどね。それにしても、源吾郎も可愛い事を言ってくれて兄ちゃんも嬉しいよ。何というかさ、実家にいた頃よりも可愛くなってるんじゃないかい?」

「それはよしてくれよ、庄三郎兄様」

 

 途中しんみりした空気も差し挟みはしたが、結局は兄弟二人で笑い合い、朝食を囲む事になった。

 その折に、庄三郎が源吾郎の部屋に出向いたのは、実は母からも言い含められていた事もあったのだと打ち明けてくれた。もちろん源吾郎もあの晩庄三郎に連絡を入れていたらしい。しかしその前に、母からも「何かあったら源吾郎を見て欲しい」と頼まれていたのだそうだ。

 それをちょっとした嘘だと言って、庄三郎は少ししょんぼりしていた。源吾郎はそのちょっとした嘘とやらで腹を立てる事などは無かった。ただただ、母の勘の鋭さや目端の利く所に感心していただけだった。

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