九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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野狐は若狐に道理を諭す

 米田さんが特に源吾郎の発言に変な意識を持っていないと気付くや否や、源吾郎は気を良くして会話を続けた。

 気が付けば、話題に雪羽の事が持ち上がってしまったのだが、これもまぁ致し方ない事であろう。雪羽の事は米田さんもよく知っているし、源吾郎とて先程雪羽の事について言及したばかりなのだから。

 

「そんな訳で、雷園寺君はラス子とかいう化けアライグマの女の子たちと合流しちゃったんですよ」

 

 源吾郎はグラスの中の麦茶で唇を湿らせると、ため息をこらえて言葉を続けた。

 

「別に、雷園寺のやつが俺以外の誰かと会う事が嫌だとか、そんな事は言いませんよ。雷園寺にだって付き合いがあるでしょうし、俺も俺で、米田さんと二人っきりになれたんですから。そう言う意味では僥倖です」

 

 そこまで言っているうちに、源吾郎の顔が緩んで笑顔になった。自分の言葉に自分でウケてしまったのだ。米田さんは笑わなかった。琥珀色の瞳で静かに源吾郎を見つめているだけである。笑みの奥に隠した本心を、見透かしているかのように。

 

「ただ……ラス子とかいうアライグマの女の子の事は、どうにも……」

 

 いけ好かない、気に入らない奴だ。源吾郎は流石にそこまでは言わず、唇を噛んで言葉尻を濁すだけに留まっていた。祝賀会の場ではあちこちで交流があり、そこかしこでお喋りが行われている。それでも、誰が聞いているか解らないような所で、他妖の陰口を言うのは良くない。その思いが、源吾郎を思いとどまらせたのだ。

 

「アライグマのラス子って、熊谷さんの事ね。あの子、本当は熊谷リンって名乗っているんだけど、アライグマだからラス子って呼ばれているのよ」

 

 アライグマ少女のフルネームを口にした米田さんは、いっそとぼけたような口調ですらあった。源吾郎がアライグマ少女に対して抱いている感情に、気付いていないかのように。いや違う。気付いたうえで敢えて気付かないふりをしているのだろう。

 それに源吾郎としても、それ以外の部分で気になる所が出来た所だった。

 

「へぇ、彼女にはそんな立派な名前があったんですね。というか米田さんが、そんな事までご存じだったとは」

「ええ。熊谷さんとは面識があるのよ」

 

 源吾郎の問いに応じる米田さんの声は、普段通りにはきはきとしたものだった。先程の、何処かすっとぼけたような物言いが、ある種の幻聴だったように思えるほどに。

 

「それどころか、何度か一緒に仕事をした事もあるのよね。ほら、私は尼崎で暮らしていて、あの娘は港町の外れで暮らしているから、活動範囲とかが重なりやすいのよ。それにあの娘も後天的に妖怪化した野良妖怪だから……やっぱり気が合う部分もあるの」

 

 そう語る米田さんの眼差しは優しげで、しかも途中から郷愁の色を滲ませてすらいた。源吾郎はただ黙って、米田さんを見つめているだけだった。胸の奥がざわめくのを感じながら。

 

「それにね島崎君。苅藻さんも、熊谷さんとは交流なさっているみたいなの。仕事を斡旋したり、それこそ仕事を手伝ったり手伝わせたりしているって小耳に挟んだ事があるわ」

「米田さんだけじゃあなくて、叔父上とも交流があったのか!」

 

 米田さんのみならず、叔父の苅藻とも交流がある。ラス子もとい熊谷リンについての説明を聞かされた源吾郎は、思わず声を上げてしまった。自分が密かに毛嫌いしている女妖怪と、米田さんや叔父が少なからず親交がある。その事に対し、源吾郎は戸惑いを隠せなかったのだ。

 流石の米田さんも、源吾郎の言動を見て見ぬふりで通す事は出来なかったらしい。訝しげな表情を浮かべ、源吾郎の顔を覗き込んだ。

 

