九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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第十七幕:夢見の国の眷属たち
晩春の実家、そして笑いもたらす桜餅


 源吾郎が再び姫路の実家に舞い戻ったのは、四月の第二土曜日の事だった。ゴールデン・ウィークの気配から未だ遠い時期ではあるが、源吾郎ないし実家の都合が付いたため、この日を選んだのである。あるいは、四月の土日に顔を出しておけば、連休は「この前顔を出したから」と言って実家に戻るのを免除できるのではないか、という目論見もあるにはあった。

 親兄姉に言うつもりはないが、連休中は連休中で、米田さんとデートするという重要な予定にて、二、三日ほど埋まっていたのだ。

 

 日帰りで戻ってきた先月の来訪とは異なり、今回は泊まり込む可能性も考慮していた。何しろ八頭怪との全面戦争が終わった直後の事だ。両親や兄姉ら(特に長兄)が心配を募らせている事も源吾郎は十分解っている。

 年少の末息子、仔狐たる末弟の身を案じ、あるいは名残惜しさを覚えて日曜日も泊って行けと言ってくる可能性も大いにあるだろう。

 日曜日も実家に滞在しても困らないような段取りも、もちろん抜かりなく行っている。大荷物にならないようにまとめてはいるが、替えの服や歯磨きなども鞄の中に詰め込んで持参していたのだ。

 なお、使い魔であるホップは連れて行かずに留守番をさせている。妖怪化したと言えども、ホップはか弱い小鳥に過ぎない。輸送時のストレスや体調の急変などのリスクを考慮すれば、無理に連れて行くよりも留守番させておいた方が安全である事は明白だった。

 もちろん、餌と水は新鮮な物を多めに用意し、餌切れや水切れの事故が発生しないようにしておいた。

 のみならず、源吾郎の帰省を知るや、居住区で暮らす青松丸が、ホップの様子を日に三度ほど見ておくと申し出てくれたのだ。

 職場の先輩、それも紅藤の子息に小鳥の世話を任せる事に対し、多少の気まずさを感じはした。しかし結局のところ、源吾郎は青松丸の言葉に甘える事と相成った。ホップが青松丸の事を恐れず親しく感じているであろう事は知っていたし、青松丸もまた、何かとホップの事を気にかけて関わりたいと思っているためだ。

 それに源吾郎としても、一泊二日と言えども様子を見てくれる妖がいた方が安心できるのだ。

 

 そんな訳で、源吾郎は意気揚々と姫路の実家に舞い戻ってきたのである。父母に具合が悪いのかと思われる程にむっつりとしていた三月の時とは大違いだった。親兄姉におのれの元気な姿を見せようと気負ってもいたために、足取りも意気揚々としたものになっていたのだろう。ホップの事についてあれこれ心配しなくても良いというのも、源吾郎の気持ちを軽くした要因になっていた。

 母に出迎えられてリビングまで通されると、既に源吾郎の分のお茶とお茶請けが出されていた。長兄の宗一郎が用意してくれたものだと、源吾郎はすぐに思った。母は源吾郎を玄関まで出迎えてくれたのだし、何より宗一郎は目端が利き、この手の準備を嬉々として行うからだ。息子同然に思っていた源吾郎に対してならば尚更だ。

 さて用意されていた茶菓子は桜餅だった。恐らくはスーパーなどで売っているような物であろうが、落ち着いた柄の皿の上に鎮座するそれは、それだけでも高級和菓子のように見えた。

 そして、隣に置かれた湯呑には、塩漬けの八重桜の花弁が浮かぶ桜茶が注がれている。

 

「桜餅に桜茶かぁ。何というか、桜づくしやな」

 

 桜餅と桜茶を交互に見やり、源吾郎は思わず嘆息の声を上げていた。

 と言っても、桜餅や桜茶が嫌いという訳ではない。特に桜茶は、茶と言ってもカフェインを含む茶葉を使っていないため、安心して飲める飲み物の一つだった。その辺りの心遣いは、むしろ有難い位だった。

