九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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祝賀会 絢爛豪華な祭祀なり

 いついかなる時であっても、時間は平等に、そして無情に流れていくものである。

 気が付けば、二時間ほどの祝賀会もお開きの時間となっていた。灰高による締めの挨拶も終わり、正式に解散した所である。妖怪によっては二次会・三次会を店を変えて行う者もいるかもしれない。しかし妖怪たちの多くは、帰り支度を行っているようであった。

 

 若妖怪たちと積極的に交流するように。萩尾丸が雪羽に言いつけていた事は、源吾郎もきちんとできていたかどうかは、自分でもよく解らなかった。米田さんと再会してからは、ほぼずっと彼女と一緒にいたためだ。

 もちろん会場には、他の若妖怪もいるにはいた。しかし彼らは、源吾郎たちの傍には近付いてこなかった。それに先の言いつけは、あくまでも雪羽に対して言われたものである。源吾郎にも適応されていたかどうかは解らないから、別に気にしなくても良いのかもしれない。

 

「それじゃあ、また今度ね島崎君。予定の方は仕事のスケジュールも見直してから連絡するわ。三花様や苅藻さんたちによろしくね」

「いえ、こちらこそありがとうございました。どうぞお気をつけて」

 

 互いに別れのあいさつを交わし、源吾郎は米田さんを見送った。解散となってすぐに帰れるのは、やはり外様の妖怪たちである。雉鶏精一派に属している妖怪たちは、やはり上司や重役たちからの諸注意や諸連絡の事を考慮して、留まっていた。

 かくいう源吾郎もその一人である。祝賀会の間、紅藤と萩尾丸、そして青松丸は概ね組織内外のお偉方と話し合っていた。その間に、研究センターに展開しておきたい内容があると考えている可能性とてあると思ったのだ。

 ちなみに米田さんは、車ではなく電車にて港町から尼崎まで戻るとの事だった。お酒を嗜んでいたから運転は出来ないが、公共交通がしっかりしているので特に困る事はない。むしろ電車やバスの時間を気にしなければならないのは、山間の町に住む源吾郎の方だ。

 とはいえまだ夜の八時を回った所だから、多少時間はかかっても電車やバスは問題無かろう。そんな事を思っていると、雪羽が何処からともなく近付いてきた。先程まで談笑していたであろう熊谷リンや、彼女のツレの姿はない。その代わりという訳ではないだろうが、三國や春嵐が、少し離れた所に控えていた。

 雪羽はそのまま源吾郎の肩に手を回し、顔を近づけてきた。普段以上に馴れ馴れしい振る舞いに戸惑ったものの、源吾郎は尻尾で雪羽を押すのがやっとだった。そしてそれも、大した効力を発揮していない。空を飛ぶ事の出来る雷獣ゆえに、雪羽は見た目以上の膂力の持ち主なのだ。

 

「何だよ雷園寺君。近い、近いじゃないか。さては君、こっそり酒でも飲んだな」

「飲んでないっすよ」

 

 源吾郎の冗談に、雪羽は鼻を鳴らして応じた。しかし呆れたり怒ったりしていないのは、顔が笑みで緩んでいる事からも明らかだ。

 

「俺の事はさておきさ、島崎先輩も米田の姐さんに会えて良かったじゃあないっすか。俺はその間オトモダチと一緒に駄弁ったり料理を楽しんだりしてたんだけど、先輩の様子を見たらずぅっと米田の姐さんと一緒にいたみたいですし」

「まぁ、うん。お互い積もる話があったんだよ」

 

 源吾郎はそう言うと、すっと目を伏せた。積もる話があったというのは嘘ではない。それに互いに忙しくて中々デートが出来なかったから、つい嬉しくて一緒にいたのだ。そんな恥ずかしい本心を口にしなかったのだから上出来だろう。それでも恥ずかしさを感じてしまい、雪羽の顔を直視できなかった。

