九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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夜会服と若狐の歓談

 源吾郎たちの傍にやって来た女妖怪たちは、いずれもうら若い獣妖怪たちだった。尻尾などを見せつつも人型に変化し、少し派手なドレスやワンピース姿である。

 というよりも、夜会服姿であると言った方が良いのかもしれない。この場は祝賀会であり、雉鶏精一派内外の妖怪が集まる宴会の場でもあるのだから。

 

「あっ、ラス子じゃねぇか。おう、元気そうで何よりだぜ!」

 

 しげしげと女妖怪たちの姿を観察する源吾郎の隣で、雪羽が声を上げる。表情を見るまでもなく、その声には喜色と親しみの念がふんだんに込められていた。

 ラス子とは誰だ。源吾郎がそんな事を思っているうちに、三人ほどいた女妖怪の一人が近づいてきた。青みがかった灰色のショートヘア―と、やや胸元の開いたドレスが特徴的だった。ついでに言えば背後で揺れる尾は縞模様が入っており、匂いそのものもアライグマのそれだった。なおあとの二人はイタチ系統だったりキツネ系統だったりするようだ。

 源吾郎はここにきて、ラス子なる妖物が誰なのか気が付いた。雪羽がかつて懇意にしていた、アライグマ妖怪の一人である、と。

 女妖怪の素性が判るや否や、源吾郎は彼女に対して軽い嫌悪感を抱いてしまった。しかし雪羽の手前、それをあからさまに顔に出す事も出来ない。取り繕って笑顔を作っては見たものの、きっと引きつったいびつな表情を浮かべているに違いない。

 

「おやおや、どなたかと思えば雷園寺のお坊ちゃまではありませんか」

 

 源吾郎の心中はさておき、声を掛けられたアライグマの少女は、雪羽の呼びかけに応じていた。まだまだ少女らしさを残すその顔に浮かぶ笑みは、明らかに媚びたような色が滲んでいた。

 

「私も八頭怪との全面戦争には参加していましたが、お坊ちゃまとこうして直接顔を合わせるのは久しぶりですねぇ。おかわりないようで何よりですよぅ」

 

 甘ったるく妙に間延びしたような声音で雪羽に話しかけていたラス子であるが、その視線がふと源吾郎に向けられた。

 ラス子なるアライグマの少女と目が合った源吾郎は、知らず知らずのうちに身震いしていた。口許には媚びたような笑みが未だに浮かんでいたが、目は笑っていなかった。猜疑と畏怖が入り混じり、それでいて値踏みするような眼差しを、彼女が向けていると気付いたためだ。

 

「それに、今回は九尾の末裔として名高い島崎さんまでご一緒ではありませんか」

 

 それは果たしておのれに向けられた言葉だったのか。源吾郎にはそれすらわからなかった。ひとまず源吾郎は軽く手を挙げ、挨拶は行った。と言っても大仰な物ではない。ああ、とかどうも、と呟いた程度の事である。

 と、源吾郎の肩が軽く叩かれる。かすかにピリッとした感覚がスーツの表面を走ったが、それも気のせいでは無かろう。

 

「そんな訳で島崎先輩。俺はちょっくらラス子ちゃんたちと話してくるわ。あの妖とも久しぶりに会うし、よく見れば見ない顔もいるからさ」

「ああ、うん。別に俺は構わんけれど……」

 

 源吾郎の言葉を聞くや、雪羽はそのままそそくさとラス子たちの方へと向かって行ったのだ。構わないと言ったのは他ならぬ源吾郎である。しかし浮足立った様子で女妖怪たちの許へと向かう雪羽を眺めていると、何となく肩透かしを食らったような気分になってしまった。

 そうしているうちに、雪羽たちはどんどんと歩を進めていき、源吾郎から離れて行ってしまった。彼としてもかつての知り合いと積もる話もあるだろう。もしかしたら、源吾郎と言えども聞かれたくない話もあるのかもしれない。そうは思いつつも、何となくうら寂しいような気分は晴れなかった。

 源吾郎はだから、雪羽やラス子たちから視線を外し、皿の上の料理を見やった。確保したは良いものの、雪羽と駄弁っていたのでまだ手を付けていなかったのだ。

 完全に冷え切ってしまう前に頂こう。やっぱり料理は、熱々とはいかずとも暖かいうちが一番美味しいのだから。源吾郎はそんな風に考え直し、皿の中央に鎮座する鶏のフリッターに箸を伸ばした。

 

「あら、島崎君じゃない」

 

 意識がしばし料理に向かっていたまさにその時、斜め後ろから声が掛かってきた。食べている最中のフリッターを喉に詰まらせないように、無様な様子を見せないように注意しつつ、声がした方を振り返る。と言っても、誰が声をかけてきたのかは初めから解っていたのだが。