「ねぇ島崎君。島崎君ってば熊谷さんの話になった途端に不機嫌そうな顔になっているけれど、そんなにあの娘の事が嫌いなの? もしかして、あの娘に何かされたのかしら?」

「……!!」

 

 米田さんの言葉に、源吾郎はただただ尻尾の毛を逆立てるだけだった。自分では、熊谷リンへの嫌悪を押し隠しているつもりだった。だというのに、米田さんにはお見通しだったのだ。

 驚きに肝を冷やし羞恥心に頬を火照らせながらも、源吾郎は頷くほかなかった。

 もはや隠し通せる談ではないと悟ったためだ。

 

「べ、別に、俺は彼女には何かされた訳ではありません。あくまでも彼女は雷園寺君の取り巻きに過ぎませんから、ね。問題は、彼女の兄ですよ」

 

 そこまで言って一呼吸置き、更にゆっくりと瞬きを繰り返してから、源吾郎は言葉を続けた。

 

「彼女の兄も雷園寺君の取り巻きでした。というか、俺が宮坂京子として生誕祭の場で働いていた時に、雷園寺とかカマイタチ野郎と一緒に絡んできたんですがね。

 とはいえ、宮坂京子に絡んできた事は別段どうでも良い事なんです。それよりも、あいつは、熊谷リンの兄は犯罪者ですよ。米田さんもご存じだと思いますが」

 

 源吾郎が熱弁するも、米田さんの反応は薄かった。やはり詳しく話さなければならないのだろうか。嬉々として話すような内容ではないが、源吾郎はやむなく言葉を続ける。

 

「米田さん。雷園寺家の次期当主が、雷園寺君の弟が攫われて、殺されかけた事件はご存じですよね? 熊谷リンの兄は、末端と言えどもその事件に加担していたのですよ。今も投獄されて罰を受けているという話ですし。そんなやつの妹と交流するなんて……」

「雷園寺君の事件は、私も知っているわ。島崎君とは別の部隊だったと言っても、現場に駆り出されたもの」

 

 ここでようやく米田さんが口を開いた。彼女は少しの間思案顔を浮かべ、更に言葉を続ける。

 

「そして実行犯の中に、化けアライグマの少年がいた事、その子が熊谷さんの兄である事も知ってるわ。というよりも、その辺りの詳しい話は、熊谷さんご自身も話していた事でもあるの」

 

 でもね島崎君。米田さんは呼びかけると、源吾郎の顔をじっと見つめた。瞳孔がすぼまり針のように細まっていた。

 

「だからと言って、熊谷さんの事を毛嫌いして良い理由にはならないと思うの。そりゃあもちろん、誰だって合う・合わないの問題はあるわ。だけどそうした判断を、彼女自身ではなくて、兄弟と言えども他妖の所業で判断するのは良くない事よ。ましてや、熊谷さん自身はあの事件には無関係だもの」

 

 米田さんに諭され、源吾郎はぐうの音も出なかった。熊谷リンが雷園寺家の拉致事件には無関係な存在である事は解っていた。主犯でなくとも何がしかの形で加担していたのであれば、とうに捕まって罰を受けている所だろうから。

 

「それにね島崎君。いくら兄弟だと言っても、やはり他人である事には変わりはないわ。だから犯罪者の身内がいたとしても、その兄弟や子供もその咎を背負っているとは言い切れないわ。連座制がナンセンスな事なんて、平成生まれの島崎君なら解るでしょう」

「はい。言われてみれば、そうですよね……」

 

 蚊の鳴くような声量であったが、源吾郎は米田さんの言葉に同意した。とはいえ、これは理屈として理解したからではない。兄弟姉妹は所詮は他人に過ぎないのだ。そう言い切った米田さんの表情があまりにも寂しげで、そのせいで同意しただけに過ぎない。

 しかし不思議なもので、いざ同意してみると理屈に合っている話だと思うようになり始めていたのである。それはもしかすると、胡喜媚の遺した雉鶏精一派に属する自分たちが、胡喜媚の実弟たる八頭鰥夫《はっとうかんぷ》もとい八頭怪と相争った事もまた、大きく影響しているのかもしれなかった。

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