九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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始まりたるは 食屍鬼たちとの交渉譚

「何故私が、いえ我々があなた方雉鶏精一派との面談を望んでいるのか。その理由を単刀直入にお話しますね」

「どうぞ。族長殿の、そして皆様方の思っている事を率直にお話しくださいませ。それに我々には時間がありますから、焦らずにゆっくり話していただいて大丈夫ですよ」

 

 食屍鬼の族長(彼の言葉は通訳が翻訳しているのだが)の言葉に対し、桶彦は満面の笑みで応じている。彼はそれから、思わせぶりな眼差しでもって萩尾丸たちを見やった。面談に時間をかけても構わないか。アイコンタクトによって、萩尾丸やアルテミシアに許可を貰おうとしているらしかった。

 こんな暗くてじめじめして臭い所での面談なんぞ、早々に終わらせるのが一番だろう! 源吾郎は当然のようにそう思っていたのだが、彼の意見が反映される事はついぞ無かった。流石にその事を迂闊に口にすべきでないと頭で解っていたからだ。そして源吾郎がそんな事を考えている間に、萩尾丸がおのれの意見を述べていたからだ。

 

「桶彦さんに食屍鬼の族長殿。私も部下たちも、この度の面談で時間がかかる事は特に気にしておりません。むしろ最初の面談でしょうから、互いに納得がいくところまで話し合う事こそが大切であると、私は思っているのです」

 

 やはり萩尾丸先輩はそう言うだろうな。半ば落胆しつつも、源吾郎は萩尾丸の言葉に耳を傾けていた。面談に時間がかかっても問題はない。その旨の言葉に対して、驚きの念は特に無い。元より萩尾丸はワーカーホリックな気質を持ち合わせている。打ち合わせにしろ何にしろ、仕事に関する事は、放っておけば何時間でもこなしてしまう事を、源吾郎は既に十二分に知っていたのだ。

 もちろん、萩尾丸の言葉もまた、通訳の食屍鬼は族長に伝えていた。もっとも、通訳も戸惑ったような表情を浮かべながら、族長に話しかけていたのだが。そして通訳と族長がひそひそと話し合う背後で、居並ぶ食屍鬼たちも居心地が悪そうに身体を揺すっていたのだ。

 ややあってから、通訳が口を開く。

 

「いえ、いえ。私どもは多くを望みません。なのであなた方が納得していただければ、そこで今回の面談は終わりにしたいと思っているのです。

 私どもが望む事。それは――あなた方が私どもを放っておいてくださる事です。それ以上の事は、私どもは何も望みません」

「放っておく事、だって」

 

 源吾郎は思わず食屍鬼の通訳が口にした事をオウム返ししていた。彼らが提示した事が何なのか、すぐには理解できなかったのだ。

 ところが今回は、源吾郎だけが戸惑っている訳では無かった。萩尾丸もアルテミシアも桶彦も、互いに顔を見合わせて思わせぶりに目配せしあっているではないか。

 ややあってから口を開いたのは、桶彦ではなく萩尾丸だった。

 

「それにしても、あなた方は実に不思議な事を望まれるのですね。わざわざ面談を行いたいと我々にアポを取っておいて、そこであなた方は干渉しないでほしいという事だけを交渉の条件だと提示するのは……」

 

 通訳の食屍鬼は、族長にその言葉をすぐには伝えなかった。職務を放棄したわけではない事は、驚きと恐怖に目を見開いている事からも明らかだ。

 そんな食屍鬼の事などはお構いなしに、萩尾丸は言葉を続ける。

 

「別に放っておいてほしいというだけであれば、初めから我々に接触しなくても良かったのではありませんか? 確かに我々は、この港町の近辺を拠点にしてはいます。しかしとはいっても、あなた方とは特に接触が無かった訳ですし」

 

 萩尾丸の言葉が終わった所で、湿った破裂音が聞こえてきた。何と食屍鬼の族長が通訳を平手打ちしていたのだ。彼はあからさまに苛立ったような表情でもって、通訳に対して唸り声を上げている。通訳は委縮したように頷き、それから食屍鬼の言葉で何事か伝えていた。

 食屍鬼の言葉は相変わらず、源吾郎の耳には獣の唸り声のように聞こえていた。それでも、通訳の食屍鬼の物言いがたどたどしい事だけは感じ取れていた。

 萩尾丸はというと、二人の食屍鬼のやり取りを眺め、タイミングを見計らって口を開いた。

 

「いずれにせよ、敢えて我々に接触を図り、しかも干渉しないで欲しいという交渉を持ち掛けてきたという事は――あなた方にも何か後ろ暗い事があるという事ではありませんか?」

 

 悪魔的な笑みを浮かべながら語る萩尾丸の姿に、食屍鬼たちが怯えたように身を震わせた。もしかしたら、人語が解るのは通訳の食屍鬼だけではないのかもしれない。源吾郎はその時そんな事を思ったのだ。人間だってそうだ。英語が上手く話せなかったとしても、多少は理解できる場合もあるからだ。

 

