九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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狐と夢見と食屍鬼の特性

 気に病むことは無いよ、島崎君。源吾郎が首を上げるのとほぼ同時に、アルテミシアはそう言った。その声は明るく弾んだものだったが、源吾郎を労わる気持ちも籠められているように感じられた。

 

「亜孤姫と闘って彼女を打ち負かした事で、食屍鬼《グール》たちに恨まれているのではないか。おおよそ君は、そんな事を心配しているんじゃあないかな」

 

 やはりアルテミシアは、精神医学や心理学の方面に明るいんだな。彼女の言葉に頷きながら、源吾郎はそんな事を思っていた。

 

「大丈夫だよ。彼らは島崎君の事を恨んではいないだろうさ。もし君の事を恨んでいたのであれば、とうに彼らは君に報復を企てていただろうね。何せ全面戦争から既に二週間は経っているんだよ。食屍鬼たちが事を起こすには十分すぎる時間さ」

 

 アルテミシアの言葉は、思いのほか合理的でドライな物だった。物言いも考え自体もある意味彼女らしいが、源吾郎は当惑してしまった。

 

「あ、アルテミシアさん。僭越ながら、食屍鬼ごときが僕を狙うというのは、色々と難しいと思うんです」

「難しいだって。どうして君はそう思ったのかな?」

 

 後ろで萩尾丸の忍び笑いが聞こえた気がしたが、もちろん源吾郎はそんなものはスルーしていた。アルテミシアも同じく、澄ました表情を崩さない。

 

「ご存じの通り、僕は研究センターの居住区に、要は紅藤様の縄張りで暮らしているも同然の身分ですよ。紅藤様がいらっしゃるから、研究センターや併設されている工場棟や居住区には、変な妖怪が入って来る事はまずありえないと、萩尾丸先輩が以前教えてくださったのです」

 

 無意識ではあったが、萩尾丸という単語を殊更に強調していた。萩尾丸は源吾郎の先輩であり、隣にいるアルテミシアの上司でもある。重臣として重用されているほどの彼女であれば、萩尾丸の言葉を信じるのではなかろうか。そう思っていたのだ。

 

「しかし島崎君。君とて研究センターの敷地内にずっと引きこもっている訳ではないだろう。敵とて本気で君を狙っていたのであれば、それこそ近所のスーパーなどに買い出しに行っている時を狙ったりするだろうね。しかしそういう事も無かったんじゃあないかな」

 

 源吾郎は無言のまま頷いた。アルテミシアの言う通り、誰かに狙われるような事は特に無かったためだ。

 だから食屍鬼たちは君を襲う事は考えていないのさ。循環論法的なアルテミシアの言葉に、源吾郎はしかし素直に頷いたのだった。

 

 食屍鬼たちが源吾郎を害する意志が無いであろう話が一段落すると、次に食屍鬼そのものの話へと話題は移り変わった。例によって、アルテミシアの方から質問を投げかけられたのだ。

 

「ところで島崎君。そもそも君は食屍鬼たちの事をご存じかな?」

 

 いえ、と言いかけた源吾郎は首を振ってその言葉を飲み込んだ。その代わりに、たどたどしいながらも言葉を紡ぐ。

 

「少しくらいなら知ってますよ。と言っても、深く知ってもどうにもならないような、碌でもない連中だって事くらいは解ってますけどね。アルテミシアさん。なんせ奴らは肥溜めやゴミ溜めに集まっているような汚物を嬉々として喰らい、仲間であっても容赦なく喰い殺すような、不潔で野蛮な輩なんですから」

 

 そうしたやつだと解っているからこそ、食屍鬼たちに会うのは憂鬱なのだ。

 源吾郎はそこまで思っていたが、それを口にする事は無かった。元よりそこまで言及するつもりはなかったからだ。それに、源吾郎の言葉が終わるとほぼ同時に、後部座席で二人分の笑い声が迸ったので、そちらに意識が向いてしまった。

 

「はっはっは。島崎源吾郎君については、母から多少聞かされていたけれど、予想以上に貴族的な妖じゃあないか。この間母が挨拶に来た時に、我らを畜生呼ばわりしようとしただけあるって所かな」