 そこにいたのは米田さんだった。彼女もまたラス子たちと同じく夜会服姿――群青色のワンピースに薄い水色のショールを合わせていた――である。肩の中ほどまである金髪は夜会巻風にまとめられ、バレッタで留められていた。

 フリッターの鶏肉を飲み下しながら、源吾郎はまじまじと米田さんを凝視していた。普段とは異なる、フォーマルで女性的な装いを見ていると、胸がドキドキしてきた。米田さんの事は美人だと思っているし、普段の姿も十分魅力的である事は言うまでもない。しかしこうしておめかしして綺麗な衣裳に身を包んでいると、彼女の魅力が三割ほど増加したように思えたのだ。

 

「よ、米田さん。お久しぶり、です!」

 

 口の中の物が完全になくなってから、源吾郎は口を開いた。その声は明らかに上ずって興奮を示していた。当の源吾郎自身だって、それを隠し立てする事は無かった。そんな余裕も無かったと言った方が正しいかもしれない。

 それよりも、自分が厭らしい視線を向けていると米田さんに思われていないか。そちらの方が、源吾郎としては重要な懸念事項だった。薄いショールを纏っていると言えども、夜会服のワンピース自体はオフショルダーである。普段の衣裳では見かける事のない、米田さんの鎖骨や肩回りが露わになっていたのだ。

 米田さんはというと、穏やかに微笑みながら源吾郎の許に半歩ほど近付いた。洒落たフォルムのカクテルグラスの中身が微かに揺れ、アルコールの香りを周囲に漂わせていた。

 

「この間は大変だったみたいだけど、島崎君の元気そうな姿を見れて何よりだわ。三花様も、苅藻さんたちも、島崎君の事はとっても心配なさっていたから。もちろん、私も心配だったわ。牛鬼の時の程ではないにしろ、島崎君も怪我をしていたみたいだから」

 

 米田さんはそれから、自分は既に源吾郎の母や叔父・叔母とは既に挨拶済みである事、彼らはミツコや他の妖狐たち――特に玉藻御前の末裔を名乗っている妖狐たちだ――と話し合っている最中である事まで教えてくれた。

 叔父や叔母が、この度の祝賀会に出席している事は想定済みであった。しかしまさか母まで来ていたとは。源吾郎は少し驚き、思案を始めていた。

 やはり身内だから挨拶をするべきだろうか。妖《ひと》も多いし母たちも他の妖狐・妖怪への挨拶回りもあるし、別に急いで挨拶をする事も無いかもしれない。

 あれやこれやと考えているうちに、米田さんが再び口を開いた。

 

「ところで島崎君。今回は、色々と美味しそうな料理をゲットできたのね」

「ええ。どうにか」

 

 米田さんの、いささか砕けた物言いに、源吾郎は笑みと共に頷いた。

 また、敢えて今回と言い添えたのは、昨年夏の宮坂京子の振る舞いを踏まえての事であろう。もちろん、問いかけられた最中にその事が源吾郎の脳裏をかすめたのだ。

 

「前は、宮坂京子として働いていた時は、要領よく料理を取れなかったんですけどね。ですが今回は、俺が近づくと、他の妖怪たちはさーっと逃げてしまったのです。雷園寺のやつも、それはしゃあない事だと言ってましたし」

「島崎君が、良い所のお坊ちゃまだから、皆きっと気を遣ってくれているのよ」

 

 諭すような口調で語り掛けると、米田さんは茶目っ気たっぷりの笑みを源吾郎に向ける。

 

「それに島崎君は、大分おっとりした所があるでしょ。だから余計に、皆から気遣ってくれるんじゃあないかって思うのよ」

「ああ、まぁ……そうなんですかね」

 

 源吾郎は米田さんから視線を逸らして俯いてしまった。自分がお人好しだののんびりしているだのと他の者から評される事が多いのは流石に解っている。しかし、そのように見做される事には慣れていなかったし、何より気恥ずかしかった。他妖は必要以上に源吾郎を善良だと思っているらしく、それが源吾郎には時々しんどく感じられるのだ。

 

「まぁですが、皆が気遣ってくれるのなら、その厚意を受け取るのも悪くないかなって思うんです。えへへ、何事も、良い面を見て受け止めるのが大切だって、長兄から言われていましたし」

 

 気を取り直して口にした言葉であるが、その言葉すら兄の受け売りである事を自ら白状してしまった。ブラコン野郎だと思われただろうか。今日は何とも迂闊な事ばかり口にしてしまっているではないか。そう思った源吾郎だったが、隣にいる米田さんは、ただただ穏やかに微笑むだけだった。

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