 今回の嘆息は、桜づくしのもてなしに、驚きの念を覚えたからに過ぎない。しかも今はもう四月の中旬で、実際には桜も終わっているのだから尚更だ。街路樹の桜も散って葉桜になっていた。白鷺城の周りに植えられた桜たちも、既に葉桜になっているだろう。

 

「あはは。桜餅も桜茶も、時期から少し外れていたから安くなっていたんだよ、源吾郎」

 

 朗らかに笑ってそう言ったのは、長兄の宗一郎だった。

 源吾郎もまた、宗一郎が笑っているのを見て、頬を緩ませた。面倒見の良いというにも過剰すぎるほどの長兄に対し、自分が何かと心配をかけている事は十分心得ていたためだ。

 

「源吾郎はさ、()()とか鮎菓子の方が好きだろうなって思ってたんだ。だけどあんことかお饅頭も好きだから、桜餅も良いかなと思ったんだけど……」

「うん、兄上。俺、桜餅も大好きだよ!」

 

 気遣うような、何処か探るような長兄の言葉に対し、源吾郎は桜餅も大好きだとアピールした。兄弟間ではおやつを奪い合って相争う事があるというが、源吾郎がそのような争いを経験した事は()()()()無かった。それどころか、おやつというのは兄姉から賜る物だった。

 今回とてそうだ。こういう物が好きだろうと思って、宗一郎は用意してくれたのだ。だからという訳ではないが、宗一郎が用意したおやつについては「大好きなやつだよ」というのが常だった。実際問題、宗一郎が用意するおやつは、ほぼ確実に源吾郎の好物であったのだから。

 

「良かった、良かったよ源吾郎。だけどそこまで喜んでくれるなんて」

 

 あんまり派手にアピールし過ぎただろうか。宗一郎の表情を眺めながらそんな事を思っていると、彼の顔に切なげな表情が浮き上がってきた。

 

「それに今年は、源吾郎もお花見どころじゃあ無かっただろうなと思ってね」

 

 源吾郎は目を瞠り、宗一郎の言葉に耳を傾けていた。何しろ宗一郎は、今や物憂げな表情でもって源吾郎を見つめていたのだから。しかも花見どころではないという話は紛れもない事実でもあった。

 

「白鷺城の事を好いていた君の事だ。姫路から離れて暮らしていたとしても、桜の季節になれば白鷺城を見るためにわざわざこっちに来ると思っていたからね。だけど今年は……まぁ君も、色々あった訳だし」

「うん、まぁ、四月の初めごろが、一番忙しかったかな」

 

 源吾郎は直截的な事は口にせず、忙しかったとだけ言って口を閉ざした。実際には、八頭怪の配下と闘って、その後の処理やら何やらで職場はてんやわんやしていたのだ。そうした特別な業務を捌きつつも、源吾郎はまぁ元気に過ごしてはいたのだ。

 とはいえ、そうした話を宗一郎に事細かに話すつもりはなかった。話したとしても、宗一郎の心をいたずらに波立たせるであろう事は解っていたからだ。人間として暮らす長兄には、自分がともあれ元気だった事を見せるだけで十分だろう。源吾郎はそんな風に思っていたのだ。

 

「そ、そんな訳だから、もちろん桜とか、お花見の事なんて考える暇は無かったよ。というかさ、桜も散って葉桜になってるって事に、ここ数日で気付いたくらいだったんだから」

「それはいくら何でも言い過ぎだろう」

 

 源吾郎の言葉に、宗一郎が再び笑みを見せた。もしかしたら、源吾郎が大げさな事を言っているとでも思ったのかもしれない。

 

「まぁでも、喜んでくれて嬉しいよ。源吾郎はどっちかというと桜より桃の方が好きだからさ」

「兄上。確かに俺は桃の花の方が好きだよ。というか桃って神通力が宿る木として有名だし。だけど別に、桜を嫌っている訳でもないよ。桜の花だって綺麗だし」

「そうか、そうだよな」

 

 気が付けば、兄弟の間に流れていたしんみりとした空気も、何処かへ吹き飛んでしまった。長兄と顔を合わせるのは一カ月ぶりであるが、こうして笑い合う瞬間こそが幸福なのだ。桜餅と桜茶を前に、源吾郎はそう思ったのだった。

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