「いえいえ桶彦さん。最後の発言は島崎君のものではなくて、雷園寺君の発言なんですがね。とはいえ、島崎君も貴族妖怪で選民主義が強い事には変わりはありませんが。玉藻御前の血を誇っているからこそ、そうした気質が顔を覗かせてしまうのでしょうね」

「……」

 

 萩尾丸と桶彦が笑い交じりに語るのを、源吾郎は何とも言えない気持ちで聞いていた。おのれの言動を暗に悪く言われたような気分だった。直接非難されるよりも、ああして笑い飛ばされた方が地味に精神的なダメージは大きかった。

 しかも源吾郎が呆然としている間にも、萩尾丸と桶彦の会話は続いた。

 

「そうですか、そうでしたか。いやはや、僕も島崎君とは母を介して話を聞いていただけなので、雷園寺君の話とごっちゃになってしまいましたね。あなた方が我々ハツカネズミの顔を識別できないのと同じく、僕も他の種族の面々の顔と名前なんてうろ覚えですからね」

「まぁ桶彦さんの話も解りますよ。それはともかく、真琴様、いえあなたの御母堂はお元気ですか?」

「母なら元気そのものなので安心してください。今は我らの眷属を直々に増やすために子作りに励んでいるので、中々表には出れないんですがね。だから今回も、手代として僕が出張っている訳なのですが」

「真琴様の眷属には、本当に頑張っていただきましたからねぇ」

「ええ、ええ。眷属たちも目減りしまし、やはり強い仔が必要と母は思っているみたいです。そこで僕の兄弟や甥たちと交わって、強い仔を産もうとしているみたいですね。血の遠い眷属たちは普通のネズミとは変わりませんが、実の息子や孫息子ならば、妖怪としての強さも保っていますからね」

 

 真琴が息子や孫と交わって仔を産もうとしている。その言葉が何を意味しているのか、源吾郎はすぐには理解できなかった。真琴が男と交わり、仔を産もうとしている事。真琴が交わっている相手は、実は桶彦の兄弟や甥にあたる存在である事。血が濃いゆえに強い仔が産まれるであろう事……桶彦が語った事柄について、源吾郎は順繰りに理解していったのだ。

 話の内容を完全に理解した源吾郎は、眩暈に似た気持ちの悪さを覚えてしまった。事もなげに語った桶彦の話は、要は近親相姦の話に他ならない。その事に気付いてしまったためである。

 しかも萩尾丸は、その事を咎める訳でもなく、ただただ頷いているだけなのだから尚更だ。

 

「――島崎君」

「だ、大丈夫ですよ、アルテミシアさん」

 

 ふいに運転席から声が掛かり、源吾郎は反射的に応じた。アルテミシアは、自分の仏頂面を見て車酔いを起こしたのではないかと思ったのかもしれない。そう思ったがために、源吾郎は表情を引き締めて背筋を伸ばした。

 大丈夫なのは解っているよ。アルテミシアは一瞥もせずにそう言った。運転中だから正面を見ているのは当たり前の事だ。しかし彼女の表情は、それを差し引いても冷ややかな物だった。

 

「さっきの食屍鬼の話だけれど、偏見と思い込みで相手を解った気になるのはよろしくないなぁ」

 

 思いがけぬ指摘に、源吾郎は声も出なかった。冷徹な彼女の言葉に、押し殺したような怒りの念を読み取った事もまた、声が出てこなかった要因である。

 

「私だって、妖怪や魔族たちの殆どが『自分の種族が一番だ』と固く信じている事は知識として知っている。特に島崎君は、半妖だからそうした気持ちが強いだろうって事も薄々察してはいるよ。

 偏見を抱くなとまでは言わない。しかしそうした思いをみだりに口にするのは控えた方が良い。君自身の株を落とす事になるからね。そうでなくとも、妖狐は他の妖怪たちからも陰険で排他的だと思われている節があるじゃあないか」

 

