九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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幕間
暗闇めぐりは夢の中


 経文のような低く聞き取り辛い声が何処からともなく聞こえてくる。

 しかしそれが、何処から聞こえてくるのか、源吾郎には確かめるすべはなかった。というのも、今彼がいる場所は真っ暗闇だったからだ。厳密に言えば、頭上には星のように小さな光が幾つも瞬いているのが見えはする。それらが、源吾郎のいる場所やら何やらを照らしてくれるわけではないけれど。

 星空のある場所というよりも、宇宙空間みたいだな――戯れに浮かんだ思考と共に、やはりここも夢の中なのだと、源吾郎は気付いた。夢というのはいつだって支離滅裂で奇妙な物である。そして時に、夢を夢として認識する事すらあるのだ。何となれば、夢の中で夢を見るという、入れ子構造になっている事すらあるくらいだ。

 

 夢の中だと気が付くと、源吾郎は少し落ち着きを取り戻した。初めから焦ってもいなかったし戸惑ってもいなかった気がするけれど。それにこの場所には過去に見た夢でも出向いた事があるような気がした。独立しているくせに、場所とかが何となくリンクするのもまた、夢の不思議な特性である。

 まぁ、大丈夫か。つまるところ、源吾郎は呑気にそんな事を思っていたのだ。

 自分に夢見の才があるという事などは、きれいさっぱり忘れていた。

 

「……?」

 

 と、音を捉えた源吾郎の耳が微かに動いた。経文みたいな声は今は聞こえない。その代わり、もっとはっきりとした音と声が、源吾郎の鼓膜を震わせていた。言うなればそれは祭囃子のような物だった。

 それが源吾郎の許に近付いている。その事に気付いた源吾郎の脳裏に、ある情景が浮き上がってきた。

 それもやはり、夢の中の情景だった。あの時自分は舞台にいて、そして奇妙な二人組の黒子に、踊るように命じられたのではなかったか。であれば、この祭囃子を奏でているのは黒子たちではないか。

 それならば逃げなくては。思うが早いが、源吾郎は走り始めていた。前後左右、下手をすれば上下すら判らなくなるような暗闇だ。何処へ逃げたらいいかなんてもちろん解らない。取り敢えず、祭囃子とは逆方向に逃れているつもりだった。

 それでも逃れられない。それどころか、祭囃子の音は、それを奏でているであろう二人組は、より一層近付いているらしかった。源吾郎が早く走れば走るほど、向こうの速度も上がっているらしかった。

 

「仔狐ちゃぁん。逃げなくたって良いじゃないかぁ」

「そうだよ仔狐ちゃん」

 

 次に聞こえてきたのは、あどけなくもねっとりとした声だった。源吾郎は耳をふさぎたかった。しかし耳をふさぐと走るスピードが遅くなりそうな気がして出来なかった。

 

「怖がりさんだねぇ。でもさ、僕たちや這い寄る混沌からは逃れられないんだから、別に怖がらなくても良いんじゃないの」

「ほんとほんと。君だって化身みたいなものなんだからさぁ」

 

 違う違う違う。俺は化身なんかじゃない。源吾郎は心の中で叫んでいた。俺は俺で、島崎源吾郎で、金毛九尾の血を引く男なんだ。這い寄る混沌の化身なんかじゃあない。やつに操られている訳なんて無い。

 そう思っているうちに、源吾郎の背中に何かが触れる。生暖かくて柔らかな間食のそれに思わず振り返り――そして何故か、顔面に軽い衝撃を受けた。

 

※※

「わあああっ!」

「ピッ、プイッ!」

 

 絶叫と共に、源吾郎はがばと目を開けた。上半身を跳ね起こさなかったのは、聞き慣れた十姉妹の啼き声が、不自然なほど近くに聞こえたからだ。

 声の主、要は使い魔たるホップの姿はすぐに見つかった。源吾郎の首の付け根あたりに止まっていたのだ。

 

「ホップ」

「ピッ」

 

 ひとまず名前を呼び、右腕を掛布団から出して指先を動かす。ホップは喉を膨らませて啼きながら、右手の方へと移動してくれた。右手に止まり、指の皮を突き始めたのを見届けてから、源吾郎はようやく上半身を起こした。極力右手や右腕を動かさないように意識したのは言うまでもない。

 ホップが手乗り十姉妹で、しかもある程度俺に慣れているのが幸いだ。そう思いながら、源吾郎はそっと右腕を引き寄せる。寝起きの為にやや雑な動きだったが、ホップは怯えて飛び立つ事は無かった。バランスを崩す事すらなかったのだ。

 くつろいで羽繕いし、その上でフンをしたホップを見下ろしながら、源吾郎は語り掛ける。

 

「それにしてもホップ。勝手に鳥籠から出たんだな。駄目じゃないか」

 

 源吾郎はホップを放し飼いにしていなかった。放鳥タイムとして朝と晩に鳥籠から出しているが、それ以外はずっと鳥籠の中にホップを入れている。もちろん、事故防止のために寝るときはホップを必ず鳥籠に収めていた。

 だが今は、ホップが鳥籠の外にいる。ホップが自分で鳥籠から抜け出した事は明らかだった。そもそもホップは、前の飼い主の許にいた時も、鳥籠の金網を歪めて隙間を作り、そこから脱出したという前科を持つ。源吾郎が飼うようになってからそんな事はしでかさないが、鳥籠の扉を開ける事くらいは容易いだろう。

 

「ピッ、ピッ、プイッ」

 

 当のホップはというと、首をかしげて源吾郎を見つめ、普段通りにただ啼いているだけだった。源吾郎はため息をつきつつも、普段通りのホップの姿に安堵してもいたのだった。

 それはもしかすると、ホップが自分を気遣っているような気がしたからなのかもしれないが。

 もっとも、手許の時計を見てみれば、既に朝の七時を過ぎている。いつもならば源吾郎は起床しているどころかホップを放鳥している時間帯である。ある意味規則正しい暮らしを行っているホップであるから、食事を用意しろ放鳥しろという欲求を伝えるために鳥籠から飛び出したのかもしれない。

 なお、若干寝坊してしまった源吾郎であるが、特段焦りはない。というのも、今日は祝賀会明けの日曜日であり、出社日ではないからだ。

 もちろん、ホップのいささか刺激的なモーニングコールを受けたわけだから、寝てばかりもいられないのだが。

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