九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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鳥の翼に飛行術、そして培養術の話

 結局のところ、灰高の義翼の件は丸く収まった。紅藤の言う翼の培養と、灰高が主張する簡素な義手・義翼の間を取って(?)緑樹やその配下に質の良い義手と義翼を一セットずつ作ってもらうという事になったのだ。

 紅藤は皆の予想の斜め上を行く発言をしただけに過ぎない。しかしそれで、経緯はともあれ灰高は緑樹の申し出に納得する事となったのだ。結果オーライとはこの事なのだろうと、源吾郎は思っていた。

 

「おや島崎君。君がこっちの社用車に乗り込むとは……雷園寺君と別々で良いのかい?」

「別々なのは、研究センターに戻る間だけの事ですので」

 

 源吾郎の、表面上はあっさりとしたその言葉に、萩尾丸は静かに顔をほころばせた。研究センターの面々は全員出席していた事もあり、社用車は二台に分けていたのだ。行きしなはサカイ先輩や雪羽と共に青松丸の運転する方に乗り込んでいたのだが、帰りは萩尾丸の方に乗ろうと思ったのだ。

 もちろんこれは気まぐれなどではない。萩尾丸に聞いてみたい事があったからこそ、敢えて萩尾丸の方に出向いたのだ。

 もっとも、これは萩尾丸に理由を追及されたらややこしい事柄でもあるのだが、彼の表情を見る限りその可能性も無さそうだった。

 まぁ良いや。萩尾丸ははっきりと微笑むと、源吾郎を見下ろした。眼差し自体は穏やかで物静かな物だったが、黒々とした瞳は澄んでいて、源吾郎の全てを見透かしているのだと暗に告げているようだった。

 

「君もどうやら僕や紅藤様に質問したい事があるみたいだからね。大丈夫だよ。質問なら僕たちで答えられる範囲で答えるよ」

 

 さりげなく質問と言われて源吾郎はおのれの瞳孔がぐっとすぼまるのを感じた。そんな源吾郎の様子を知ってか知らずか、紅藤がふわりと微笑みながら言葉を続ける。

 

「島崎君。どんな事を聞きたいのかは解らないけれど、だけど積極的に解らない事を聞こうとする姿勢はとても大切なのよ。若いうちは特に、ね」

 

 紅藤の言葉は相変わらずおっとりとしていて、聞いているだけでもほっと一息つけるような気がした。

 

 源吾郎が聞きたい事は大きく分けて二つだった。まずは聞きやすい方の質問から、萩尾丸にぶつけた。

 

「そう言えば、灰高様は義翼と義手が欲しいと仰ってましたけれど、やっぱり鳥妖怪だから両方とも必要なんですかね」

「灰高様は人型になられる事が多いからね。そう言う意味で、義翼と義手の両方が必要なんだよ」

 

 運転手である萩尾丸は、ハンドルを握ったまま返答した。人型という言葉が殊更に強調されていたために、源吾郎は灰高の姿を思い出していた。言われてみれば、記憶の中にある灰高の姿の殆どは人型だ。玉面公主と出会った後は、疲労困憊だったために変化が解けていたが。

 萩尾丸は、正面を向いたまま言葉を続ける。

 

「ふふっ。漫画やアニメとかだと僕たち天狗は人型で背中に翼を生やした姿で表現されているけれど、実際にはそうじゃないんだよ。鴉天狗ならば変化した時に翼を腕として使っている訳だし、狗賓や人由来の天狗の場合は、天狗になったからと言って新たに翼が生える訳ではないからね。まぁ、中にはそれらしい姿という事を見せるために、猛禽の羽根を集めて翼を作って背負う手合いもいるにはいるけれど」

「……言われてみれば、そうですね」

 

 鳥妖怪は、人型に変化した時は翼を腕に変化させる。萩尾丸のこの説明に、源吾郎は素直に頷いていた。鳥類の翼が、獣の前足や人の腕と解剖学的に同じ組織である事は、流石に源吾郎も知っているからだ。

 更に言えば、源吾郎は鳥妖怪が人型から変化を解く瞬間も何度か目の当たりにした事がある。その時も、腕がある状態で背中から翼が出てくるなどと言う事は決して怒らなかった。双睛鳥にしても灰高にしても紅藤にしても、それこそ両腕が両翼に変化するのだ。

 なお、鳥妖怪たちも人型に変化してすぐの頃は、手指の使い方について苦労するものの、妖術や勘によってどうにかヒトらしい自然な動きを体得するのだという。

 人型に変化した時に、鳥妖怪たちが手指という器官の使い方に苦労する。これもまた、源吾郎は感覚的に解る話だった。手指の使い方という点であれば、まだ獣妖怪の方がアドバンテージは高いだろう。獣妖怪の大半は、前足にも後足にも指が存在し、それらを動かす事が出来るからだ。牛馬や鹿などの蹄のある動物なら変化した時に難儀しそうだが。

 

「とはいえ、義手にしろ義翼にしろ、灰高様も馴染むまでに時間はかかるだろうね。どれだけ質の良い物であったとしても、本当の翼や腕とは違う訳だから」

「そうなると、灰高様も空を飛ぶのが難しいって事ですかね」

 