 そんな源吾郎の様子に気付いたのか、雪羽はあっさりと離れてくれた。覗き込むようにしてこちらを見つめるその顔には、好奇心に満ち満ちた表情が浮かんではいたけれど。

 

「それにしても先輩。米田の姐さんの事は見送っちゃったんですね。今日は土曜日だし、明日の朝まで一緒に過ごしたりはなさらないんですか?」

「藪から棒に何を言い出すんだよ」

 

 冷静さを装って呟いたものの、源吾郎の胸は情けない事に高鳴り始めていた。

 

「米田さんだってご自分の予定とか色々おありなんだから、急にそんな事を誘っても困ると思うんだ。少しお酒も召されていたんだから尚更さ」

 

 言いながら、源吾郎は米田さんの身を案じ始めてもいた。お酒を召されていたけれど、途中で酔ってしんどくなったりしないだろうか。俺と話している時には、特に酔った様子は無かったようだが。

 にやにや笑いを浮かべる雪羽を一瞥し、源吾郎は言葉を続ける。

 

「それに俺だって、夜は風呂に入って寝るくらいしかやる事はないんだぜ。米田さんが俺の部屋について来て下さったとしても、それだけじゃあ味気ないじゃないか。かといって、オセロ盤とか囲碁や将棋のセットみたいな、二人で遊べるようなものを用意している訳でもないし」

 

 まぁ最悪遊ぶとなったら、双六とかトランプとかがあるだろう。とはいえそうした遊びこそ、二人っきりだと味気ないのではないか。やっぱりオセロ盤くらいは用意していた方が良いだろうか。

 米田さんを自室に招いた時の遊びについてあれこれ考えていると、雪羽があからさまにため息をついていた。呆れているという意思表示を、露骨なまでに見せつけて、雪羽は源吾郎を見つめた。

 

「あっはははは。島崎先輩は真面目な堅物だって事は俺も知ってましたけれど、まさかここまで朴念仁だとは思いませんでしたよう。しかも先輩は、エロい事で超絶有名な大妖狐・金毛九尾の直系の子孫ではありませんか。あは、何が悲しゅうて、若い男女が一夜を過ごすのにオセロとか囲碁を打つって言うんですか」

「おい、おい、雷園寺!」

 

 流石に雪羽の言いたい事に気付いた源吾郎は、尻尾の毛を逆立てて声を上げた。頬を火照らす血の熱さは、羞恥によるものなのか怒りによるものなのかすらもはや解らないほどだ。

 

「全く、君というやつは油断するとそう言う手合いの話に持って行こうとするな。このドスケベが。そ、それに雷園寺の言う通り、俺は玉藻御前の末裔だ。ね、閨事《ねやごと》の知識だってあるし、その事で動じたりせんわ!」

 

 そこまで言ってから、源吾郎は咳払いをした。少し離れた所にいる三國や春嵐が、笑いをこらえたり困ったような表情を浮かべている事に気付いたためだ。流石に閨事云々まで言及したのは言い過ぎたと、源吾郎は思っていた。そもそも、米田さんとは()()そういう事をする段階でもないと思っているし。

 

「それにな雷園寺君。真面目な話になるが、俺は今研究センターの居住区で暮らしているだろう。言ってみれば紅藤様の縄張りさ。そんな所にさ、彼女と言えども雉鶏精一派に属していない妖怪を連れ込んだら、紅藤様だって良い顔をなさらないと思うんだよ」

「ああ、確かに。それはそうよな」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽も納得した表情を見せた。この話はこれで終わるだろう。そう思っていたまさにその時、源吾郎たちの傍らの空間が揺らぎ、すきま女のサカイ先輩が姿を現した。

 

「島崎君。べ、別に居住区の事は、心配しなくて大丈夫だよ。じ、実はわたし、居住区とかセンター内に不審者が現れたら、紅藤様たちに報告したり、喰い殺す、じゃなくて撃退する事とかも、い、一応請け負ってるから」

 

