九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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混沌は 邪神の真意を狐に語る

 八頭怪に関する面白い話。悪意の籠った笑みと共に放たれた青年の言葉は、源吾郎の身体をすくませ、心臓をきりきりと圧迫し始めた。ついでに言えば、いつの間にか小さな黒子が青年の左右に侍ってもいる。相変わらず顔は面布で隠されているのだが、その裏で冒涜的な笑みを浮かべているような気がしてならなかった。

 

「道ヲ開ケル者の眷属……八頭鰥夫《はっとうかんぷ》の事ですよね」

 

 気が付けば、源吾郎は口を開いていた。這い寄る混沌と思しき青年と向き合うのは、源吾郎とて恐ろしい事だった。それでも、今ここで彼に向き合い、問わねばならない事はちゃんと解っていた。

 

「そうだ。もっとも、あの者がお前たちの間で、どのように呼ばれているかなどには興味は無いのだがな」

 

 八頭怪がどのように呼ばれているのかは興味が無い。いかにも青年が言いそうな事だと、源吾郎は反射的に思っていた。眼前の青年は、這い寄る混沌の化身の一つだろう。這い寄る混沌自身は、千もの化身を持ち、そのそれぞれに異なる名前と形があるという。そうなれば、自分であろうと他者であろうと、名前など無意味だという心境になってもおかしくないのかもしれない。

 それにそもそも、八頭怪ないし八頭鰥夫という名前自体も、その名で呼ばれているモノを指す本名とは言い難い。アレは元々頭が九個あり、それ故に九頭怪と呼ばれていたし。九頭駙馬《きゅうとうふば》というのも、龍王の娘婿になったがための名前であるのだから。

 そんな事をぼんやりと考えつつ、源吾郎は問いを重ねる。

 

「八頭鰥夫、いえ八頭怪にまつわる面白い事とは、一体なんでしょうか?」

 

 なけなしの勇気を奮い、源吾郎は青年に再び問いかける。一瞬でも気を抜けば、青年とこの場の醸す異様な空気に呑み込まれ、何も言えずに終わるのではないか。そんな恐れの念が、源吾郎の頭と胸の中に憑き纏っているように思えてならなかった。

 

「あーあ。仔狐ちゃんってばせっかちだなぁ」

「せっかちな男はモテないぞぉ」

 

 青年の左右に侍る黒子たちが、面白がって声を上げている。もう俺はモテるとかモテないとか、そんな幼稚な事は考えていないんだぞ。緊張しているはずなのに、そんな事だけは考える事が出来た。

 

「諸君。そこの仔狐をからかうのが楽しいのは解らんでもないが……今は我が話しているのだ。静かにしたまえ」

 

 しかしながら、幼稚で陽気な黒子たちが、更に源吾郎をからかうことは無かった。他ならぬ青年その人が、黒子たちの言動を制したからである。踊り出さんばかりの態度が嘘のように、彼らは大人しくなってしまった。

 やはり彼らは這い寄る混沌の眷属、それも忠実なしもべなのだろう。

 

「そうだな。お前も結論のみを欲しているようだから、こちらも単刀直入に話そうか」

 

 そう言うと、黒々とした瞳を動かして、青年は源吾郎を見下ろした。

 

「先の雉鶏精一派と八頭怪なるモノとの全面戦争であるが、顛末自体は()()()()()()()()なのだよ」

「な、何ですって!」

 

 源吾郎は思わず叫んでいた。身を乗り出し、獲物に躍りかかる猟犬のような姿勢になっていたのかもしれない。

 

「そ、そんなのおかしいじゃあないですか」

 

 再び源吾郎が吠える。紅藤たちは、雉鶏精一派は八頭怪たちに奇襲を仕掛け、彼とその仲間を別次元に封じ込めた。完全に斃したわけではないが、紅藤や灰高が打ち立てていた計画通りに、概ね事が進んだのだ。八頭怪の脅威がなくなった事は、彼に従っていたであろう化け夜鷹などからの攻撃が無い事からも明らかである。

 しかし、今のその状況が、他ならぬ八頭怪の思惑通りなのだと青年は言った。そんな事を、素直にはいそうですかと信じる事など出来なかった。

 

「八頭鰥夫の糞野郎は、いえ僕たち雉鶏精一派は、確かに八頭鰥夫を打ち負かしたんですよ。八頭怪は、もう僕たちの前には現れません。何しろ紅藤様や灰高様の策略によって、こことは異なる次元の何処かに飛ばされて、封じ込められたんですからね」

 

 説き伏せるようなその言葉の矛先は、何も青年に限られたものではなかった。自分自身にも言い聞かせているようなものだったのだ。

 実を言えば、源吾郎は気付き始めていた。峰白が封印作戦に対して懐疑的だった事を。峰白や萩尾丸は、八頭怪を封じ込める手助けをしつつも、実の所彼を斃そうと画策していたという噂も出回っていた。