 何処か感慨深げに放たれた萩尾丸の言葉に、源吾郎は思わず質問を投げかけていた。その問いに対し、萩尾丸はゆったりと首を振った。

 

「その質問は、半分はイエスで半分はノーであると答えようか。確かに、翼の力でもって飛ぼうと思ったら、片方が義翼になってしまったら飛ぶのは困難になるだろうね。場合によっては不可能と言っても良いかもしれない」

 

 だけどね島崎君。運転中ゆえに流し目で源吾郎を見やりながら、萩尾丸は言葉を続ける。

 

「先程の話は、あくまでも普通の鳥としての話に過ぎないんだ。妖怪の場合は、少し事情が違ってくるんだ。君も知っての通り、妖怪は妖術が使えるだろう。その妖術の中には、浮遊術や飛行術も含まれているんだ。雷獣の雷園寺君がよく使っているあれさ。

 そして飛行術は、元から空を飛ぶ事が出来る鳥妖怪も、個別に会得している事が珍しくない術でもあるんだ」

「実は私や青松丸も、空を飛ぶときは飛行術に頼っているのよ」

 

 ずっと無言だった紅藤が、ここにきて口を開いた。後部座席に座っているので顔は見えないが、笑っているであろう事は容易に察する事が出来た。

 

「雉って元々空を飛ぶのが苦手なのよ。だから翼の力で飛ぶよりも、飛行術を使った方が、私としては色々と有利なの。同じ雉でも、峰白のお姉様は身体能力を底上げして翼の力で飛んでらっしゃるんですけれど」

「鳥妖怪も色々あるんですね」

 

 源吾郎が呟くと、その通りだと萩尾丸も頷いていた。

 

「灰高様も長い年月を生きた鴉天狗であらせられるんだ。もちろん鴉だから、翼で飛ぶ方が自然ではあるよ。とはいえ飛行術も会得なさっていたとしても、何らおかしくはないだろうけどね」

 

 余談ではあるが、天狗でも人由来の天狗や狗賓天狗などといった、哺乳類系統の天狗たちもまた、飛行術によって空を飛ぶのだそうだ。もちろんこの飛行術は、萩尾丸も会得しているとの事であった。

 空を飛ぶという事を取っても、妖怪のそれとなると一筋縄ではいかない話なのだなと、源吾郎は静かに思った。

 

 さて、ある程度義翼と義手の謎について一通り解った所で、源吾郎はもう一つの質問を切り出した。

 

「あの、萩尾丸さん。もう一つ質問があるのです」

「何だね」

 

 もう一つの質問の方が、先程の質問よりも気になっている事柄ではある。しかし質問しづらい内容である事は、源吾郎も十二分に心得ていた。それ故に緊張し、先程もたどたどしい口調になってしまったのである。

 それでもおのれの裡にある知的好奇心が、源吾郎の口を動かした。

 

「べ、紅藤様はかつて、培養術で完全な妖怪を造り、いえ生み出した事が二度あったそうですよね。その事は灰高様も、ご、ご存じなのでしょうか」

 

 源吾郎が問いを放ったその直後、社用車の内部は沈黙で覆われた。いやというほど饒舌に天狗の翼や飛行術について語っていたはずの萩尾丸は、今の問いにはすぐに応じなかったのだ。

 そして、ややあってから後部座席の方から声が聞こえてきた。

 

「いいえ。灰高のお兄様には、私が培養術で妖怪を造りだした事は……青松丸と胡琉安様の本当の出自については教えていないわ」

 

 ここで一旦区切りをつけつつも、紅藤は更に言葉を重ねた。

 

「というよりも、灰高のお兄様が雉鶏精一派の組織に加わったのは、胡琉安様がお生まれになった後なのよ。もしかしなくても、私たちに新たな頭目が出来た事を警戒して、それで叩こうと思って殴り込みに来たようなものなのですが」

「…………」

 

 紅藤の話は、灰高が雉鶏精一派に加わった時の経緯にも及んでいた。話の雰囲気からして、灰高との闘いは雉鶏精一派の存亡に関わる代物だったのかもしれない。だというのに、紅藤はそれをさらりとした口調で語るのみだった。過去の事だから、あっさりと語れるだけなのかもしれないけれど。

 そんな風に感慨にふけっていると、今度は萩尾丸が口を開いた。

 

「そんな訳で島崎君。灰高様はね、青松丸君や胡琉安様が紅藤様によって造りだされた妖怪だって事は知らないんだ。()()()()()

「表向き、ですか」

 

 意味深に付け加えられた言葉をオウム返しすると、萩尾丸は小さく頷いていた。

 

「紅藤様から教えられていなくても、あのお方自身で()()して察している可能性はあるって事さ。もちろん、類推は類推でしかないし、実際に紅藤様や僕らに確認した訳ではないから、はっきりと知っているとは言えないんだけどね。とはいえ、もはや今になってから詮索することは無いだろうけれど」

 

 そこまで言い切った萩尾丸の口からは、小さな笑い声が漏れていた。

 やはり灰高は何かを察していて、それ故に培養術云々について質問をしたのだろうな。源吾郎はもはや口には出さなかったが、そんな事を静かに思っていたのだった。

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