九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉仙女の述懐、ドラゴンの微笑み

 祝賀会から一夜明けた日曜日。祝宴も終わり世間的には休日に入っていたが、紅藤は研究センターには戻っていなかった。宝石の瞳を持つドラゴンの魔女・セシルの許に出向いていたためだ。

 彼女の住まう工房に足を伸ばしたのは、近況報告の為だった。もっと言えば、先日の全面戦争にて八頭怪の封印に成功した事について話そうと紅藤は思っていたのだ。

雉鶏精一派と八頭怪の勢力との全面戦争――どちらかと言えば、雉鶏精一派サイドの闇夜に乗じた奇襲攻撃ともいえるのだが――から一週間が経過していた。全面戦争後の一週間は、紅藤たちも多忙だった。勝ち戦だったとはいえ、雉鶏精一派サイドにも損失はある。生じた損失の把握と補填、組織の立て直し、そして戦争被害者や遺族に対するケアについての立案。組織の幹部として、これらの事を最優先しなければならなかったのだ。

 ここまで忙しかったのは五十年ぶりくらいではなかろうか。セシルの工房に赴きつつ、紅藤はそんな事を思っていた。やはり引退はまだまだ先、それこそ夢のまた夢、という所かもしれない。

 ともあれ、今回は多忙な日々の合間を見つけ出し、セシルの許へ出向く事となったのである。

 セシルの工房に向かったのは紅藤だけではない。総勢五名のやや大所帯である。他の面々は胡琉安に峰白と萩尾丸、そして双睛鳥という顔ぶれだ。元々は頭目である胡琉安と偏光眼鏡を新調した双睛鳥の二人を誘っただけだった。だが峰白や萩尾丸も同行したいと申し出たため、この面子になったのだ。

 ちなみに、紅藤の長男である青松丸は、誘ってはみたものの研究センターの留守を護るという事で断られてしまった。紅藤としては青松丸も連れて行きたかったのだが、彼も疲れているし彼なりの考えがあるのだろうと思う事にした。側近の萩尾丸も、その旨の事を紅藤に伝えもしていた訳だし。

 かくして、異形たちのお茶会が地下街の果てで開かれた訳である。

 

「すみませんセシル様。無事に八頭怪を封印できたというのに、その事へのご報告が遅くなってしまいまして」

「いやいや。別に構わないよ紅藤さん。君だって組織の長とまで言わずとも、組織を引っ張っていく役割を担っているんだろう。まぁ多分、私の預言の事とか偏光眼鏡の事でのお礼だとは思うんだけど、むしろ律義に来てくれたなぁって思っているくらいさ。本当のところ、今だって忙しいんだろうからさ」

 

 セシルは宝石で出来ているという瞳を向けながら、物静かな様子で微笑んでいた。彼女の手許から数十センチほど離れた場所には、スペアだという宝石の眼球が入ったガラス製のボウルが鎮座している。本体から離れていると言えども、その瞳たちも、紅藤を見つめているように感じられた。

 

「確かに、現在私どもは多忙な状況下に置かれていると言えるでしょうね」

 

 カップに手を添えつつそう言ったのは、隣に座る峰白だった。冷静で冷徹な彼女の眼差しは、年数経たドラゴンの魔女を前にしても揺らぐ事は無い。他者を利用してはばからぬ冷酷さは苦手だが、余程の事が無い限り戸惑わない心の強さと聡明さがあるからこそ、紅藤は彼女を義姉として慕ってもいるのだ。

 

「とはいえ、ずっと業務にばかり関わっていても、精神的に追い込まれるだけなのは明らかな話ですもの。それに義妹の紅藤は、どうしても貴女に話したい事があるとも言っていたの。だから別に、私たちの事は気にしなくて大丈夫よ。

 それに私個人としても、貴女に聞きたい事があるし」

 

 聞きたい事がある。そう言った峰白の顔に、紅藤はちらと視線を走らせた。彼女はそこで、萩尾丸も同意するかのように頷いていたのを目撃した。

 聞きたい事とは何だろうか。好奇心混じりの疑問が、紅藤の脳裏にむくむくと湧き上がる。

 しかしそれを問いただしたり、確認したりする事はついぞ無かった。そうしようと考えていたまさにその時、双睛鳥が口を開いたためだ。彼は普段見せる飄々とした笑みを浮かべ、偏光眼鏡の位置をわざとらしく調整していた。

 

「僕は純粋に近況報告ですね。セシル様。貴女に新調していただいた偏光眼鏡で、日々快適に過ごせています」

「それは良かったよ」

 

 短くも心のこもったセシルの言葉に耳を傾けると、双睛鳥は湯気の立つカップに口を付けた。コカトリスないしバジリスクは砂漠で暮らす種族であり、それ故か熱耐性を持つ個体が多いという。双睛鳥が熱々のレモンティーを臆せず飲めるのもそのためだろう。

 そんな事を思っていると、双睛鳥は器用にスプーンを使い、カップの上に浮かんでいる薄切りのレモンを拾い上げていた。そのまま口に含んでレモンをしゃぶっている。萩尾丸はお行儀が悪いと言わんばかりの表情を見せていたが、当の双睛鳥は全く気にしていない。むしろ幸せそうな表情をしていたから、放っておいても良さそうな気がした。普通の雉鶏精のように蛇や毒虫の類を好んで口にする双睛鳥であるが、レモンや柚子、金柑などと言った柑橘類も彼の大好物だった。これは個鳥《こじん》の特性というよりも、コカトリスという種族全体の特徴なのだが。

 

「も、もちろん、双睛鳥君もこの度の全面戦争の折には獅子奮迅の闘いぶりを見せてくれました。暗示の宿る魔眼は最大の武器ですからね」

「おやま。胡琉安陛下にそこまで仰っていただくとは、光栄の極みでございます」

 