 番犬みたいな役割なんだよ! サカイ先輩は少し誇らしげな様子で言って胸を張っていた。先輩の姿が可愛らしいだとか、胸を張っているからグラマーな体型が余計に目立つなどと言う雑念は浮かばなかった。喰い殺すとかいうパワーワードに、源吾郎も雪羽も意識が向いていたためだ。

 それにね。半ばドン引きしている源吾郎たちに、サカイ先輩は言葉を続ける。

 

「米田さんの事は、萩尾丸さんも紅藤様たちも知ってるみたいだから。だ、だから別に不審者扱いされないと思うよ」

「そうですか……」

「まぁ確かに、米田の姐さんは、生誕祭の時に結構バイトなさってますもんねぇ。しかも萩尾丸さんもヘッドハンティングしようとしてましたし」

 

 研究センターの居住区に、米田さんを連れてきても問題はない。サカイ先輩と言えども大々的にそう言われ、源吾郎は却って戸惑ってしまった。だがまぁ彼女も源吾郎の部屋に遊びに行きたいという事は特に無いし、そう言う申し出があったらその時になってから考えよう。そんな風に源吾郎は思ったのだった。

 

「おや島崎君。解散後に僕たちの所にやって来てくれたんだね。ふふふ、中々の忠犬ぶりじゃあないか。いや、君は犬じゃあなくて狐だったかな」

 

 第六幹部の萩尾丸は、近付いてきた源吾郎の姿を認めると朗らかな笑みを見せた。彼は中々感情を表に出さないが、源吾郎の姿を見て安堵し、嬉しく思っているであろう事は伝わった。だからこそあの狐ジョークが飛び出したのかもしれない。

 まぁ狐もイヌ科ですからね。割と真面目にツッコミを入れると、萩尾丸は少し真面目な表情を作って問いかけてきた。

 

「それはそうと島崎君。家まで送って欲しいから、僕の所に来たのかな? 別に、君を送り届ける事なんて造作もないけれど」

「いえ、いえ。それには及びません」

 

 源吾郎はとっさに両の手の平を見せ、萩尾丸の申し出を断った。何も言わないでまごまごしていたら、本当に家に送り届けられそうだと思った。

 

「まだ終電まで余裕はありますよ。それなのに送ってもらうとなると申し訳ないです。僕はバスと電車を乗り継いで自力で帰ります。ですがその前に、紅藤様や萩尾丸先輩たちにご挨拶しておこうと思いまして」

「ああ成程ね。挨拶のために来てくれたんだね」

 

 源吾郎の言葉に、萩尾丸はにわかに真剣な表情を見せた。それはそれで律義だね、という時には、やはりニヤニヤ笑いが浮かんではいたけれど。

 

「ええ。祝賀会の最中は、萩尾丸先輩たちもお忙しそうだったので、お声がけできませんでしたから。確かに締めの挨拶も終わりましたけれど、かといってそのまま帰るのも、社会妖《しゃかいじん》としてどうかなと思ったんです」

「そっか。島崎君も色々と気を回してくれたんだね」

 

 萩尾丸の言葉に、源吾郎は静かに頷いた。彼の言葉は思いがけず柔らかく優しげで、源吾郎は何とも不思議な気持ちになってしまった。

 

「まぁでも、この祝賀会で僕たちが忙しかったのも、致し方ないというか、ごく自然な事でもあるんだ。というのも、祝賀会は祭祀としての役割も担っているんだよ。勝利した事を感謝し、今後の繁栄を祈り、そしてこの度玉砕した者たちの霊を慰める。そう言う意味が、祝賀会には込められていたんだ」

「ああ、そうだったんですね」

 

 単なる豪華な宴会のように見えた祝賀会に、そんな意味が込められていたとは。その事を見抜けなかった自分の未熟さが、少し気恥ずかしかった。

 しかしその一方で、八頭怪との闘いが終わり、今度こそ日常に戻れるのだと、源吾郎は静かに思っていたのだった。

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