 だからもしかしたら、青年の言葉は嘘っぱちなどではないのかもしれない。そんな考えが、源吾郎の中にあった。それを信じるのは怖かったけれど。

 そんな中で、青年は笑っていた。

 

「はっきりと言おう。別次元に邪神の息子らと共に封じ込められた事こそが、八頭怪の狙いだったのだ。物分かりの悪い仔狐であっても、ここまで言えばもう解るだろう」

「…………」

 

 青年はゆったりとした口調で、一言一句噛んで含ませるような物言いでもって源吾郎に語り掛けた。話を聞いている間、源吾郎は何も言えなかった。青年の、侮蔑の籠った冷笑的な表情や眼差しも気になっていたが、何より彼の言葉を理解しようとするのでやっとだった。というよりも、理解したくなかったという方が正しいのかもしれない。

 

「結局のところ、僕たちは八頭怪の思惑通りに動いていたって事ですね」

「全ては八頭怪の思惑通りだと、我は初めから言っているだろう」

 

 にべもなく青年に言われ、源吾郎はため息をついた。禅問答を行っているような気分だった。と言っても、源吾郎も特に意味のある事を口にした訳ではないのだが。

 

「よく考えてみたまえ仔狐よ。八頭怪とやらも脆弱な地上のモノの血を受け継いでいると言えども、それでも道ヲ開ケル者の眷属なのだぞ。その辺の鳥類共が考えた封印で封じ込められるほど、やわな奴ではあるまい」

「そんな……それじゃあ……」

 

 頭をぶん殴られたような衝撃を覚えながら、源吾郎はそう呟くのがやっとだった。

 自分たちの、紅藤様と灰高と真琴様が考えた策略は無意味だったのか。

 生命を懸けたあの闘いは、単なる茶番に過ぎなかったのか。

 八頭怪は、その気になれば戻ってきて、自分たちに報復する事すら容易いのか。

 源吾郎の頭の中は、一瞬にして疑問で一杯になってしまった。

 

「何も気に病む事は無いぞ」

 

 源吾郎の心中を見透かすかのように、青年が告げる。

 

「仮に、次元の彼方からこちらに戻れる力を八頭怪が持っていたとしても、すぐに彼奴が戻って来る事は無いだろう。真に次元の彼方に飛ばされ封じられて困るのであれが、そもそも彼奴も封じられぬように抵抗していたであろうからな」

「封印される事が、若しくは封印されたと僕たちに思わせる事が、八頭怪の狙いでもあったって事ですか?」

 

 その通りだ、と青年は頷いた。

 

「もっと言えば、彼奴にも時間が必要なのだ。だからこそ、敢えて闘いに敗れて封印されたとお前たちに思い込ませ、邪神の息子と共に身を隠したのだ。それも、お前たちには辿り着けぬ所に、な」

 

 八頭怪が封じられた所に、紅藤たちは赴く事も干渉する事も不可能である。それは明言されずとも源吾郎には解っていた。何せ次元の彼方に封じ込めるという荒業をやってのける事が出来たのは、ニワタリ神の眷属たるウミワタリの存在があったからだ。そしてそのウミワタリは、八頭怪と共に次元の彼方に葬られてしまい、雉鶏精一派にはいない。

 

「時間が必要との事ですが、八頭怪は何故、そう判断したのでしょうか」

 

 時間が必要だから、敵に干渉されない場所に逃げ込んで身を隠した。他ならぬ八頭怪がそのように判断して動いた事が、源吾郎には不思議でならなかった。何しろ八頭怪は、時間を操る権能を具えているのだから。あるいは、彼のその権能も、何がしかの制約があるという事なのだろうか。

 

「それは勿論、彼奴が邪神の息子を味方につけているからだ」

 

 青年の言葉はあっさりとしていた。こんな事も解らないのかと、暗に言われているような気さえした。

 

「どうやらメス山鳥が、あの道ヲ開ケル者と交わって、それにより息子を設けたようだな。もちろん八頭怪は、邪神の息子の存在に気付き、やつらと手を組んでいる。しかし、邪神の息子は力を振るうには幼すぎるんだ。やつの飼い主であるメス山鳥や、八頭怪がやつを使役するには、今のままでは――」

 

 源吾郎はもはや、食い入るように話を聞いていたはずだった。しかし残念な事に、青年の話を全て聞き終える事は無かった。青年の言葉も、姿も、黒子たちも背景も何もかもが、全てぼやけてあやふやになってしまったのだから。

 

 源吾郎はそこで、目を覚ましたのだ。

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