 源吾郎はまたしても無言だった。叱られている時に思う事では無いだろうが、源吾郎はアルテミシアに尊敬の念を抱き始めていた。それは妖狐の特徴のステロタイプとして、陰険で排他的だと口にしたためである。もしこれが、他の浅はかな人間のように「妖狐は好色で淫蕩な存在だ」などと言っていたら、源吾郎は彼女に尊敬の念など抱かなかっただろう。

 

「良いかい島崎君。この世には色々な生き物が存在するけれど、特定の種族が貴くて、別の特定の種族が賤しいというものは無いんだよ。ただ彼らは、生きるのに適した進化を遂げただけなんだ。それは夢魔でも妖狐でもネズミでも天狗でも変わらない話さ。もちろん――食屍鬼もね」

 

 だから食屍鬼の特性について、そう無闇に忌み嫌うのではないよ。アルテミシアは諭すように言い、言葉を続ける。

 

「確かに食屍鬼は死肉や腐肉を主食としているが、妖狐とて死肉を喰らう事くらいあるだろう。土葬された墓を暴き、屍の胆を妖狐が喰らう話だって、それほど珍しくはないんだからさ。何となれば、林崎殿も若い頃は人間の墓を暴き、その肉を口にした事もあるらしいぞ」

「…………!」

 

 林崎ミツコが、墓を暴き人間の骸を喰らった事もある。その話に、源吾郎は思わず飛び上がりそうになってしまった。驚きの念が沸き上がったためだ。しかしすぐに、その驚きを理性でもって抑え込んだ。林崎部長も五百年近く生きた旧い妖怪なのだ。若い妖怪ならばいざ知らず、長生きした妖怪ならば、まぁそうした過去もあるだろう、と。

 それでも心がざわつくのは、それこそが源吾郎の人間らしさゆえの事だったのかもしれないが。

 

「死肉喰らいだとか汚物喰らいなどと言うから穢らわしく感じるかもしれないが、要は食屍鬼たちもスカベンジャーの一種という事さ。街の掃除屋と言っても良いかもしれないね。なんせ彼らは我々が汚物だと思っている物を平らげて、食物連鎖の輪に戻してくれているんだからね」

 

 アルテミシアの、食屍鬼に関する講釈はしばしの間続いた。共喰いという習慣についても、強く糾弾すべきではないと彼女は言ったのだ。食屍鬼は共喰いによって喰らった相手の魂をおのれの裡に生かすという考えを持っている事、そもそも妖狐とて共喰いを行うし同族相手に凄惨なリンチを行う事すらあると言うのが、彼女の主張だった。

 確かに妖狐は逸脱した同族に対して恐ろしいほど冷酷になるもんな……裏初午の場で切断され吊るされた尻尾たちを思い出しながら、源吾郎は静かにそう思った。

 しかし、彼もアルテミシアの解説を全て素直に受け止めていた訳ではない。それこそ、アルテミシアの解説にもいくばくかの偏見があるのだと思ってしまったためだ。というのも、アルテミシアは、やたらと食屍鬼たちの事を好意的に解釈するきらいがあったのだ。

 その事を問おうか否かと考えていると、アルテミシアが思い出したように言い足した。

 

「島崎君。食屍鬼についての特徴だけどね。君が言及していない事が二つばかりあったんだ」

 

 俺が言及していない特徴。源吾郎が首を捻っている間に、アルテミシアは喋り始めていた。

 

「食屍鬼の中にはドリームランドに通える者、要は夢見の才の持ち主が見受けられるという事と、這い寄る混沌を信仰しているグループがいるって事だね。だからこそ、私も今回の面談に立ち会うようにと声が掛かったんだけどね」

「ドリームランドに、這い寄る混沌ですか……」

 

 思いがけぬ食屍鬼の特性を耳にした源吾郎は、アルテミシアの横顔を見つめながら呟くのがやっとだった。

 ふと脳裏に、亜孤姫の姿が今一度浮かぶ。彼女も夢見の才とやらを持っていたのだろうか。取り留めもない疑問が、源吾郎の脳裏に浮かんだのだった。

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