 控えめにそう言ったのは頭目たる胡琉安だった。双睛鳥の事を君付けしているのは、彼が胡琉安よりも年下だからである。

 胡琉安は、雉鶏精一派の頭目として、第一位の座に君臨している。幹部たる八頭衆はあくまでも彼の配下であり、忠実なるしもべであるはずなのだ。

 ()()()実際には、胡琉安の方が八頭衆の面々に対して何かと気を遣っている事を、紅藤は知っている。それはやはり、幹部たちの大半が胡琉安よりも年長である事が大きな要因だろう。というよりも、胡琉安よりも若い幹部は、第七幹部の双睛鳥と第八幹部の三國の二名だけだ。

 流石に年長の幹部らには気を遣う胡琉安であるが、若手幹部にはそこまで気を遣う事は無く、比較的フランクな態度を見せる事もある。そうした胡琉安の態度を見ていると、紅藤も不思議と安心できた。幹部ないし胡琉安の部下としてだけではなく、母親としても、だ。

 

「それはそうと雉鶏精一派の皆様方。大勢で押しかけて来た時にはどうしたのかと思ったが、やってる事はのんびりとお茶会ですかい。とんでもない乱痴気騒ぎでも始まるのかと思ったから、拍子抜けしたような安心したような気分だぜ」

 

 丸盆に茶請けを運びながらそう言ったのは、吸血鬼の青年である。日頃は工房の入り口付近で見張りを行っているそうだが、今回ばかりは売り子もしくは給仕のように振舞っていた。もしかしたら、客妖たる紅藤たちの頭数が多いからなのかもしれない。

 

「いやいやジル先輩。雉鶏精一派なら昨晩祝賀会を大々的に行ったという話ですよ。その祝賀会こそがジル先輩の言う乱痴気騒ぎみたいなものだったんじゃあないですか」

 

 ジルと呼ばれた吸血鬼の青年のぼやきを受け取って応じたのは、ワイバーンの若者だった。彼の軽妙な物言いに、吸血鬼の青年も何処か納得したような表情を浮かべていた。

 

「乱痴気騒ぎですか。まぁ確かに、外野の方から見れば、そのように見えるのもやむなしという所でしょうね」

 

 静かな口調でそう言ったのは、萩尾丸だった。真剣な表情ではあるが、その顔には怒りの色は見えない。さりとてからかったり煽ったりするような気配も見受けられなかった。

 

「私どもとしましては、祝賀会は単に勝利を祝うだけではなく、祭祀や儀礼としての意味合いも籠めていたのです」

 

 それに――言いながら萩尾丸は目を伏せた。物憂げな気配が、彼の目許から漂っているのを紅藤は感じた。

 

「今回の全面戦争では、少ないとはいえ犠牲も出てしまいましたからね。そう言う意味では、手放しでは喜べないと私は思ったのです。

 もっとも、そうした小難しい意味合いだけではなくて、戦争後にもあのように派手な酒宴が出来るという事を、外部に見せつけるという側面もあるにはあるのですが」

 

 付け加えた話の後半からは、萩尾丸も冗談めかしたような表情でもって言葉を紡いではいた。とはいえ本心から面白がっているのではなく、表情自体も取り繕っている事は紅藤も見抜いていた。萩尾丸とも付き合いは長いのだ。彼がどんな事を思っているのか、おおよそ察する事は出来る。

 

「萩尾丸の話を聞いていると、雉鶏精一派も昔とは大違いだって思うわ」

 

 紅茶のカップを傾けながら告げたのは峰白だった。その顔には郷愁と、何処か嘲るような表情とがないまぜになって浮かんでいる。

 

「胡喜媚様が頭目だった頃は、特に犠牲も顧みられる事も無かったし、何となれば機嫌を損ねただけでも粛清される事もままあったんですから」

 

 胡喜媚の事を語る峰白の口許には、恍惚とした笑みが浮かんでいた。紅藤はこめかみを撫でつつ、しかし決然とした表情でもって彼女を諫めた。

 

「お姉様。そんな過去の話を、今ここで掘り返さなくても良いでしょう。ましてや、この場には胡琉安様もいるんですから……」

「あら紅藤。まさかあんたがそんな事を言うなんて」

 

 紅藤の言葉に、峰白は怯む事など無かった。むしろ挑むような眼差しを紅藤に向けるほどである。もちろん、紅藤だって峰白の反応は想定していたけれど。

 紅藤には解っていた。()()()()が雉鶏精一派を新しく再興できたのは、胡喜媚への並外れた執着心のなせる業である、と。純粋な狂信と仄暗い復讐心。根底にある物は異なれど、峰白と紅藤は共犯者なのだ。

 いや――胡喜媚に玩弄され、搾取された恨みを晴らすために、彼女の孫たる胡琉安を作り出し、傀儡として育て上げる。胡喜媚の血統を貶める事で溜飲を下した紅藤の方が、余程性質が悪く罪深いだろう。

 萩尾丸などの若妖怪は、胡喜媚の話が出てきた段階で口をつぐみ、互いに目配せしあうだけだった。

 そんな中で、セシルだけがにっこりと微笑み言葉を紡いだのだ。

 

「ああ、()()雉鶏精一派は、部下や仲間たちを大切にしているんだね。であれば、今後も繁栄していくだろうね」

「セシル様。そのお言葉は私たちへの預言でしょうか?」

 

 世間話めいたセシルの言葉に、萩尾丸が緊張した面持ちで問いかける。セシルは笑みを崩さぬままに首を振った。

 

「預言でも何でもない、ただの一般論さ」

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