 背後で食屍鬼たちがにわかにざわめき始める。族長は桶彦や萩尾丸から視線を外し、後ろをちらと一瞥した。群れで固まっていた食屍鬼たちの中から、体格のいい一人が進みだし、ざわつく食屍鬼たちをなだめ始める。

 その様子を見届けると、族長は再びこちらに向き直り、口を開いた。もちろん、彼の口から出てきたのは、獣じみた食屍鬼の言語そのものだった。しかしそれでも、萩尾丸たちに面と向かって話しているという事がひしひしと伝わった。

 数秒ばかりのタイムラグを挟み、通訳が口を開く。額には脂汗が滲んでおり、それを鉤爪の目立つ手で乱雑に拭っていた。

 

「――この度、八頭怪なる恐ろしい怪物が、あなた方雉鶏精一派と全面戦争を起こしましたよね。その時に、わが一族に所属していた者が、事もあろうにあなた方に牙を剥いた。その事であなた方の怒りを買い、報復を受けないか。その事が私どもは心配でならないのです」

「それって、亜孤姫の事ですよね」

 

 亜孤姫。源吾郎は思わず呟いていた。深い意味は無かった。思った事を吐き出した、単なる独り言として周囲にも処理されるだろうと、源吾郎は無邪気に思っていた。

 ところが、源吾郎のこの呟きは、食屍鬼たちの心をかき乱すのに十分な効力を発揮してしまったのだ。

 落ち着いていたはずの食屍鬼は、またしてもざわめき始めていた。獣じみた吠え声の中で、アコヒメという音を発しているのが聞こえるほどに。のみならず、通訳や族長すらも、亜孤姫の名に顔色を変えたのだ。

 

「ああそうだ。亜孤姫、あのメス犬こそが我々に災いをもたらす疫病神だったのだ! あいつはもうくたばってしまった親族たちと同じく、俺たちとは全く違う考えの持ち主で、そのせいで要らん事をやって来たんだよ。八頭怪の味方に付いて、あなた方雉鶏精一派に牙を剥いたのは、俺たちの意志なんかじゃあない。亜孤姫が、あの女が勝手に考えて、勝手に動いた事なんだ!」

 

 恐怖に頬を引きつらせ、通訳の食屍鬼は口早にまくしたてた。それはもはや族長の言葉ではなく、むしろ彼自身の言葉だったのかもしれない。しかし族長の平手は彼に飛んでくる事は無かった。

 要するに。さも愉快そうな笑みをその面に浮かべながら、萩尾丸が口を開く。

 

「あなた方は、一族の者が独断で動き、末端と言えども我々に牙を剥いた事に恐れをなして、だからこそ我々に干渉しないでほしいと依頼しているという事ですね」

 

 萩尾丸は歌うような口調で言っていたが、源吾郎は何とも不愉快な気分だった。萩尾丸がさもおかしそうに語っている事では無い。食屍鬼たちの卑屈な態度と考えが、何とも不愉快だったのだ。

 

「亜孤姫はもはや一族の者ではない。とうに追放したからな。八頭怪と接触を図ったのも、我らの一族から追放した後の事だ」

「ふむ。だから彼女の行為は、あなた方の一族の意志や考えとは無関係であると、そう言いたいという事ですね」

「そうだ、その通りだ」

 

 通訳を介しつつも、族長はおのれの意見を萩尾丸に述べていた。

 源吾郎はもはや、湿っぽく悪臭が漂うこの場にて、食屍鬼たちと顔を突き合わせているという不快感を半ば忘れていた。萩尾丸や桶彦が、この交渉をどのように進めていくかについても興味が無かった。ただただ、食屍鬼たちが仲間を売ろうとしている事を感じ取り、それに憤っていただけだった。亜孤姫自体はいけ好かない女だと思っているにも拘らず、だ。

 ネズミ妖怪の桶彦が、甲高い声を上げて笑い始めたのは、丁度その時だった。

 

「いやはや食屍鬼の皆様方。交渉のために面談があるとお伺いして僕たちはやって来たのですが、一体あなた方は何の話をなさっているんですか。ただただ自分の言いたい事を言って、更に自分の要求を僕たちに押し通そうとしているではありませんか」

 

 笑い交じりの桶彦のこの言葉は、すぐさま族長に伝達されたらしい。通訳も族長も、背後に控える食屍鬼たちも、神妙な面持ちを浮かべている。

 おのれの言葉が伝わった事を確認した桶彦は、笑い顔のまま言葉を続けた。

 

「良いですか。交渉というのは一方的な物では無いのですよ。あなた方が僕たちに頼みごとをするのならば、相応の見返りが必要ではありませんか。その見返りを提示せずに言いたい事だけ言って頼みたい事だけ頼むのは、子供が駄々をこねているのと同じ事ですよ」

 

 桶彦の言葉が終わり、通訳が族長に伝え終えると、周囲は沈黙に包まれた。食屍鬼たちが思案し、どのように動こうかと悩んでいるのが源吾郎には伝わってきた。だからこそ、彼らが激して襲い掛かって来ないかと、気が気でならなかったのだ。

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